刃と秩序の行進
イレーネを抱えながら、私たちの後ろで冒険者たちのざわめきが徐々に遠のいていった。彼女はまだ眠っており、胸元に顔を埋めて私の首に腕を回していた。その穏やかな呼吸は、まるでこの世界に危険など存在しないかのような錯覚を与えた。
「エステル」
背後から低く重い声が響いた。
振り返ると、ギルド長が立っていた。その堂々たる姿勢は変わらなかったが、その声には…切迫感がにじんでいた。
「今夜はここに泊まってくれ。頼みたいことがある…他の誰にも任せられん」
彼を疑うように見つめた。
「明日出発だ。我々は王国に報告するための証拠が必要だ…遺体、素材、何でもいい。これがただのゴブリンの集落ではないと示すためにな。お前の収納能力があれば、大きな助けになる」
断る理由もなかった。私はうなずき、その夜はギルドの部屋で眠ることにした。イレーネは私の上で眠りながら、まるで枕のように体を預けていた。
朝、目覚めたとき感じたのは、柔らかく、温かい感触だった。イレーネの寝癖のついた髪が顔にかかり、小さな頬が胸に押し当てられていた。その腕が私を抱きしめている。少しの間だけ、現実を忘れていた。
静かに身支度を整え、眠そうなイレーネを抱いて部屋を出ると、外はまるで戦場の準備のような雰囲気に包まれていた。
広場は満員だった。
冒険者たちは荷物を確認し、ベルトを締め直し、武器を研ぎ、仲間と冗談を交わしていた。しかし、彼らだけではなかった。
兵士たちもいた。
整然と並ぶ彼らの鎧は朝日を反射し、輝いていた。多くは若く、張り詰めた表情と鋭い眼差しを持っていた。そして中央に立つ一人の男。白と金のマントを翻すその姿は、まさに隊長と呼ぶにふさわしかった。
戦わずとも分かる――この男は強い。言葉少なくして人を従わせる「本物」だ。
そこには明確な違いがあった。冒険者たちは自由そのもの。感情に従って動く野性の魂。兵士たちは秩序だった規律と忠誠の象徴。
間もなく、ギルド長が現れ、数人の役員を伴って前に出た。その声は、雷鳴のように広場を包んだ。
「よく聞け」
一瞬で静寂が広がった。
「今回の件は、もはや単なるゴブリン掃討ではない。複数の報告により、異常な行動が確認されている。群れの行動、戦術、行動範囲の逸脱…」
ざわめきが広がる中、彼は続けた。
「ゴブリン・ロードの出現が…推測されている」
あくまで「推測」だ。だが、それでもその言葉の重みは凄まじかった。
「まだ確証はない。だが、もしそれが本当であれば、巣がある可能性がある。あるいは…もっと恐ろしいものが」
「今回の任務は偵察と封じ込めだ。無茶をするな。英雄ごっこで死んでも誰も賞賛はしない」
沈黙の中、彼の言葉は静かに広がった。
やがて、出発の合図が鳴らされる。
イレーネはすでに目を覚ましており、私の手をしっかり握っていた。私はその手を握り返し、ギルドで出会ったパーティーの後をついて行った。
ローランドは先頭を歩き、背中の盾と腰の剣が無言の威圧感を放っていた。カエルは草むらを軽やかに進み、リティアは小声で何かを呟きながら精霊たちと会話していた。
しばらくは静かだった。森が深くなり、陽光がほとんど届かなくなるにつれて、足音も慎重になっていく。
突然、カエルが片手を上げ、耳をぴくりと動かした。
「ふふん~、お客さんだ」
ゴブリンの斥候部隊だった。
四体、いや五体か。そのうち一体は角うさぎを肩に担いでいた。原始的な石の槍、骨の剣、粗末な斧を手にしていたが、ただの雑魚ではなかった。
一体だけ、明らかに異質な存在――ゴブリンアーチャー(変異体)。
骨の弓を持ち、より暗い肌と深い眼光。まるで狙撃手のような姿勢。
兵士たちは即座に右へ展開し、音を立てずに包囲を始める。一方で、冒険者たちは木陰へと消え去り、獲物を狙う獣のように動いた。
私は立ち止まった。
左には秩序。正確な戦術と模範的な動き。
右には自由。本能のままに戦う熟練の戦士たち。
(どちらの道が、俺に必要な「力」を教えてくれるだろう?)
呼吸を整え、背中の針に手を伸ばす。そして決めた。
どちらへ進むか――俺の道を。




