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07

「場所を変えようか」ノーマッドはそう言うと、グラスを飲み干して立ち上がった。酒場の扉を開けて、ついてくるように促す。「ふさわしい場所へ案内するよ」妖しく誘うような言い回しで手招きする。いつの間にか表情は微笑に戻っている。


僕は戸惑いながらも後についていった。ついて行くしかない。


教会には誰もいなかった。礼拝堂を横切り、奥の小さな扉を開ける。その中には螺旋階段が伸びており、見上げると先の見えないほどの高さがあることがわかった。

二人きりで階段を登っていく、不自然なほど頂上に着くのに時間がかかっている。どれだけ上り続けているかわからなくなってきた。

その間、二人でいろいろな話をした。子供のころ好きだったお菓子。たのしみだった授業。好きなのはコーヒーか紅茶か。初めて映画館で見た映画。他愛もない話をし終わると、ようやく、上に着いた。

鐘楼だ。大きな鐘が釣り下がっている。


ここは、街で一番高い場所だ。遠くを見渡すと、見覚えのある草原が見える。初めて“ここ”へ来た場所だ。空はちょうどあのときのように夕日が沈みかけ、薄闇と朱色の混ざり合ったような色になっていた。


夕日を見ながら、ノーマッドが口を開く。「君が助かる方法は、世界が崩壊する前に、マシンをリセットしてしまえばいい。そうすれば、再び、君の脳と連動して新しい世界を作りだせる」


「新しい?」


「そう。この世界は、君が夢を見続けながら、徐々に作り上げて広がっていったものだ。その半分をマシンが担っていた。それをリセットするんだから、再稼動した後、同じような世界になっているとは限らない。何より、拒絶反応が出ないように君の記憶もリセットしないといけない」


「僕の記憶を消すのか」


「そんなに心配しなくても、そのこと自体を覚えていないんだから杞憂だよ。いまのこのギスギスした話だってきれいさっぱり忘れられるさ」


「忘れる・・・・・・」今までの日々を思い返す。たしかに、いわれてみれば都合のいい話ばかりだったように思える。改めて考えると作り物のようだ。でも、忘れるなんて無理だ。今までの人生の中で、一番自分らしくいられた。生きてる実感を噛み締めていたのに。それは全部夢だなんて。人から必要とされ賞賛され、居場所を見つけたと思っていたのに。それが全部僕の頭の中だけの作り物だったなんて。“前”の人生以上に惨めじゃないか……


「それで、リセットする方法だが」ノーマッドは、身を乗り出して、下を覗き込んだ。「ここから飛び降りるんだ」


「ここから?」僕も下を見てみた。血の気が引いて、焦点が揺らめくほど高い。こんなところから落ちたら、強化されている肉体でもひとたまりもない。いや、そもそも強化なんてされていないのか。


「なに。それほど心配する必要はないさ。リスクは一切ない。もしリセットに失敗しても、無傷で目覚めるだけだ。もう一度挑戦すればいい。成功する条件はただ一つ。信じること。真にこの世界のやり直しを願えば、もう一度、例の草原であらたな気持ちで目覚めることになる。失敗したら、いまのままの世界で目が覚める」少しの沈黙の後、ノーマッドは意を決したように話し出す。「言うまいか迷ったけど、やはり話しておこう。君には、もうひとつ選択肢があるんだ」


「もうひとつ?」このまま死ぬか、この世界をなかったことにしてやり直す以外に?


「ああ。やり方は同じ、ここから飛び降りる。でも別のことを願うんだ。“本当の世界”で目覚めたいと」


「目覚めるって、前の世界に帰るってことか」


「そうだね。でも厳密に言えば帰るんじゃない。君は今でもそこにいるんだからね。本当の意味で目を覚ます。モラトリアムを終えて、元の世界で生きるんだよ。こちらとは多少時差があるとはいえ、ずいぶん時間もたった。周囲の様子も変わっている」


「そんな味方もいない場所でどうすればいいって言うんだ。たしかにここでも存在するのは僕一人かもしれない。それでもこっちのほうがいい」


「君がどちらを選んでも、私たちはその選択を祝福するよ」ノーマッドは、踵を返し、階段を下りようとする。「それじゃあ、説明担当の出番はここまでだ。なんにせよ。後悔のない選択を」


思わず追いかけようとするが、もう姿は見えなかった。長い階段の下まで目を凝らしても人影はない。

あらためて、鐘楼のふちに腰掛、町を見渡す。今までのことがいろいろと思い出される。草原から、この町に続く街道。馴染みの食堂。右も左もわからなかった僕に、店主が食事を振る舞ってくれたっけ。彼女らの待つ屋敷。不格好な東屋は、みんなの手作りだ。


街町を見渡していたら、さっきまでの陰鬱とした気がすっと引いていった。世界に、自分だけしか存在しないという浮遊感はなくなった。

この世界は作りものなのかもしれない。それでもここで過ごした思い出がある。本物かどうかは関係ないんだ。いま思い出すのは、こちらのことばかり、それも今あるこの世界が、この町が、彼女たちが好きなんだ。だとすると悩む必要なんかない。


とりあえず家に帰ろう。




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