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最強の盾と矛は、猫になってしまったらしい

俺は、かつて最強の矛だった。

 何者にも防げぬ一撃。

 城壁を砕き、竜の鱗を貫き、神々の結界すら穿つ。

 そう呼ばれていた。

 そして俺には、宿敵がいた。

 ――最強の盾。

 どんな攻撃も通さない、絶対防御の神器。

 俺が貫けば、奴は防ぐ。

 奴が防げば、俺は貫く。

 幾度となく激突し、最後には互いの力が限界を超えた。

 そして――。

 俺たちは、相討ちになった。

 ……まあ、そこまではいい。

 問題は、その後だ。

 目を覚ました俺は。

「…………」

 白黒ぶちの仔猫になっていた。

 しかも。

「にゃ」

 声まで猫だった。

 俺は自分の前脚を見つめた。

 小さい。

 肉球がある。

 爪もある。

 試しに近くの石を引っ掻いてみる。

 ズバンッ!

「…………」

 石が真っ二つになった。

 なるほど。

 矛の力は健在らしい。

 では、盾は?

 ちょうどその時、森の奥から狼が飛び出してきた。

「ガウッ!」

 狼の牙が、俺の腹に突き刺さる。

 ――はずだった。

 カキィン!

「…………」

 狼が吹っ飛んだ。

 俺は毛づくろいを再開した。

 なるほど。

 盾も健在らしい。

 つまり俺は。

 最強の矛であり。

 最強の盾でもある。

 ……ただし。

「にゃあ」

 仔猫である。

*

「最悪だわ!」

 森に響き渡る声がした。

 見ると、金髪の少女が一人、ずんずん歩いてくる。

 高級そうなドレス。

 泥のついた靴。

 見るからに貴族だ。

「婚約者のくせに、あの男……!」

 少女は木の枝を蹴飛ばした。

「私を誰だと思っているのよ! 公爵家の娘なのよ!」

 なるほど。

 相当に機嫌が悪いらしい。

「だいたい、あの女だって!」

 どうやら誰かと揉めたらしい。

「私より平民に近い身分のくせに、皇太子殿下の隣に立つなんて――」

 ……なるほど。

 面倒な奴だ。

 俺は木の陰に隠れた。

 関わらないほうがいい。

 俺は猫だ。

 猫は面倒事に関わらない。

 そういう生き物だ。

「……あら?」

 しまった。

 見つかった。

 少女――エレノアは、俺をじっと見つめた。

「猫?」

「にゃ」

「こんなところに?」

「にゃあ」

 エレノアはしゃがみ込んだ。

「……薄汚い猫ね」

「…………」

 お前も大概だぞ。

「でも……」

 エレノアの手が伸びてくる。

「ちょっとだけ可愛いわ」

 抱き上げられた。

「にゃ」

「軽い……」

 エレノアは俺を抱えたまま、ため息をついた。

「いいわ。あなた、今日から私の猫よ」

「…………」

 勝手に決めるな。

「名前は……」

 少女は少し考え。

「クロ」

「…………」

 安直すぎる。

「決めた。あなたはクロよ」

「にゃあ……」

 こうして俺は、公爵令嬢エレノアに拾われた。

 後に帝国の歴史書には、

 『聖女エレノアを導いた神獣』

と記されることになる。

 もちろん、この時の俺は知る由もない。

*

 翌朝。

「クロ。そこに座りなさい」

「にゃ」

 俺は椅子に座ったエレノアの足元にいた。

 朝食の時間らしい。

 そして――。

「…………」

 俺は見てしまった。

 ひどい。

 姿勢。

 肘。

 ナイフとフォーク。

 何もかもがひどい。

 しかも本人は、それを当然のようにやっている。

 俺はかつて神器だった。

 王侯貴族が集まる戦勝祝賀会にも置かれたことがある。

 だからこそ分かる。

 これは酷い。

「……何よ」

 俺が見つめていることに気づいたらしい。

「にゃ」

「何か言いたいの?」

「にゃー」

 俺は前脚を振った。

 背筋を伸ばせ。

「…………」

 エレノアが眉をひそめる。

「猫のくせに」

「にゃ」

「私に命令しているの?」

「にゃー」

「ふん」

 エレノアは鼻を鳴らした。

「嫌よ」

「…………」

 そうか。

 ならば。

「ニャーッ!」

 俺が一声鳴いた。

 その瞬間。

 エレノアの背筋が、ピンと伸びた。

「…………え?」

 エレノア自身が驚いている。

 俺も驚いた。

 今のは――。

「…………」

 エレノアは恐る恐る、自分の背筋を触った。

「私……なんで姿勢を正したの?」

「にゃ?」

 知らん。

 俺も知らん。

 だが、矛の力は物体だけを貫くものではなかったらしい。

 俺の意志が、エレノアの中へ真っ直ぐ届いている。

 ……いや。

 届きすぎている。

「…………」

 エレノアが俺を睨む。

「あなた……今、私に何かした?」

「にゃ」

「……気のせいね」

 そう言って、エレノアは食事を再開した。

 しかし。

 さっきより姿勢がいい。

 俺は少し感心した。

 素直じゃないか。

 だが――。

 フォークの持ち方はまだ酷い。

「…………」

「何よ」

「にゃ」

「だから何?」

「ニャーッ!」

 フォークを正しく持て。

「…………!」

 エレノアの手が止まった。

 そして。

 ゆっくりとフォークを持ち直す。

「……こう?」

「にゃ」

「これでいいの?」

「にゃ」

 エレノアの顔が青ざめた。

「……聞こえる」

「…………」

「今、はっきり聞こえた」

 俺は固まった。

「あなた……」

 エレノアが震える声で言う。

「私に『フォークの持ち方が違う』って言った?」

「…………」

 言ってはいない。

 ……思っただけだ。

「…………」

 エレノアは、俺をじっと見つめた。

 俺も見つめ返す。

 しばらく沈黙が続いた。

「猫なのに……!」

「にゃ?」

 何がだ。

 俺は首を傾げた。

「……猫なのに、言ったわ」

 だから、言ってはいない。

「持ち方が違うって」

 エレノアは、自分の手の中のフォークを見ていた。

「家庭教師も、侍女も、いつのまにか何も言わなくなったわ」

「お友達は、褒めてくれるだけ」

「にゃ」

「……誰も、私に本当のことを言わないのよ」

 声が、少しだけ小さくなった。

「だから、分からないの。何がいけないのか」

 …………。

 知らん。

 俺は、フォークが気に入らなかっただけだ。

 エレノアが、顔を上げた。

 そして突然、椅子から立ち上がった。

「先生!」

「…………」

 嫌な予感がした。

「どうか私を、立派な淑女にしてください!」

「にゃあ……」

 話が大きくなっている。

 俺は思った。

 ――拾われたのは、俺のほうのはずなんだが。

 そしてもう一つ。

 腹が減った。

 魚が食いたい。


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