魔物
王城での謁見から数日。
第4近衛師団の面々は魔の森の直ぐ側にいた。
鬱蒼とした森は外から見ると暗く、洞窟に入るかのように光が入らない。
木々の背は見上げるほど高く、幹もまた太い。足元には草が生い茂り、枯れている様子はかけらもない。
「気をつけろ。この先では何がおきるかわからない。」
ジャックの緊張した物言いに隊員からゴクリと固唾を飲む音が聞こえる。入る前ですら、なぜか通常の森とは何かが違う、と思ってしまう。
今回魔の森に調査に入るのは団長のジャックと主戦力となるメンバーだ。
「団長、やっぱやめません…?貴族共のいいなりで死ぬなんて…。」
「やめろクリストフ、どうせ他に道はないと話し合っただろう。
ここで逃げたところでどうせ飢餓で死ぬ。」
「でもよ、ケヴィン…。」
茶髪の男、クリストフ・ラダニューが弱音を吐く。会議場では誰よりも勅命に対して嫌悪感を持っていた男だ。それに答えたのは黒髪で大柄な男ケヴィン・ダランソン。実直で誰よりも真面目な性格で、その筋力は岩をも砕くと言われていた。
ケヴィンの言葉に静かにうなずくのがロジェ・ボロトラ。金髪の長い前髪は前が見えているのか不思議になるがその足取りは安定している。
「クリストフ、団長が言っていた通りまだ死ぬとは確定していないですよ。この先にある大発見を持ち帰れるかもしれません。そうすれば貴方の大嫌いな貴族だってどう思うと思います?」
「そうはいってもよ…、セドリックサンはそんな大発見がほんとにあると思ってんの?」
「…何かはありますよ。私達が見つけられるかは別ですが、ね。」
セドリックが普段どおりのかすかな笑みで答えると、沈黙が落ちる。
「あーもうわかりましたよ…、やってやりますよ。死んだらあいつら呪い殺してやる…。」
クリストフがブツブツとつぶやくのをみて、ジャックは一つうなずく。
「これより魔の森内部に調査に向かう。優先は生きて森から出ることだ。
負傷者が出た場合は速やかに撤退。まずは森の内部を知ることからだ。」
「入ってすぐの撤退でもよろしいんですか?この森の謎が解けるまで王都には戻れないとのことですが…。」
「撤退しても王都には戻れん。だが内部の情報があまりにもない中、特攻するのも無駄になるだけだろう。特殊な魔物がいるならば、対策をねってから会敵せねばならない。無駄死にする気はない。」
「何度も入って徐々に情報を集めるということですね。承知しました。」
ジャックとセドリックの応答を聞き、他の面々も覚悟を決める。
自らの武器の最終確認をし、装備や傷薬の位置を確かめる。ジャックも自らの腰に下げられた剣に手を添え、森を見据える。鎧は軽く、それでも多少の打撃なら防げるものだ。
魔の森はただ風に揺られていた。
魔の森から少しばかり離れた小高い丘に第4近衛師団の待機班が野営地を作っていた。そこからはジャックたちが入ろうとしている森の場所がよく見えるため、撤退してきた際にすぐにでも動けるようにとここが選ばれた。
「団長さんたち、大丈夫かなあ。」
森の中に消えようとしているジャックたちの姿を見ながらルース・フィンレーはつぶやく。
肩まで伸びた茶髪に大きな目、小柄な体格は少女のよう。医療係として第4に所属しており、その薬学の知識は第3近衛師団の研究者たちにも引けを取らない。
彼らは魔の森に調査に向かったジャックたちが戻ってきたときのためにこの丘で待ち続けなければならないのだ。
「そんなに見たって何も変わらないよ。…帰ってこれるかだってわからないのに。」
「団長さんたちならきっと帰ってくるよ。そりゃ怪我はしているかもしれないけど。」
「そうだといいけど。」
ルースは話しかけてきた男に顔を向ける。その男は調理係であるシーラ・ヴェストリスだった。
長い黒髪を一つにくくり、細身な彼はルースの言葉を信じてはいないようだった。
「近くの街の人間に話を聞いてみたけど。どうしても腹が減って腹が減って、もう諦めたやつがあの森に行くんだって。あるかもわからない食料を探して、最期に何でもいいからうまいものを食べたいってさ。」
「…中には入れなくても、外側の草を集めて食べることもあるってきいたよ。」
「そうゆうこと。この付近の人間は本当に誰も中から出れてないんだよ。」
会話が途切れる。ルースもシーラもジャックたちが戻ってくることを諦めてはいない。でも、希望があるとも思えなかった。
「戻ろう。団長は3日戻らなかったら王都に戻って死んだと報告しろって言ってたけど、残ってる皆そんなつもりなさそうだし。」
「それって…。」
「どうせ死ぬんだ。なら団長に賭けるみたい。3日戻らなかったら残りで魔の森に入る。」
「…。」
「ルースは医療係だし、戻ってもいいよ。地方の街なら薬学の知識が求められるかもだし。」
シーラの顔を見ると、そこには穏やかな笑みが浮かんでいた。ルースは察する。会議場で、ジャックとともに命を捨てることを決めていたのだと。
ジャックたちの死を知らせたところで、何も変わらない。むしろ残った第4は解体されこれを期にと解雇されるか、または再度森へと送られるだけだろう。つぎは帰りの資金すら用意されずに。
シーラは調理係だが、剣の腕や弓の使い手としても優秀である。その点ルースは薬学などの知識は豊富でも戦闘に関してはからっきしだった。
「僕も行きます。」
「死ぬことになるよ。」
「はい。でも、森の中でもしかしたら団長さんたちが怪我して動けなくなってるかも知れないし、残っている他の方が怪我するかもしれない。それに僕も第4所属ですから。」
「…そう。」
森に背を向け二人は野営地での作業へと戻っていく。自分たちの最期を後悔しないように生きるために。
森へと入ったジャックたちは数刻たち、歩みはゆっくりではあったものの森の中を順調に進んでいた。
「魔物が出るとのことでしたが、いまだ姿は見えませんね…。」
「何が出るのか、どうなるのかもわかっていない。慎重に行くぞ。」
草をかき分け、木々の隙間からなにか飛び出てこないか警戒しながら進む。どこまでこの鬱蒼とした森が続いているかはわからない。
鳥の鳴き声がかすかにするものの、動物たちの気配はない。木の実などは見当たらないが、生い茂る草からなにかわかるかもしれない、と僅かに持ち帰る。
来た道に印はつけてあるものの、進みすぎれば戻れるとも限らない。
「クリストフ、どう思う。」
「えっどうって…。また俺の直感頼るんスカ…。」
「お前の第六感はよく当たるからな。何も情報がない今、お前はどう思うか聞いてみたい。」
ジャックは周囲に注意を向けながらクリストフに問う。彼の第六感にはこれまで何度も助けられてきた。この森でも通用する可能性がある。
「そうは言ってもッスよ…。嫌な予感がする、としか…。」
「戦闘準備!」
クリストフが嫌な予感がする、と言った直後ロジェから鋭い言葉が響く。瞬間その場にいた全員が剣を抜き、いつでも動けるように戦闘態勢に入る。
周囲には木々が生い茂り、剣を抜くにを攻撃を避けるにも戦うには場所が悪い。
「大きな影が木の間を横切りました。…なにかいます。」
ロジェの言葉とは裏腹に周囲に動きはない。かすかな風が吹くだけで、枝の揺れる音やその存在はどこにも見えない。だが誰も言葉を発さず、警戒を緩めることはなかった。
なにも起こらないまま警戒し数分かたった頃にかすかな風が吹く。
そのときジャックが叫ぶ。
「全員伏せろッ!」
ジャックの叫びとともに身を伏せたその直後に、轟音とともに強い風が吹く。
身を伏せたまま周囲を確認すると、近くに生えていた木が鋭利な刃に切られたかのように真横にずれていくところが見える。あのまま立っていれば、胴体と下半身があの木のようにずれていたことだろう。
背の高かった草はみな同じ高さに揃えられており、まるで大きな鎌で刈り取られたかのようだ。
だがその姿はどこにも見えない。ただその斬撃のあとも音はせず、静かな風が流れるのみだ。
「罠でしょうか。」
「いや、おそらく噂の魔物だろう。」
セドリックの言葉に端的に返し、警戒しながら体を起こす。このまま伏せたままではただ殺されるだけだ。だが木が横から真っ二つに切られているところを見ると、木の裏に隠れたところで一緒に半分になるだけだ。
「風を読め、斬撃が飛んでくる直前に風が止む。草の切れた方から攻撃が飛んでくるぞ。警戒したまま後退する。」
感覚を研ぎ澄ませ、斬撃を躱しながら相手が姿を見せるのを待つしかない。このまま背をむけ逃げればどこから飛んでくるかもわからない斬撃にやられる。
警戒したまま森の外まで戻るしかない。
ジリジリと後退しながら外へとむかう。かすかに吹いていた風が止んだ。
「来るぞッ!注意しろ!」
ジャックの警告とともに鋭い音がなる。またしても身を伏せたジャックは、音の違いに気付く。先程の轟音とは、全く違う。
「ぐ…、」
「!ケヴィン!大丈夫ッスか!」
ケヴィンの痛みを殺した声とクリストフの声。ケヴィンは右腕に浅い切り傷がいくつかできていた。大きな鎌で刈り取られたかのような先程の攻撃とはちがい、小さな斬撃が飛んできたかのようだ。ケヴィンはとっさに飛んできた攻撃を避けようとしたものの、かすかに避け損なったのだ。
「傷は浅いッス。しっかりするっすよ。」
「ああ、すまない…。」
「クリストフ!次が来るぞ!」
傷口を押さえるものの包帯を巻く余裕もない。また風がやみ、斬撃が飛んでくるのだから。
ケヴィンの様子を見るため背を向けていた後ろで草がかすかに切れた。クリストフの反応が遅れ、避けられない。
鋭い音がなり、草が切れる音がする。
何かが落ちる音がする。
「団長!」
「問題ない!」
ジャックがとっさにクリストフとその後ろにいたケヴィンを体当りするかのように突き飛ばしたため、3人に新しい怪我はできなかったものの、逃げられない、という考えが頭をよぎる。
このままどこから飛んでくるかもわからない攻撃を避け続けながら森の外にまで向かうなど、不可能に等しい。
ジャックは腰につけていた荷物が地面に散らばったのを拾うことも、現状を打破する方法を考えていた。
「次が来ます!」
セドリックが警告を出す。ケヴィンとクリストフが立って警戒しているのを確認して、ジャックも次の攻撃に備える。
風が止む。
…だが、攻撃が飛んでこない。
そのまま風が吹き始める。
「…いまのは…。」
ジャックが一歩踏み出したとき風がまた止んだ。だが斬撃は飛んでこない。
足元に広がった荷物を少しでも回収しようと手を伸ばそうとしたとき、また風はやんだ。そして、葉の切れる音がする。だがこちらに飛んでくるものではない。
いくつかのジャックの落とした荷物とジャックとの間に一本の線ができていた。
「これは…、取るな、ということか。」
線の内側にある荷物を拾い上げても、かすかな風はやまない。ジャックは内側にある荷物を拾い、隊員たちに合図を送る。このまま後退する、と。
じりじり警戒しながら足を後ろに動かしても、その後風が止むことはなかった。




