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1月(1)僕らの3年間はあの日の朝から始まった

10年以上前に別のサイトに載せていた話を、設定を変え名前を変え、加筆していたら別物になってしまいました(笑)

見覚えがある方…

お久しぶりです!かつての同志様!

【イッセイ】


 喜多川魔法学園の試験日は、私立の進学校にしては遅めに設定されている。

  イッセイの通う中学校からも受験者はそこそこ多かったが、彼は早々に「当日は別々に行こう」と周囲に釘を刺していた。


 魔法省の高級官僚を父に持つ彼にとって、この受験は人生の「通過点」に過ぎない。

 お祭り気分で受験するクラスメイトたちとつるめば、高確率で教師から引率役を押し付けられる。

 道中の点呼だとか、他人の自己責任では割り切れない不始末にまで神経を使うのは、まっぴら御免だった。


 しかし、駅へ向かうイッセイの足取りは、鉛のように重い。

 目の前に続く物理的な道ではなく、父によって鋼のごとく強固に敷かれた「未来へのレール」に、言いようのない閉塞感を感じていたからだ。

 提示された選択肢は二つ。

 一つは、魔法省への最短ルートである東大を目指すため『全寮制で自由を排した、父の母校』。

 もう一つは、同じく東大への進学率は高いが『(祖父の遺した家で)一人暮らしが条件の祖父の母校・喜多川』。

 家事など一切したことのない身としては、寮に入るのが合理的だとは頭で理解している。

 だが、あの息の詰まる家庭よりもさらに窮屈な場所へ行くことを想像するだけで、吐き気がした。

(……だが、本当に「自由」なのだろうか)

 ふと、冷静な理性が自分を嗤う。

 魔法の構成式を読み解くことはできても、自分は洗濯機の操作手順すら知らないのだ。

 父の庇護を脱して自由を謳歌したいという「僅かな反抗心」と、一人になった瞬間、空腹で倒れるか家を泡だらけにするのではないかという「情けない不安」。

 気品あるコートの襟を正しながらも、イッセイの頭の中は、そんな壮大な理想とあまりに低い生活能力の間で、ぐちゃぐちゃに掻き乱されていた。

 頭を振り、意を決して電車へと乗り込んだ。

 車内は受験生や通勤客で混み合っている。

 イッセイはドアに半身を預け、流れる冬の景色を眺めていた。

その時だった。

 

ガタン!!

 

車体が大きく、不自然に跳ねた。

 「うわっ!」

すぐ隣で、短い叫び声が上がる。

同時に、鼻を突くポーション特有の苦いハーブの香りが、一気に車内へと充満した。

「ごめん! 大丈夫か? 呪詛の混じってないただの回復薬ポーションだけど……熱かっただろ!」

 目の前のスーツの男が、血相を変えて謝っていた。

 手に持っていたポーションのボトルの蓋が、揺れの衝撃で外れたらしい。その中身が、隣に立つ他校の制服を着た少年に降りかかっている。

「大丈夫です。上着がちょっと濡れただけだから……」

少年はヘラリと笑って、濡れた裾を軽くはたいた。

「そう? ならよかった」

男が安堵し、何事もなかったように前を向こうとした瞬間。

 イッセイの中で、ブチッ、と何かが切れる音がした。

「ちょっと。……全然よくないでしょう」

気づけば、イッセイはその男と少年の間に割って入っていた。

「これ、回復薬とはいえ高濃度の魔力が混じっていますよね? 魔法省のガイドラインでは、公共交通機関内でのポーションの露出は禁止されているはずだ。万が一、この子の魔力回路に干渉して、今日の試験に影響が出たらどう責任を取るつもりですか?」

一気に捲し立てる。

 父親譲りの隙のない論理武装。

「えっ……あ、受験生だったのか! 本当に申し訳ない!」

 スーツの男は、イッセイの放つ威圧感に気圧され、顔を青くした。

「いや、本当に大丈夫。駅に着いたら、水で洗えばなんとかなるよ。」

 当の少年は、イッセイの剣幕に目を丸くしながら宥めようとする。

 その態度が、イッセイにはさらに不可解だった。

「君も泣き寝入りなんてしなくていいんだよ。マナー以前の問題なんだから。」

言葉を重ねるほどに、イッセイは自分が興奮していくのが分かった。不測の事態。

非論理的な事故。

 それ以上に、被害者が笑って済ませようとするその「緩さ」が許せなかった。

「誠意を……」

 なおも詰め寄ろうとするイッセイの手を、少年が遮るように、そっと、けれど力強く掴んだ。

「……心配してくれて、ありがとう。でも、君が怒ってくれたおかげで、何か緊張が取れた!マジで上着だけだし平気。おじさんも気にしないで!」

少年がイッセイを見上げた。

 そこで初めて、イッセイはその顔をまじまじと見た。

驚くほど整った、柔和な顔立ち。  

 けれど、その瞳には力強い光が宿っており、掴まれたイッセイの手首は、ただの学生とは思えないほど力強かった。


 ドクン……

 

 イッセイの心臓が、妙に大きな音を立てた。

「あっ、着いた!」

電車が『喜多川魔法学園前』のホームに滑り込む。

 

「受験、頑張って! 君が合格するように祈っておくよ!」

 背後から男が必死に声をかけてくる。

 少年は振り返り、片手を高く上げて「うん!」と満面の笑みを返した。


 ホームに降りても、イッセイはどうにも納得がいかなかった。

「……なぁ、あのおっさんに腹が立たないのか? 法的にも、道義的にも、君は謝罪と賠償を要求できたんだぞ」

すると少年は、困ったように眉を下げて笑った。

「あの人、揺れた瞬間、とっさに反対の手で僕を庇おうとしてくれたんだ。自分のカバン、ベタベタになってたし。……それに」

少年は声を潜めて、いたずらっぽく笑った。

「ちょっと間に合わなかったけど、とっさに結界を張ったから、ほんの少ししか掛かってないんだよ。だから、本当に平気」

「結界って……それに無詠唱?」

 絶句した。

結界を張れるのは、極めて稀な光属性の保有者だけだ。

しかも、あの瞬間に無詠唱だと? 構成式の展開すら見えなかった。

……ありえない、この年齢で


「俺、ちょっとトイレで水洗いしてくる! またね!」

 少年は軽く手を振ると、驚異的な身のこなしで人混みをすり抜け、駅の洗面所へと駆けて行った。


 その場に一人取り残されたイッセイは、自分の熱くなった頬を自覚し、愕然とする。

イッセイの知る常識では説明できない余裕と身体能力。

「……光属性、か」

 なんか僕、あの子に比べて、随分と頭の固い、子どもっぽい振る舞いだったかも……。

 イッセイは、自分自身の器の小ささに、どうしようもなく気恥ずかしくなった。


 男の子の後ろ姿が人混みに消えていくのを、イッセイはしばらくの間、呆然と見送っていた。

 初対面の相手を駅のトイレの前で待っているのもおかしな話だと、自分に言い聞かせるようにして背を向ける。

だが、胸の奥に残ったあの「光」の残像が、どうしても拭えなかった。


 改札を抜けると、冷たい冬の空気が頬を刺した。

駅の出入口から私立喜多川魔法学園へと続く道は、なだらかな坂などではない。魔道車が行き交う道路を渡ったすぐ先。そびえ立つ崖のような山に階段を彫り出したような険しい登山道が延々と上へと伸びていた。

「……正真正銘、ここは時代遅れの魔窟だな」

イッセイは、遥か上まで続く受験生のアリの行列のような様子を見上げて、深いため息をついた。

 この山全体には、戦国時代から続く強力な「古式魔力結界」が張り巡らされている。最新のリニア階段や浮遊魔法エレベーターといった近代的な設備は、結界との干渉を避けるために一切の設置が禁じられていた。

 視界に入る受験生は、例外なく男子ばかりだった

 色とりどりの制服を着た少年たちが、無言で、あるいは呪文のように公式を呟きながら、不揃いな石段を一歩ずつ踏み締めていく。

エリート官僚の子供としての英才教育を受け、冷暖房の完備された室内でペンを握る生活を送ってきたイッセイにとって、この「肉体労働」は拷問に等しかった。

 魔力耐性を高めるために特殊な石で組まれた階段は、一歩踏み出すごとに、じわじわと足腰のスタミナを削り取っていく。

「……くそっ、この階段……。……正直、キツすぎる……」

乱れる呼吸を抑えようと、吐き捨てるように呟いた時だった。

「全くだ…試験の前に…心臓が止まりそうだ…よな…」

 すぐ隣を歩いていた小柄な少年が、イッセイを見て親しみを込めて笑った。

 艶のある黒髪、優しげな目元。色白な彼の頬はうっすら赤く染まり、汗を浮かべていた。

「君、白系の制服……特進エリートコースだろ?」

「……いや、まあ、一応。僕は、イッセイだ」

イッセイが呼吸を整えながら答えると、少年は

「僕はトウワ。工学科志望…」と短く自己紹介をした。

「この学校、頭脳と同じくらい根性を求めてくるから困るよ。工学科の連中は、これに機材を背負って登らされることもあるらしいし」

 トウワの零した愚痴に、イッセイは思わず口角を緩めた。

 魔法省のパーティで出会うような、鼻持ちならないエリート候補生たちとは違う、等身大の言葉。

 奇妙な連帯感に背中を押されるようにして、二人はようやく山頂の巨大な校舎へとたどり着いた。


 受付で渡された座席表を確認し、お互い見比べてトウワがすぐに小さく笑い。

「見てよ、ほらっ!」

と紙に書かれた座席を指差した。

 喜多川魔法学園が誇る大講堂――通称「アリーナ」は、すり鉢状に座席が配置された巨大な円形建築だ。

 中心の演壇を見下ろすように緩やかな傾斜がついており、一つの長い机を二人ずつ使うように配置されている。

 その中で2人は同じAブロック。

 イッセイの席が、一番下の中央から数えて四列目。

 そしてトウワは三列目。座席表を見るとちょうど斜め前の席だった。

「偶然ってあるもんだな」

「本当にね」

二人で並んでアリーナへ向かう。

 アリーナ内は、すでに数百人の受験生が発する熱気と緊張感で満ちている。

 イッセイと同じ中学から受けに来た同級生達も、遅れて到着してきて、イッセイの周囲を陣取り始めた。

「おいイッセイ、俺すげー緊張してきたぜ…」

「マジで人多すぎだろ。これ、魔力酔いしそうだな……」

中学のノリで騒ぎ立てる友人たちに、イッセイは「ああ、そうだな」と適当に相槌を打つ。

 内心では、そのテンションの高さに呆れ、早く試験が始まって静かにならないかと願っていた。


 その時だった。

 

「ソウシーー! 迷子になったのかと思ったぜ、お前!」

 ひときわ野太い声が講堂の入り口に響き、イッセイは反射的に振り返った。

 そこにいたのは、今朝、電車でポーションを浴びたあの「光属性の少年」だった。

同じ制服を着た、体格の良い仲間たちに囲まれ、彼は照れくさそうに笑っている。

(ソウシ……。あいつ、ソウシっていうのか……)

胸の奥が、再び妙にざわついた。

 ソウシは仲間たちと笑い合いながら、自分の席へと歩いてくる。

そして。

 彼はイッセイの前の席――トウワのすぐ隣の席に、パサリ…と荷物を置いた。

(……は?)

イッセイから見れば、前列の左側にトウワ。前列の右側にソウシ。

千人以上が受けるこの学校の入試で、今朝出会ったばかりの二人が、自分の半径一メートル以内に座っている。

 偶然という言葉では到底片付けられない、何かに手繰り寄せられるような「運命」を、イッセイは感じずにはいられなかった。


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