始まりの話
「第4近衛師団に命ずる。魔の森を調査し、その生命力の根源を必ずや手に入れるのだ。」
白を基調とした絢爛豪華な玉座の前で、第4近衛師団団長ジャック・ブルットは頭を垂れて命を聞き入れる。
それがどれだけ困難であり、死を命じられていると同等であっても拒否することは許されない。
「この国は、この世界は滅びつつある…。今動けるのはお前たちだけだ。
多くの民の命を救うためにも、決して手ぶらで戻ることは許さぬ。」
「この命に代えても、必ずや朗報をお持ち致します。」
ジャックの言葉とは裏腹に、周りに控える者たちの表情は暗い。また、ジャックの表情も死地に向かうかのごとくだ。王はそれだけ命ずると一つうなずき、玉座から離れていく。その表情は頭を下げているジャックからは伺いしれない。
なぜなら、魔の森に足を踏み入れ生きて帰った者はいないのだから。
ジャック・ブルット。
第4近衛師団の団長。金髪に整った顔立ちだが、それに有り余る顔の険しさと傷が美しさを相殺する。筋骨隆々であり、前に立つものを威圧するその風貌は、戦場では味方の頼りになるもの、平時では恐怖を煽る。
王との謁見が終わり、訓練場に向かう彼の表情は険しい。
なぜなら自らの部隊に死を命じなければならないのだから。
彼の師団、第4近衛師団はエンラッド王国に所属する王国直属の近衛師団だ。だが、師団と言っても所属する人数は他の師団とは桁違いに少ない。それはなぜか。
「…あぶれ者が死んだところで誰も困らない、か。」
ジャックのため息とともに溢れた独り言ちは間違いではない。
第1師団は王城や国王、その周辺の警護に当たるエリート集団。
第2師団は遠征や戦争の主戦力となる実力派。
第3師団は魔法や薬学など研究を主とした頭脳派。
第4師団はそれら3師団からあぶれた、無能力者または必要のない人間が所属する近衛師団。
王国直属の近衛師団に入るための試験はクリアする力はあるものの、他者との協力が著しくできなかったり、その力が発揮できないと判断された者たち。
これは表向きの理由だ。
現在この第4近衛師団に配属される者たちはみな貴族や王族に疎まれる者たちが多い。
曰く、妾腹の子の能力が嫡子よりも高いこと
曰く、生まれの血が外の国でかつ、疎まれる見た目をしていること
曰く、平民であること
理由は多岐に渡るものの、この師団に配属されるものは皆正当な評価をされずにいる。平素より不当な扱いを受けることはあった。だが、それでも王国直属の近衛師団として生きていたのだ。
だが今、死ぬことを命じられている。
「ままならんものだが、命を反することもできない…。
いっそこの国に生きる者たちのためになることをするしかないか…。」
己の部隊の者たちに死を告げるのは忍びないが、他に方法もない。
暗く険しい表情のまま。ジャックは罵倒を受けることを覚悟しながら、足を進めた。
城から離れ、古い建物が立つ。作りはしっかりとしているものの、時間が立ち、古ぼけた印象は拭い去れない。数名が剣を構え、鍛錬に勤しんでいる。彼らがもつ剣も、傷が目立ちとても見た目がいいものとはいえない。
ここが第4師団の訓練場兼寮である。
「おかえりなさい、団長。謁見はどうでしたか?第4が呼ばれることなんて殆どないのに、めずらしいですが…。」
「ちょうどいい、皆を集めてもらえるか。大事な話がある。」
戻ってきたジャックに声をかけたのはセドリック・ピログ。第4師団の副団長であり、第一部隊の隊長でもある。長い銀髪に優しげな顔立ちは貴族然としたものだが、持病があり能力の発揮に難があるとしてこの師団に配属されたとされている。
ジャックの険しい顔と、その口調から緊張を読み取り、セドリックはうなずくと皆を集めるために離れていく。その足取りに病など感じ取れない。
その後姿を見送り、ジャックもまたその場所を離れる。
鍛錬の音がやみ、かすかな話し声が聞こえる。向かうは会議場だ。
「みな集まったな。」
セドリックと分かれてから数十分で第4師団全員が集まる。
そこにいるのは主戦力である数名と、サポートをする調理係と治療などに徹する薬師。10数名だ。
大事な話、と聞いて表情が固く緊張が見られる。
部隊の面々の顔を見ながらジャックは話を進める。
「私が国王陛下から謁見の命があったことは知っているな。
そこで第4への勅令が下った。魔の森の調査、及びその生命力の入手だ。」
「っ待ってください、それはつまり…、」
「…国王陛下より、手ぶらで帰ることは許さない、とのことだ。」
「そんな…。」
セドリックから絶望の声がもれる。他の隊員の表情も曇り、絶望が見える。
魔の森。
エンラッド王国が建国されるよりもはるか昔からあるとされ、その範囲はいまだ拡大しているとも言われる。その最大の特徴は、森の中には凶悪な魔物がいるとされ、入ったものは誰も出てきたことがないと言われているからだ。
時折命知らずが入れば、その悲鳴が近くに響き渡るという。
森は広く、大陸の中央にあるとされ、他国からの侵入も拒みだれもその内部を知らない。
その森の調査がなぜ必要なのか。
「…知っての通り、いまこの国は飢餓に苦しめられている。
田畑は育たず、木は枯れ、家畜は死に絶える。まだ収穫できている数少ない食料もやがては育たなくなるだろう。このままでは飢餓により多くの民が死に、また国の存続も危ぶまれる。」
「ですが第3師団が総出で研究や対策を行っていると…。」
「成果は出ていない。おそらく今後も、出ることはないだろう。」
「そんな…」
はじめは花だったと言われている。栄養がなくなったかのように、徐々にしおれていき、やがては枯れる。それから同時期に植物や穀物が枯れていき、芽をだすことすらなくなった。
最初はただそんなこともある、と誰も気にしなかったが、何度も何度も同じことが起きるようになりそして多くの場所で同じ現象が起きるようになった。
不毛となった土地では人は生きて行けず、まだ植物が育つところへ移動するもその街で人があふれるようになるのも時間の問題だった。そうして食料が不足する。
このままではまずいと、国が手を出したときにはすでに多くの農民が職を失い、また餓死者が出てからだった。
近衛師団に配給される食料も少なくなった。かつては肉を食べていたが、今ではかすかな麦や米をかさ増しして食べている。これすらも食べれない平民は数多くいる。
「不毛となる地が数多くなる中、魔の森はいまだ緑豊かでなお拡大しているという。あの森だけ特別なななにかがあるはずだ。
だが第3師団が周辺を調査しても何も出てこなかったそうだ。数名の犯罪者を中に調査にだしたそうだが、生き残りはいない。だが内部に入って調べるしか生き残る道もない。」
「そこであぶれ者の俺たちってことっすか。」
隊員の吐き捨てるような言葉にジャックはゆるくうなずく。誰もこの勅命に納得しいない。だが反することはできずまた逃げても食べていけないことがわかっている。
「生き残れる保証はない。いや、むしろ死ににいくと言ってもいいだろう。
だが、いまなにもしなくてもやがて食料は尽きるだろう。なら、俺はあがいて死にたい。」
「団長…。」
希望は魔の森だけ。他に道はないのだから。
死への恐怖、怒り、様々な感情は胸に収め、今できる最善を行う。
「第4師団の団長として、心苦しくは思う。だが、ある意味いい機会だ。
今回の調査でなにか持ち帰れた場合、それは他の師団や貴族たちの鼻をあかす事ができる。」
虚勢だ。なにか持ち帰れる可能性など0に等しい。それでも団長として不安を見せないように、不敵に笑って見せる。守ってやることはできないが、ともに死ぬことはできるのだから。
「お前たちの命、一緒に捨ててくれないか。」