28話 入学試験(筆記)
入学試験前日…
ユリスは王城ではなくハンナ達が営む宿屋の一室にいた。
多くの貴族の子供達も一斉に学園の方に向かうため、王城から直接向かうのは万が一のことを考えてやめておいた方がいいということになり、元の宿屋に戻ることにしたのだ。
「さて、持ち物とかの確認も終わったしあとは明日を待つだけだな」
特に緊張した様子もなく、そのままぐっすりと眠りについたのだった。
そして入学試験当日、しっかりと予定の時間に起きたユリスは念のため身体変化をかけ直してから朝食をとりにいく。
「おはようございます。
今日の朝食はなんですか?」
「おや、おはよう。ちゃんと寝坊せず起きられたようだね。今日の朝食は緑イモと青サッパの卵パイだよ。それかトーストと卵焼きだね」
「じゃあ卵パイの方でお願いします」
「はいよ!ダイク!卵パイ1つ!」
出てきたパイはキッシュのような味だった。
しばらくシエラの料理ばかりを食べていて王都に住む者としては舌が肥え気味だったユリスも朝食のパイに関しては不満を感じることはないようで、上機嫌のまま出発して行った。
メイン通りを北上して行き、途中にある王城を迂回して王都の最北にある学園に到着する。
「受付はこちらでーす!
受付がまだの方はお早めにお願いしまーす!」
誘導係の人が大声で案内しているのを聞き、ユリスはそちらに向かっていく。
受付は人の良さそうな人間の男性がおこなっていた。
「おはようございます。
推薦試験受験者の方でお間違えないですか?」
「はい、そうです」
「それでは確認致しますので、推薦証と身分証を提示の上、お名前をお教えください」
「はい、名前はユリスと言います。
推薦証と身分証はこちらです」
「…ユリス?
なるほど、あなたがそうなのですか…。
……はい、確認ができましたのでお返ししますね。
こちらが受験票と受験番号の控となります。どちらも無くさないようにお気をつけください」
「はい、ありがとうございます」
(名前だけでなんとかなったようだな。
にしてもなんだ今の反応?殿下が身分証で騒ぎにならないように何か根回しでもしてくれたのか?)
ユリスが出した身分証は正式なもののためフローウェンの家名がばっちり記されている。
普通の貴族でも騒ぎにならないように名前だけで受け付けてはくれるが、ユリスの場合は何か特別扱いをするような口ぶりだった。
「会場については番号ごとに振り分けられています。
あちらに案内板がありますのでご確認の上、開始時間10分前までに入室しているようにしてください。
何かわからないことがあれば腕章をしている人に聞いていただければ対応しますのでお声がけください」
「分かりました。ご説明ありがとうございます」
「いえいえ、それでは頑張ってくださいね」
お辞儀までして礼を言うユリスに好感を抱いたのか、受付の男性はにこやかに案内板の方へと歩いていくユリスを見送る。
歩くユリスの周囲を見てみると一目で貴族の子女だと分かるような服装の受験生が多くいる。
(周りを見る感じ結構豪華な服を着ている奴が多いな。
選んだ服がちょっとシンプルすぎたかもしれん。かなり浮いてる気がする)
ユリスはシエラに選んでもらった服の中から動きやすさ重視で黒の長ズボンに裾を出した白の長袖ワイシャツを選んだが、身長も相まって夏用制服を着崩した学生のようなスタイルになってしまった。
選んだ時は学園だしということで全く問題を感じていなかったのだが、周囲の服装を見てかなり貧相に見えることに気づいてしまう。
もっとも、服自体はいいものであるため一部の見る目がある人からは評価されているし、清潔感もあるため教員受けは良さそうだが。
「これはこれは、かの名門貴族の御令嬢ではありませんか。そんなお方が共もつけずにお一人でどうされたのです?」
「またあなたですか……」
服装のことを考えていたユリスは案内板へ向かう道の途中で何やら揉めている集団がいることに近づくまで気づけなかった。
時間にそこまで余裕があるわけでもないので、回り道をせずに素通り出来る事を神に祈りながらそのまま集団のいる方向に向かっていくことにする。
ユリスは何の気なしに祈っているが、この世界の神はどれもヴェルサロアが兼任している。あの悪戯好きな神がこんな事態をそう簡単に見逃すだろうか。
「ははっ、とんだ言い草ですな。
私はただ共を連れずに歩くなどして名門貴族である貴女に何かあっては大変だと心配しているのですよ。
そのような事態になるかもしれないと考えると私は気が気ではないのです。それに名門貴族ともあろうお方が1人で歩いては貴族としての威厳にも関わりますし、貴女も家の名を貶めるのは本意ではないでしょう?」
「白々しい。
私の行動が気に食わないと正直に言ったらどうですか?」
「いえいえ、私はただ提案しているだけですよ。共をつけた方がいいとね。それとも名門貴族ともあろうお方がその程度の余裕もないのですか?もし我が家に来ていただけるのであればいくらでも…!?
…なんだお前は?」
(チッ…祈りが足りなかったか。ヴェルめ…後で文句言っておこう。
全く、こっちはただ歩いているだけなんだから絡んでくるなよ。
こういうのはスルーするに限る…出来るかは別として)
案の定素通りなど出来るわけもなく結局は呼び止められてしまう。
どうやら少女が男3人組のリーダー格に絡まれているようだった。ユリスはまるで自分は関係無いとばかりに案内板へ向かおうと歩みを止めないでいると、リーダー格の男がわざわざ進行方向を塞いで突っかかってくる。
流石に道を塞がれてしまうと押し退けるしか通り抜ける方法がなく、貴族相手に自ら問題を起こす気のないユリスは内心悪態を吐きながら立ち止まる。
「おい、なんとか言ったらどうなんだ?
…ふん、どうやら恐ろしくて声もあげられんようだな!これだから狐は…俺の力を察する事ができる程度の力はあるようだがそれで動けなくなるようではなぁ!
色も茶色だし見た目通り随分と臆病なようだ。しかもよく見たら随分と見窄らしい格好をしているじゃないか。ここは推薦試験の会場だぞ。一般人はさっさと帰る事だ!」
一切の反応を示さないユリスに対し男は一方的に捲し立てる。よくもまあこんなに煽りの言葉がでてくるものだと呆れを通り越して感心していると、急に2人の間に少女が割り込んできた。
「はあ…貴方のその自信は一体どこからくるのでしょうか。大して強くもないくせに」
「何だと?
どうやら貴女は自分の立場が分かっていないようだな。貴女など我が家が本気になれば何もできない無力な存在に過ぎないというのに」
「だから家などに頼るのではなく自身の力でかかってきなさいといつも言っているでしょう。今からでも構いませんよ。
どうやら受験生でも学園が特別に決闘の場を用意してくれるそうですから」
「ふん!俺の力など振るうまでもない。
それにしても何もせずにただ女に守られるだけとは情けない狐だ…なんだ?
…そうか、お前ら命拾いをしたな。どうやらもう会場に向かう時間のようだ」
庇っているつもりなのか目の前の男を叩きのめしたいのか、彼女の意図は不明だがより事態を悪化させるような煽りに対し、男の反応は思いのほか冷静というか見るからに及び腰になっていた。
後ろに控えていた男の1人がリーダー格の男に耳打ちをすると助かったとばかりに態度を変え、逃げの態勢に入ったほどである。
「また逃げるのですか?」
「なんとでも言うがいい。
だが次会った時はこの俺を侮辱した事を必ず後悔させてやろう!
そっちの見窄らしい狐もだ!」
(何だこれ?煽るだけ煽ってから反抗されたらビビって逃げる。見事なまでの三下悪役ムーブを見せられたけど、なんかのコントか何かだったのか?)
ユリスが一連の男の言動に唖然としていると、少女が振り向き謝罪をしてくる。
「この度は私の厄介ごとに巻き込んでしまい申し訳ありません」
「いや、特に気にしてないからそれは別にいいんだけど…なんというか…今の何?」
「ええと…あの男にはちょっと家がらみで前々からよく絡まれているのですが、いつも形勢が悪くなると逃げていくんです。
大して強くもないので決闘まで行ったら敵わないことがわかっているのでしょう。
ただ、家は国内でも有数の貴族家ですからあまりこちらからは直接的に手が出せないという状態なのです」
「ふーん、そうなんだ。
あ、確かにあまり時間が残ってないんだった。早く案内板を確認しに行かないと」
「そうでしたね。
私も向かう途中で絡まれたので確認できていないのでした。ここで同族に会えたのも何かの縁ですし一緒に行きましょう」
「え?ああ、うん」
(同年代の狐獣人は初めて見た!うん、やっぱり狐っ娘は最高だ。この娘自身も可愛いというか綺麗だから余計好みに感じるな。
ただ、ここで有無を言わせずに同行させるあたりこの子もやっぱり貴族なんだな)
ユリスは相手に言われて今更ながらに少女が狐獣人だったことに気付く。その上、少女が好みのタイプど真ん中であったために内心かなりテンションが上がっている。
「えーと…あった。1階の3部屋目か」
「あら、同じのようですね。
でしたら一緒に行きませんか?」
「うん、いいよ。
そういえば名前を言ってなかったね。僕はユリスだよ、よろしく」
「あら、私としたことが忘れていました。
改めて、レイラ・フォーグランドと申します。
どうぞよろしくお願いします」
(フォーグランド!もしかしてとは思っていたが、ここで縁ができるとはな)
「貴族様でしたか、失礼致しました」
「ふふ、別に先ほどのままで構いませんよ。
というか始めから貴族だと分かっていてあの話し方だったでしょう?」
「了解、やっぱりバレてた?」
「ええ、あからさまな貴族であるジラードにあれだけ言い返しましたし、我が家が貴族家と対立している事も伝えましたからね。
明言はしていませんが、私が貴族であることくらいはここに居るなら察することが出来て当然です。
それでも変わらなかったのですから、そちらの話し方の方がいいという意思表示だったのでしょう?」
(どうやら駆け引きをしていたと勘違いされているな…
ただ変えるのを忘れていただけなんだが。
にしても…)
「ジラードってあの男のこと?」
「ええ。あれについても知らなかったのですね。
同年代では結構有名なのですが…あれはジラード・ベルクト。現ベルクト侯爵家当主の1人息子ですよ」
「あれがそうなのか…」
(まさか息子とはいえベルクトとも早々に関わることになるとはな)
互いに自己紹介などをしながら会場に向かっていく。
会場前で再度受験票の確認をされると、好きな席で待っているようにとだけ言われる。席の指定などはないようだったので、2人は隣の席に座って準備を始めた。
(前世のことを考えると受験番号があるのに席が自由って斬新だな)
そんなことを考えていると監督官らしき人が部屋に入ってくる。
どうやらかなりギリギリの時間だったようだ。
「それではこれより筆記試験の注意事項を説明する。
違反したら大きく減点されるのでよく聞いておくように。
まず、試験時間は2時間だ。その間に全ての科目について記入を終えるように。特に論述は途中で終了していた場合大きく減点されるから、残り時間についてはよく気にしておくといい。
終了後に少しでも記入したものは違反となるから気をつけることだ。それと、流石にするやつはいないと思うが他人の答案を覗いたり、こっそり資料を見たりするのはカンニングとなりこれも違反だ。スキルの使用なんかはもってのほかだ。試験中の私語もカンニングとして扱われるから独り言もしないように注意だな。
おし、注意事項はこのくらいだな。
これから問題冊子と答案用紙を配るから、開始まで触らずにそのまま置いといてくれ」
(まじか…各教科で区切るのかと思っていたが、論述までいっぺんにやるのか。
このパターンは初めてだから時間配分がうまくできるかどうか)
ユリスが予想外の試験形式に少し焦るなか、着々と開始までの準備が整っていく。
「それでは筆記試験開始だ。
…始め!」