二つのベッド
オスとのお風呂を無事に終えた
ほんの一瞬だが
襲われるのもそんなに悪くない
そんな風に考えていた事が今更恥ずかしくなった
反省点は色々とあるものの、
でも、オスと普通に会話できるようになったから
頑張った甲斐はあったと思う
食事の前に洗濯物を畳んだ
食事の後でもよかったのに
散らばった洗濯物を見たオスから言い出した
「こうして、こうして…
こうすると綺麗に畳めるのじゃ」
「ほんとだ、すごいね
…僕にも教えてくれる?」
魔女に教わった服の畳み方を披露すると
オスは驚いた顔で感心してくれた
褒められるのもそうだけど
求められるのがものすごく心地がいい
それもこれも魔女のおかげだ
心の中で魔女に感謝し、
丁寧にオスに教えてあげた
洗濯は後片付け含めて
すべてが楽しい時間だった
遅くなったが次は食事の準備だ
調理場に急ぐとなぜかオスも付いてくる
「僕も何か手伝うよ」
「…じゃが、今日は沢山動いたから
主は休んでて欲しいのじゃ」
「それはドーラも一緒じゃないか」
やんわりと断るも
せめて近くで見ていたいとオスは食い下がった
物腰は柔らかいのに変なところで頑固だ
間近で見られながらも準備を進める
スープの下拵えが終わり
後は着火のみになる
竈に薪を入れ、後は火を吹くだけだ
そこでオスの視線が気になる
オスに火を吹く所はまだ見せていない
もしかしたら怖がられるかもしれない
そんな不安が頭を過る
しかし、既に昨日見られているかもしれないし
火を付けないわけにもいかない
仕方なくだが、
そのまま竈に向かって火を吹いた
顔を見るのが怖かった
オスは何も言わないから
絶句して、青ざめているのかもしれない
そう思っていると自分の隣に屈み、
竈の中を覗き込んだ
「…あんまり、顔を近づけると熱いのじゃ」
「今のどうやったの?」
「…怖く、なかったのじゃ?」
「どうして?全然怖くないよ
…今のも教えてくれる?」
自分の心配はなんだったのかと
声を出して笑ってしまった
火を吹けるのはドラゴンだけ
そうオスに伝えるとかなり残念そうで
今までで一番しょんぼりしていた
その代わりになるか不明だが
着火した後の火の維持を教えてあげた
するとオスは元気になって
とても楽しそうに竈を覗いている
ちょっとだけ竈に顔が近いのが気になるが
まぁ、今日は多めに見てあげようと思った
最後に残った火でパンを温める
しかし、このパンは古くて硬い
だからオスがよければ
オスの分は魚にしようと提案した
「…僕もドーラと同じ物がいいな」
オスはそう言ってくれた
硬いパンを美味しそうに食べてくれたし
また洗い物を手伝ってくれた
後は歯を磨いてイレを済ませるだけ
それらも終わり、今日も手を繋いで階段を上がる
手を引いて
昨日と同じ窓際のベッドに向かうが
最後の最後にオスが抵抗した
「…今日は、僕一人で寝るんだよね?」
それは自分が言ったことだ
今の今まで完全に忘れていた
「そ、そうじゃったな…」
否定すればよかったのにと
とっさに肯定してしまった自分の口を恨んだ
この部屋にはベッドが二つある
窓際に一つと入り口付近にもう一つ
オスが使っていたベッドは明るい方の窓際だった
本来、そっちをオスに譲るべきかもしれないが
自分が使いたいから
オスを入り口付近の暗いベッドに案内した
「…じゃあ、おやすみ…ドーラ…」
「…うむ、おやすみじゃ…主…」
名残惜しくも挨拶をした
仕方なく窓際のベッドに戻り、
すぐに布団に潜り込んで丸くなる
思った通り、オスの匂いがそこそこ残っている
直接嗅ぐ匂いも好ましいが
こうした残り香もこれはこれで良いものだ
さっさと眠ろう
また明日、オスと一緒に過ごそう
匂いに包まれ、順調に眠りに落ちていく
が、突然に窓の外から大きな鳴き声と
羽ばたく音が聞こえてきて目が覚めてしまった
すぐ耳を塞いで身体と尻尾を丸め直し、
あと少しで眠れたのにと深くため息を吐いた
詳しい理由は知らないが、これはよくある事だった
寝坊したのかなんなのか
遅れて飛び立つ夜鳥が時々いるのだ
それが今回、たまたま大樹に近い木で起こった
起きた時に一人ぼっちなら
焦る気持ちもわからないでもないが
今日だけは、今だけはやめてほしかった
…。