第九話「いざ外へ」
わたしたち三人は黒い空間に踏み出すべく、屋敷の玄関に立つ。
先頭がクロウで、真ん中がわたし。しんがりがシャルティアさんという布陣だ。
「二人とも、準備はいいか?」
「は、はい!」
「ええ、兄さん」
クロウの確認に、わたしとシャルティアさんが応答する。
はいと答えたものの、実はちょっとだけ怖い。
扉の先に広がる黒い空間……そもそも、足をつけて歩けるのかな?
そういえば、さっきクロウが弾き飛ばした銀貨……あれが地面に落ちるような音とか聞こえたっけ?
……いや、なにも聞こえなかった気がする。銀貨はどこに行ったんだろう。
今更だけど、本当に大丈夫だよね。足を踏み出した瞬間、消えちゃったりとか……
うう、だんだん不安になってきた。
「おい、ルビィ」
「え?」
名前を呼ばれて、わたしは顔を上げる。
「どうした、やっぱり怖じ気づいたのか?」
そう宣って、クロウは不敵に微笑する。
「なっ……まったくそんなことありませんけど?」
わたしは平静を装って、そう返してやった。
「なら結構だ……さて、行くとするか。進む先は暗闇だが、明かりには困らないだろう」
クロウが、わたしを見ながら冗談めかす。
キョトンとするわたしの背後で、シャルティアさんが「たしかに……」と呟いた。
え、なに? なにが?
「ルベーリアさん、光っていますからね」
シャルティアさんの言葉で、わたしはハッと思い出した。
そういえば、魔力の放出が止まらなくて、わたしの全身は薄ら光っているんだった。すっかり忘れてたよ。というか、まだ止まってなかったのか。
身体から出る魔力って、どうやって止めるんだろう。
クロウやシャルティアさんに訊ねたら、なんとなく呆れられそうなので、わたしは『ルベーリア』の記憶を掘り起こす。きっと魔法の学校で習っているはずだよね。
魔力の止め方、魔力の止め方、と……
さっそく『ルベーリア』の記憶が浮かび上がってくる。
簡潔に述べると、普通は「止まれ」と念じれば止まるらしい。そんな適当な感じでいいのかと思わなくもないけど……まあ、やってみよう。
わたしは一呼吸してから、心の中で念じる。
――魔力よ、止まって!
さて、どうだろう。止まったかな。わたしは自分の身体をたしかめてみる。
……止まってないじゃん!
わたしの身体は、変わらず淡く光ったままだ。
普通は念じれば止まるってことは、つまりこれ……わたしは異常な状態にあるの?
というか、ずっと魔力を出しっぱなしって身体的に大丈夫なのかな。
そのうち枯渇して、力尽きちゃったりしない? 今のところは平気だけど……
もしこの先、全身が光ったままだったらどうしよう。
たとえば道を歩いてて――
「お母さん見て、あの人光ってるよ!」
「こら、見るんじゃありません!」
――とか。すごい嫌だ。
「おいルビィ、なにボンヤリしてる」
「あ、すみません……」
止まらない魔力については、また後で考えるとしよう。
「ちゃんと集中しろ、やっぱり屋敷で待つか?」
うう、叱られてしまった。
なんか、通信簿によく注意力散漫ですって書かれていたのを思い出してしまう。
「いいえ、行きます、行きましょう」
「……よし、じゃあ出発だ」
いよいよ、クロウが屋敷の外に歩を進める。
黒い空間に踏み出された、クロウの一歩。わたしは背後で固唾を呑んで、その様子を見守る。クロウの足が、黒い空間を踏みしめる。どうなってるのかわからないけど、ちゃんと足はつくみたい。
「ど、どうですか? 歩けそうですか?」
「ああ、おそらくな」
慎重にクロウは前へ進んでいく。
そうしてしばらく歩いたところで、こちらを振り返った。
「なにしてる。お前らも早く来い」
「わかってます!」
よし、わたしも後に続くぞ。
ルビィ、行きます!
わたしは思い切って黒い空間に飛び出した。
両足が地面についたような感覚。おお、なんだか不思議だ。怖々と一歩ずつ、わたしはクロウの元まで進んでいく。その後ろから、シャルティアさんも続く。
「さて……」
わたしとシャルティアさんが合流するのを待ってから、クロウが口を開いた。
「ここからどう進むべきだと思う?」
「わかりません」
「同じく」
わたしとシャルティアさんの回答に、クロウは腕を組んで唸った。
「とりあえず、このまま直進してみるか」
そんな適当でいいのかな……といっても、わたしにも妙案とかないんだけど。
「異論はないか? じゃあ行くぞ……」
「ちょっと待ってください」
シャルティアさんがクロウの言葉を遮る。
「どうした?」
「なにか……揺れを感じませんか?」
揺れ? どうだろう……わたしは意識を傾けてみる。
「……たしかに、ちょっと揺れてるような気がしますね」
「ああ……しかも、徐々に強くなってきてる」
クロウの言う通り、どんどん揺れが大きくなってる。なんか地鳴りみたいな音もしてるし!
大きな揺れに耐え切れず、わたしはよろめいてしまう。
そんなわたしの肩を、クロウが支えてくれた。
「あ、ありがとうございます……」
「それより、見てみろ」
クロウが、わたしの背後を見上げながら言った。
わたしは、その視線を辿る。
「……えぇ」
思わず、そんな声を漏らしてしまった。
なんか、インバーテッド家の屋敷が薄っすらと光ってる。その輝きは、みるみる強くなっていき……
「ま、眩しい……!」
わたしは目を閉じた。
「……おいルビィ、お前の光も強くなっているぞ!」
と、クロウが声を荒げる。
「え? え?」
そんなこと言われても困る。
いったいなにが起きてるの?
わたしは眩しさを堪えながら目を開く。
屋敷を包む白い光が拡大していって――その輝きに、わたしたちは呑み込まれた。




