第八話「変な女」
一階に上がってから、しばらく廊下を歩く。
そして別の階段から、また地下に下りた。
「ここは……」
「地下倉庫だ」
なるほど。屋敷にある、もう一つの地下室。
「位置的には、棺の間のすぐ隣だ。つまり……」
「あっ、封印の起点はここにあるかもしれない……?」
クロウが首肯する。
わたしは、色々な物が置かれている倉庫内の中央まで歩を進めた。
広さは棺の間と同じぐらいだと思うけど、物が多いせいか狭く感じる。
わたしは足を止め、瞳を閉じた。深呼吸をして、意識を集中させる。
倉庫内の魔力を探ると……
「あ、ありました! 光属性の魔力!」
今度は、はっきりと感じ取れた。
「よし、どこだ?」
「えぇと……あの辺りです」
クロウに問われ、わたしは倉庫の奥を指さす。
そこには本棚があるだけで、特に変わった様子は見受けられない。でも、たしかにそこから光属性の魔力を感じる。
クロウが本棚の前に歩み寄る。しばらく棚を眺めてから、こちらを振り返った。その視線は、わたしの背後にいるシャルティアさんに向けられている。
「シャル、手伝え」
「うん?」
「本棚をどける」
わかった、と返事をして、シャルティアさんも本棚の前に立った。
二人掛かりで本棚を動かすと……
本棚の裏側だった壁面に、白い紙のような物が貼ってある。
「それって……お札?」
「ああ、こいつが封印の起点で間違いなさそうだ」
クロウがわたしを手招きする。
そうして、お札の前に近づいた。たしかに光属性の魔力は、この白いお札から発せられているみたい。
わたしは、クロウとシャルティアさんの顔を順繰りに見やった。
「……触れますよ?」
「ああ」
「よろしくお願いします」
二人の返事に頷いて、わたしは白いお札に手を伸ばした。
わたしの指先が触れた瞬間、お札が白く輝き出す。
そして……お札は瞬く間に光の粒となって消えた。
わたしはクロウたちを振り返る。
「お札……消えてしまいました」
「それは見ていたからわかっているが……」
「これで封印が解けたのでしょうか?」
クロウとシャルティアさんの反応は微妙だ。
なんとなく気持ちはわかる。
お札が消えても、なにか変化したような感じがしないからだろう。
「まあ、外に出られるかどうか試してみれば、はっきりするか」
たしかにクロウの言う通りかも。シャルティアさんも異論なしみたいだ。
わたしたちは地下倉庫から一階の玄関ホールに移動した。
クロウが屋敷の外へ通じる扉の前に立つ。
前回ここから出ようとした時は、真っ暗な空間が広がってるだけだったんだよね。
あ、そうだ。扉を開けなくても、窓から外を確認すればいいじゃない。
「どれどれ……」
わたしは近くの窓から屋敷の外に目を向ける。
「う、うーん……?」
窓の外は前回と同じく真っ暗な空間しか見えないけど……もしかして、まだ封印は解けてない? なんだか不安になってきた。
「開けるぞ」
クロウの声に、わたしは慌てて視線を窓から玄関扉に移す。
「さて、外の景色が拝めるかどうか……」
そう口にしながら、クロウは扉を押し開いた――
わたしは、おそるおそる扉の外をたしかめる。
「……真っ暗、ですね」
わたしは落胆を隠せない声で呟いた。
やっぱり、まだ聖女の封印は解けていないみたいだ。
「他にもお札がある……とかでしょうか?」
言いながら、わたしはクロウの顔を見上げた。
「……いいや」
思案顔で、クロウは否定する。
そして、おもむろに上着のポケットから一枚の銀貨を取り出した。……って、もしかしてまた「あれ」をやる気なの?
「兄さん、なにを?」
シャルティアさんがクロウに訊ねる。
「まあ、見てろ」
クロウはそう返すと、扉の向こう目がけて銀貨を弾いた。
前の時と同様、銀貨が黒い空間に吸い込まれるようにして消えていく。
しばらくしたら、銀貨が中に戻ってくるはず――
「……あ、あれ?」
おかしい。銀貨が戻ってこない。前回は、わたしの後頭部に直撃したのに。
「クロウ様、どうなってるんです?」
「封印が解けてるのかはわからないが、なにかしらの変化は起きてるのかもしれん」
「できれば、私にも説明して欲しいのですが……さっきの銀貨になんの意味が?」
「それはですね……」
わたしはシャルティアさんに、前回起こった――銀貨が戻ってきた現象を話す。
「なるほど、それが今回は戻って来なかったんですね。しかし……たしかにこれだけでは封印が解けたかどうかは判断できませんね。兄さん、どうしますか?」
シャルティアさんの問い掛けに、クロウは無言で考え込むように腕を組んだ。
「……行ってみるか」
ややあってから、そう口を開く。
え? 行ってみるって、もしかして……
「兄さん、まさか……」
「ああ、俺たちも外に出てみるんだよ」
予想通りの返答。
外に出る。つまり、あの黒い空間に飛び込むってことだよね……
「だ、大丈夫なんですか?」
おずおずと、わたしは訊ねた。
「わからん」
「えぇ……」
いや、わからんって……
「だから、まずは俺が試す。シャル、ルビィ、お前らはとりあえず見てろ」
「み、見てろって……待ってください!」
わたしは声を上げてクロウを止める。どうなるかわからないのに、危険過ぎるよ。
「待たん。他になにかできることがあるか?」
「そ、それは……他にも封印の起点があるとか……?」
我ながら苦しい意見だ。屋敷内はもうさんざん調べている。
「と、止めなくていいんですか、シャルティアさん!」
困ったわたしは、シャルティアさんに助けを求める。
「兄さんは言い出したら聞かない人ですから……」
シャルティアさんが苦笑する。うう、駄目だ。止める気がないよ。
「ところで疑問なんだが」
クロウが、わたしに不思議そうな眼差しを向ける。
「ルビィ、お前はどうして俺を止めるんだ?」
「……はい? どうしてって、それはクロウ様が心配だからで……」
……あれ?
そういえばわたし、なんでこんなにクロウの心配なんてしてるんだろう。
「心配……? 俺は言ってしまえば、お前の命を奪おうとした存在なんだぞ? そんな相手を心配するのか?」
うん。それもそうなんだけど、それ以上に、わたしにとってクロウは、乙女ゲームに登場した敵キャラなわけで……でも、なんだろう。
短時間だけど、ここまで行動を共にしてきて、意外と憎めない相手だなぁなんて思ったりしたというか……これがいわゆる「情が移る」ってやつだろうか。
「理由はどうでもいいじゃないですか!」
小難しい理屈を考えたりするのは苦手だ。
「心配だから心配なんです、以上、終わり!」
わたしは早口でそう捲し立てる。
「よくわからんが……やっぱり変な女だな、お前は」
はい、おもしろい女に続いて変な女も頂きました。
「なんかもう……止めても無駄なのはわかりました」
「そうか。じゃあ行ってくる」
「待ってください」
わたしは屋敷の外に足を踏み出そうとするクロウの腕を掴む。
「なんだ、止めないんじゃなかったのか」
「はい、止めるのは諦めました。ですから、わたしも一緒に行きます」
「……は?」
決然と告げると、クロウは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。
「おい、なにを言って……」
「というか……わたしとシャルティアさんがここに残る意味って、あります?」
「それは……もし俺が戻って来られなかった時にだな……」
「なにか他の手段を探せっておっしゃるんですか? それ矛盾してますよね。クロウ様、さっき言ったじゃないですか。他になにかできることがあるかって。ないですよね」
繰り返すけど、屋敷の中は調べ尽くしたんだし。
「今、わたしとシャルティアさんだけ残るより、三人で一緒に進んだ方が安全かもしれないじゃないですか」
ほら、あれだ。一本の矢は簡単に折れるけど、三本の矢はなかなか折れない的なやつだ。
「……しかしだな」
「兄さん」
不意に、シャルティアさんが口を開く。
「……私もルベーリアさんに賛成です」
おお、助け船を出してくれた! シャルティアさん、ナイス!
「シャル……」
「私はともかく……どういう理屈かは不明ですが、聖女の封印を無効化できるルベーリアさんは、連れて行くべきだと思います」
そうそう、それはわたしも思ってた。嘘だけど。
「……はぁ」
クロウは観念したように息を吐く。
「わかった、わかったよ。三人で一緒に行こう」
「よし!」
クロウの言葉に、わたしは思わずガッツポーズをしてしまった。
ふと、そんなわたしをシャルティアさんがジッと見ている。
う……ちょっと恥ずかしい。わたしは取り繕うように笑ってみせた。
「え、えっと、シャルティアさん、どうかしました?」
「……いいえ、なんでもありませんよ」
そう言って、シャルティアさんは柔らかな笑顔を向けてくる。
やっぱり、吸血鬼というよりは聖職者って感じ。