『父の話』 彼は彼女を見つけた
瞼を閉じていても、光の残像が目をやく。それを不快に思いながら、デニスはじっと耐えた。緑や赤、黄色っぽい色。それらが万華鏡のようにグルグルと瞼の裏にうつっている。
不快感に耐えながら、デニスは同時に周辺の様子を伺っていた。目は使えなくても、耳や鼻がある。空気の流れなどを肌で感じることもできる。
音は、デニスが呼吸する音くらい。それ以外の音となると、全くと言って良いほど聞こえなかった。匂いもない。無臭である。風を感じないので、閉鎖された空間なのかもしれない。
「はぁ……何だった……これは……魔道具の工房か?」
ようやく気分が落ち着き、デニスはゆっくりと息を吐きながら目を開けた。光に焼かれ、視力が失われていないかどうかが気がかりだったが、そんなことはなかったようである。
デニスの目に飛び込んできたのは、部屋の中央に置かれた大きな一枚板の作業台だった。
艶々と光り輝く飴色の作業台は、傷らしい傷が全くない。作業台に近づき、恐る恐る手を伸ばせば、肌に吸い付くよう。このまま、ほおずりをしたい。
「いいなぁ、この机。僕もこんな机で作業をしてみたい……」
うっとりしながら、作業台を撫でる。
「あっ! あっちの机もすごい! こっちの机とセットなんだろうな。わ! すごいな、このランプ。装飾が凝りに凝って……リンゴを彫るなんて意味深な……」
ランプが置かれている机は、魔道具の核となる石の細工のための机だろう。悪いと思いながら、そっと引き出しを開ければ、核石に魔法を刻むための道具が新品同様に手入れされ、揃っていた。
「ふわぁぁぁっ! なんっ、何て綺麗なんだろう!? ここまで凝った道具は見た事ない」
持ち手の部分に施された植物のレリーフ。よく見れば、一本一本、デザインが違う。これは、コレクターにはたまらないだろう。
道具を拝み、誰に断るともなしに断って、デニスはその内の一本を手に取ってみた。
「くっ……! こんなに手に馴染む道具、初めてだ……」
魔道具作りの道具は、一般に販売されているものの、熟練の職人になればなるほど、自作する傾向にある。デニスも自作の道具を持っているが──
「僕の道具より使いやすそうってどうなの?!」
工夫が足りなかったかと、ショックを受ける。
書棚には資料らしき書物の他、鉱石標本なども飾られていた。そのどれもが、珍しくも美しく、ため息なしでは見られないほどの一品ばかり。
「あぁ……何てご褒美……ありがとうございます……!」
この工房は、このまま国の文化財として保護すべきだと真剣に思う。王立学園のたかが一教師の進言では、満足に取り扱ってもらえないだろうが……校長をここに……いや冒険者のギルドマスターの方がいいだろうか?
今の内だけだからと、前の持ち主に心の中で詫びを入れつつ、デニスは椅子に座り、この工房の存在を国の中枢へ知らせる方法を真面目に検討していた。
天井には、星図が描かれ、天球儀らしき物が高い所に持ち上げられている。おそらく、あの感じからすると、どこかにスイッチがあって、上げ下げできるものと思われた。
「うん? 扉?」
書棚と書棚の隙間、大人一人が横歩きでようやく通れるほどの隙間に、金色の取っ手が見えたのである。
掃除道具入れだろうか? だとしても、こんなところに作るか? 後から付け足した?
不思議に思いながら席を立ち、デニスは扉付近を調べてみた。
「あ、これ、動くんだ」
貴族の家などでよく見かける仕掛けである。書棚を横にスライドさせると、普通サイズの扉が出て来た。書棚で隠されているところを見ると、この奥には貴重な何かが隠されているに違いない。
可能性が高いのは、この工房で作られた魔道具。もしくは、魔道具の素材だ。これには、宝石や貴金属、モンスターの爪や角など、高価な物もあるから、厳重に保管される。保管庫その物を隠すこともよくある話である。
「素材が空っていうことはないと思いたい……け……ど……?」
その部屋には明かりがなかった。
しかし、中央に淡い光を放つ巨大な水晶のような物があった。ような、というのは、その石がオパールのように虹色に光り輝いて見えるからである。
六角柱の石には、銀色の草が巻き付いていた。もちろん、銀色の草などある訳がないので、装飾である。デニスは石に近づき、それをよく観察してみた。
「これは、ラベンダーかな?」
こういう装飾に使われるのは珍しい。よくあるのは、葡萄などに代表される蔦植物だ。
しかし、この石は何の目的でここにあるのだろう。ただのオブジェ、とは考えにくい。
こんな不思議な石は見たことがないし、このラベンダーの装飾も、銀細工かと思ったが、それにしては柔らかすぎるように思う。指で押すとその部分がへこみ、離すと少しずつ戻っていくのだ。
【迷宮】の次なる謎は、この石らしい。ギミックではないが、さて、これにはどんな謎が隠されているのか。まずは問題を探さねば。そう思い、石に触った直後──っ
「っわ!? 何だ?!」
石を飾っていたラベンダーが蛇のようにするりと動き、デニスの左腕に絡みついたのである。
もしかして、迷宮初のモンスターか!? ガーゴイルかリビングスタチューの類かと焦り、引きはがそうとするが、びくともしない。どころか、掴んだ指をチクリと刺される始末。
「毒! 毒はっ……」
デニスは、完全に冷静さを失い、ただただ、左腕の謎の物体を引きはがすことだけしか考えられなかった。だから、石の変化には全く気付けなかったのである。
『──魔力痕確認。照合。100%一致。【古書の迷宮】の新たな主として承認。登録します。同時に、【水星の水銀】の所有者として承認。登録します。承認、登録、無事完了しました。【スピリチア・水星の水銀】の覚醒を許可します』
「え?」
今、誰か何か言った? そう問う暇もなく、石が光った。
うわっと目を細めたのは、ほんの一瞬。光はすぐに消え、眩しさも後を引かなかった。
「何だったんだ……? って……え?」
パチパチと大きく瞬きをする。それでも、目の前にいるものが信じられなくて、デニスは目をこすってみた。消えない。いなくならない。
年は20代半ばくらい。色白で、人形のように整った顔立ち。長いまつ毛に縁どられた目と上品な唇。瞼は閉じられたままではあるが、美女である。いや、女の妖精かも知れない。
肩口で切りそろえられた金色の髪。耳元を飾るのは、白い羽根のピアス。オリーブグリーンのケープには、水仙と羽根のブローチがつけられている。
「君は……一体……」
デニスのつぶやきに答えるように、彼女はゆっくりと目を開けた。




