10-現
「――本当に、大丈夫?」
香苗が心配そうにわたしを見る。
「大丈夫だよ。ちょっと気を失っただけだから」
実質、わたしが気を失っていた時間は五分にも満たない。
だけど。
その間に事件は解決していた。
わたしたちを襲った不審者は、物音に気づき駆けつけた先生が取り押さえたらしい。
男は両手と両足をロープで縛られ、床に伏していた。
香苗は口の端を少し切っていたが、それ以外怪我はなく、わたしの意識が戻るやいなや駆け寄って心配してくれた。
その後駆けつけた警察の人に一時間ほど事情聴取を受けたわたしと香苗は、当然のごとく先生のお叱りもたっぷりと受ける羽目となった。
男――不審者は何が目的で浸入したのか、なぜわたしたちを襲ったのか、何も語らないらしい。
ただ――薬物を服用しているのではないかと、先生も警察の人も口にしていた。
どうでも良い。
その後、わたしと香苗は両親に迎えに来てもらう手筈となった。
その間のことである。
「香苗、助けてくれて――ありがとう」
香苗は危険を省みず、わたしを必死に守ってくれた。香苗がいなかったら、わたしは死んでいたかもしれない。
「友達だもん。助けるよ」
当たり前じゃん、と付け加えて、香苗は笑う。
「いやあ、でもビビったね。突然のことだったし、相手は得物も体格も力も持ってたからね、さすがのあたしも実は超ビビってた。内緒の話だけど――おしっこチビっちゃった」
乙女のパンティーを彩るシミを見るかい――などと言って、香苗はスカートを捲ろうとしたが、それは断固拒否させてもらった。
「でも、本当にありがとうね」
「もういいよ。そもそも元凶はあたしでもあるしね」
肝試しをしよう――。
それがこの事件の始まり言葉だったのだ。
でも――。
「楽しかったよ」
それは――本心だ。香苗の怪我のことを考えれば不謹慎ではあるけれど、それでも心からそう思った。
香苗はわたしの言葉に少しの間考えを巡らせていたが、
「柚子はもしかしたら、感情が麻痺しているんじゃなくて、感情を刺激する出来事のレベルを高く設定しちゃってるのかもね」
「ちょっとやそっとのことじゃ感動しないってこと」
「そゆこと」
「ひどい! それじゃわたしがふてぶてしいみたいじゃないの!」
香苗は大声を出し笑った。わたしも、笑う。
「ふふ、柚子はきっと“怖いものが見たい”のさ」
「怖いもの、か」
「そうそう。幽霊だって暗闇だって、何だって良い。たとえ存在しないものでもことでも、見れることなら怖いものを見たいんじゃないかな?」
そうかもしれない。
世を達観しているわたしの心は、多分予想を超える“感動”を味わいたいのだ。飽き飽きした結末に、それでも“刺激”を――と欲しているのかもしれない。
そこで両親が迎えにきた。
香苗は立ち上がると、今日は本当にごめんねと謝った後、
「でも、もっと見れると良いね――“怖いもの”」
最後にニヤリと笑って、両親のもとに向かった。
怖いもの――か。
幽霊。怪談。暗闇。そして不審者。
何が真実で、何が虚構なんてことはわからないし、これからも多分わからないままだと思うけれど――。
――まあでも。
怖いものは――“怖い”。
わたしはその日――“太陽が落ちる夢”を。
――見た。
(了)




