第十話「森」
ものすごい土と草の香りで、わたしは目を覚ました。
……ん? 目を覚ました? そもそもわたし、寝てたんだっけ……? なんだか、まだ頭が上手く働いてないみたいだ。
何度か瞬きを繰り返す。視界に映るのは空だった。抜けるような青空だ。
ああ、いい天気……もう少し、このまま寝ていたい……
…………って、寝てる場合じゃないよ!
ようやく意識がはっきりとしたわたしは、勢いよく上体を起こした。それから、周囲をぐるりと見回す。
「ここ、どこ……?」
わたしがいるのは、緑が生い茂る森のような場所だった。
「なんでいきなり森?」
さっきまで、わたしは黒い不思議な空間にいたはず。それで、屋敷が急に強く光り出して……その光に呑み込まれて――気がついたらこうだ。たぶん、意識を失っていたと思うんだけど……
「そうだ、屋敷は……」
あった。わたしの背後に、屋敷はちゃんと存在していた。鬱蒼とした森の中に、瀟洒なお屋敷が「どん」と建っている、不思議な光景だ。
屋敷があるということは、ここは間違いなくインバーテッド家で……
「あ」
はた、とわたしは重大事に気がつく。
「クロウとシャルティアさん!」
一緒にいた吸血鬼兄弟たち。二人はどこに?
「も、もしかして……」
わたしは最悪の事態を想像して、血の気が引くのを感じた。
あのとき、屋敷が放ったのは光属性の魔力だったと思う。しかもかなり強力なやつ。
まさか、強い光の魔力に呑み込まれた二人は消滅しちゃったりとか……だけどクロウは吸血鬼でも、真祖じゃなくて純血種だから光属性の魔力は平気だって言ってたっけ……弟のシャルティアさんも同じはずだよね、きっと。
わたしは辺りを見渡して、二人の姿を求める。すると――
ガサガサと、近くの茂みで音がした。
「クロウ様? シャルティア様?」
わたしは、音がした方を振り向く。
「……………………え?」
そこには――茂みの中から頭だけ出して、こちらを見つめる存在がいた。
残念ながら、クロウでもシャルティアさんでもない。
一言で表すなら――鳥だった。
モフモフと柔らかそうな、ふくよかな顔。つぶらな瞳にシャープな嘴。茂みから出ている頭部からして、たぶん、すごく大きな鳥だ。
わたしはゴクリと喉を鳴らした。
可愛い顔をしてるけど、襲われたらどうしよう。
巨鳥と見つめ合ったまま、ゆっくり後退る。
「ヒポポー」
「ひっ……」
巨鳥が鳴いた。なんだか変わった鳴き声だ。
後退るわたしを追いかけるように、巨鳥が茂みから抜け出してくる。
想像していた通り、やっぱり大きい。というか……なんか、ふくよか。
「ヒポヒポ」
鳴きながら、巨鳥がこちらに近づいてくる。
よく見ると、普通の鳥とはまるで違う姿をしている。いや、大きさの時点でもう普通じゃないんだけど、もっと根本的にだ。
立派な翼のある猛禽類っぽい上半身に、下半身は馬のように見えた。
「……あれ?」
さらによく見ると、巨鳥の背に人影が……
「……って、クロウ様!?」
巨鳥の背に跨がっているのは、クロウだった。無事……なのかな? ここからじゃよくわからない。ただ、意識はないみたいだ。
なんで巨鳥がクロウを……まさか、エサにするつもりとか? シャルティアさんが見当たらないけど、もう食べられちゃったり……そして、次はわたしも――
「……逃げなきゃ」
わたしは呟く。いや、でも待って。クロウを置いてはいけないよね。なんとかして助けないとだけど……ああもう、なにか戦闘向きの魔法が使えたらよかったのに。
『ルベーリア』は魔法の才能がイマイチだった。しかも戦闘に使えるような魔法も、なにも習得していない設定だったはず。
「ヒポポー」
巨鳥が地面を踏みながら、わたしに近づいてくる。
情けないけど、わたしは足が竦んで動けなくなってしまった。




