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77話 依頼 その2

爆弾を大量投下した事で大混乱に陥っているガルーダ工房を後にして、3人は昼食とりに例の店へと向かっていく。

ユリスとシエラは何度も来店しているが、レイラがここに来るのは初めてだ。


「ここはシエラおすすめの店でかなり美味しいんだけど…ねえシエラ、いつも思うんだけどなんでこの店ってこんなに空いてるの?」

「あー、実はこの店って一見さんお断りなんだよね。

 私はここの店主と知り合いだから顔パスで入れるんだけど、普通は誰かが会員証を持ってないと入れないのよ」

「そんなお店が王都にあったのですね…」

「へー…なら僕たちはシエラと一緒じゃないと入れないって事?」

「その辺は大丈夫よ。

 私と一緒に来店した人は顔パス扱いになるから」

「シエラ…一体何をしたのさ?」


この店にとってシエラは相当なVIPとして扱われているようだ。


「特に何も?ただ単に学園生時代の親友がやってる店ってだけね。

 まあレイラちゃんみたいに基礎は叩き込んだけどさ―」

「え!?

 つまり姉弟子に当たる方が開いている店という事なのですか?」

「やってんじゃん…」

「いやでも、教えたのは基礎だけだよ?

 このレベルにまでいったのは、タルミに帰って武者修行してきたからだしね」


初来店のレイラがいるということでいつもは見ないメニューを広げながらお喋りしているのだが、話を聞いたレイラがどことなく困惑した雰囲気を醸し出している。


「こういった形態のお店は利益が上げづらいと思うのですが、この価格帯で大丈夫なのでしょうか…?」

「それ、私も思ったわね。

 問い詰めても大丈夫としか言わないから気にしない事にしてるけど。

 そんなに広めてほしくもないみたいで、私以外には紹介人数へ制限かけてるみたいだし」


一見さんお断りの店にしては他の店とそこまで価格が変わらないのだ。単純に客数を絞っているだけになるのだから、本来ならば生活が厳しくなるはずである。


「他に稼ぐ用の店でも経営してるのかな?

 それかただ暮らせればいいってタイプの人なのか」

「そういえば競争に疲れたーみたいな事は言ってたわね。余計な勧誘もされたくないからって基本厨房から出てこないし」

「そんなに激しいところなのですね、タルミは」

「まあ、王都の店のレベルを考えると勧誘は激しいだろうね…

 お、来たかな?」


そんな話をしていると、いつもの中華フルコースがやってくる。


「初めて見る料理ばかりです…!」

「タルミの食材が多くて個人だと作れないんだよね」

「なるほど…食べたければここに来るしかないと。では、頂きますね。

 ……!!美味しいです!」

「ん〜♪

 最近はうちも食材レベルが上がったおかげで美味しくなったけど、やっぱまだこのレベルには届かないのよね」

「このレベルが毎日出てくるようになると、この店のありがたみが薄れる気がするけどね。

 まあ、ここの料理人がさらにレベルアップしてくれれば問題ないんだけど」


この後に行く予定なのは服屋なのだが、3人ともそんな事はお構いなしとばかりに次々と目の前の料理を平らげていく。


結局満足するまで食べたせいで、女性陣が服屋へ直行するのを拒否。雑貨屋を冷やかしたり注文を忘れていたベッドの下見として家具屋を回ったりして腹ごなしをすることになり、テイラーの店へ到着したのは夕方頃になってしまった。


「失礼しまーす…」

「おや、シエラお嬢様にユリス様。いらっしゃいませ。

 そちらのお嬢様は初めてのご来店ですね。

 私店長のテイラーと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

「ご丁寧にどうも…レイラ・フォーグランドです。今日はよろしくお願いしますね」

「かしこまりました。

 それで、本日はどのような服をお求めでしょうか?」

「今日は作成依頼ですね」

「なるほど作成依頼ですか。

 そういえば、先日ご依頼いただいた服も出来上がっておりますよ?」

「えっ、もう出来たんですか?

 なら持って帰ろうかな」

「ほっほっ、かしこまりました。

 ではそちらからお話しいたしましょうか」


そうしてバックヤードから甚平を持ってきたテイラーは素材や着用にあたっての注意点、価格などの説明を行なっていく。

思ったよりも価格は高かったが、おおよそ予想通りの出来上がりだったためユリスはそのまま購入。

ちなみに女性陣は待ち時間の間に女性店員の案内を受けて別行動を始めている。甚平についても女性用として袖や丈が長いタイプがあったため、シエラはそちらを購入。お姉様が買うならと試着したレイラも気に入ったのかその場で購入を即決していた。


「こちらの甚平はご要望通りに肌触りと通気性のバランスを保ちながら素材を追求していった結果、ヒートスパイダーの糸をメインに使用することとなりました。

 多少は価格が上がってしまいましたが、その副次効果として耐熱耐火の性能が高めになっております」

「なるほど…なら特定層には売れそうですね?」

「ほっほっ、そうですな。

 工房区の職人などには確実に売れると思われます。ですのでユリス様には一般販売の許可をいただきたく思いまして…」

「ん?前に販売は好きにしていいってシエラに言っておいたはずだけど…?」

「ええ、ですがご本人が目の前におりますからな。

 直接許可を得ておくことが礼儀というものでしょう。

 それにこのタイプの服について我々はユリス様と専属契約を結びたいのです」

「専属契約?」


どうやら新たなデザインの服というのはなかなか売れないものなのだが、工房区の人をターゲットにできる服なら話は別。そして、一度どこかの層に受け入れられてしまえば保守的な一般層にも売れていくのだという。

そのためにも甚平というデザインを編み出したユリスとは独占して契約を結んでおきたいのだそうだ。さらに言うと主家に当たるヴェルモット伯爵からも機会があれば押さえておくよう言われているらしい。

こちらはダレンにも言われた例のユリス担当の件だろう。


「そういう事なら構いませんよ。

 ついでに描いておいた他のデザイン画も渡しておきますね。総称は和服としておきましょう」

「おお…!新しいジャンルの服だというのにもうこれだけのデザインを思いついているとは…!

 やはり、お館様の言は正しかったのですな…」

「あはは…」


ユリスが追加として渡したものは(つむぎ)浴衣(ゆかた)留袖(とめそで)(はかま)羽織(はおり)などの和服のデザイン画である。


「失礼いたしました。

 これらのデザインについての扱いは全て甚平と同じで宜しいのですかな?」

「ええ、構いません。確か使用料は利益の10%でしたか?」

「ええ、そうですね。

 そういえば甚平の方はシエラお嬢様と折半になっておりましたが、これらはどうしますかな?」

「あー、種類ごとに分けるのも手間なんで全部同じでいいです。今後も一般販売する時は同じ扱いで」

「かしこまりました。

 では、こちらの和服については試作に入らせていただきます。試作ができた時点でご連絡差し上げますので、販売前に一度気になる点がないかご確認いただけますと幸いです」


和服の一般販売は店側に一任するという方針で決定し、話は当初予定していた防具の作成依頼へと移る。


「さて、それでは本日のご依頼の方をお聞きいたしましょうか」

「あ、そうですね。

 実は、靴も含めた戦闘用の装束を作成していただきたくて」

「ふむ、確かに当店では金属糸も扱っておりますので、前後衛共に使用できる防具はお作りできますが…何かご要望はありますかな?」

「鎧は着けないので動きやすいデザインでお願いします。素材については一応前衛を予定しているので、耐久性のある金属糸の中でも魔力伝導が高い物を。デメリットはあってもいいですが、尖ったものが無いように調整していただけると有り難いです」

「デザインについては後日カタログとしてお送りいたしますので、そちらからお選びください。お気に召した物はまず安価な素材でいくつか試作を致しますので、実際に試着してから選び直し頂いても構いません。

 ですが…素材については少々厳しいですな」

「やはり、種類がありませんか?」

「そうですな。

 魔力伝導という点だけで見ればいくつか候補はあります。ですが、金属糸をメインとする汎用性が高い物でとなると…当店にある生地では条件を満たすものがございません」

「むむむ…でしたら、魔力伝導だけを条件とした生地の候補を一度見せていただけますか?

 少々加工もしたいので貴重すぎるのは困りますが」

「かしこまりました」


テイラーは店の一角にあるコーナーからいくつかの生地を持ってくる。


「まずこちらが総マナシルク製の生地となります。

 こちらは金属糸は含まれておりませんが、魔力伝導性はピカイチですな。

 金属糸を含まない他の生地は特徴づけのために魔力伝導性を犠牲にしていきますので、ご要望の条件ですとこれ一択になります」


(耐久面で少し不安が、といった感じか)


「次にこちらは金属糸系生地の中では最も魔力伝導が高いものとなります。名称はジルヴィス生地と言いまして、そのままジルヴィス糸がメインに使用されています。柔軟性や耐久性は文句ないのですが、こちらの糸は魔力が流れると重量が増すというデメリットがございますので、発する魔力が不安定な戦闘用の服としては向いていないかと」


(んー…?僕の場合は自分の周囲の魔力が揺らがないように無意識で制御してるし…重量次第ではそこまでデメリットにはならないか?

 …でもこの前みたいな疲労で倒れ込むくらい消耗している時にこの仕様だとちょっと困るか)


「次が癖の少ないマナメタル繊維をメインにマナシルクを組み合わせたマナミクス生地となります。ジルヴィス生地よりは魔力伝導性が劣りますが、肌触りもよく当店では礼服によく使用している生地ですね。こちらは属性魔力への耐性が低いというデメリットがあります」


(属性魔力に弱いのはな…多用するし)


「最後は基本6属性のスパイダーシルクを纏めたレインボーシルクとマナメタル繊維を合わせたレインボーメタルという生地になります。

 マナメタルの属性耐性をレインボーシルクで補うというコンセプトの生地ですな。汎用性は高いのですが何とも中途半端な能力となっている上にコストがかなり嵩みます」


(なるほど…貴重というわけではないけどレインボーシルクを作るのに手間がかかるのか。だが、性能は良さげだな。これと他のを組み合わせれば…)


「確かにどれも微妙に決め手にかけますね…

 ちなみにジルヴィス糸とマナメタル繊維以外の金属糸は無いのですか?」

「当店の金属糸は全てヴェルモット家から仕入れておりますが、これら以外の物が見つかったとは聞きませんな」

「そうですか…」


(マナメタル繊維の属性耐性が残念すぎるんだよなぁ。

 仕方ないから金属糸は一旦諦めるか。

 となると総マナシルクに付与するのがいいのかな…レインボーシルクも捨て難いが)


「レインボーシルクの魔力伝導性ってどのくらいなのですか?

 ジルヴィス糸に少し劣る程度ですね。マナシルクとは比べるまでもありません」

「……でしたら金属糸は今回見送ることにします。

 すみませんが、総マナシルクと総レインボーシルク、後はこの2つを合わせた生地の3種類で加工をしてみたいのですが、出来ますか?

 ああ、小さくて大丈夫です」

「10cm四方で宜しければサンプルや加工時の切れ端が裏にございますので、すぐにご用意できます」

「十分です」

「かしこまりました。では少々お待ちください」


事前の付与実験ではインゴットと違って布の大きさによる付与個数の増減は無かったのだ。故に最終的な付与特性を増やしたければ使用する素材に付与強度が高い物を選ぶか、使用する生地の種類を増やす必要がある。

ただし、生地の種類を増やすと完成品の性能が不安定な物になりやすいため、研究が必要になる。故に今回は不採用。


「お待たせいたしました

 左端が総マナシルク、右端が総レインボーシルクとなっております。間は構成比が10%ずつ遷移していくように並べてありますのでご確認くださいませ」

「おお!それは助かります…!」


ユリスは遠慮から頼めなかったところまで配慮して用意してくれたテイラーに感激する。

早速、何をしているのか説明しながら順に付与を試していくと、予想外に全て付与効果は3つしか付けられないという結果になった。

テイラーは画期的だと興奮しているが、ユリスの方は微妙な表情だ。


(3つか…無いよりはマシだが、ちょっと残念。

 インゴットなら小さいのを合わせて増やせた……あれ?もしかしていけるか?)


「…テイラーさん、今からレインボーシルクの作成とそれを使った10cm四方の生地の作成って出来ますか?」

「ふむ…縦糸がマナシルクで宜しければセッティングの必要がありませんので生地はすぐに。レインボーシルクは10cm分ならば30分程度で可能ですな」

「でしたらレインボーシルクの材料である糸それぞれに付与をしてから作成していただきたいのですが…」

「なるほど…それは確かに気になりますな。

 ご用意いたしますので、少々お待ちください」


そうして用意された各種スパイダーシルクに異なる付与をかけてから()ることでレインボーシルクを作成すると…


「テイラーさん、成功ですよ!」

「おお、やりましたな!」


見事に6つの付与効果を維持したレインボーシルクが出来上がっていたのだ。

さらにこの糸を違う付与をかけたマナシルクと組み合わせて生地にすると7つの付与効果を持った生地が出来上がった。

これだけの付与効果が付けられるならば多少耐久性が低い程度のデメリットなど気にすることもないだろう。

生地を縫い合わせる糸にも別の付与をかければ完成品にはさらなる特性がつく可能性があるのだから尚更だ。



「では、テイラーさん。

 後日デザインを選ぶ時に素材への付与をしますので用意だけしておいて頂けますか?」


あの後ブーツの方の打ち合わせもしたのだが、低階層ながらも上級ダンジョン産のウルフ系皮素材という良さげなものがあったため、そちらに付与をするだけで終わらせる事に。紐も組み合わせれば6つ分付与できたので上出来だろうという事ですぐに決まってしまった。


「出来れば何かあった時のために多めに用意しておいてもらえると助かります」

「かしこまりました」

「ああそれと、付与をした素材は僕たち3人が許可した人物の服以外では使用しないようにお願いします。変に噂が広まっても困りますので」

「ええ、もちろん分かっておりますとも。

 では、次回のご来店を心よりお待ちしております」


そうして予定していた依頼は全て終了。

何度も互いを着せ替えながら服を見て回っていたシエラ達と合流したユリスはしばらく着せ替え人形を務め上げる。その中で気に入った物をいくつか購入した後、月明かりを背に浴びながら寮へと帰っていくのであった。


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