運命を切り裂く糸
戦場には、もはや多くは残っていなかった。
混沌は一つの中心点へと集約されていた――
ゴブリンロード… そして、その忌まわしき存在。
癒し手であるゴブリンヒーラーは既に倒された。
それでもなお、あの変異体は立っていた。再生し、前へと進んでいた。
騎士たちは後退し始めた。瘴気のオーラは、それに近づく者たちの意志を埋めるかのように濃密だった。
ゴブリンロードは、もはや魔物ではなかった。
それは――深淵だった。
俺は深く息を吸い、負傷した足を引きずりながら、立ち上がった。
だが、心は…静かだった。
「コスチュール(EX)……カット」
システムのウィンドウが、いつものように俺の目の前に現れた。
あの時と同じ。
あの洞窟、あのゴブリンたち、そして、恐怖。
ターゲットに、ゴブリンロードを選択。
しかし――
エラー
無効な対象
システム権限不足
拒否
「なに…?」
さらにもう一つ。
エラー
拒否
拒否
「…黙れ」俺は呟いた。
また一つ。
エラー
不適合
制限中
「黙れって言ってんだろッ!!」
怒りを吐き出すように叫びながら、俺は半分に折れた針を握りしめ――
ウィンドウへ突き刺した。
パリンッ。
ガラスのように、ウィンドウが砕けた。
それは消えたのではない。壊れたのだ。
砕けた画面の中に映る自分――
その心もまた、何かが砕けた。
戦場ではまだ戦いが続いていた。
“混沌の斧”のリーダーは咆哮しながら戦い、
ローランドは盾を構え、
隊長は精霊属性を纏わせた剣で攻撃を続けていた。
俺は再び前に出た。
「カット、カット、カット!」
乾いた声が、空気を裂いた。
目には見えない斬撃が走る。
ザシュッ!
腕が落ちる。
ザシュッ!
脚が飛ぶ。
ザシュッ!
胴体が裂ける。
だが……
肉体は再生していく。
まるで粘土細工のように。
(足りない…これじゃ足りない!)
「コスチュール!」
今度は縫合だ。
斬った部位を地面に縫い付ける。
異なる法則で、俺は針を空中で操る。
ザシュッ!
グシュウッ!
四肢はもう、再びつながることはできない。
叫び声が響く。
もはやそれは獣の咆哮ではなかった。
それは――怒れる存在の断末魔だった。
そして俺は、最後の一撃を込めて――
「カット!!」
針が空を斜めに切り裂いた。
ゴブリンロードの身体が、真っ二つに裂けた。
その中にあった魔核が、一緒に砕ける。
濁った瘴気が空へと散り、静寂が戦場を包んだ。
ゴブリンロードは、倒れた。
誰の手によってでもない。
あくまで「人間」として戦った、俺――
エステルの手によって。
…だが俺はもう、立っていられなかった。
力が抜けて、意識が遠のいていく。
痛みではなかった。
恐怖でもなかった。
限界を超えた代償だった。
倒れ込む瞬間、たった一つの想いが脳裏に浮かんだ。
(俺は強くなんかない。ただ…絶対に、諦めたくなかっただけだ)
そして、静寂に包まれた。




