文明の終わり/宇宙時代の鼻つまみ者たち
文明には二つの死に方がある。
一つは滅び。
もう一つは、完成だ。
人類文明は、後者を選び取った。
争いは消えた。
誤差は消えた。
失敗は消えた。
すべては正しく、すべては満たされている。
――だが。
それは本当に、“生きている”と言えるのか?
宇宙暦8999年アルバトロ・マーシー・ジュニア記念日。
軍事・経済・資源――宇宙のあらゆる機能を統合・管理する絶対者、『ペルフェクティオ・ネットワーク(PN)』。
国家より重く、宗教より広く、その規格と支配は宇宙の隅々にまで浸透している。
争いは、発生する前に処理される。
資源は過不足なく配分され、思想すら最適化される。
人類は、絶対平和を手に入れた。
そんな完成された世界に対して、今日もまた、喧嘩を売る者たちがいる。
この時代に、戦いを生業とする存在など、本来ならとっくに絶滅しているはずだった。
全宇宙の鼻つまみ者たちが集まった傭兵組織『NZMナイトメアーズ』。
属さず、許されず、理解されない銀河のならず者たち。
だが彼らは、それを誇りとする狂人集団だった。
戦いこそが自分たちの存在証明。
ゆえに彼らは、PNの築いた絶対平和と決して相容れない。
戦場は――
PNの中枢機能を有する惑星級巨大空母『アルカトーラーズ』近傍宙域。
幾重にも重なる防衛網が、人類を守る最適解として、寸分の誤差もなく展開されていた。
最前線の防衛センターには、数百人規模の人員と数十隻の宇宙戦艦が控えている。
「司令、距離12万の小惑星群にエネルギー波を感知しました。この波形は…NZMナイトメアーズの旗艦『グレイテスト・トランク』です!」
「やつらは過去という牢獄の囚人だ。……いや、訂正しよう。すでに過去ですらない。処理済みの残滓に過ぎない」
「し、司令!グレイテスト・トランクから映像通信です!モニターに映します!」
モニターに映し出される白い服を身にまとったメガネの男。まるで公演を始める前かのように服を整え、話を始めた。
「諸君、これより我々NZMナイトメアーズは、アルカトーラーズに向かって一直線に進行を開始する。君たちの樹立した絶対平和社会というもの、どうしてもそれは我々には素晴らしいものとは思えないのでね!」
わざとらしいまでの整った所作、そして演説がかった話し方、この男こそ、狂気の科学者『ワンブリッジ』だ。
「何を言うかと思えば……お前たちは単なる誤差だ。修正する」
「フッ、人類の悲願…だとね。違うね、まったくもって、違うね。ナンセンスだ。人類の悲願、そんなものはないのさ。人類はただ前を向いて進化を続ける存在。そして進化とは常にストレスの産物だ。争いも苦難もない社会など、進化を止めた標本箱にすぎないのさ!」
「世迷い事に耳を貸すつもりはない。争いは無駄だ。それは1000年前に証明済みだ」
PNの司令官はもうたくさんだという顔をし、ワンブリッジとの通信を遮断した。そして、全軍への攻撃命令を出した。
「全軍に告ぐ。対象を排除せよ。過程は問わない。結果のみ報告しろ」
宇宙戦艦が次々と出撃する。その様子を司令室で喜々として眺めるワンブリッジ。
「さあ、マイフレンッ!ここからアルカトーラーズまでは、どうしても護衛戦艦群を相手どらなくてはならないよ。なあに、大したことはない。ざっと二十隻の大艦隊といったところさ」
ワンブリッジが投げた通信の向こう側で、巨大な男がにやりと歯を見せ笑う。
成人男性の倍はあろうかという巨漢のハゲ。宇宙時代には似つかわしくない漆黒の僧衣。首からは常識外れの巨大な数珠。しかし、彼は僧侶どころか信仰者ですらない。ただアクセサリー感覚で気に入っているから身に着けているだけ。
「ハッ、嬉しい話じゃねぇか。今日はやつらの祝いの日なんだろう?景気づけに派手に祝ってやろうじゃねぇかッ!」
黄金の巨体が、次の瞬間、宙域へ躍り出た。
けたたましいエンジン音と閃光。推進炎が冷たい宇宙に軌跡を刻む。迎撃に出た護衛戦艦が砲門を開くよりも早く、その巨体は懐に潜り込んでいた。
「速すぎる――照準が、合わな…」
一撃。
戦艦が、まるで紙細工のように弾け飛ぶ。
そしてまた一撃。
次の瞬間には、二隻、三隻と、連鎖するように爆散していく。まるでハエたたきのような気楽さで、巨体は敵戦艦を叩き潰していった。
二十隻はあった護衛戦艦は、まるで最初からそこにはなかったかのように姿を消してしまい、PNの防衛網に大きな空白ができた。
「ハッ!南無三!諸行無常だぜッ!」
この大男――名をアンドリュー・ジャスティス・ガイツという。
その圧倒的な戦闘力、我が道を行く身勝手さから、敵味方関係なく『理解不能のガイツ』と恐れられる最高峰の戦闘者。正義も悪も、大義も救済も持たない。彼の主旋律は、戦いそのもの。そんな彼にとってPNの絶対平和主義は即ち、終身刑の宣告に他ならない。
彼の駆る黄金の巨大人型起動兵器――『豪級帝羅我威都』。
「ワンブリッジ!ストレンジネスの野郎はどうしてやがる?」
「彼かい?きっと部屋でギターのチューニングでもしているんじゃあないかい?おニューのアンプを買ったと騒いでいたからねぇ」
「最高だなッ!あいつらしくてご機嫌な話だぜ!」
NZMの通信には戦闘中とは思えない軽口と嘲笑が交差する。
「マイフレンッ、ご機嫌なところすまないが――」
ワンブリッジが抑制を含んだ声で語り掛ける。
「アルカトーラーズ周辺の空間構造が不安定だ。もしかすると、開けてびっくり玉手箱になる可能性もあるよ」
「ハッ、その不安定ごと吹き飛ばせばいいって話だ!」
「フフッ、その解は美しいね!まったくもって美しいよ、マイフレンッ!」
ワンブリッジは最初から止める気などなかったかのように観測結果をデリートして笑う。そしてすぐさま、ガイツから送られてきたセーフティーロックの解除申請をまるでキャッチボールのように解除して返す。
ガイツは躊躇なく最強兵装を起動すると、豪級帝羅我威都はその場で座禅を組んだ。そして、機体全体が輝き、光の塊となり、アルカトーラーズへとまるで吸い込まれるように突撃していった。
その一撃が、宇宙を割り、時空が悲鳴を上げ、光が世界を呑み込む。
光の中でガイツは不敵にほほ笑む。彼は自分が歩いた後ろに道ができると信じて疑わないタイプなのだ。
そして、宇宙暦8999年アルバトロ・マーシー・ジュニア記念日が終わるころ、旗艦グレイテスト・トランクごと、NZMナイトメアーズは暦からきっぱりと姿を消した。まるで世界に拒絶されたかのようにあっさりと彼らは丸ごと世界から放り投げられたのだ。
その後、彼らを目撃したという報告は、宇宙のどこからも一件も上がらなかった。
***
遠く離れた世界で少女は木剣を一心不乱に振っていた。踏み込み、振り、止める。
規則正しく振り下ろされる様は彼女の性格を映し出しているようだった。
夜が明ける前、まだ星々がその存在を主張している時間帯。彼女はこの時間が好きだった。
ふと見上げた星空に、彼女は違和感を覚えた。違う。星の並びが、噛み合っていない。
北方山脈の真上、そこだけがまるで最初からそうであったかのような顔をしてズレている。
常人なら見逃すであろうズレ。しかし、彼女はそれに気が付いていた。
彼女にとって星空は絶対であった。その星空がずれた。不気味な悪寒が彼女の身を包み込んだ。
カラーン…
すぐに足元から響く音に目を向けると、彼女の首飾りの糸が切れ、聖騎士であった父の形見である三角形のペンダントが転がっていた。
このときにはまだ誰も知らない。
北方の空の向こうで起きた出来事が、遠い世界から転がり落ちた狂気によるものだということを。
世界は静かな顔をしたまま、狂いだした。
その狂気に触れ、抗うことになるのが――彼女。リリア・ベルクである。
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第2章・バルムド編は10月4日(日)朝8:10に一区切りを迎え、10月5日(月)朝8:10から第3章「空の支配者編」が始まる予定です。物語はその先へ続きます。
10月6日(火)からは、毎朝8:10に1話ずつ更新予定です(日本時間)。
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