12枚目 覗く刀身は煌めいて
栗千屋商店街。
少し前までは都内のありふれた商店街であったが、最近は僅かに活気を取り戻しつつある。
その要因が1人のバトルワールド競技プロにあることは、多くの商店街関係者が認めるところであろう。
「このテーブルはここでいいですかね?」
「ああ、そこで大丈夫だ! 悪いね繫ちゃん」
「繫さん、後は俺たちで十分ですから休んでてください。この後が繫さんは本番なんすから!」
講習会場の設営、改装した空き家にテーブルや椅子を商店街の人たちと一緒に並べる御園 繫の姿がそこにはあった。
既に設営は大部分が出来上がっており、主役は備えててとばかりに椅子に座らされる繫。
皆の気遣いを無駄にしたくはないため、お言葉に甘えて本日の講習会の予定を確認することにした。
月に2回の講習会は朝の部、昼の部、夜の部の3部構成となっている。
内容は大きく2つに分かれ、講義と指導。
この講習会の案が商店街内で上がった時、繫は人に教えられるほど研鑽を積んでいないと辞退しようとした。
しかし地域の人々や少ないがファンなどから是非やって欲しいと言われ、その熱意に押される形で了承。
今では商店街が最も賑やかになるイベントとして定着している。
「今日の講義のテーマはこれで、対戦に使うプロキシカードは……」
繁がいくつもの段ボール箱からカード、バトルワールドのカードを一回り大きくしたものを取り出していく。
これらサイズの違うカードはプロキシカードと呼ばれるもので、公式で使用できるカードではない。
実際のバトルワールドのカードとはコストやステータス、効果が異なる(大体のカードはスケールダウンしている)もので、主にルールの教育や習熟に使用される。
これらプロキシカードのデータは競会より配布されており、年間契約でそこそこの値段はするが大多数のカードを網羅しているため利用者は多く競会の良き収入源の1つだ。
バトルワールドのカードは軒並み高額であり、今回の講習会に来る全員がデッキを組んでいるわけではない。
そのような人たちも気兼ねなく参加できるようにという思いから、商店街組合がプロキシカードを用意したというわけである。
デバイスにも認識されないためアナログなテーブルの上に並べてのやり方だが、繫はこれが結構好きだ。
迫力あるユニットの応酬などはないが、個人的に対戦相手と一手一手積み上げていく過程はこちらの方が直接感じられる。
「シンプルに単色で分けて、お試しデッキは5種類くらいでいいですかね」
前回作って好評だったお試しデッキ。
手軽にバトルワールドを体験できる構築済みのお試しデッキはバトルワールドに触れるのも初めてという人から評判が良く、今回はそれぞれの世界の特徴が色濃く出たデッキを用意する。
普段自分が使っているカードとは少し違うそれらを新鮮な気持ちで眺め、デッキを組んでいく。
あるプレイヤーが言った、デッキ作りほど時間が溶ける作業を知らないという言葉通り、繫が5種類のデッキを作り終え時計を確認すれば講習会開始時間まであと数十分。
「繫さん、それじゃいつもので」
組合の会長が商店街の皆を代表して、繫へと開始前の挨拶を頼む。
頼まれた繁はその場に集まった皆にまず一礼。
「皆さん、まずは朝の準備お疲れ様です」
自身の店の準備が終わり次第手伝いに来てくれた人たちに、まず繫は感謝を伝える。
「栗千屋商店街とバトルワールド、共に盛り上げていきましょう! 今日もよろしくお願いします!」
シンプルな締めの言葉に、集まった面々が元気に返す。
その場にいる皆がやる気を溢れさせ、今日の成功に努めんと気持ちを改める。
こうしてひと月のうち栗千屋商店街で最も忙しく、最も賑やかな1日が始まるのであった。
まずは朝の部、講義である。
休日ということもあってか、偶然にも参加者は全員が子供。
親が後ろで見ていることも相まって、さながらその様子は授業参観のごとし。
「さて、ここで相手は大型のユニット【震え上がるテリブル】を召喚してきました。皆さんならこの状況ではどのように対処していきますか?」
デバイスで自身の過去の対戦データから一例を挙げ、参加者である子供たちへ各々の見解を求める繁。
通常はバトルの理論などを説明してから実例へと入るのが繁のやり方だ。
しかし今回の講義参加者は子供たちだけなこともあり、理論よりもまずは実例から入った方が良いだろうという判断であった。
「はい! フィールドに出たらすぐにはかいしちゃえばいいと思います!」
「われもそー思います! はどうをさまたげるぐぶつはせんめつあるのみ!」
「ぼうりょく! ぼうりょくはぜんぶをだはする!」
1人の意見に賛同の声が次々と上がる。
その微笑ましい光景に、僅かに目尻が下がる繁。
「皆さん答えていただきありがとうございます。確かにほとんどのユニットは、破壊され墓地に送られてしまえばプレイヤーにとって怖くありません」
まずは元気良く答えてくれた参加者にお礼を言う。
次に繁はデバイスを操作し、例に挙がっている【震え上がるテリブル】の詳細なデータを表示させた。
「しかし【震え上がるテリブル】は自身の能力により、墓地のユニットの数まで破壊されません。さて、皆さんはこの恐るべきユニットをどうしますか?」
「はかいされない? どうしよう、えーとはかいがだめなら……」
「たいりつするかんゆう!?」
「ぼうりょくじゃだはできない……?」
自分たちの答えでは状況を解決できないと分かり、ならばどうするかと相談し合う子供たち。
繁は講習会にて、基本的には参加者にあまり口出しはしない。
今回の講義も子供たちの様子を見る限り、積極的に介入する必要はなさそうだ。
「はい、はかいがダメならてふだへもどせばいい!」
そう答えた子に続き、他の子たちも自身の考えを口に出す。
「えねるぎーふぃーるどおくり! くさったじゅしゃはうめるにかぎる!」
「ちょくせつぼちにおくる! ひぼうりょくでかいけつ!」
破壊を介さないユニットへの対処方法が今回の講義のテーマであり、参加者である子供たちもその意図を理解してくれたようだ。
全員の回答を聞き終えてから、繁は講義を続ける。
「いま皆さんに答えていただいたように倒せないと思ったユニットが相手でも、実はバトルワールドには多くの答えが隠されています。今日の講義で皆さんに少しでもそのことをお伝えすることが出来れば、私はとても嬉しいです」
この講習会に参加してくれている人たちへの想いを語る繁。
自分の知見などがこれからバトルワールドを始めるプレイヤーへの助けになるのなら、いくらでも伝えよう。
その動機が後進への思いやり、バトルワールドの発展、未来の強者との死闘など割合がどれほどかは定かではないが。
「しげるせんせーはそのしあいのときどうしたんですか?」
「私ですか? 私はその時はたしか……」
繁は基本的に過去の対戦内容は全て記憶しているため、デバイスのログなどを確認することなくその質問に答えた。
「ユニット全てが迎撃に回っても相手SPを削り切れるくらい自分のユニットを強化し、そのまま攻撃してましたねぇ」
「おお、ユニットのうえからなぐりかつ……」
「がいしゅういっしょく、むじんののをゆくがごとく!?」
「やっぱりぼうりょく! ぼうりょくばんのうせつ!!」
講師である繁の回答に、瞬く間に強化してステータスで殴り勝つという結論に染まる参加者一同。
これって何かしらの偏向教育に該当するんじゃと後ろで見守っていた保護者数名が心配しているが、参加者である子供たちは気にせずステータスの暴力がスマートな手段と一同心を一つにしつつあった。
若干の軌道修正を必要としながら、こうして講義、指導ともに朝の部は子供たちに好評のまま終了した。
次は昼の部、指導の様子を見ていく。
指導は繫を囲うように設置されたテーブルに参加者がそれぞれおり、参加者対繁という多面対戦でテーブルを周っていくというやり方である。
参加者はプロキシカードを用いたデッキを借りる者もいれば、己のデッキを持ち込んで対戦に臨む者もいた。
「おや、前回のコントロールから大胆な変更ですね」
「へへ、繁さんにそう言ってもらえたなら頭悩ませた甲斐あったな」
参加者それぞれで当然盤面は異なり、繁はプロキシと通常の2種類のカードを使い分けなければならない。
「あれ、このカードって相手の効果を受けないんじゃ……」
「少しややこしいのですが今回はそのユニットではなく、プレイヤーであるあなたが効果を受けそのユニットを犠牲に捧げたという形になるのですよ」
「なる、ほど?」
口さがないバトルワールドプレイヤーに言わせれば、多面対戦などやらせありのパフォーマンスでしかないと言うだろう。
「よし、ここならどうだ! 【吠える撃鉄竜】を召喚!」
「おっと、フィニッシャーの登場ですか。ならば対応し【徒労と化す偉業】を発動、その召喚を無効とさせていただきます」
「マイフェイバリットォーー!?」
しかし、それを可能とするのがプロである。
バトルワールドの可能性を人々に魅せ続ける彼ら彼女らに言わせれば、この程度は出来て当然というわけだ。
多面対戦を専門とするプロもおり、過去の記録では100人以上と同時に対戦し全勝した者もいる。
「たは、このデッキでも駄目だったかー!」
「対戦ありがとうございます。良く練られたデッキで、こちらも楽しかったですよ」
「プロに、というより繁さんにそう言ってもらえるとやっぱ嬉しいな。こちらこそ対戦ありがとうございました」
参加者は滅多にないプロとの対戦が叶うこの講習会、そのプロ側である繁もこのイベントには恩恵を感じていた。
「バトルワールドって複雑ですけど、それ以上に奥深くて面白いですね。……あの、始めるために揃えた方が良いものって教えていただけますか?」
「もちろん、喜んでお伝えさせていただきます。カード以外ですと、デッキケースやスリーブが」
講習会参加者との交流は、普段の対戦や仕事からは得られない発見をもたらしてくれる。
自分には無い着眼点、教えていく中で改めて気付かされる先人の理論の完成度。
この講習会での人々との出会いがなければ、繁個人では絶対に得ることができなかった数多の気付き。
「ですので緑や青を足し、無効化に備えるのも1つの手ですね」
「なるほど。緑なら無効化を受けないように、青なら無効化へのカウンターって訳か」
「その通りです。自分に合う形に試行錯誤していくのも楽しいものですよ」
繁は今回の講習会でもそれらを存分に感じ、参加者1人1人にお礼を言っていく。
参加者も主催も満足しつつ、朝に続いて昼の部も滞りなく終了。
残るは夜の部だけであり、過去のデータから客足が最も伸びる時間帯のためもうひと踏ん張りだと商店街組合の面々が集まっていた。
今日はそこに繁も混じり、最後まで頑張ろうと組合の皆と一緒に気合いを入れる。
繁のその行動は、バトルワールドのプレイヤーとしての勘がそうさせたのかもしれなかった。
武人同士が千里の距離でもお互いを感じ取るように、激闘へと備えるように。
これより来る強大な相手を、繫はこの時無自覚ながら予想していたのかもしれない。
しかし本人がそのことを自覚するのは夜の部も終わり片付けの最中、ある人物の来訪まで待つ必要があった。
「すまない、御園 繫プロがここにいると聞いたのだが」
夜の部の講習会も無事終わり、繁たちが会場の片づけをしている中その人物は現れた。
繫と同じか、もしかしたらそれ以上に高い身長の女性。
黒く長い髪に白い肌、サングラス越しながら鋭さが伝わる目。
刃の如き女性だと、繁はその様子から感じ取った。
「はい、私が御園ですが」
「あぁ良かったまだ居てくれたか。申し訳ない、講習会の片づけの最中に押しかけてしまって」
奥から繫が名乗り出て、その女性と目が合った瞬間であった。
首に刃の切っ先を突き付けられたような、そんな感覚
闘気とも殺気ともつかないそれ、バトルワールドのプレイヤー特有のものであった。
「ッ!?」
思わずデッキケースへと手が伸びる繁。
それは圧倒的強者を前にした時の防衛本能のようなもの。
対戦もせずに相手を推し量る非礼は知っているが、目の前の女性が自分と同格などと繁はどうしても思えなかった。
「良い反応……。おっとすまない、こちらから訪ねてきたのに自己紹介がまだだった」
そう言って彼女がサングラスを外し、その素顔を晒す。
彼女の素顔を見た繁と商店街組合の数名が、思わず息を呑む。
その時、繁たちの内心はおそらく同じ疑問が浮かんでいた。
何故、彼女がここに。
何故、【刃境】と称されランキング上位に位置する彼女が。
「経津 重花。あなたと同じ、バトルワールドのプロをやらせてもらっている」
雲の上どころではない、バトルワールドのプレイヤーにとってまさしく天上の世界の住人たる彼女。
ランキング5位、経津 重花が御園 繫の前に立っていた。
バトルワールドのプロによる講習会というものはピンからキリまでの差が非常に激しく、1回の参加費も上は一般成人の平均年収から下は無料という具合に様々。
あまりにも暴利を貪るようであれば競会から指導が入り、それでも改善の余地が見られない場合は厳重処分が下されます。
講習会の内容は主催者のプロに一任されているためそれぞれの個性が出ており、バトルワールドの講習以外にも料理教室、ヨガ、朗読会、茶の湯、野球、握手会(一部指導)、コンサル勧誘(厳重注意)、賭博(処分済み)などが併せて開催されています。
それの何がいけないのかな?
栗千屋商店街主催・御園繁のバトルワールド講習会アンケート回答
・24歳男性 会社員の方
初めてバトルワールドのカードを触る自分にも、とても分かりやすく指導してくださいました。
対戦中もルールやマナーだけではなく、カードにまつわる雑談などを交えこちらが飽きないようにという心配りが嬉しかったです。
・39歳女性 主婦の方
今回も子供が参加させていただきました。
何日も前から楽しみにしており、家では1日に1回は早く講習会の日にならないかなと心待ちにしているようでした。
今日の講義でも楽しく学べたようで、学校でお友達に話したくてしょうがないそうです。
そのような講義をしてくださった方にこんなことを聞くのは失礼だとは承知しているのですが、御園プロは何かプレイヤーとして特定の方向へ導く意図を持っていらっしゃるのでしょうか。
私の邪推でしたら大変申し訳ございません。
・6歳女性 みらいのはおうの方
きょうのこうぎで、はどうのみちのりがまたひとつたしかなものになった。
わがしにしてわがしぼうであるしげる先生はちょっと十じょうじっぽいけど、ほんとはごこしょうぐんみたいな人だってことをわれだけはしっています。
もっとべんきょうして、プロになったらしげる先生をくっぷくさせたいです




