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第149話 奪われたもの

お久しぶりです。よくも悪くもとりあえずひと段落つきましたので舞い戻ってまいりました。作者の詳しい状況が知りたい方は活動報告へどうぞ。

『私が見つけたもの』三話目になります。なんだかんだ言いながら中途半端なところで放置してしまってすみませんでした。久々で話を忘れてしまった!なんて方もいらっしゃるかもしれませんが、楽しんでいただけたらいいなあ!

「ねえ、おねえちゃん。死んだひとはどこへいくの?」


 澄んだ栗色の目があたしを見上げます。「え?」と、思わずあたしは聞き返しました。それまで一緒に星座のことを話していた男の子がいきなりそんなことを言い出したものですから、突然話題が変わったことについていけなかったのです。


「パパは天国だよ、って言うんだ。でも、ママはほんとに天国にいったのかな? ほんとに天国ってあるのかな? ママはちゃんと天国にいけたのかなあ?」

「それは……」


 その男の子はジーナ君といって、この間の事件で――お母さんを失った7歳の子でした。だからこそきっと、そんなことを聞いたのでしょう。

 ただ、彼は親を失った子たちの中でもひと際明るい子で、いつもはそんな話をしなかったから、あたしは驚いたんです。


「ママ、迷子になってないかな? 天国って遠いのかな? ちゃんと着いてるかな……」


 それは、あたしに答えを求めるというよりも、ひとり言に近い呟きでした。

 だからあたしは余計に困るのです。あたしより一回りも二回りも小さい子どもでも、あたしには到底どうにもできない傷を、彼らは負っています。


 ――そう、彼ら。


 あたしはあの事件以来、親を失った子どもたちと話したり、遊んだりすることによって、彼らの傷を癒そうとしていました。ジーナ君はその一人です。

 とはいえ、彼は両親とも失ったわけではなく、亡くなったのはお母さんだけでした。お父さんはジーナ君を連れてなんとか逃げ延びたらしく、多少のすり傷や切り傷はあれど、ほとんど無事と言うに近い状態でした。もちろん片親いるから平気だというつもりはなく、彼の無邪気な笑顔を見るたび心は痛むのですが、それでも両親とも失ってしまった子も中にはいます。

 そういう子にはもちろん引き取り手を探してあげたり、できる限りの援助をしたりしてはいますが、親を失った悲しみは何にも代えようがありません。そして、小さい子には、『死』というものが何なのかわかりません。彼らはいなくなってしまった親がきっといつか戻ってくると信じていて、時には、自分が悪い子だからいなくなっちゃったんだ……と泣くのです。

 彼らとの付き合いはもう二週間近くになるけれど、そういう時、どうしてあげたらいいのかあたしにはまだわかりません。ただ、何もできない自分が、歯がゆいです。


「やあルルちゃん、やってるかい?」

「あ、ファルノムさん。こんにちは」


 ジーナ君の問いに答えることができず、曖昧な笑みを浮かべたまま彼の髪をなでていると、突然後ろから声をかけられました。ファルノムさんです。彼も、あたしと同じように――というか、あたしの活動に賛同し、支援してくれている人でした。

 彼がいなければ、あたしの小さな力が何か意味を持ったかどうかもわかりません。こうして子どもたちのために活動できているのは、ひとえに彼のお陰でした。……それに、子どもたちも。


「あー! サンタのおじさんだ!」

「あれー? まだ早いよお? あわてんぼだ!」


 彼の訪れにいち早く反応した子どもたちが、嬉しそうな声を上げます。……彼は、サンタクロースではないんだけれど。

 それでも彼は、その穏和な人柄で、子どもたちからも好かれているのでした。

 立派なおひげを引っ張られ、ファルノムさんは困ったように笑います。子どもたちには容赦がありません。きゃっきゃと笑い声を上げながら手を伸ばし、彼に抱っこをせがんでいます。


「ぼくも! ぼくもー!」


 するりとあたしの腕を抜けて、ジーナ君もファルノムさんのもとに駆け寄りました。さっきの質問なんて、まるでなかったかのように。

 そんな彼の小さな背中を見ていると、思わず顔が綻ぶのと同時に……切ない気持ちにもなりました。

 あたしは、彼のために、何ができているんだろう。

 こうして子どもたちと遊んだり話したりする日々を続けているけれど、それは本当に彼らの救いになっているんだろうか? もっと、彼らにもしたいことが、してあげるべきことがあるんじゃないだろうか?

 答えの出ない問いが、ぐるぐるとあたしの中で回ります。いっそファルノムさんに相談してみたらいいのかもしれません。でも、そうすればあたしの活動に賛同して支援してくれた彼の気持ちをも踏みにじってしまう気がして、なかなか言い出せずにいました。

 いたずらに日々が過ぎていくような……近頃、そんな焦燥ばかりが、あたしの中で時を刻んでいました。




「星がみたい」


 思い立ったようにそんなことを言い出したのは、両親を亡くした6歳の女の子の、ソフィアちゃんでした。

 もうそろそろ日も沈んで、今日は解散という頃合いです。彼女はこのまま引き取り手である夫婦のところに帰る予定でした。


「……ソフィアちゃん? もう帰る時間だよ?」

「あたし、星がみたいの」


 それでもソフィアちゃんはそう言って譲りません。彼女の養い親はとてもやさしい人だと聞いているので、おそらく、それは現実からの逃避などではなく、彼女の純粋な願望だったのでしょう。

 じっとあたしを見上げる瞳は藍色です。それは、夜空の色にも似ていました。彼女は何を思って星を見たいと思ったのでしょう。あたしには、わかりませんが。


「ぼくもみたい!」

「わたしも!」


 それに賛同する声が、周囲から次々と上がりました。あたしは思わず子どもたちを見回します。

 そんなこと……、今まで一度も言い出さなかった子どもたちです。多少のわがままは言えど、星を見たいなんて、そんなこと。あたしは少なからず驚いていました。


「ルルおねえちゃん、星がみたい!」

「星がみえるところにつれてって!」


 ただただ目をしばたかせるあたしに、子どもたちはせがみます。

 それは、ただ星を見たいというより――星を見ることで、なにかが起きるかのような口振りでした。

 ひとりが言い出せば、またその周りでも。連鎖するように声を大きくする子どもたちに、あたしは困って視線を落としました。でも。


「でも……みんな、心配されちゃう……」

「誰に?」


 そう言ったのは、ジーナ君でした。あたしははっとして彼の目を見ます。

 その目には責めるような色はありません。でも、あたしは感じました。

 彼はまだしも、ソフィアちゃんのように二親とも失った子は――一体、誰に心配してもらうのかと。

 もちろん、彼女たちを引き取った養親の方たちは心配するでしょう。引き取った子たちが約束の時間になっても帰ってこなかったら。彼らは慈善事業で引き取ったわけではないのです。自分から引き取りたい、と言って来てくれたのですから。

 でも、子どもたちが言いたいことは、それとは違います。


 彼らは、ひとりぼっちになってしまった。

 それを彼らは、自分の心で理解しているのです。


「……行ってきたらいいんじゃないのかい」

「ファルノムさん……」


 ついに困り果てたあたしに、ファルノムさんはそう言って肩を叩いてくれました。


「この子たちの親には、私から連絡しておくよ。ルルちゃんはこの子たちを庭に連れていってあげたらいい」


 庭からなら星も見えるだろう、と。

 ファルノムさんは言いました。その口調は淀みなく、なんの迷いもありません。

 いいのでしょうか。

 あたしはまだ迷っていました。子どもたちは全部で6人います。それはけっして多い数ではないけれど、それでもどこかで迷子になってしまったら、と。庭の外は森ばかりです。森に中に迷い込んだら……魔獣がいます。魔獣は基本的に魔族を襲うことはありませんが、それでも、危険が全くないとは言い切れません。

 あたしは、怖かったんです。その責任を負うことが。

 すると、ファルノムさんはあたしにそっとささやきかけました。


「行っておいで。外には世界が広がっているから。そこには君にとっての新しい発見もあるだろう、――ここで立ち止まっていたら、二度と世界には出られないよ」


 あたしは思わず目を上げます。

 そのやさしい口調はいつも通りだけれど、その言葉は、強くあたしの背を押しているようでした。

 外には世界が広がっている。

 そこには、あたしにとっての新しい発見がある。

 ここで立ち止まっていたら……世界には、出られない。

 気が付けば、あたしは強く頷いていました。外に出よう、とそう思いました。


「……じゃあ行こう、みんな。まだ少し早いけど、お腹空いてない?」

「うん!」

「だいじょーぶ!」


 ソフィアちゃんとジーナ君と手をつなぎ、あたしは歩き出します。彼らもまた、隣のお友だちと手をつないでいました。


「じゃあ、ファルノムさん。よろしくお願いしますね」

「ああ。任せておくれ」


 最後にぺこりと頭を下げて、あたしは最寄りの階段の方へと向かいます。

 あたしは子どもたちを先導するように前を歩いてはいたけれど、子どもたちがあたしを連れていってくれている、そんな感じさえしていたのでした。




「わあ、きれい!」


 子どもたちの中から歓声が上がりました。いつの間にか暗くなっていた空に、星がきらめき始めていたのです。

 あたしたちは今、広い庭の真ん中に寝っ転がっていました。夜はさすがに空気が冷たいので、ひとつの大きな毛布にみんなでくるまって。


「あ、一番星みーっけ!」

「あ、ぼくも!」

「わたしの方が先だもん!」


 子どもたちはそれぞれ星を指差して、無邪気に笑います。ソフィアちゃんも笑っていました。その様子を見て、あたしは彼女にそっと話しかけます。


「ねえ、ソフィアちゃん」

「なあに、おねえちゃん?」

「あのね、なんで星が見たいと思ったの?」


 べつに、理由がないならいいんだけど――と付け足すと、彼女はあたしを見て、言いました。


「うーんと、あのね。おかあさんがね、ずっと前、あたしに言ったの」


 おかあさん。それは、亡くなった彼女の本当のお母さんのことでしょうか。胸の奥がしめつけられるような感覚を覚えました。けれど、彼女は何も気にしていないふうに、言います。


「たとえおかあさんがいなくなっても、星になってあたしを見守ってるから、さみしくなったら空を見上げなさいって」


 その言葉に、あたしは目を見開きました。

 ――星になって見守っているから。

 お母さんには、わかっていたのでしょうか。いつかこういう日が来ると言うことを。わかっていて、そんなことを言ったのでしょうか?

 そんな馬鹿な……、と思います。たしかに親は子どもより先にいなくなってしまうものだけれど、そんな小さな頃から、それを予期して言い聞かせるものでしょうか。


「あたし、さみしがりだから。おかあさんはいつもそんなことを言うんだ」

「そう……、なんだ」


 あたしの心を読んだように、ソフィアちゃんは言います。

 そんなふうにして、お母さんはソフィアちゃんを寝かしつけていたのでしょうか。――そういえば、あたしもそんなような覚えがあります。あたしも昔っからひとりが怖くて、まあ、あたしの場合はお母さんじゃなくてお兄ちゃんだったんですけど。お兄ちゃんはあたしが泣き出すたび、あの手この手であたしをなだめていたのでした。とはいえ昔はまだ、お兄ちゃんとはそんなに仲が良くなかった頃もあるんですけど。でも、あたしはお兄ちゃんがよくて。


「ねえ、おねえちゃん、いっしょに探してくれる?」

「え?」

「あたしのおかあさん、どの星かなあ?」


 思わず懐かしい思い出に浸っていると、ソフィアちゃんは星を指差してそう言いました。

 その口調に寂しさはなくて、そこにお母さんがいることを本当に信じているかのようです。……ううん――、本当に、いるのでしょう。あの星の群れの中に、お母さんが。


「よし。一緒にお母さん探そうね、ソフィアちゃん」

「うん!」


 あたしは彼女と手をつないで、あの星がどうだ、この星がどうだと話し始めます。

 気が付けば、まわりの子たちも同じことを始めていました。


「あ、あの明るい星、わたしのパパ!」

「あっちの赤いのはぼくのお母さんだ!」


 みんながみんな大きい、明るい星を探して口々に叫びます。

 中にはお月さまがぼくのおじいちゃん、と言う子もいました。頭が似てる、と言った時には思わず笑ってしまいましたが。


「ぼくのママはきっと、あの星だ」


 でもその中で、ジーナ君だけは小さくて暗い星を指差しました。ひっそりとしていて、周りの星につぶされてしまいそうなほど、弱い光の星です。

 どういう気持ちでジーナ君がそう言ったのかあたしには分からず、彼に頭を寄せてあたしは尋ねます。


「どうして?」

「だって、天国って、遠いんでしょ。だったらきっと、天国にいったママも、遠いところにいるよ」


 当たり前、といったふうな口調でした。あたしはジーナ君の方を振り向きますが、彼は星空を見上げたままです。

 まるで、その事実をもう、受け入れてしまったかのように。

 この子は、なんて強い子なんだろう。そうあたしが思って感心していると、


「それにね」


 小さく俯き、ジーナ君は続けました。何だろうと思って黙って耳を傾けていると、彼は、消え入りそうなほど小さな声で言います。


「ぼくのママは、めだつのとか好きじゃなくて……だから、あんなにぴかぴか光ったりしないと思うんだけど、でも、やさしくて、とっても料理がじょうずなんだ」


 それは――お母さんのことが大好きだったんだろう、ジーナ君だからこそできる発言でした。

 やさしくて、お料理が上手で、控えめで。素敵なお母さんだったんでしょう。だからこそ彼は、あの小さな、淡い光をたたえた星を選んだのです。照れてはにかみながらも、彼はたしかに微笑んでいました。

 あたしは彼の頭をそっと抱き寄せて、言いました。


「……そうだね。お母さんは、空の上からずっと、ジーナ君を見守ってくれてるよ」

「うん」


 あたしはその時初めて、小さなこの子たちにとって、傷は癒すものではなく、乗り越えるものなのかもしれないと思いました。

 踏みつぶされて地面に倒れ伏す時もあるけれど、だからこそ強く、たくましく育っていくのかもしれない――。

 それは単なるあたしの思い違いかもしれません。だけど、思わぬ不幸に出遭ってしまった彼らが、それでも強く生きて、幸せをつかんでくれることをあたしは願っていました。


「あ、流れ星!」


 子どもたちのうちの一人が叫びます。歓声を上げて、みんなが指を差された方向に飛び付きました。

 きらきらと流れていく、小さな星屑。

 あたしがその光景に息を呑んでいると、また違う子が声を上げました。


「あっちにも!」

「あ、こっちにもあるよ!」

「流れ星いっぱいだー!」


 見てみれば、夜空の星が全て流れ出すようにして、黒い夜空を流れ星が埋めていました。

 流星雨、というのでしょうか。

 見るのはあたしも初めてでした。次々と夜空をすべっていく星に、お城の窓の方からも歓呼の声が聞こえてくるのがわかりました。

 きれいです。こんな綺麗な夜空は、生まれて初めて見ました。


「流れ星って、願い事するとかなうんだよ!」

「え、ほんとー?」

「わたしもう願っちゃったもんねー!」

「ずるい、ぼくも!」


 きゃいきゃい騒ぎながら、子どもたちはそれぞれ願い事を口にします。……願い事って口にするものでしたっけ、まあ、いいのかな。


「ぼくは将来まおうさまになる!」

「わたし、お姫さま!」

「えっと……みんなのためになる、しごとが、したい!」

「お金持ちになれますように!」

「おとうさんがいないので、おかあさんのお手伝いをいっぱいしたいです!」


 一生懸命に手を合わせて願う彼ら。それは、彼らの小さな夢の欠片、そして未来への大きな一歩でした。

 深い悲しみの中にあっても、けっして折れることなく、まっすぐ前を向き続ける強い子たち。

 そんな彼らの願いを微笑ましく聞いていると、ひとり黙りこくっていたジーナ君に、他の子の視線が集中します。


「ジーナは?」

「え、……ぼく……恥ずかしいから、いいよ……」

「ジーナだけ言ってないじゃん、ずるい!」

「ねえ、教えてよー!」


 明るい性格のジーナ君にしてはめずらしく、歯切れの悪い返事でした。そんな彼を囃し立てるように、周囲の子たちが言い募ります。


「ジーナはなんて願ったの?」

「ぼくらも言ったんだから教えてよ!」


 無理に聞くのはよくないと思ったので、止めようと思ったのですが、あたしが口を開くよりも先にジーナ君が小さな声でぽつりと呟きました。


「……ママ、がぶじに天国についていますように、……と……」

「と?」

「と?」


 視線をさまよわせながら言うジーナ君。と? ふたつの願い事をしたのでしょうか。

 思わずなにかと思って耳を傾けると、ジーナ君はしばらくためらったあと、覚悟を決めたような顔で言いました。


「大きくなったら、おねえちゃんと、結婚できますように!」


 あたしは驚きました。今度は、目を丸くしてジーナ君を見つめるあたしに視線が集中します。


「え、っと……」


 真っ赤になって俯くジーナ君に、周囲の子たちはさらに囃し立てる声を増すばかり。

 ……えっと。……こういうのって、どうすればいいんでしょうか。

 ジーナ君はまだ子どもで、そういうふうに断るのはよくないかもしれないけれど、まだまだ素敵な人と出会う可能性なんていっぱいあるのです。

 それに、あたし自身も、まだ。

 そう思っていると。


「えっと……いまは、まだ、いいから! ぼくが……大きくなって、いい男になったら……結婚してください!」


 困惑するあたしに、ジーナ君はさらにそう付け足しました。そのことが、さらに周囲を盛り上がらせます。

 いい男なんて……そんな言葉、一体どこで覚えたのでしょう。

 当惑しながらも、あたしは頬をゆるませずにはいられません。大きくなって、いい男になったら。


「……うん。約束するね、ジーナ君。ジーナ君が大きくなって、いい男になって……その時、まだあたしと結婚したかったら、迎えに来てね」

「っ、うん!」


 あたしはそう言って、小指を差し出しました。ジーナ君はぱあっと笑顔になってあたしを見ます。

 それから指切りをして、あたしたちは、約束をしました。

 子どもの約束です。守ってくれなくてもかまわない、とあたしは思っていました。

 ただ、逆境に怯むことなく、素直に好意を寄せてくれる彼の気持ちが嬉しくて……。

 彼の成長が楽しみだと、その時心から思いました。あたしと結婚してくれるかどうかは別にしても、きっと素敵な人になるでしょう。





 あたし、本当はコメットさんに憧れて、なにかしようって思ったんです。

 彼女は憧れの人で。彼女自身も事件に巻き込まれて大変だったって聞いたのに、回復するや否や、ラジオなんかで魔王城を活気づけるような活動をしていて。

 それであたしも何かしたいな、って思って……。


 あたしにはコメットさんみたいに集まる人みんなを惹き付け、盛り上げるような力はありません。

 美人でもないし、あんなに物事を割り切ってするような勇気もないし、できることも限られています。

 それでも、何かしたいなって思ったんです。何か小さなことでも、力になれたら。そう思って活動を始めました。

 そうしたら、ファルノムさんをはじめ、あたしの活動に賛同して手伝ってくれる人が出てきて、子どもたちを引き取ってくれるという人もいて、子どもたちはあたしに懐いてくれて。


 あたしはなんて幸せなんだろう、と思いました。

 あたしが支えるつもりが、あたしが支えられていることに気が付きました。

 あたしの世界は――この活動を通して、たしかに広がっていったんです。


 勇者に奪われたものは、とても大きなものでした。それは大きな悲しみをもたらし、人の心に深い爪痕を残していきました。

 でも、同時に、あたしたちが得たものもあります。勇者に感謝する――そんなことはできないけど、いつか思い出して、ただの思い出として語ることのできる日が来たなら。


 その日がいつ来るかは分かりません。もしかしたら、あたしたちが生きている間には来ないのかも。

 それでも、その日を夢見て、あたしたちよりもずっと後の世代が、平和に暮らせる時代を夢見て……。

 あたしたちは、生きるしかないですよね。奪われた沢山の光を背負って。


 だってあたしたちは、そのために生き残ったんですから。




(それでも、強く生きたい。描いた未来を追いかける人)

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