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朝の出勤時の街は四方八方から人、人、人の波が押し寄せる。
駅のホームに行けば、更なる混雑に合い、電車に乗ると無言の押し問答や際どい鍔迫り合いが繰り広げられている。様々な人が居るが、ひとつの大きな個室に閉じ込められ、圧迫感さえ覚える。
ひとりの女性からの甘い香りを嗅ぐのは良いが、色々な香りが混ざると異臭と変わりない。
そんな個室からやっとの思いで抜け出したと思いきや、流れに沿いながら改札に向かう。
整理券を配っているわけでもないのに、狭い改札口を1人ずつ通過していく。
ふぅ~、という溜め息を外に出られた瞬間に吐いてしまうのも日課のよう。
が、これで終わりではない。
腕時計を度々見ながら目的地へと向かう。
時間には余裕があるが、何故か周りの歩く速度に合わせるか、より早く歩いてしまう。
とある建物に着く頃には同僚や後輩、先輩にも挨拶し、自分の机がある場所に辿り着く。
目の前にはPC、机の端にはいくつかの書類。纏めた資料も連なる。
書類に目を通し、複数ある捺印場所の自分の位置に捺印をする。
書類の中には企画書や報告書もあるが、駄目なものは担当者に返し指摘もする。
期限があるものもあれば、曖昧なものもある。
上司に文句や催促を言われ、部下からも要望を言われる中間管理職。
世の中、こんなものだ。
そう思えてしまったのは、いつのことだったろうか。
学生時代は並の上ほどの成績で、何事であろうとあまり動じず、状況判断から入っていた。
そのせいか、妙に落ち着きがあると小さい頃から言われたり通信簿にも書かれたくらいだ。
バイト経験もあれど、失敗も当然あるが、この時も並みの上な位置で過ごした。
就職となって今の会社に入り、新人の時から様子見から入り大人しく与えられた仕事をこなしていた。
そして世の中は広い。学校内や地元のみでは、その地域の世界観しかない。
上京と言う形で出て来た時には世界が広がると思い、喜びもあった。
だが、1年もしない内に見当は付くものである。
田舎の親からの仕送りはバイトである程度稼げるまでのことだった。
新卒採用枠で入った今の会社であるが、決してブラックではない。
かと言って大規模な会社でもなく、会社自体が中間管理職みたいなもの。
従業員はそれなりに居るが、個性的な者が多いのかも知れない。
見た目は平凡で、どこにでも居そうな雰囲気。
それが、この大熊鷹士。名前負けと言われ続けて早20数年。
役職付の課長になるも、上下に挟まれる立場は辛いもの。
しかし、人間は慣れというアイテムを生まれつき持っているのだ。
それに理解力を加味し、様子見から見えた結論で、それぞれに対処出来る術を習得していく。
社内での印象は『アイツはロボットか?』と思われていたり『いや、意外と出来るヤツだよ。ほら、能ある鷹はなんとやらって』と小声で名前を題材にしてるのかと思えることもある。
それに対して、いちいち応えてはいない。中にはすぐに癇癪を起こすものいる。
聞いているようで全く聞いていない者も居れば、逆に一語一句をメモし、真面目に仕事に生かす者も居る。
これが世の中の広さを凝縮した図なのかも知れぬが、上司の小言は毎日のように耳に入る。
仕事が終わればまた電車に乗って数駅で一人暮らしの自宅に帰るのだが、必ず寄って帰るコンビニがある。
1日の疲れを癒す為の1杯を購入する為にビールを買う。このコンビニでは弁当と共に必ずビール1本だ。
昼食は会社から出る弁当で朝食は軽いものばかり。
自分の中でも、これじゃイカンなと思えど料理は出来ない。
出来るのは肉を焼くことくらいで、日々の生活には電子レンジ必須の男。
それに飲んでもビール1本のみ。
会社主催の飲み会でも、例え上司にせがまれても飲み過ぎはしない。
少々、人付き合いが悪いと思われようと酔っぱらいの相手はしたくないのである。
よって、仕事が終わっても飲みに誘われることは、もうなくなった。
だが、飲み屋に行くも烏龍茶等で相談相手をすることがある。
相談が特に多いのは部下でもある係長の田村洋次。
部下の扱いや纏め方、女子社員の口説き方まで言ってくる始末。
口説き方は知らんが、もっと大きな目で見ろと言っても目を見開くだけの馬鹿な面もあるヤツだ。
出来ないものは出来ないと正直に言う。
出来そうにないのに検討してみますだの、後で面を喰らうのは己自身。
逆に上司からは理不尽な要求も出るが、現実をよく見ろと言いたい。
そのひとりの小言大王こと、上司の佐藤部長が現実離れした要求を求めてくる。
机上の理論だけで人が動くか?それこそロボットでも途中のメンテナンスがなけりゃ壊れる。
更に上の大会社からの希望にゴマ擦りながら応えているのだろう、この男はと思っている。
あんな上司が現場じゃなくて良かったとも思えるが、実際に動いているのは現場の作業員なのだ。
無理難題を要求して、役職手当貰ってるほうが給料泥棒ではないか。
だが、そんな上司にも頭が上がらないのは社長とその奥さん。
その2人から発せられる言葉は鶴の一声のようにして、即座に動く部長は良く出来る者と思われたい一心のようだが、実際はそうでもない。さすが、社長と言えるのは人を見る目もあるのだ。
部長にしか出来ない仕事だと言って本人をやる気にさせて、本来の要望を課長の大熊に回すことがある。
その社長にも臆せず、物事をハッキリと正直に伝えるのが大熊でもある。
そんな大熊が自宅でノンビリする時にする事と言えば、ネットゲーム。
戦略性の高いシュミレーションが多く、主人公は二等兵から始まり数々の戦場を潜り抜け将軍に上り詰める。その後は部下である部隊を動かし、悪の化身たる者共を排除していく。最初は陣地の確保等で世界を統一していき王の中の王の皇帝になり、その後に訪れるのは惑星間戦争であった。
ここでも似たような案件から始まり、支配権だのを主張し共存の意思は全くない自己中な民族が相手。
この悪達を大熊は上司の部長に見立てていた。こんなとこでストレス発散している自分がいると思えど、楽しくて仕方がないようだ。時にプレイしてる時は、どっちが悪人だと言えんばかりの怪しい微笑みをしていたりする。余暇はこうして過ごしたりしてるが、仕事に向かう時は別人なのか無表情に近い。
ゲーム終了後に風呂等を済まし就寝するが、夢にまで出てくるようだ。
しかも臨場感満載で、あたかも現実にその場に居るかのように。
部下の女性指揮官の身なりは軍服そのものであるが、夢の中ではミニスカのスリット入りで大熊の好みが沢山入っていた。防衛兼戦闘集団率いる大佐も好みが反映されているようで体型もゴツイ。
参謀長官は少々インテリ気味であるが、素晴らしい策をいつも持ってくる根回しはお任せな者。
ゲーム上とは異なり、至ってシンプルな階級と地位で成り立っているようだ。
皇帝以下の国の運営というか統一した星の運営は、以前の国王も存在するが皇帝に会うときは片膝を着き直視は許されない礼儀が重んじられていた。ピラミッド型の階級になってる頂点に君臨するのが大熊鷹士こと、ホーク皇帝である。
その皇帝にもなった大熊であるが、庶民の見方とも言える。
お忍びで街に繰り出しては店で食事をしたりするが、誰しもが知っている顔ではなかった。
見るからに庶民な格好を選んでのお忍びだから仕方がないが、威厳やオーラがないのだ。
良く言えば溶け込める。逆に、惨事に巻き込まれやすく真っ先に命を落とす通行人のひとりのよう。
だが、見た目は兎も角、数々の戦場を経験したこともあって戦闘力は並大抵ではない。
何も武器を持たずに居ても、その場にある物を武器にして戦い、相手の武器を取り上げて戦闘を行い、最後には敵陣すら跡形もなくなるほど。徹底しているが、敵側からは悪魔の称号すら受けている。
現実離れしているのは複数のゲーム内からの抜擢が夢の中では1つになっているようだ。
皇帝として君主してる時のオーラは只者ではなく、ゴツイ大佐でさえ恐れる。
動きのスピードも素早く見抜けた者は居ない。
皇帝となった大熊鷹士ことホークにとって他の者との戦いの時は相手の速度が10分の1に見えるスキルが備わっていた。
よって、100km/hの速度を出しても徐行並の10km/hに見える。
例え、マッハを越えようと目に見えなくはないので対処可能なのだ。
防御力もマックスになっているようで、核ミサイル直撃しても守られる球体のオーラが全身を覆い発動する。
しかし、着ている服は諸共吹っ飛んでしまうので、その時は全裸になってしまうのが唯一の汚点。
回復力も並ぶようにずば抜けているが、そこは何故か好みの食事や美人からの手厚いマッサージで回復する。更に理不尽に惨事に巻き込まれそうになる人がいるとフルパワー発動し、猫の1匹でも助ける。
どうも、ゲームだけでなく観てきたアクション映画も影響を与えている夢のようだ。
その夢から覚めると現実世界。
一応は科学も発展した世の中であるが、この世の中も見た目は然程変わっていないのである。
自宅のマンションは生体認証付き。通勤で使う電車はリニア式。
PCスペックも1世代前とは丸っきり比べ物にならない。
手に持つスマホにはホログラフ機能も付いてTV電話感覚。
街中を走る車は流線型が多く、音も静かだが、好みに寄って排気音やエンジン音を奏でられる。
自動運転は当たり前になった世界であるが、未だに国家間の紛争はある。
仕事も普通にあるが、内容的には昔のままで書類も材質が変わっただけ。
保身、保守派はいつの時代にもいるものだ。
あまり、劇的に日常の生活が一変するのもなんだから、良しとしている。
そして今日も、またラッシュに揉まれて会社で部長の小言を聞きつつ仕事に励むのであった。




