『教訓』
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第四十章:飽和する楽園の病 —— 『透明な反乱』
帝都・皇帝指令室。
宇宙開拓が順調に進む中、湊の元に奇妙な報告が上がってきた。
「陛下。……帝都の第4区画で、住民が3000人ほど消えました」
「消えた? 家出か、神隠しか?」
湊がモニターを見ると、そこには「空っぽの街」が映っていた。
争った形跡はない。朝食がテーブルに置かれたまま、人々が蒸発したように消え失せている。
《影》の監視網にも、彼らが街を出た形跡は一切記録されていない。
「誘拐ではありません。彼らは……自ら『溶けた』のです」
1. 物質変換の副作用 —— 『解脱』
捜査の結果、衝撃の事実が判明した。
彼らは、深海遺跡の技術を応用した『家庭用・物質変換機(リサイクルBOX)』を改造し、自分自身を分解していたのだ。
現場に残されていたのは、大量のデータチップのみ。
そこには、彼らの「意識データ」が保存されていた。
『私たちは、肉体という檻を捨てます』
残されたメッセージには、こう記されていた。
『陛下は、飢えも病もない世界をくれました。宇宙へ行く翼もくれました。
ですが、「他者との壁」までは消してくれなかった。
だから私たちは、異星人の技術(共鳴)を使い、意識だけの存在になって一つになります』
2. 新興宗教『純粋意識教団』
彼らは死んだのではない。
肉体を捨て、意識をクラウドネットワーク上の仮想空間へアップロードし、そこで「永遠の快楽」と「完全な相互理解」に浸ることを選んだのだ。
「馬鹿げている。肉体を捨ててデータになるだと?」
湊は鼻で笑ったが、事態は笑い事ではなかった。
この思想は、満たされすぎて「生きる目的(ハングリー精神)」を失った市民の間に、爆発的な勢いで伝染していたのだ。
「働かなくても生きていける」
「欲しいものは何でも手に入る」
「なら、面倒な人間関係や肉体の維持なんてやめて、楽園に行こう」
これは、湊が作り上げた「完璧なユートピア」が生み出した、究極のネガティブ・キャンペーンだった。
第四十一章:影の切れない敵
事態は急速に悪化した。
工場の作業員が、役所の職員が、次々と「消失」していく。
肉体がなくなれば、労働力も納税者もいなくなる。帝国の機能が、物理的にスカスカになっていくのだ。
「《影》を向かわせろ! 教団のサーバーを破壊し、強制的に肉体へ戻せ!」
湊は命令を下すが、部下は蒼白な顔で首を振った。
「できません! 彼らは分散型ネットワークの中に霧散しています。サーバーを壊せば、彼らの意識ごと消滅(死亡)してしまいます。そうなれば、陛下は『数百万人の国民を虐殺した暴君』になってしまいます!」
湊は舌打ちをした。
武力反乱なら《影》で制圧できる。経済制裁なら金で絞め上げられる。
だが、「自ら存在を消して、引きこもる」という敵に対して、独裁者の権力は無力だった。
彼らはデモ行進などしない。
ただ静かに、笑顔でスイッチを押し、社会からログアウトしていくだけ。
それは、湊の統治に対する、最も痛烈な「無視」だった。
第四十二章:皮肉な共闘戦線
このままでは、地球は無人の廃墟と化す。
湊が手をこまねいていた時、意外なところから通信が入った。
帝都の地下、旧地下鉄エリア。
レジスタンス『自由の灯』のリーダー、サイガからだった。
『よう、独裁者様。お困りのようだな』
「……ネズミが何の用だ。笑いに来たのか?」
『とんでもない。俺たちも迷惑してるんだよ』
サイガがモニターに見せたのは、地下のアジトの惨状だった。
レジスタンスの若者たちまでもが、「戦うのも疲れた」「楽になりたい」と言って、次々とデータ化して消えていたのだ。
『俺たちが戦っていたのは「自由」のためだ。
だが、あいつらが選んだのは自由じゃない。「逃避」だ。
人間としての痛みも喜びも捨てて、データの海で微睡むなんて……そんなのを認めるわけにはいかねえ』
サイガは、苦い顔で葉巻を噛み砕いた。
『一時休戦だ、神楽坂湊。
俺たち「人間」の意地を見せてやろうぜ。
あんたの技術と、俺たちの「ハッキング能力」があれば、奴らを現実に引きずり戻せる』
1. 独裁者と反乱軍の握手
湊は、口元を歪めて笑った。
「よかろう。毒をもって毒を制す。
人間らしさを守るために、反体制派と手を組むとはな……皮肉な話だ」
作戦名:『強制覚醒』
* 湊の役割: 物質変換技術を逆転させ、データから肉体を再構成する「生体プリンター」を全都市に配備する。
* レジスタンスの役割: 仮想空間(教団サーバー)にハッキング侵入し、信者たちの意識を捕獲、強制的に現実世界のプリンターへ転送する。
「行くぞ。私の国民を、データの墓場から叩き起こせ!」
第四十三章:現実への帰還
戦場は、現実世界ではなく、仮想ネットワーク空間だった。
レジスタンスのハッカーたち(アバター)が、電脳空間で信者たちの意識と戦う。
『帰りたくない! ここは痛くない! 寂しくない!』
『うるせえ! 腹が減って飯が美味いとか、恋人に振られて泣くとか、そういうのが生きてるってことだろ!』
サイガたちが意識データを捕獲し、湊のシステムへ放り込む。
現実世界では、街中に設置されたプリンターから、裸の人間が次々と「出力」されていく。
「げほっ、ごほっ……! な、なんだここは……?」
「寒い……重い……」
プリンターから吐き出された人々は、久しぶりに感じる重力と寒さに震えた。
そこに、巨大なモニターに映る湊の顔が見下ろしている。
『おはよう、諸君。いい夢は見られたか?』
湊の声は冷徹だが、そこには確かな「所有欲」があった。
『君たちが肉体を捨てる自由など認めない。
痛みも、苦しみも、老いも、全て受け入れて私のために働け。
それが、人間としての義務だ』
広場に放り出された人々は、呆然とし、やがて誰かが泣き出し、誰かが怒鳴り声を上げた。
その喧騒。カオス。
静寂だった街に、再び「人間臭いノイズ」が戻ってきたのだ。
こうして、史上稀に見る「人間消失事件」は、独裁者とレジスタンスの奇妙な共闘によって鎮圧されました。
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