第70話:静寂の肯定
朝の空気は、
驚くほど静かだった。
雨は夜のうちに止み、
地面には、
湿った土の匂いだけが残っている。
レオンは、
外に出て立ち止まる。
何かを始めるでもなく、
何かを探すでもなく。
ただ、
そこにいる。
村は、
目覚めつつあった。
リィナは畑を見て、
今日は触らないと判断する。
土がまだ重い。
無理をすれば、
かえって悪くなる。
だから、
何もしない。
セラは剣を手に取るが、
すぐに置く。
研ぐ必要はない。
使う予定もない。
エルナは帳面を開き、
一行だけ書いて、
閉じる。
「特記事項なし」
それで十分だった。
誰も、
言わない。
「もっと働こう」
「もっと増やそう」
「もっと良くしよう」
そんな言葉は、
この村では浮かばない。
足りている。
それ以上でも、
それ以下でもない。
レオンは、
その事実を
噛みしめる。
世界は、
常に「もっと」を要求してきた。
成果を出せ。
期待に応えろ。
役割を果たせ。
静けさは、
停滞であり、
怠慢であり、
罪だった。
だが、
ここでは違う。
静寂は、
肯定されている。
誰も、
不安そうな顔をしていない。
何かを失う恐怖も、
遅れを取る焦りもない。
ただ、
今が続いている。
(……これで、
いいんだな)
レオンは、
胸の奥で
そう思う。
確信ではない。
宣言でもない。
ただ、
受け入れだ。
何かを成し遂げなくても、
誰かの役に立たなくても。
今日という一日が、
静かに終われば、
それでいい。
風が吹き、
木々が揺れる。
音はあるが、
騒がしくない。
世界は、
何も要求しない。
少なくとも、
今は。
レオンは、
その静寂を
否定しなかった。
むしろ、
初めて
肯定した。
――何も足さない日。
それが、
ここでの
正解になりつつあった。




