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80話 おねだり

3人娘が帰寮し、寮生が全員揃った。

ただ実家の件もあり、疲れが溜まっていたのだろう。残りの休暇中は自由行動で、競技会の練習は授業が始まってからになった。


シエラは早速王城へ向かい、シャルティアに会う約束を取り付けに行っている。つまりは3日後、褒賞選びは休暇中に行ってしまおうという心づもりのようだ。

一般食材製のプリンを持っていったが、グラン達の話はユリスがする事になったので特に何事もなく帰ってくることだろう。フォーグランド家での騒ぎが頭から抜けているユリスはリビングにてのんびりとくつろいでいた。


「ユリス様」

「何?レイラ」

「お母様からユリス様宛に荷物が届いたのですが何でしょう?…結構量が多いのですが」


そう言ってレイラはリビングに紙の大袋を積み重ねていく。その数実に2ダースである。


「これは前にエルシィさんに頼んだ小麦粉かな?

 製菓用とはいえ普通の料理にも使えるし、もし予想通りなら多い分には問題ないね。むしろありがたいくらいなんだけど…確認前に大量に送られるのはなぁ」

「では確認のためにあれを試しに使ってみますか?」

「そうだね、作ろっか。

 まあ、小麦粉なら違っても他の使い道があるしどうとでもなるかな」


そうしてユリスは早速パウンドケーキを作ってみると―


「あの時よりもしっとりとしていますね。しかも段違いに口当たりが軽いです!これはまずいですよユリス様!」

「え?目指してたのはこれなんだけど、気に入らなかった?」

「いえ最高です!

 …ですが、これではいくらでも食べてしまうではないですか!?主食となる小麦粉を使っているのに…こんな危険な食べ物は他にありません!」


結果はちゃんと望み通りの薄力粉であったが、試食をしたレイラはその口当たりの軽さに戦慄する。そう、このお菓子は体型を維持したい女性にとっては天敵であると。

脂肪分であるバターも大量に使用しているのだから尚更だ。自制したくてもバルクリームとリッチエッグを使ったものには誘引効果がつくため、一口食べたら次の一口、それも食べたらさらに次の、次次次…と食べるたびに残っている部分へと意識が引き寄せられて全てを平らげるまで手が止まらなくなるのだ。

そこまで強い効果ではないので、前のパウンドケーキならばその食べ応えによる満足感から誘引に抗いやすくはある。

だがこれは次の一口が早く食べたくなる、そんな口当たりなのだ。故にレイラは宣言する、これは危険だと。


「いやまあ…うん。言いたいことは分かったけど…食べ切れば効果は無くなるんだし、小分けにして作れば良くない?」


(マフィンみたいにすれば大丈夫かな?

 複数で1つのアイテムみたいな扱いにならなければいいが…)


力強く熱弁するレイラに対してユリスは冷静に対案を示して熱を冷ます。

レイラもそれは名案だと思ったのかプリンに使った型を利用して小さめのものを3つ焼く。

そして出来上がったものを確認すると、ユリスの懸念がドンピシャ的中といった具合だった。


「…3つ食べ切るまで誘引効果は継続…これじゃあ争いが起きる可能性すらありますよ!?」


これでは悪化していると流石のレイラも叫んでしまう。

何とかならないかと検証していった結果、結局は同時に焼いたものは1つのまとまりとして認識されるということが判明。つまりは、小さめの食べ切りタイプを用意したかったら1つずつ焼いていく必要があるというわけだ。作り手からしたら随分と面倒な仕様である。


「まあ、これを振る舞う予定はないし…あ、この食材を教えた相手には伝えるか。

 うちで食べる時はこの前みたいに1つを3人で分け合うようにすればいい。あの時も争いなんて起きなかったし、食べた量も結果としてはそこまで多くはなかったでしょ?」

「確かに…言われてみればそうですね。

 どうも初めてのお菓子を食べると考えが短絡的になってしまいます」


レイラは自身の振る舞いを思い返したのか、顔を赤らめてあらぬ方向を向いている。

ユリスがそんな様子を眺めてニヤニヤしていると部屋の入り口の方からシエラの帰宅を知らせる声が。

色々作っていたせいか、かなりの時間が経過してしまっていたようだ。


「ただいま〜」

「シエラおかえり」

「お帰りなさいませお姉様」

「テンション上がったティア様を宥めるの大変だったよ…

 あれ、この香り…もしかしてあれ焼いたの?」

「うん。シエラも食べる?新しいバージョンだよ」

「もちろん!食べる食べる!」


その返事を聞いたユリスはマフィン形のパウンドケーキケーキを3つ取り出す。全て食べないと誘引効果が切れないあれだ。

ユリスとレイラは散々試食して満足しているので、誘引の影響は少ない。


「あれ?なんか口当たりが軽いよ!?

 もしかして、これがユーくんの言ってた本来の食感ってこと?」

「そうそう、エルシィさんに頼んでた小麦粉が届いてね」


ユリスへ問いかけながらも、パウンドケーキを掴むその手は一向に止まらない。ひとつ食べ切ったところで自制が働いたのか少し手が止まったが、2人の温かく見守る態度からこれらは自分の分で食べていいのだと判断。その後は全て食べ切るまで手が止まることはなかった。


「ふー…美味しかったぁ。

 やっぱりこの効果はヤバいわね。全然手が止まらないもん。

 口当たりも軽くなったからどんどん食べられちゃうしね〜」


レイラと同様に口当たりには驚いていたが、シエラは危険だ何だのと騒ぎ立てることはしなかった。

レイラが問いかけると元々太らない体質だし、鍛錬で体を動かしているからこれくらいはどうってことないとのお返事が。

返ってきたまさかの内容にレイラは本気で鍛錬の量を増やそうかと検討し始める。


「それなら僕と一緒に朝の鍛錬やる?」

「…あれをですか?」

「別に同じメニューをする必要はないよ。スタミナをつけるにはちょうどいいレベルを日々続けることが大切だからね」

「むむむ…分かり、ました。気兼ねなくお菓子を食べるためです」


(基礎鍛錬がそんなに嫌か…)


「レイラちゃーん、今のうちからスタミナつけておかないと、そのうちユーくんに着いていけなくなるよ?」

「…それはダメです!

 仕方ありません。気合いを入れ直しましょう…!」

「えぇ…」

「レイラちゃんって、たまにちょろいよね…」


シエラの説得によって無事、朝の鍛錬への前向きな参加が決定する。ダンジョン探索の効率が上がるためユリスにとってこの結果は喜ばしいものであるが、どこか釈然としない気持ちを抱えるのであった。




3日後、ユリス達は一般人であれば一生かかっても入ることの出来ないと言われるシャルティアの離宮の客室に居た。

ユリスはついこの間まで暮らしていた場所なので、まるで実家に帰ってきたような感覚でいるが、一般の感覚を持つレイラは些か緊張気味である。だがそれも到着してからすぐ消えて無くなってしまう。


「レイラー、そっちは何か成果あった?」

「いえ…まだ見つかりません。

 紋章だけでも数百ページ分あるなんて…ちょっと予想外過ぎます」


あまりにも膨大な褒賞リストに集中せざるを得なくなったためだ。今回については自分の褒賞なのだからとユリスは探すのを手伝わず、自身の目的であるダンジョン制御機構がリストにないか確認している。


「こっちはやっぱり無さそうなんだよね〜

 レイラの方もなかったらまた褒賞がまた保留に…「あ!」お、もしかしてあった?」

「はい!見つけました!紋章の[魔弾の射手]です!」

「よかったわね〜♪

 これで私もティア様にちゃんとした報告が出来るわ」

「僕の方はリストに無いことが確認できたし、予定通り話をしに行こうか」


とりあえず最初の段階は超えることが出来た。ならばと次の段階、シャルティアへのおねだりへと移行する。


「伝えてきたよー

 ちょっと今手が離せないから少し待っててだって。終わったらこっちに来るみたいだから、ここで待ってよっか」

「ん、了解」

「分かりました」


そして待つこと30分後、シャルティアが客室へと入ってくる。


「待たせたわね〜

 それで褒賞は何にするのか決まったのかしら?」

「はい!私は355ページの真ん中辺りに書いてある[魔弾の射手]の紋章球が欲しいです!」

「ふふ、分かったわ。

 レイラちゃんはひとつだったからこれで完了ね。

 ユリスちゃんはどうするの?まだ増えそうな感じだけど今の段階で確定してるのは構築盤、月光蘭、この間の事件の分だから3つね」

「それなんですがちょっと欲しいものがありまして。リストにはなかったのでご相談させてもらえないかなと…」

「あら、欲しいもの?

 ユリスちゃんが欲しいものって…聞いたこともないようなアイテムじゃないわよね?」

「皆知ってるものですよ…ダンジョン制御機構です」

「あー…なるほどそれね。確かにユリスちゃんが欲しがりそうな物だわ。

 でも、流石にそれは私だけじゃ判断出来ないわね…分かったわ、後でジルバに相談してきてあげる」

「お願いします。褒賞の枠を全て使っても構いませんので」

「伝えておくわね。

 それでシエラちゃんから聞いたんだけど、何か相談があるのでしょう?」


ユリスのおねだりは国のトップへ持ち越しになったようだ。却下される可能性も十分にあったため、上出来と言える結果だろう。

褒賞の話はこれで一旦終わりとして話はグラン達からの依頼へと変わる。


「―…ということなのですが。

 …シャルティア様?」

「ふ…ふふ……子供の婚約で賭け…」


(目のハイライトが消えたっ…!?

 実際にこれが出来る人が居るとは…怖っ…)


「ユリスちゃん」

「はい!何でしょうか!?」

「ちょっとシエラちゃんを貸してもらえる?

 マリーを押さえておいて欲しいのよ。流石に外を新人1人にするわけにはいかなくてね」

「シエラ、出来る?」

「もちろん」

「じゃあお願いね」

「ありがと。じゃあフィリス、マリーと変わってちょうだい」

「かしこまりました」


シャルティアの指示でフィリスは外へと向かい、シエラはマリーを後ろから押さえるためにドア付近へと移動する。


「シャルティア様、お呼び?」

「ええ。マリー、貴女の実家でやってるっていう賭けについて何か知ってる事はない?」

「賭け…?……あ」


何かに思い当たった感じのマリーは後ろに後退りをしようとするが、その瞬間シエラの手がマリーの両耳をつまむ。


「にゃっっ!シエラ、離す…!

 私はただ2人をさっさとくっつけようとしただけ…!」

「あらそうなの?なら賭けには参加してないのね?」

「に、にゃぁぁ…そ、それは…」


耳をつままれたことで体に力が入らないのか身をすくめたままシャルティアから目を逸らす。


「シエラちゃん、しばらくそのまま揉んでおきなさい」

「シエラお願いね」

「はーい」

「うにゃあああ!…くっ、少年まで…その熱い視線…グランと同じ耳フェチか…!」

「…ユーくん?」


マリーのこぼした言葉に対してシエラが真偽を確かめようとする。が、ユリスは若干顔を赤くして目を合わせようとしない。


「ユリス様、私のでよければ…」

「…………後でね」

「!!…はい!」


レイラは女性として敵わないと思っているシエラにはない強みが己にあった事に自信をつける。

対するシエラは自分の耳が普通であることに対して本気で残念がっている。幼少からの目的を翻して獣人種への進化を目指そうか本気で考えるほどに。


「マリー、後でお説教するから逃げないようにね?」

「……はい、分かりました…」


そんな混沌を尻目にシャルティアによるお説教が確定。それまで抵抗していたマリーも流石に観念したのだろう。シエラに耳を揉まれながらも大人しくなる。時折体をビクつかせてはいるが。


「さて、ユリスちゃん。

 この件だけど私が責任もって、しっかりと、徹底的に対応してあげる。国を巻き込む問題に発展しそうな感じでもあるからね」

「お願いします」

「それでね…その、ね?

 あのお菓子があるじゃない?シエラちゃんが持ってきてくれたやつ」

「ああ、そういえば今回も持ってきていたのを忘れていました。今出しますね」

「ほんと!?

 あ、いえ…こほん。くれるのは嬉しいんだけどね、もちろんいただくんだけど!

 実はね、フォーグランド夫人から相談されたシュガル領との競合の件でシュガル夫人を呼んで試食させようと思ってたのよ。あのレベルの味を出せるなら異論もないでしょうし」

「普通のやつですか?それともこの特別製のやつをですか?」

「特別製!?」


シャルティアはただでさえ衝撃だったプリンに特別製のものがあるのかと驚きと期待を隠し切れていない。

一方、ユリスはプリンの方を広める気はないので完全に反応を見て楽しんでいるだけである。


「こほんっ…!もうユリスちゃんったらいたずらっ子なんだからっ…!

 夫人から聞いた話だとこっちは広めないって言っていたそうじゃない」

「そうですね。まあそっちも特別製はあるのですが…」


チラッと動かした目線の先には首を横に振っているシエラの姿がある。


「何度作っても少々変な効果がついてしまうので、説明だけに留めておきます」

「あら、変な効果って?一応料理なのよね?」

「はい。

 生成ダンジョンの魔物からドロップした食材を組み合わせた…今出しているやつも同じものを使用しているのですが、広めようとしている方だと何故か誘引と集中阻害の効果が付いてしまうのです。食べ切れば効果は消えますし、食べる手が止まらなくなるだけで、毒の類ではないので個人的に楽しむ分には問題ありません。

 おそらくはバターに一旦加工する工程か小麦粉を入れて焼くという工程のどちらか、もしくは両方が影響していると思うのですが、詳細はまだ不明です」

「そうなのね…料理にもそういった効果が付くというのは初めて知ったけど、まあユリスちゃんだものね。

 分かったわ、他に広める情報もあるからそこに組み込んでしまいましょうか」


どうやら一般向けに広める情報の中に料理にも効果が付くという内容を入れるようだ。

おそらくは湯沸かし器などもそこに入っているのだろう。


「とりあえずそれは置いておきましょう。

 シュガル夫人の件なのだけど、いっその事この件の関係者…6人の夫人達を全員呼んでお茶会を開こうかと思うのよ」

「直接関係するのはシュガル領とシャトル領だけとはいえ、仲がいいと聞きますし、意見を聞きたいと言えばいい口実にはなりますね」

「そうでしょう?

 それでお願いなんだけど当日もお菓子の用意を頼めないかしら?

 シエラちゃんを貸してもらって作るっていうのでもいいんだけど、せっかく近衛から離れたのにここのところちょっと頼りすぎてる気がするし…何よりユリスちゃんの収納はほら…ね?」


なんでも調理直後と各日数経過した物を食べ比べて色々と情報共有しておきたいらしい。

シエラだと収納はできるが時間停止のエクストラ技能はないため、入れたところで劣化は止まらないのだ。


「そういう事でしたらお手伝いしますよ。こちらが頼んだことでもありますしね。

 いっそのこと注意喚起のために特別製のやつも出しますか?」

「味見もしていない物を食べさせるというのはね…人体実験をしているみたいで気が引けるのよ」

「…シエラ、出しちゃダメな理由は?」

「いやあ、ティア様がユーくん達の前であんな醜態を晒す可能性があるっていうのは流石にね?」

「んー…なら小さめのやつを別室で食べてもらう?

 3個で効果が切れるやつがあるから、近衛の誰かと一緒に食べてもらうか1人で食べてもらうか…」

「それならまあ…」

「じゃあそうしましょう!」


結局、シャルティアは別室で特別製のプリンとパウンドケーキを食べてくることに。同伴するのはシエラ、フィリス、マリーの3人だがシエラは見ているだけでパウンドケーキの実食はしない。

帰ってきたシャルティア達のテンションはそれはそれは高く、席に着くなり各々が好き勝手に感想を述べ始めるほどであった。

味見も完了したということで件のお茶会で出すお菓子も確定。説教後に反省の色が見られてから提供するという飴と鞭が完備されたお茶会となる予定だ。



「ご相談したい事は全てお伝えしましたし、そろそろお暇しますね」

「あ、ユリスちゃん。少し待ってもらえる?」


予定していた相談事は一通り終了した。

褒賞の準備もあるし、制御機構は返答待ちということで一旦出直そうとしたユリスだが、シャルティアからは待ったがかかる。

どうやらユリスが来るということで、何かあった時のためにジルバとディランの予定を空けてあるのだそうだ。

つまりは少し待てば直接おねだりする場が整う。それを聞いたユリスは待つことを選択。シャルティアは場のセッティングのために退出していくのであった。


なお、別室で試食をした際の3人の様子はシエラの口から一切語られることはなかった。


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