勇者は勇者であり勇者である
守護の力。それは、僕の体の中から溢れて、外から包まれて何かに守られている力を同時に感じている。その感覚を噛み締めていると、リアが我慢仕切れない様子で僕を突き飛ばした。
「痛いっ!? 何するんだよ、リア!」
「はいはい、マサヤはもうもらったんでしょ! 次は私の番でしょ!!」
「……? いえ、勇者リアには既に加護を授けていると伝えたはずですが?」
不思議そうに小首を傾げるティエル女王に、リアはその事を完全に忘れていたようで、しまった、と言わんばかりに口に手を当てる。
「ふふふ、うっかりさんですね、勇者リアは」
「むきー!!」
顔を真赤にして地団駄を踏むリアを鎮める方法を僕は知らない。どうしたものか、とトラムスに目をやるが、彼は視線を受けて首を横にふるふると振って否定の意志を示すのみだった。
「さてと、からかうのはこれくらいにしておきましょうか」
「今聞き捨てならないセリフを聞いた気がするのだけど!?」
リアの抗議を、ティエル女王はスルーして、きりっとした表情を作ると、改めて僕に向き直る」
「勇者殿、あなたにはダークエルフ達との“交渉”を担当してもらいたいのです」
「え……? 戦闘ではなく、ですか?」
僕の問い返しに、こくりと静かに頷く。
「え? ちょっと待って、どうしてマサヤにだけ言うの?」
チラと、ティエル女王はリアの方を横目で見たが、小さく溜息をつくとズバっと言い放った。
「勇者リア、あなたは“交渉”ごとに自分が向いているとお思いですか?」
「うぐっ!?」
無慈悲な一撃に黙り込んで固まってしまうリア。それを確認すると、またくるりと場の雰囲気を変える。流石は女王ということか、この場の空気の支配力には素直に感嘆してしまう。
「正直、彼女たちが何故聖剣を欲しているのか、全く検討がつかないのです。何しろ彼女たちには全く不要なものですし、この精霊樹が特別なものであることは当然知っているはずなのですから」
「そうなんですか……、うーん。当事者ではない僕たちにはますます解らないですね」
そこで小さくぽんと手を打って、ティエル女王は顔を輝かせてにっこりと微笑んだ。
「そこであなたの“魔法”の出番なのです!」
「えっ」
「あなたの魔法は万能なのでしょう? それを用いて、彼女たちの目的を聞き出し、そして解決して頂きたいのです」
「ちょ、ちょっと待ってください! 僕の魔法はそれほど万能ではありません!」
「どういうことでしょう?」
僕はここで腹をくくり、ティエル女王に僕の魔法の特性、欠点を余す所なく伝えた。
話を聞き終えた彼女は、はふぅ、と小さく溜息をついて困ったように眉根を寄せる。
「なるほど、しかしそうなると困りますね。私達エルフは魔法文明と言っても過言では無いほどに魔法具に頼り切った生活をしています。それらがすべて半日程度とは言え、全く使用不能となるとちょっと……」
「女王、それに防衛の問題もあるのではないですか?」
横から口を挟んだトラムスに、ティエル女王ははっとして目を見開いた。
「その問題もありましたね、困りました」
「どういうことでしょう?」
「実は……」
ティエル女王の話はこうだ。このエルフの国を守護している精霊樹、その周囲を覆うマナのバリアーの役割のことを。元々非力なエルフ達は、魔法を使用することで外敵の侵入を防いできていた。しかし、バリアーどころか魔法まで使用が出来ないとなると、弓矢や長槍程度の武力しかない。しかも、魔法にかなりの自負心を抱いているエルフ達にとって、実体を持つ武器を扱うのは下に見られる傾向が強く、その練度もあまり良くらしい。
僕はその問題の多さに頭を抱えた。
「……それ、僕の魔法全く使ったら駄目な感じじゃないですか?」
「そうですねー、困ったものです」
話の大きさに対してそれほど困っているような表情を見せないティエル女王。この人、やっぱり大物なのか?
「簡単じゃない!」
「えっ?」
話を横で静かに聞いていたリアが得意満面の笑みを浮かべてふんぞり返っている。あ、これ駄目な感じのやつだ。
「要は防衛力が足りないんでしょ? それならここに人類最強の人間がいるじゃない!」
自分の胸をドンと叩いて、任せろ! と言わんばかりのリアに、僕は思わず大きな溜息をついた。
「君は本当にバカだな」
「マサヤ!? それ今まででもかなり酷い言葉の部類なのだけど!?」
直球な言葉に驚愕しているリアに、僕は毎度のことながら丁寧に説明する羽目になった。
「まず。リア、君は確かに強い」
「当然ね! 私こそ勇者オブ勇者なのだから!」
「でも君は一人だ」
「えっ?」
意外そうな顔をしたリアに、ごくごく単純な問題点を突きつけた。
「この決して狭くはないエルフの国の全てを君一人で防衛するのか? 例えば、この国の東側に外敵が現れた直後に、西側にも同時に魔獣の類が発生したら、君はそれに対処できるのかい?」
「うっ!」
こんな簡単な問題にも気づかない相棒に僕は落胆した。
「だからこそ僕たちは困っているんだよ」
「ふみゅー……」
あざとい鳴き声を上げるリアに、僕はちょっと冷たい視線を投げる。
「え、ええっと、それじゃあどうしようかしら?!」
慌てたように弁解するリアに、僕は思わず怒りの声を上げた。
「それを今話しあってるんだよ!? ちゃんと聞いてた!?」
それをとりなすように、ティエル女王がなだめにかかる。
「まあまあ、勇者同士で喧嘩しても仕方ないじゃないですか。ここはみんなで協力していきましょう?」
「……まあ、そうですね」
「そ、そうよね! そうするべきよね!」
焦ったように乗っかるリア。僕はこのポンコツ勇者に後何回苦労させられるのだろう。
「さて、とりあえず何はともあれ、勇者殿には精霊樹の聖剣の修復をお願いしなければなりませんね」
「えっ? でもそれをすると国が混乱してしまうのでは?」
何しろ魔道具が全部使用不能になるのだ。
「大丈夫ですよ、私の命令でどうとでもなります」
「結構力技ですね!?」
強引すぎる解決法に僕は驚嘆した。
「まあ、その間はあまりたよりありませんがエルフの兵力をかき集めて、防衛網を築いて各地に派遣するしかないでしょうね。幸い、我が国は領土と呼べるのはこの首都ぐらいのものです、範囲がそれほど広くないのが救いですね」
「はあ、それじゃあ問題は解決ということですね?」
「そうですねえ、兵士の皆さんにはちょこっと負担を強いてしまいますが、まあ大丈夫でしょう」
不安だ。クーデターとか起きないのだろうか。
「そして勇者リアには遊撃隊として、押されている戦場へ随時派遣、撃破してもらうことにしましょう」
さも名案だ、と言わんばかりに次々と決定していくティエル女王に、僕は唖然としてしまった。最初の悩む振りは一体何だったのか? と思ってしまう。
「そして勇者殿にはこの精霊樹の守りをお願いしますね」
「ちょーっと待った-!!」
ティエル女王の弾むような声に、リアの待ったがかかる。
「そこって一番大事な守りの要でしょ? なんで貧弱なマサヤが残るわけ!?」
「まあ! 仮にも勇者殿を捕まえて貧弱とは何という言い草なのでしょう!」
「話をすり替えないで!」
「リア!」
その言葉に僕は思わず声を上げる。
「何よ!!」
怒鳴りつけてきたリアの両手を、僕はぎゅっと握りしめた。
「ふぁっ!?」
一瞬で顔を赤くするリアに、僕はぽろぽろと涙を流した。
「あのリアが、今までころっと騙されてしまっていたリアが、そこに気付けたなんて! 僕は感動している!」
「私のこと見くびりすぎじゃない!?」
「え、気付いてなかったの?」
「なんたる侮辱!!」
顔を真赤にして怒るリアをなだめすかしつつ、僕はティエル女王へと問いかけた。
「ティエル女王、正直僕の今の剣技では熟練した戦士に挑まれた場合、負ける可能性が非常に高いとおもうんですが」
「大丈夫、私は勇者殿の事を信じておりますから」
楽しそうに可愛らしくのたまう女王に、僕は愚かリア、果てはトラムスまでもがうろんげな瞳を向ける。
「……それ、何の根拠もないですよね?」
「えー、そんなことありませんよー。だって勇者殿は勇者殿であり勇者じゃないですか」
「うぅ……うぅ……?」
勇者がゲシュタルト崩壊してリアが混乱している!
「差し出がましいようですが女王、僕も正直このバカ勇者が約に立つとは思えないんですが」
「バカ言うなガキンチョ!」
「うっさい! バーカ!バーカ!」
「バカって言った方がバカなんですぅー!」
「マサヤ! 子供のケンカに付き合ってどうするの!」
「勇者リア! いくらあなたでも僕を子供扱いは納得しませんぞ!」
もはやカオスになったこの場において、突如として猛烈な威圧感が舞い降りる。
「子供のお遊びはここら辺でおしまいにいたしませんか?」
威圧感の出所はティエル女王だ。能面のような無表情なのに目だけが笑みを作っているが、あれは決して笑顔ではない。
「「「はい……」」」
僕たち三人の心は今一つになった。そこで彼女はこほんっと軽く咳払いすると、パンと手を打って表情を変えた。
「まあ、ちょこっと説明をはしょりましたが、今現在の最強戦力は勇者殿でしょう? 何しろ、ダークエルフ達とて、攻撃の主な手段は魔法と魔道具によるもの。ウチと似たり寄ったりなのですから」
「あ、それで僕の力を……」
ティエル女王はにっこり微笑んでそういうことです、と頷いた。
「彼女たちが万が一にも奇襲せしめても、私がそばについていれば、その力を使って退ける事が可能でしょう」
「なるほど……」
「うぅ……反論できない……」
一人、リアだけが項垂れてがっくりとしているが、まあそこは諦めてもらおう。……仕方ない。
「リア」
「……なぁに、マサヤ」
「リアはテレシー国の王女にして勇者なんだろう? それが、こんなことでへばってどうするんだよ」
「マサヤ……」
「君には背負うべき責任と、立場と、義務がある。それを果たさずしてこの先も立派に勇者だなんて言えるのかい?」
「うん……そう、そうね。私、ちょっと視野が狭くなってたみたい」
君の視野は広がったことあっただろうか? などと野暮なことは言わずにおいて、僕はニッコリと微笑んだ。
「マサヤの言う通り、私には守るべきものがいっぱいあるわ! ティエル女王、その役目見事に果たして見せます!」
「ええ、期待しておりますよ、勇者リア」
次回は12時更新です




