鍛冶の心臓部
最初の光が馬車の薄いカーテンをすり抜けて、俺の頬をそっとなでた。そのぬくもりで目を開けると、真っ先に見えたのは、ぐしゃぐしゃに乱れた薄桃色の髪だった。
「イレーネ……すごい寝ぐせだな」
思わず笑いながら、ぷにぷにの頬を軽く摘んだ。
「へへへ……ふわふわ〜」
寝ぼけたまま、イレーネは小さくうなりながら俺の胸にさらに寄りかかってきた。妹みたいで…いや、もう俺の一部みたいな存在だった。
ふと窓の隙間から外を覗いた瞬間、鼻をくすぐる強烈な匂いがした。
新しい世界。
鉄のにおい。土のにおい。火と石のにおい。まるで巨大な山の体内に入り込んだような、どこか懐かしいような感覚。
「ここが……」
イレーネもくしゃみをして目を覚ました。俺はそっと前髪を撫でながら笑った。
馬車は石畳の道を進み始めた。ガタガタと揺れるのかと思ったが、滑らかすぎて驚いた。まるで魔法で整えられたようだった。いや、これは鍛冶の民の技かもしれない。
そして──俺たちは彼らを見た。
ドワーフ。
子供ほどの背丈に、鍛え上げられた体。胸元まで伸びた重厚な髭。小柄だが力強い女性たち。誰もが大きな炭の箱や金属塊を片手で軽々と運んでいた。
「うわぁ……ここが鍛冶の聖地か」
馬車は進み続け、やがて商業区へと入った。
御者が「着いたぞ」と告げると同時に俺は馬車から飛び降り、落ちてきたイレーネを片手で受け止めた。反射的に例の魔法毛布を〈編み込みインベントリ〉へ戻す。
それから俺たちは、見たこともない露店を回った。
石のような体を持つヒューマノイド。人間に近いが、どこか人形じみている。──ゴレモイドか?
「“トンネルリザード”──搭乗用か、ペットか?」そんな看板も見えた。
しばらく歩くと、赤い鱗のような皮をした果物を発見。ライチに似ている。
「これ、甘いのか?」
店主のドワーフがにやりと笑う。
「ラウタンって言うんだ。水と蜂蜜、あるいは砂糖で漬けときゃ極上の甘口酒になる。もちろん生でも食えるが、ちょい舌がピリつくな。20個で12銅貨だ」
即買い。イレーネに一つ渡し、俺も一口食べた。酸っぱくて、後から甘い。なにより──
「……顔、真っ赤だぞ、イレーネ」
彼女は仕返しとばかりに、頬を俺の胸にこすりつけてきた。服が赤く染まったが…どうでもよかった。
露店を見ながら歩いていると、埃をかぶった片隅に妙な玉があった。
灰色の濁った核……
「これ、いくら?」
「6銅貨だ。魔力反応もねえし、ただのゴミだ。持ってってくれりゃ助かる」
プレイヤー本能が叫んだ。「無視されてる謎アイテム=買え」
即購入し、〈編み込みインベントリ〉へ。
その後、にぎやかな声が聞こえた。
「さぁさぁ寄ってらっしゃい!金!銀!プラチナの延べ棒!あんたの恋人に、武器職人に!チャンスだよ!」
隣には魔物素材を扱う店があった。そこに──
蜘蛛の糸の球体。
「これ、いくら?」
「1個9銅貨。罠や縄、特殊な服用にもなるが……染めにくいし扱いづらい」
「全部くれ」
財布が叫んだが、20個を一括購入。180銅貨。満足。
イレーネはというと、相変わらずラウタンを食べていた。満足そうな、退屈そうな、不思議な顔で。
そこで、彼女を抱っこし、宿を探すことにした。
見つけた宿は……もはや酒場だった。空気に酒が染みている。大声、笑い声、酔い潰れた異種族の男たち。
酔っていないのは──ドワーフたちだけだった。
この世界の“水”は、彼らにとって酒らしい。
俺は誘惑に負けず、10銀貨で5泊分を支払い、部屋へ向かった。
部屋に入ると、俺はベッドに倒れ込みながら一言。
「イレーネ……愛してるよ……でもケツが……。あの木のベンチは拷問だ……うぐぅ……」
イレーネは黙って胸に顔をうずめてきた。
硬いベッド、石の壁、熱気のこもった空間。
それでも、どこか落ち着く。
ここが俺の……次の旅の始まりの場所だ。
目を閉じながら、俺は思った。
――なんて、長い一日だった。




