第64話:静かな祝祭
その日は、
いつもより少しだけ、
鍋の数が多かった。
それだけで、
村の全員が理解した。
――今日は、収穫祭だ。
太鼓はない。
飾りもない。
宣言も、演説もない。
ただ、
畑の端に並べられた鍋から、
いつもより良い匂いが
立ち上っている。
レオンは、
火の番をしながら思う。
(……祭り、か)
学園にいた頃の祭りは、
騒がしかった。
誰が主役か。
誰が評価されるか。
誰が失敗したか。
ここには、
それがない。
セラは、
剣を壁に立てかけ、
木皿を持って並んでいる。
鎧は着ていない。
髪も結んでいない。
ただの、
一人の住人として。
リィナは、
鍋を覗き込みながら、
少し落ち着かない様子だ。
「……今日は、
何かしなきゃ、
いけない日、ですか?」
誰にともなく、
そう聞く。
レオンは、
首を横に振る。
「食うだけ」
「……それだけ?」
「それだけ」
リィナは、
一瞬黙ってから、
小さく頷いた。
エルナは、
帳面を持っていない。
代わりに、
木の杯を持っている。
中身は、
薄い果実酒。
高級品ではない。
だが、
“今日用”に取っておいたものだ。
「……では」
誰に言うでもなく、
エルナが言う。
「食べましょう」
それが、
祝祭の始まりだった。
器に注がれるスープ。
具は、
芋、豆、
少しの肉。
特別な調理法はない。
味付けも、
いつもと大差ない。
だが――
量がある。
全員が、
腹いっぱい食べられる量。
それが、
今年の成果だった。
誰かが笑う。
理由はない。
誰かが黙る。
それも、
気まずくない。
セラが、
ふと呟く。
「……戦場の祝宴より、
ずっと静かだな」
「嫌?」
「いいや」
スープを飲み干し、
そう答える。
「生きてるって、
感じがする」
リィナは、
二杯目を受け取って、
少し困った顔をする。
「……残しても、
怒られませんよね?」
「怒らない」
「……じゃあ」
少し残して、
蓋をする。
“後で食べる”
という選択。
それを、
咎める者はいない。
日が暮れる。
焚き火の音だけが、
場を満たす。
歌は、
誰も歌わない。
踊りも、
誰も始めない。
だが、
誰も帰ろうとしない。
レオンは、
炎を見つめながら思う。
(……祝われてるな)
神に、
ではない。
王に、
でもない。
自分たちが、
自分たちを。
生き延びたことを。
続けられたことを。
それだけを。
エルナが、
小さく杯を掲げる。
「来年も、
同じくらいで
いきましょう」
誰かが頷く。
誰かが笑う。
約束はしない。
宣言もしない。
ただ、
そうなったらいい、
と思うだけ。
それで十分だった。
派手さゼロの祝祭。
だが、
確かに――
祝われていた。
この村の、
静かな前進を。




