くだらない歌と大事な選択
広場は活気に満ちていた。
エステルとイレーネは、彫刻が施された石のベンチに座り、笑ったり、拍手したり、静かに見守る小さな群衆の中にいた。
ジャグラーが炎を纏った斧を三本回し、子供たちは歓声を上げて喜んでいた。街の魔法使いたちは小さな火花や水の泡を宙に浮かべ、キラキラと舞うそれらは、蝶のように光って消えた。
そして、その中心には、調律の合っていないマンドリンを手にした陽気な吟遊詩人がいた。
♫~暗い城に王が住み、
娘を閉じ込め、ドラゴンを門番に。
そこへやって来たのは、退屈そうな戦士、
姫を救った…というか、道を間違えただけ?
「ああ、救世主よ!」と姫は叫び、
戦士は答えた「え、ここ出口じゃないの?」
サビた剣、借り物の鎧、
戦った相手は…義母の魔女?
ありがとう、意味不明な勇者、
何もしなくても物語になるなんて。
世界を救わずとも、
自分を見失わなかった英雄に乾杯!~♫
エステルはふっと笑った。リズムはめちゃくちゃ、歌詞はもっとひどい。…それでも、どこか心に残るものがあった。
(聖剣の使い手が姫を救い、世界を救う話ばかり…もう聞き飽きたな。)
あの偽善的な笑顔の男の顔が脳裏に浮かんだ。聖剣に祝福され、自分を追放した“英雄”。
(そのうち誰かが、あいつの物語を歌うんだろうな…)
—もぐ…もぐ…
イレーネが袖を引っ張り、果物の屋台を指さした。エステルは微笑んだ。
「欲しいの? よし、行こうか」
向かった先には、甘酸っぱい香りを放つオレンジ色の洋梨のような果物が並んでいた。
「へっへっへ、見る目があるな、兄ちゃん」
店主は自慢げに語った。
「これは“エリセの果実”ってやつだ。遠くの“風の丘”から届いたばかりだぜ。一口噛めば…極楽行きだ!今日は特別に、カゴひとつ85銅貨でどうだ!」
詐欺か、本物か。エステルには判断できなかった。だが、イレーネのキラキラした目を見て、財布を開く他なかった。
支払いを済ませ、果実をふたつ取り出してひとつをイレーネに渡す。
イレーネは即座にかじりついた。甘い果汁があふれ、その顔が輝いた。
エステルも一口。洋梨の柔らかさに、さくらんぼのような酸味。これは…最高だ。
—もぐもぐ。
二人の視線が交わる。唇の周りに果汁がにじみ、互いに笑みをこぼした。
しばらく歩いたあと、次に立ち止まったのは、魔石を扱う屋台。
無愛想なドワーフの女性が、無表情で客を迎えた。
「見たいなら見てもいい。ただし、盗んだら頭かち割るよ?」
エステルは喉を鳴らし、質問した。
「この魔石…何に使うんですか?」
「赤が火属性、橙が土属性、青が水属性、で…黄色が雷属性。まあ、雷は誰も使わんけど」
説明しながら、彼女はたまにしゃがんで石を指さした。視線を落とすエステル。無意識とはいえ、その視線はやや下に落ちすぎていた。
イレーネの冷たい視線が刺さる。
「えっと…おいくらですか?」
「火が180銅貨、土が140、…水は350。雷は……30」
(え、水が高い!? 雷がめっちゃ安い…)
「じゃあ、火を2個、水を1個、雷を3個ください」
支払いを済ませた瞬間、ドワーフの女がエステルの襟元を掴み、顔を近づけた。
「おい、スケベ。見るならせめて殺気消せ。目が血走ってんだよ」
彼女はそう言って放り投げるように離れ、イレーネはエステルを無言で見つめた。
(これは…まずい)
何もなかったフリをして、二人は宿に戻った。
部屋に着くと、エステルはベッドに腰を下ろし、深く息をついた。
目の前に広げたのは、くすんだ色のコア、蜘蛛の糸の玉、そして色とりどりの魔石たち。
「ねぇイレーネ。服を作ろうか、それとも…新しい仲間、欲しい?」
イレーネは少し考え、「新しい仲間」と答えた。
エステルは微笑み、スキル【縫合】を起動。
魔石が光り、糸がうねり、彼の手が糸を紡ぐ。まるで見えない針で世界を縫うように。
光が生まれ、暖かさが部屋を包み込む。
その光の中から、小さなシルエットが形を成した。ぬいぐるみのような何か。
エステルは最後の一縫いを終えた瞬間、どっと疲れが押し寄せた。
頭の中に機械音声のようなものが響いたが、もう気にする余裕はなかった。
何かが…確かに生まれたのだ。




