↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

55/89

鍛冶の心臓部

最初の光が馬車の薄いカーテンをすり抜けて、俺の頬をそっとなでた。そのぬくもりで目を開けると、真っ先に見えたのは、ぐしゃぐしゃに乱れた薄桃色の髪だった。


「イレーネ……すごい寝ぐせだな」


思わず笑いながら、ぷにぷにの頬を軽く摘んだ。


「へへへ……ふわふわ〜」


寝ぼけたまま、イレーネは小さくうなりながら俺の胸にさらに寄りかかってきた。妹みたいで…いや、もう俺の一部みたいな存在だった。


ふと窓の隙間から外を覗いた瞬間、鼻をくすぐる強烈な匂いがした。


新しい世界。


鉄のにおい。土のにおい。火と石のにおい。まるで巨大な山の体内に入り込んだような、どこか懐かしいような感覚。


「ここが……」


イレーネもくしゃみをして目を覚ました。俺はそっと前髪を撫でながら笑った。


馬車は石畳の道を進み始めた。ガタガタと揺れるのかと思ったが、滑らかすぎて驚いた。まるで魔法で整えられたようだった。いや、これは鍛冶の民の技かもしれない。


そして──俺たちは彼らを見た。


ドワーフ。


子供ほどの背丈に、鍛え上げられた体。胸元まで伸びた重厚な髭。小柄だが力強い女性たち。誰もが大きな炭の箱や金属塊を片手で軽々と運んでいた。


「うわぁ……ここが鍛冶の聖地か」


馬車は進み続け、やがて商業区へと入った。


御者が「着いたぞ」と告げると同時に俺は馬車から飛び降り、落ちてきたイレーネを片手で受け止めた。反射的に例の魔法毛布を〈編み込みインベントリ〉へ戻す。


それから俺たちは、見たこともない露店を回った。


石のような体を持つヒューマノイド。人間に近いが、どこか人形じみている。──ゴレモイドか?


「“トンネルリザード”──搭乗用か、ペットか?」そんな看板も見えた。


しばらく歩くと、赤い鱗のような皮をした果物を発見。ライチに似ている。


「これ、甘いのか?」


店主のドワーフがにやりと笑う。


「ラウタンって言うんだ。水と蜂蜜、あるいは砂糖で漬けときゃ極上の甘口酒になる。もちろん生でも食えるが、ちょい舌がピリつくな。20個で12銅貨だ」


即買い。イレーネに一つ渡し、俺も一口食べた。酸っぱくて、後から甘い。なにより──


「……顔、真っ赤だぞ、イレーネ」


彼女は仕返しとばかりに、頬を俺の胸にこすりつけてきた。服が赤く染まったが…どうでもよかった。


露店を見ながら歩いていると、埃をかぶった片隅に妙な玉があった。


灰色の濁った核……


「これ、いくら?」


「6銅貨だ。魔力反応もねえし、ただのゴミだ。持ってってくれりゃ助かる」


プレイヤー本能が叫んだ。「無視されてる謎アイテム=買え」


即購入し、〈編み込みインベントリ〉へ。


その後、にぎやかな声が聞こえた。


「さぁさぁ寄ってらっしゃい!金!銀!プラチナの延べ棒!あんたの恋人に、武器職人に!チャンスだよ!」


隣には魔物素材を扱う店があった。そこに──


蜘蛛の糸の球体。


「これ、いくら?」


「1個9銅貨。罠や縄、特殊な服用にもなるが……染めにくいし扱いづらい」


「全部くれ」


財布が叫んだが、20個を一括購入。180銅貨。満足。


イレーネはというと、相変わらずラウタンを食べていた。満足そうな、退屈そうな、不思議な顔で。


そこで、彼女を抱っこし、宿を探すことにした。


見つけた宿は……もはや酒場だった。空気に酒が染みている。大声、笑い声、酔い潰れた異種族の男たち。


酔っていないのは──ドワーフたちだけだった。


この世界の“水”は、彼らにとって酒らしい。


俺は誘惑に負けず、10銀貨で5泊分を支払い、部屋へ向かった。


部屋に入ると、俺はベッドに倒れ込みながら一言。


「イレーネ……愛してるよ……でもケツが……。あの木のベンチは拷問だ……うぐぅ……」


イレーネは黙って胸に顔をうずめてきた。


硬いベッド、石の壁、熱気のこもった空間。


それでも、どこか落ち着く。


ここが俺の……次の旅の始まりの場所だ。


目を閉じながら、俺は思った。


――なんて、長い一日だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。