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破呪の巫女  作者: 日室千種


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第2話

 闇の気配。

 リゼフィアは、憎しみで我を忘れそうになるのを必死でこらえた。

 粉々になった天幕の上空に、吸い込まれそうな巨大な穴がぽかりと開いていた。そこに浮かぶ、輪郭のぼやけた青年の姿をした異質な存在が、禍々しく笑った。

 そっと、右手を開いて見せる。ばらばら、と小さなかけらがたくさんこぼれた、と思えば、地面に着く頃には欠片は大きくなって、激しい水音をたててあたりに散らばった。

「く、、、」

 リゼフィアは拳を握りしめた。

 カゼルは動かない。無感動な風に、じっと闇精を見つめている。そんなはずはないのに。

 兎ほどの大きさの肉片と化した傭兵たちは、カゼルのもとで5年も勤めてきた猛者たちだ。どれだけ気を許し合い、認め合っていたか、しばらく行動を共にしたリゼフィアにはよくわかっていた。

(なんて無謀。対抗手段もないままじゃ、戦士なんて玩具でしかないのに)

 苛々と考え、もともと死ぬために戦うつもりの男達だったと思い出して、さらに腹が立った。

「……なんで一人しか来ない?」

 カゼルの暢気なつぶやきに、思わず正気を疑わずにはいられなかった。

「そんなこと……! 闇精には個体の別はないわ。あの姿も、闇精の力のほんの一部を具現化しているだけ。もとはひとつの意識体よ」

 まくしたてるうちに血が上ってくる。

 そう、もとはひとつということは、自分を辱めた闇は、今目の前にいる姿ではなかったけれども根本的に同じ存在であり、その憎い存在が今、そこにいるということ……!

 ぶるぶると震え出す膝は、武者震いだと信じた。そっと腿をつかんで、ふと、男の体も震えていることに気がついた。

「もとはひとつね。なるほど」

 凶悪な声だった。闇精と戦うのは、国のためという動機なんかではないのかもしれない。

 放たれた殺気に敏感に反応したのは、闇だった。

『私の遊びを邪魔した小癪な小僧はお前か』

 深い深い井戸の底から聞こえる水音のような声だった。うつくしいのに、不安をかき立てる異質な音だ。

 肉体を震わせて発したものではないのだ。あくまで、闇精のお遊びで音を立てている、それだけ。

「遊びねえ。どんな遊びのことかな。使節を丸焼きにしたかったのか?」

 肩をすくめておどける、人としてはあり得ないほどの気丈夫さにリゼフィアは顔をしかめた。挑発して、早く死を招きたいのだろうか。しかし、生を諦めきった人間に、これほどの殺気を放てるとは思えない。

「同盟とやらを組んでみるのも面白いと思ったが。人の王を唆すのにも、いろいろと工夫を凝らしたのだ」

 残念そうな物言いだった。

「どこまで条件を呑めるか、大層楽しみだったのに。小僧、王は、同盟のために肉親を差し出したと思うか?」

「……王妹殿下のことか。さあね。嫁にとるとでも言えば、差し出したかもな」

「では片腕は?」

「無理だろう。痛いのはお嫌いだ」

 主君をなぶられても、カゼルに感情の波は見られない。

 やはり殺気の理由は別にあるのかと察しながら、リゼフィアは気配を殺して後ずさっていった。

 対峙する彼らは、傍観者の存在をまるで知らぬよう。自分が死ぬまで逃げるなと言ったカゼルも、今や敵しか見えていない。

 しかし後ずさりながら、リゼフィアは次の行動を決めかねた。

 逃げようと考えた次には、憎しみで目が眩みそうになるのだ。

 口惜しいのは、今のリゼフィアの能力がひどく制限されていることだ。カゼルが殺されたあと、無事に逃げおおせるかどうかも怪しい。

「愉快だな、小僧」

 悩んでいたリゼフィアの耳に届いた声は、肉声だった。

 見れば、カゼルの向こうに、細身の青年が立っていた。空いっぱいに広がっていたあの姿そのまま、人の大きさに濃縮したのだ。

 大きな負の精気がその体に押し込まれていて、人の形をしていても、その異様な質量が辺りの空気まで加重させた。

 大元の意識体から一時的に連絡を絶ち、人に似せた器に力を充填したのだと、リゼフィアにはわかった。ーーあの、忌まわしい夜のように。

「剣を使ってみるのも、たまにはいい」

 言って青年の形をしたモノが手を振ると、何の変哲もない剣が現れた。抜き身だ。鞘はない。

 その剣に、人間は二人、肌を粟立てた。鉄の剣のはずはない。

 それは闇の精気を練り上げて造った、闇精の剣だ。触れるだけで溶け爛れ、切られれば消し飛ぶだろう。人の持つ剣では、受けることもできない。

(嬲り殺しだわ)

 見ていたくなくて、でも目を離せずに胸を押さえたリゼフィアの目の前で、二人は駆け寄り、そしてするりとすれ違った。

 再び向き合った二人のうち、青年の腹が、すこし滲んだようにぼやけて見えた。血はない。切られた肌が口を開け、中の精気が漏れ出して周囲に漂い、輪郭をぼやけさせたのだ。

 それを自ら確認して、青年は愉快そうに声を立てた。

「剣技では私が劣るか。こうでなくては」

「余裕だな」

 リゼフィアがかろうじて見て取った打ち合いで、カゼルは神業の体技で闇精の剣を躱し、逆に相手の腹を切り裂いた。

 だが顔の横すれすれを薙いだ異様な剣は、カゼルの髪をごそりと焼き消していた。

 異臭と、赤く腫れた頬が、剣の恐ろしさを知らせてくる。

 剣を躱していても、攻撃を躱しきれているわけではないのだ。時間の問題。

 だが。

 リゼフィアの赤い眼が、鋭く光を放った。

 すぐにカゼルが殺されることはないかもしれない。

 それなら、いい。それなら、いける。

 服の内側から革の小袋をとり出すと、逆さまにして中身を地面にぶちまけた。赤い砂粒が風に舞いながら広がる。

 かがみこんで表面を均し、親指を突き立てて一気に円をひとつ描き、そしてその中心に掌を叩きつけた。

 警戒しすぎなほどに慎重なせいで、いつもいつもおまじないのように野営地を囲んで結界印をつけて回る。そうしないと、寝られない。

 その結界印を、はるかに強固なものに今書き換えたのだ。複雑な手順は全て赤い砂にあらかじめ仕込んであった。いつか来る、機会のためにだったかもしれない。

 この結界は闇精をしばらく孤立させる。意識体の連絡すら妨げる結界を、もちろん人も越えることはできないのだけど。

 捨て身の、結界だ。

 青年の姿をした闇は、ふと訝しそうな顔を見せたが、特に何も思い当たらなかったらしい。カゼルに再び集中した。

 リゼフィアを徹底して無視している。そう仕向けているのはリゼフィア本人だが、その無視が終わったときのことを考えると、憎しみに恐怖が混ざった。

 もう少し、剣で痛手を負わせて弱らせたら。

 不意にカゼルが切り掛かった。青年はほんの少し反応が遅れた。カゼルの剣は再び腹を抉り、傷口はさらに精気を吹き出した。だが、うめいたのはカゼルだった。

 凶剣は今度は肩を掠め、肉を焼いたのだ。皮は一瞬で溶け、真皮が剥がれて茶色く変色していた。

「カゼル!」

 愚かな期待をした自分が間違っていた。カゼルが倒れれば、元も子もないのに。

 青年はリゼフィアの声すら聞こえず、ただ愉悦の表情で、動きの止まったカゼルの背中を切りつけた。腹が半分しかつながっていなくても、その動作に乱れはない。

「守護の炎よ」

 リゼフィアの叫びと、カゼルが振り返って剣を上げるのとが同時だった。

 闇精の剣は人の剣を溶かす。

 カゼルが剣で応えたところで、背中を切り裂くかわりに水を切るように剣を切り、カゼルの顔を真一文字に切り裂くだけのはずだった。

 耳障りな金属音と腕を痺れさせた衝撃に、二人の剣士は互いに呆然とした。

 あり得ないことを目の当たりにして。

 人の剣が、闇精の剣を弾いた。

「癒しの水を」

 いつの間にかカゼルの脇に走り寄ったリゼフィアは、手袋をはめた手でカゼルの焼けた肩をつかんだ。一瞬悲鳴をかみ殺したカゼルは、すぐに痛みが収束し、むずがゆさとともに肩が正常に戻るのを感じ、言葉を失った。

 問い掛ける視線を遮って、鎧に手を当てる。

「守護の炎よ。清流の加護よ」

 つぶやきに合わせて、赤い瞳がちかちかと光を放つ。それに呼応して、自分の革鎧や剣がほんのりと発光するのを、カゼルは見つめた。

「悪いけど、死ぬのを見届けるのはやめね。あれを、殺してもらわないといけなくなった」

「お前、法術使いか。剣士だとばかり」

「剣士よ。たいていはね」

 にや、とリゼフィアが笑った。おそろしく、暗い笑いだ。

 目を奪われていたカゼルが、呼ばれたように顔を上げ、迫っていた闇精の剣を強くはね上げた。

 剣も、鎧も、闇精の剣への抵抗性を持ったようだ。しかも意識はさらに冴え、青年のどんな動きでも、目をつぶっていてもわかりそうな気がする。

 だが剣を弾かれ飛び退いた青年は、そんな手強くなった敵よりも、リゼフィアに視線を縫い止められていた。

 闇精が、この場に現れてから初めて、リゼフィアを視認した。

 そのことに気がついて、カゼルはぞっと、背中が冷えた。

 理由はわからない。だが、自分を救うために、おそらくリゼフィアは安全を捨てたのがわかった。

「女……」

 青年の声が震えていたのは、気のせいだっただろうか。

「女。人ではないな。その魔力は、人の持てるものではない」

「カゼル、時間を稼いで。私は法陣しか今は使えない。法を描かなければ何もできない。法を描ければ」

 手袋の甲に仕込んであった小さな法布を取り出して、ふっと息を吹きかけると、布に描かれていた法陣が淡く光った。

「……なんとかなる」

 薄い柔布が、天に引かれるようにぴんと立ち上がった。それを青年に向かってかざす。

「火よ」

 呟きが、布を燃やした。

 燃え上がった炎がリゼフィアの手を離れ、引き寄せられるように青年に向かって飛んだ。

 小さな炎だ。青年は警戒もしない。それが、ふと瞬く間に、大人ひとりを丸ごと飲み込むほどの火球に膨れ上がった。そのまま、空気を焦がしながら青年に襲いかかった。

「お願い」

 見届けず、リゼフィアは戦闘から離れ、地面に座り込んだ。

 地を清め、陣をしかなくてはならない。それも究極に難易度の高い陣を、極速やかに正確に。

 赤い眼がきゅっと絞られた。

 リゼフィアの耳から、一切の音が消え失せた。

 その間に、湿気った薪が一瞬纏った火を消してしまうように、青年は火球を押さえ込んでしまった。

 髪が燃え、服が灰になり、肌が膨れて弾けても、まるで痛痒を感じないらしい。無造作に火を叩いて消すと、肉の焦げる匂いと、今や青年の全身から染み出る闇の精気があたりに立ちこめた。

「芸の細かいことだ」

 青年とリゼフィアの間に立ち塞がり、カゼルは細く息を吐いた。

 闇精が実体を持たないことはわかっている。

 時に、肉体を纏うことがあっても、それは人の体を模した玩具でしかない。気まぐれに、人とよく似て血を流し痛みを感じる体を作ることがあるという。しかし多くは、精気で造った器だ。あの剣と、大差ないのだ。

 切られれば裂け、焼ければ爛れるのは、闇精自身がそう望んでいるからでしかない。

「変態め」

「そういうな。脆い人の体をいかに正確に再現できるかは、私の愉しみだ」

 青年は、うっすらと笑おうとしたが、頬の皮は焼けて固まっていたのでかすかに引きつっただけだった。

「正確に再現して愉しむんなら、忠告してやる。そんな傷を負ったら、人は痛みで気を失うもんだ」

「残念ながら」ところどころ炭化した髪をむしると、ずるり、と頭皮が剥けた。それを投げ捨ててから、青年は極めて遺憾な様子で首を振った。「私には体がない。脳という構造もない。だからいくら精密に神経をつないでも、私の意識を肉体と結びつけることは不可能だ。したがって、正確な痛みというものを知ることができない。それだけが、残念だね」

 カゼルは剣の柄を拳が白くなるほど握りしめた。

 どんなに言葉を交わそうと、闇精への憎しみが軽減されるはずがなかった。むしろ、煮え立ってきている。

 闇精の人への、いや人の体というものへの好奇心が、無性に嫌悪感を呼び起こした。

「そんなことをして何になる。結局中途半端で、人になれるわけでもなく」

「人になりたいわけではない。人は遊ぶもので、使うものだ」

「……では何を求めている」

 長年、知りたかったことだった。

 人はだれも知り得ない。闇精の、存在理由など。

 焼け爛れた青年は、薄暗い表情をのぞかせた。

「さて。……だが、不公平だとは思わないか」

「不公平?」

 兄弟げんかの言い分のような言葉に、カゼルが眉根を寄せた。

「そう。私と人間は意志の疎通ができる。よく似た思考を巡らせる。だが、私はあくまで私でしかない」

 曇り空の眼が細められた。それは笑っていたのかもしれない。だが奥の光は狂気を孕むようで、とても正視できるものではなかった。

 私、と自らを呼ぶその言葉が、目の前の青年自身ではなく、世のどこかにある闇精の巣からつながっている、まったく異質な存在全体を指しているのだと、感覚が叫んで知らせる。

 共有できない。相容れない。

 剣を構えたのは、本能的にだった。

「生命そのものが、うらやましい」

 呟いて、青年は無造作に一歩踏み出した。

 作り物の筋肉は限界を迎えている。青年の動きはカゼルには遅すぎた。

 振り回された剣がかすめても、加護を受けた鎧は溶けない。そう信じて、すれすれを駆け抜け、気合いと共に剣を一閃した。

 体に痛みはない。手ごたえは十分。地を踏みしめて振り返り、カゼルは青年のすっぱりと切れた首が固い音を立てて転がるのを確認した。

 動脈血のかわりに、黒い霧が高く高く吹き上がる。

 その量は甚大で、いかに途方もない力が押し込められていたかを見せつけるようだった。

 やがて内包するものが失せたためか、体も地に転がった。心なしか縮んでいる気もする。もはやそれは、肉の塊でしかなかった。




「リゼフィア」

 剣は収めず、辺りを油断なく眺めながら、状況を知らせるために呼んだ。

 乾燥地にほんのまばらに木が生えただけのオアシス。

 天幕の成れの果てと、幾多の死体やその切れ端のせいでひどく血腥い。南に配置した傭兵たちの影は見えず、静かだった。

 少し離れた場所で胡座をかいて座り込み、切れそうな眼差しをして朱砂で陣を描いている女の姿はどことなく牧歌的で周囲から浮いていて、同時にひどく神秘的でもあった。

「リゼフィア、闇精は……」

 とりあえず散じた。

 言いさした言葉が、立ち消えた。

 地面が、白く見える。

 視界が煙るほどに漂っていた闇精の気は、いつの間に晴れたのか。あの大量に吹き上がった黒い霧は。

「リゼフィア!」

 走り出してから、叫んだ。

 小柄な体の上に、覗き込むような形で浮かんでいる青年。

 それは実体ではない。闇精の気が、ぼんやりと映す仮の映像。それが、徐々に輪郭を顕にしつつある。

 明らかな興味をもって、リゼフィアを見ている。

「おい、逃げろ」

 叫びは、赤い眼をちらりとも上げさせることができなかった。

 その完全に外界を遮断した様子に、全身の血管が縮んで嫌な汗がにじみ出た。このまま、目の前で、首を握りつぶされるかもしれない。思うだけで、吐き気と目まいがした。

 ゆるりと、青年の手が伸ばされた。

 あと、2歩の距離だった。

 軽く曲げられた人さし指が、金の髪の間にかすかに覗く白いうなじに触れかけた。

 カゼルは、腹の底に火がついたようになり、半ば夢中で、凝りかけていた闇精の気に飛び込んだ。

 腕を交差させ、頭をかばいながら突っ込むと、刷毛で撫でられるような感触に怖気が走った。次の瞬間には迫っていた地面に受け身をとって着地をすると、すぐさま敵をうかがった。

 青年は、嗤っていた。乱れた水面に映る像のように波打ちながら、今はカゼルを見据えていた。

『お前の伴侶とやらか、小僧』

 カゼルは、返事のかわりに片眉をやや持ち上げた。

『人ではないぞ。どちらかといえば、私に近い』

 興味深い。と顎に手を添えて嘯く。

 その整った顔も、手も、一度は焼け爛れて倒れ伏したはずのものだ。

「お得意の人間観察か。女を観察してどうする。次は女になってみるか」

 言葉を交わすことも苦痛なほどの嫌悪感が、体中を這い回る虫のように苛立ちを誘ったが、闇精の気を逸らすためには仕方なかった。顔も言葉もこちらを向いているのに、闇精の意識はリゼフィアに留まったままだ。

 じりじりと、奇妙な焦りがカゼルを捕らえた。

 闇性に対する憎しみに、なにか別の腹立ちが加わっている。

『女になる、ね。それは無理だ。どうやら、私は雄らしいから』

 止める間も無く、青年がリゼフィアの髪を掬い取り、口に含んだ。形のいい白い前歯で軽く噛むと、難なく先端だけが青年の口に残った。

『いい味だ』

 咀嚼する。その陶酔したような表情に確かな情欲を見て取って、カゼルの腹の底からじわじわと燃え上がっていた火が、眼光に宿った。

 ひと蹴りで懐に飛び込み、勢いのままに薙ぎ切った。リゼフィアの法術で加護を与えられた剣は、精気を切り裂くことができた。切られた闇精から黒い粒子が飛び散り、ほんの僅かながら、ちりちりと光に変わって消えていくようだった。

 不快げな顔をして、青年は飛び退いた。

 切られて飛び散る精気の大部分は回収できるものの、加護を受けた剣の傷は不愉快なほどに闇精の意識を乱すのようだ。

『先に殺してしまおうか。女を使うには、小僧は邪魔だ』

 使うという意味が、わかりすぎるほどにわかったために、カゼルは声も無く切り込んだ。

 脳裏に、リゼフィアと重なって、暗い部屋で相見えた、顔も定かではない少女が思い出された。

 己の全身に、血糊のようにべっとりと纏わりつく悪夢の影が、いよいよ死相をもたらすほどになっていることは知っていた。受け入れて、せめて意味を持って死にたいと思った。

 だが、今受け入れてたまるものか。

 初めて、悪夢に打ち勝つ必要性を感じた。

 適わないまでも一矢報いるなど、ばからしい。滅し尽くさねば、気が済まない。

 ちり、と励ますかのように、剣が鈴のような音を出した。

 青年はカゼルから大きく距離をとり、腕を上げた。掌に吹き出した精気が、凝って球になった。唇の両端を横に引いた、粘つく笑いを貼り付けて、その球を投げつけてくる。

 繰り返し。一球、二球、三球、四、、。

 鋭い呼気に続いて、カゼルは駆け出した。

 みるみる迫ってくる黒い力の固まりを、剣で叩き落としていく。

 一球、二球、三球。

 軌道を逸らされた精気は、地面で弾け、乾いた土を燃やして結晶化させた。

 四球、五球、、、。

 じりじりと、二人の距離は縮まっていく。

 青年の顔は表情を無くし、薄暗い眼を虚空に据えて、ただ闇の球を投げつけてくる。

 カゼルの意識は研ぎ澄まされ、球の軌道が手に取るように読めた。

 剣の鳴音が高くなってくる。それに背を押されるようにひとつ、球を切り裂いて、一気に懐へ走り込んだ。




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