第五十四話「かつての部下(SIDE:クロウ)」
目の前に現れた男を、俺は知っていた。
それもそのはずだ。
なぜならば、この男は部下なのだから。
いや。部下だったと表現したほうが、もはや正しいだろう。
見る影もない姿になってしまった、かつての部下と向かい合う。
「酷い姿だな、マーカス」
それが男の名前だった。
マーカスには、父上を復活させるための儀式を任せていた。
父上が不完全な覚醒を果たした際に、屋敷の外に吹き飛ばされたらしいが……
それから二〇〇年、この森で生きながらえていたのか。少し驚きだ。
「お、おお……おお……おお……」
マーカスが擦れた声を発する。
「……クロウ様、クロウ様ではないですか」
ほとんど獣のような相貌を、凄惨な笑みで歪める。
「このマーカス……インバーテッドの者に再び邂逅できるとは思っておりませんでした」
口調は丁寧だが、その声音には不遜な響きが混じっている。
「昨夜、屋敷を覗いていたというのは貴様か?」
「ええ、ええ、そうですとも。屋敷の封印が解けた様子でしたから。これは確認せねばと出向いたのですよ。奇妙なヒポグリフに邪魔されてしまいましたがねぇ……」
「確認だと?」
笑わせてくれる。
「貴様が屋敷に来たのは、俺たちを殺す気だったからだろう」
声色でわかった。
マーカスは間違いなく俺に恨みを抱いている。
いや、俺というよりはインバーテッド家に……より限定するならば父上、アルバートを憎んでいるのだろう。
「くくく……なんだ、バレているのですか」
「隠す気もないだろう」
全身から俺に対する殺意を滲ませておいて、よく言ったものだ。
「興味はないが、一応訊いてやる。俺たちを恨む理由はなんだ?」
「私の計画を台無しにしてくれたからですよ」
「計画だと?」
「私が黒の王を復活させるために儀式を担当したのは、王の力を利用しようと考えたからでした。そのために貴方たちに取り入り、信用を得て儀式の司祭に選ばれた」
「そうだったな。貴様を信頼したのは大きな間違いだったわけだ」
「私は黒の王に暗示をかけ、操り人形に……」
「もういい」
マーカスの戯言を遮る。
「復活した父上には自我がなかった。そして貴様は父上に吹き飛ばされたそうだな」
「……そうだ、そうだとも! 聖女の封印により、私はそのボロ小屋からも出られなくなった!」
声を荒げながら、マーカスは俺の背後を指さす。
「それでよく二〇〇年間も生き延びられたものだな」
屋敷ごと封印された俺たちのように、時が止まっていたようではなさそうだが。
「私は小屋から出られなかったが、逆は可能だったのですよ」
「逆……そういうことか」
「ええ、馬鹿な人間がたまに迷い込んで来てくれましてねぇ……そいつらを餌にして命を繋いできたのですよ」
「貴様はたしか、一般種だったな」
一般種とは文字通り、一般的な吸血鬼だ。
俺たち純血種の下位に当たる吸血鬼で、人間の血が混ざっている場合が多い。
ルビィにも説明したように、少ない魔力でも活動できる種だ。
だからこそ、今日まで生存できたわけだ。
……それもここで終わりだがな。
手を前方にかかげ、魔力を集中させる。
イメージするのは、全てを切り裂く剣だ。
凝縮された魔力が、赤と黒を基調とした剣を造り出す。
眼前に顕現したそれの柄をにぎり、軽く一振りする。
刀身が周囲に魔力の燐光を散らす。
「……ふん、今ひとつだな」
やはり力が弱まっている。
聖女によって二〇〇年も眠らされてしまった影響だろう。
本調子を取り戻すのに、どれくらいかかるやらだ。まったく忌々しい。
だが、マーカス程度を相手にするならば問題はないはずだ。
「そら、俺を殺したいのだろう。遠慮なく来い、マーカス」
「余裕ですねぇ。随分と力が弱まっているとお見受けしますが」
「だからどうした。貴様程度にはちょうどいいだろう」
マーカスが眉間に皺を寄せる。
「貴方のその不遜な態度が昔から気に入らなかった……望み通り、殺してやるッ!」
吠えながらマーカスが地面を蹴る。
一瞬で距離が埋まり、マーカスが肉薄する。
そのままこちら目掛けて拳を振り上げた。
「ガアアッ!」
「まるで獣だな」
マーカスの拳を剣で受け止める。
拳と刀身がぶつかり、火花を咲かせながら甲高い音を響かせた。
「む……」
思ったよりも重量のある一撃だった。
俺の身体は地面を滑るように後方へと押しやられる。
「クロウさん!」
不安げな色を帯びたルビィの声が飛んできた。大げさなやつだ。
「問題ない。そこを動くなよ」
前方のマーカスを見据えたまま、背後のルビィに声を投げた。
「その女性は……」
マーカスは、そこで初めてルビィの存在に気づいたかのような反応を示す。
「くく……これはこれは。美味そうな餌を連れているじゃないですか、クロウ様」
ルビィに目を向けながら、マーカスは口の端を吊り上げる。
その歪な顔に、下卑た欲望を覗かせる。
こいつ……俺への憎悪はそっちのけでルビィの血に目を奪われたな。
下位の吸血鬼としては正しい反応かもしれんが。
再びマーカスがこちらに向かってくる。
今度の目標はルビィだろう。俺を抜けて、あいつを襲う気だ。
「貴様にはやらんぞ。あいつは俺のだ」
剣を構え、猛然と迫るマーカスに斬りかかった。




