第二十四話「仮説の証明」
「店主、そろそろ話をさせてもらってもいいでしょうか」
空になったワインのグラスを静かに置いて、シャルさんが口火を切った。
「おう、いいとも」
店主は、どんと来いといった風に頷く。
シャルさん、どんな質問をする気なんだろう。
「町の近くにある森についてなのですが」
「…………!」
そうシャルさんが切り出した途端、店主がハッとした顔になった。
「……『魔の森』について、なにが知りたいんだ」
あの森、そんな物騒な名前で呼ばれてるの?
「まさかとは思うが、あの森に近づいたりしてないよな?」
近づくどころか、その森から来ましたなんて言えない……
「危険な場所なんですか?」
シャルさんが逆に訊ね返す。
「ああ、危険だと言われている」
「実際、なにかが起こったりしたのですか?」
「近頃はなにもないが……昔はな。あの森には、伝説があるんだよ」
わたしとシャルさんは顔を見合わせる。
「……その伝説というのは?」
「森のどこかに吸血鬼の眠る屋敷がある……って伝説だ」
ポポちゃんも同じような話をしていた。
森を抜ける途中でポポちゃんに詳細を教えてもらおうとしたんだけど、あの子は「そういう伝説が存在する」ということ以外は知らなかった。
「その屋敷ってのを探して森に入った者が二度と帰って来ない……なんて出来事が、何度もあったらしくてな。いつしかあそこは『魔の森』って呼ばれるようになったそうだ」
その人たち、どこに消えてしまったんだろう。
「なるほど……ところで吸血鬼の伝説について、もう少し詳しく教えてもらってもいいでしょうか」
「ん、ああ……大昔に、それはもう悪い吸血鬼の一族ってのがいたそうでな」
……うん、きっとインバーテッド家のことだよね。
わたしはシャルさんの表情を窺う。
爽やかな笑みを浮かべているけど……大丈夫かな。怒ったりしてないよね。
「悪さを繰り返す吸血鬼たちを、光の聖女様が屋敷ごと封印した……聖女様の伝説にそういう逸話が残ってるんだ」
光の聖女様って……『サント・ブランシュ』の主人公、プリムラのことかな。
すごいな、伝説の存在になってるんだ。
……って、そうだ。確認するべきところはそこだ。
「あの……大昔っていうのは、どれぐらい前かわかりますか」
しまった。思わず自分で質問しちゃった。シャルさんに任せる気だったのに。
「うーん、そうだなぁ……」
店主が腕を組んで考え込む。
「だいたい、二〇〇年ぐらい前じゃないか」
その答えに、わたしはただ驚くしかなかった。
◆
酒場を出たシャルさんとわたしは、町の広場に移動した。
近くにあったベンチに、二人で並んで座る。
「二〇〇年……ですって」
「二〇〇年……ですか」
わたしとシャルさんが、どちらからともなく呟く。
「仮説は正しかったわけですが……しかし、二百年ですか……」
シャルさんが空を仰ぐ。
わたしたちに起きている現状に対する、三つ目の可能性。
クロウとシャルさんが立てた仮説というのは――
わたしたちが封印されている間、屋敷内は時間が止まっていた。
つまり、外の世界では時が流れていたということになる。
それも、かなりの年月が経ったと考えていい。
だから、屋敷もすっかり森に囲まれたのではないか――
そういう仮説だった。
わたしも、ポポちゃんの言い回しに違和感を覚えたりしたのだ。
仮説は正しかった。
わたしたちが封印されている間に、とんでもなく時が流れてしまった。
この世界は……わたしたちが目覚めたのは『サント・ブランシュ』から、二百年後の世界なんだ――
「シャルさん、これからどうしましょう」
「まずは私の持っている硬貨を、この時代の硬貨に換金したいですね」
酒場で飲み物の代金を支払うときに判明したんだけど、二〇〇年前の硬貨はこの時代だと稀少価値が高いそうだ。
シャルさんが出した銅貨に、店主は目を丸くしていた。
「私としたことが、迂闊でした」
結局、店主は「飲み物代はサービスにしとくから、また来てくれ。うちは食事もうまいんだ」と言ってくれた。いい人でよかった。
「……それと、もう少しこの世界についての情報が欲しいですね」
「なら、もっと酒場で聞き込みすればよかったんじゃ」
「あまり色々と質問しては、怪しまれるかもしれないでしょう」
あ、なるほど……
「とりあえず、町の中を巡ってみましょうか」
「はい、わかりました」
二人、同時に立ち上がる。
「…………っ」
立ち上がった瞬間、シャルさんがよろめいた。
「シャルさん、大丈夫ですか?」
思わず身体を支えようと近づくわたしを、シャルさんは片手をあげて制する。
「平気ですよ、少し立ちくらみがしただけです」
「でも……もうちょっと、ここで休んで行きましょう」
「いえ、それより……ルビィさん、お腹が空きませんか」
「え?」
突然なにを……でも、言われてみると空いたかもしれない。そういえば結局、シャルさんが持ってきてくれたチョコレートしか食べなかったんだ。
「ええと……空きました」
「私もです。きっと立ちくらみも、そのせいでしょう」
「そ、そうなんですか?」
「ええ、ですから……ひとまず、ちゃんとした食事を摂りましょうか」
ちゃんとした食事……うう、それは抗えない提案です。
「とはいえ、どこで食べましょう。さきほどの酒場は食堂も兼ねていたようですが……」
「でも、なんとなく戻りづらくないですか?」
「……それもそうですね」
「あ、そうだ……」
さっき通りを歩いている時、よさげな雰囲気の店があったのを思い出す。
カフェみたいなお店だったけど、きっと食事もあるよね。
「ルビィさん、なにか心当たりでも?」
「あ、はい。実はさっき……」
わたしはシャルさんに説明する。
「では、その店に行ってみましょうか」
「わかりました」
「場所は覚えていますか?」
「だ、大丈夫です」
……たぶん。




