第五十話「朽ちた小屋」
茂みをかき分け、道なき道を進む。
例の靴跡を追って、どんどん森の奥深くに入っている気がする。
「止まれ」
わたしの前を行くクロウが、声を潜めて指示してきた。
「クロウさん?」
「あれを見ろ」
クロウは顎をしゃくり、前方を示す。
そこには、ボロボロに朽ちた小屋があった。
「あれって……」
「おそらく標的の住処だろう」
いつの間にか標的になってる。
たしかに靴跡は、小屋の方まで続いているみたいだ。
屋敷を覗いていたというなにかは、あの朽ちた小屋の中にいるんだろうか。
「どうするんですか?」
隣に立つクロウは、わたしの問いを「ふん」と鼻で笑う。
「決まっているだろう。あの小屋に乗り込むぞ」
ですよねー。そうだろうとは思ってました。
「怖いのなら、ここに残ってもいいんだぞ」
「いえ、一緒に行きます。むしろ一人で残される方が怖いです」
「そうか、なら行くぞ」
言うが早いか、クロウは小屋に向かって歩き出す。
「ちょ、待ってください」
慌ててクロウの後を追いかける。
少し先のクロウは、肩で風を切って進んでいく。
もしかして、正面から堂々と乗り込むの?
なんというかこう、ひっそり裏に回ったりとかしなくていいのだろうか。
「クロウさん」
「なんだ」
クロウは呼びかけに応えてくれたけど、足は止めない。
「もっと……こっそり近づいたほうがいいんじゃないでしょうか」
「小細工など不要だ」
きっぱりと告げられてしまう。
「どうせそこまで大した相手じゃない。気配でわかる」
……その台詞、フラグっぽいんですけど。
どうしようもなく不安になってきた。
なんだか嫌な予感がしてしまう。
当たらないといいんだけど……って、いけない。これもフラグっぽいよ。
今のなし。もう全然、嫌な予感とかしない。
などと自分に言い聞かせているうちに、小屋の前まで来てしまった。
改めて近くでみると、今にも崩れそう。
屋根も外壁も、全体的に苔むしてる。もはや自然の一部って感じだ。
クロウとわたしは、さらに小屋へと近づいていく。
そして、とうとう入口の前に立った。
途中で、クロウの言う標的が小屋から飛び出してきたりしたらどうしようかと思ったりしたけれど……今のところ、なにかが起こる気配はないみたい。
「……中から気配を感じるな」
口にしながら、クロウは古びた扉に手を触れる。
「気配は二つ。どちらも人間のようだが……」
「え、それじゃ靴跡の主は人間なんですか?」
「そうと決まったわけじゃない」
どういうことなんだろう。
「入ってみればわかるだろう」
事もなげに告げて、クロウは扉を「バーン!」と豪快に開け放った。
「ちょ、ちょっと開け方ぁ!」
正面から行くにしたって、もう少し慎重にして欲しい!
それと心の準備もさせてもらいたかったんですけど!
「なんだ」
恨みがましい視線を送っていると、クロウが不思議そうに眉をひそめる。
「……なんでもありません」
「さっさと中に入るぞ」
「は、はい……」
クロウと二人、室内に足を踏み入れる。
外観と同様、中も荒れ果てていた。
あちこち酷く汚れて、壊れた家具類が散乱している。
「……誰もいませんね」
見回す限り、小屋の中は無人だ。
「奥にも部屋があるらしい」
「あ、本当ですね」
小屋の奥に、扉が見える。
「行ってみよう」
床を軋ませながら、奥に進む。
扉の前に立ったクロウが、手を伸ばそうとする。
「ちょっと待ってください、クロウさん」
「どうした」
「今度は乱暴に開けないでくださいよ」
「やれやれ、いちいち細かいメイドだ」
大雑把なメイドよりはマシだと思う。
再度、クロウは扉に手を伸ばす。
「そっとですよ、そっと」
「わかったわかった」
こちらをうるさそうにしながらも、クロウは静かに扉を押し開いた。
「どうやら寝室だった場所のようだな」
おそるおそる、クロウの後ろから中を覗く。
やっぱり荒れ放題だけど、たしかにここは寝室だったのかもしれない。
ボロボロになった大きなベッドが置かれているし。
「……いるな」
部屋をぐるりと見渡して、クロウが呟く。
「え、え、ここにいるんですか」
「ああ、はっきりと気配を感じる」
わたしは部屋のあちこちに視線を飛ばす。
「どこにも、なにもいないみたいですけど……」
「隠れているんだろ」
クロウがベッドの方に歩み寄る。
そして……
「なあ?」
身を屈め、陰になっているベッドの下を覗き込んだ。
「わああああっ!」
悲鳴が上がり、ベッドの反対側から女の子が飛び出してくる。
「ま、待って、エマちゃん!」
女の子に続いて、女性がベッドの下から出てくる。
女性は、シスター服を着ていて……って、なんだか見覚えがあるような。
シスター服の女性が、怯える女の子をかばうように抱く。
間違いない。その女性は、わたしが知っている人だった。
「ミリアさん!?」
そう。リスルムの教会で知り合ったシスター、ミリアさんだ。




