5.ハニトラピンク頭令嬢のその後
アベリアとフィルマの手紙のやり取り期間が無理設定になっていたので修正しました。
そんな10年前の婚約破棄後に和解した三人のその後の話をアベリアが一通り語った。
「そのような経緯でフィルマは、あのお茶会から二カ月後にスウェイバー領の侯爵邸に連れて行かれ、そこで花嫁修業を受けながら暮らし始める事になりました」
アベリアのその話に王太子ストラムは、大きく目を見開きポカンと口を開けた。
婚約者のジニアの方も扇子で口元を隠しているが、恐らく同じような表情を浮かべているのだろう。
だがすぐに平常心を取り戻したストラムは、少し考え込む素振りをしながら、冷静にその状況を分析し出した。
「えっと……。彼女、確か借金を抱えた子爵家の令嬢だったよね?」
「はい」
「しかも王太子メインのお茶会で婚約破棄騒動を起こした直後だよね?」
「そうですね……」
「しかも相手は、国によっては辺境伯と言われる侯爵家の跡取り令息だよね?」
「ええ……」
質問に相槌を打つようにアベリアが返答する度に王太子の表情に呆れの色が、濃く浮かび上がってくる。その様子を同じような呆れ顔でルシオが眺めていた。
「確かにスウェイバー領は気候的には夏でも肌寒いし、冬は極寒の地になる。だが娯楽が少ないと言うのはどうだろう……。あそこは傘下である貴族達との繋がりを大切にする事で、領地経営を円滑に行うスタイルだから、彼らとの関係醸成の為に小さな夜会等が頻繁に行われているはずなのだけれど……」
「スウェイバー領は国内最北の領地と言っても、そこまで極寒の地と言う訳ではないので、夏は避暑地として大人気ですわよね……」
「そもそもスウェイバー侯爵家と言ったら、王家も一目置かざるを得ない国境の守りの要を担っている家じゃないか。王都から遠い事もあって、ここ5年程は次期領主予定のリクニス殿にはお会いしていないが、かなりやり手だと社交界でも有名だよね。そんな人の婚約者になって、フィルマ嬢は大丈夫なのかい?」
「わたくし達のお茶会でも彼女の話題が上ってきた事がありませんわね。ですが、次期侯爵夫人となれば、そろそろお噂になってもよろしい頃かと……」
謎の多いスウェイバー侯爵家に関して、未来の王太子夫妻が考え込み出す。
その二人の思惑の材料に少しでも貢献しようと、アベリアが口を開いた。
「フィルマはスウェイバー侯爵邸に行ってから一カ月間は、かなり大変な状況だったようですが……それ以降は、忙しいながらも楽しそうに過ごしているようでした。実家の方の借金はリクニス様のお力添えで全て返済し、その原因となったフレッド叔父様は、借金返済を肩代わりする代わりに今後、一切ペンタス家へ関わる事を禁止され、血判付きの誓約書を書かされたそうです。更に、来年フィルマの成人と同時にお二人は挙式するそうで、わたくしとルシオ様もその祝いの席に呼ばれております」
「そうなんだ……。それにしてもリクニス殿は、かなり思い切った方のようだね。合理的な考え方が高評価に値したとはいえ、王太子のお茶会で婚約破棄を企てた少女を早々に自身の婚約者にした上、未来の伴侶にまでしてしまうなんて……。そう考えるとフィルマ嬢という女性は、とても優秀なご令嬢だったのかな?」
やや納得しきれないストラムの問いにルシオが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて答える。
「どうでしょうか……。頭の回転は確かに速い少女ではありましたが、そこまで秀でた部分があるかと言えば、すぐには思い付きませんね。それでもかなりの努力家ではあり、家族思いの女性ではありますが、したたかさは未だに健在なので」
「まぁ。君は幼かったとはいえ、まんまと彼女のハニートラップに引っ掛かりそうになった人間なのだから、評価は辛口にはなるよね」
「…………」
王太子に意地の悪い表情でそう返されたルシオが、またしても鉄面皮を顔に貼り付ける。その二人のやり取りにアベリアが苦笑した。
だが次の瞬間、アベリアはふんわりと優しい笑みを浮かべ直す。
「一目惚れだったそうですよ?」
「「えっ……?」」
「リクニス様の」
「「ええっ!?」」
アベリアの予想外の言葉にストラムとジニアが、またしても大声を上げる。
この件に関しては、ルシオも知らなかったようで目を見開き驚いている。
「従姉のフィルマは、珍しいハニーピンクの髪に淡い菫色の瞳を持つ、かなり甘い色合いの砂糖菓子のような愛らしい容姿をしております。身内自慢になってしまいますが、幼少期は『妖精姫』などと呼ばれておりましたし、成長してからは更にその恵まれた容姿に磨きがかかり、今では『北の慈愛の女神』など囁かれているようです。ですが内面の方は、相変わらずの合理的な思考とサッパリした性格なので、そのような呼び方をされていると手紙で知った際は、わたくしは笑ってしまいましたが……」
「いや、ちょっと待ってくれ! スウェイバー侯爵令息って、あの妙に大人びた物言いをした物凄く眼光の鋭い威圧的な少年だったよな? そんな少年が、たかが容姿で一目惚れって……そんな事があるのか!?」
「あの時、ルシオ様はわたくしに必死にしがみついて『やっぱり婚約ハキやめる~!!』と泣き叫んでいらっしゃったのに……。よくリクニス様の印象を覚えていらっしゃいますね?」
「うぐっ……!!」
口元はふんわり、だが目元は一切笑っていないアベリアが冷ややかな笑みでルシオにそう告げると、痛い所を突かれたルシオが潰されたカエルのような声で小さく呻く。それを無視したアベリアは、再度ストラム達に向き合った。
「どうやらリクニス様は見た目の印象とは違い、可愛らしいモノがお好きみたいですよ?」
そう言ってクスリと笑うアベリアの微笑み方は、現状の幸せそうな従姉の様子を心から祝福しているような優しい表情だった。
だが、隣のルシオの方は悪態を吐きながら、不服そうな表情を浮かべる。
「あれのどこが可愛いらしいんだ……。そもそも『北の慈愛の女神』というよりも『北の小悪魔』の間違いだろ……」
「ですが、ルシオ様も当時『妖精姫』と呼ばれていたフィルマの事を可愛いと称していたではありませんか?」
「あ、あれは……!! フィルマが考えた婚約破棄のシナリオにそういう風に言うよう書いてあったから!!」
「確か……『アベリアよりもフィルマの方が可愛いし』と、おっしゃっていたように記憶しておりますが?」
「…………その節は、本心ではなかったとは言え、深く傷付けるような暴言を吐いてしまい、心の底から猛反省している……。本当に……本当にすまない……」
項垂れ気味で唇を噛み締めながら、何度も謝罪の言葉を繰り返し始めた自分の側近候補の様子にストラムが、呆れながら半目で見やる。
「ルシオ。君、10年経っても未だにアベリア嬢に許して貰えていないのかい?」
「この人生最大の失態は、もう一生責められ続ける覚悟でおります……」
「たった一度の……しかも幼少期の失態なのに。君も難儀だね……」
「それも含めて、僕はアベリアの全てを受け入れたいのです」
「うーん。君の愛は、かなり重いな……」
あまりにも不憫な側近候補の状況にストラムが憐憫の眼差しを向ける。
すると、ルシオに助け船を出すようにジニアが話題を変えてきた。
「フィルマ様は、今でもアベリア様とお手紙のやり取りをなさっているのですか?」
「ええ。彼女がスウェイバー領に行ってしまってから二週間程の間隔で、この10年ずっと手紙のやり取りをしております」
「まぁ! お二人は本当に仲がよろしいのね!」
「フィルマはわたくしにとって、本当の姉のような存在なので……」
「婚約者を奪われそうになったのに?」
「殿下、意地悪が過ぎますわよ?」
「でも普通なら、わだかまりが残って一生関わりたくないと思うケースじゃないかな?」
そんな悪戯を企む子供のような笑みを浮かべたストラムの問いにアベリアが、にっこりと満面の笑みを浮かべながらキッパリと言い放つ。
「ですが、実際にその婚約破棄を実行したのは、ルシオ様ですから!」
『計画犯のフィルマよりも最終的に決行に踏み切ったルシオが一番悪い』
素晴らしい程の清々しい笑顔で言い切ったアベリアの言葉で、隣のルシオがガックリと肩を落として盛大に項垂れる。
どうやらこの二人の関係は、一生このままのようだ。
その二人のやり取りから、未来の伴侶に一生頭が上がらない事が決定しているルシオに心の中で同情したストラム。
しかし、ふと視線を二人の間に落とすと、大人しくルシオに手を握られたままのアベリアの様子に気が付き、思わず弧を描くように口元が綻んでしまう。
きっとこの二人にも偶然、侯爵令息に見初められたフィルマのように幸せな未来が、この先で待っているのだろうと。
「迷惑極まりない婚約破棄も、稀にいい方向に作用する事があるのだな……」
そんな王太子の呟きを聞いてしまった婚約者のジニアは、思わず吹き出してしまい、慌てて持っていた扇子で口元を覆った。
これにてこちらは完結です。
作品のあとがきを別枠投稿したので、ご興味ある方は下記URLコピペで、どうぞ!
【ままごと婚約破棄】のあとがき
https://ncode.syosetu.com/n0517gu/11/
婚約破棄のテンプレにありがちな設定を多く入れて、それを周りへの配慮が苦手な一点集中になりやすい子供にやらせたら、元鞘エンドでもヘイトは軽減出来るのかなーと実験的に書いてみた作品です。(苦笑)
そんな実験的な作品を最後まで読んで下さり、本当にありがとうございました!
そしてブクマ・評価・いいねボタンを押してくださった方々、誤字報告してくださった方々、大感謝です!