第95話
ただし、僕の後ろの方から。
「ナオキ曹長!」
トマス少尉の声がその後に続いた。
「……雑魚が! 俺の邪魔をするんじゃねえ!」
ベゼルグの怒号が飛び、銃声がもう一発鳴り響き、そして後ろで誰かが倒れるような音。
僕が力を振り絞って後ろを見てみると、そこにはトマス少尉が倒れていた。血を流している。
(そ、そん、な……トマス少尉……!)
僕は声にならない悲鳴を上げた。と同時に、リヴェルナの時に続いてまたしても自分のせいで他人を犠牲にしてしまったのか、という強烈な後悔と激しい怒りが同時に心に宿った。
(こん……な……こんなことが……あって、……いいはずがない!)
怒りのあまり消えかけていた意識が一気に覚醒する。
限界を超えた力を振り絞って僕はゆらりと立ち上がった。
「何だ、まだやるつもりかよ。だがもうろくにWPは動かせまい!」
「黙れ! ……貴様だけは、貴様だけは……許しておけない!」
こちらを挑発するベゼルグだったが、僕はもう聞く耳を持たなかった。
頭に走る激痛にも構わずTRCSを使ってエクリプスを動かす。
「ちぃっ、本気かよ!」
「特別顧問、ここが私が! ひとまず後退してください!」
既に戦う力をほぼ失っているクォデネンツのコンソールを慌てて拾い上げたベゼルグに、周辺を警戒していた新型機の操縦手が声をかける。
「ちっ……だが、この状態では止む無しか。……わかった、しばらく奴を抑えていろ。その間に俺はクォデネンツを後続部隊に預けて『リザード』を受領してくる」
「はっ、お任せください」
「逃げる……? そうはいくか!」
「ナオキ・メトバ、今回のところは勝負を預けておくぜ……!」
ベゼルグは捨て台詞を残してクォデネンツとともに後退していき、代わって尻尾付きの新型機が前に出てくる。ベゼルグの言っていた『リザード』というのは、あるいはこいつのことを指しているのだろうか? もっとも、今の僕にとってはどうでもいいことではあったが。
僕は目の前に立ちふさがる尻尾付きに対してマシンガンを放ち、尻尾付きもそれに対してガトリング砲を発射して応戦する。あのガトリング砲は威力は大きいが小回りが利かない。立ち回りに気を付けさえすれば、そうそう当たるものではない。
一方、エクリプスの装備しているマシンガンは軽くて小回りも利くが、その分威力は軽い。致命傷を与えるには先程のようになるべく至近距離からの一撃を加えたいところではある。肩のミサイルも使えないことは無いが、装弾数はあと一発しか残っていない上、ここは一応基地の敷地内である。万が一撃ち漏らして建物に誤爆でもしたら目も当てられない。ミサイルは使える状況ではなかった。
となると、いかに敵の砲火をかいくぐり接近できるか、にかかってくる。
僕は素早く考えをまとめると、少しずつエクリプスを動かす。敵に考えを気取られないように、少しずつ。
尻尾付きの方は相変わらずこちらに向けてガトリングを撃っている。こちらの考えがどうこうというより、このまま火力の差で押し切る構えなのだろう。それはそれで賢明な考え方と言えた。まして、こちらには余裕というものがない。
だが、それだけで勝てるほど甘くはない。
僕は望んでいた場所にエクリプスを誘導することに成功する。あとは考えを実行に移すだけである。
エクリプスに指示を送り、一旦右で構えていたマシンガンを左に持ち替えさせると、そこに突き刺さっていた折れたアサルトブレードの断片を拾い上げさせると、狙いを修正するために相手の攻撃が一瞬だけ止まったスキを突いてブレードの断片を相手に向かって思い切り投げつけさせた。狙いは相手の上半身部分。
相手もこちらの攻撃に気が付いて、一旦ガトリング砲の発射態勢を解くと回避姿勢を取って、投げられたブレードの断片をかわした。
僕はその瞬間を見逃さずにエクリプスを動かすと、ブースターを使って一気に尻尾付きとの差を詰めさせる。敵もこちらの動きに対応するべく、やや無理のある姿勢ながら肩の小型ミサイルを放ってくる。
流石にこれをかわし切ることは出来ず一発頭部に当てられてしまうが、僕は構わずエクリプスを動かす。勝負所を逃すわけにはいかない。
敵の懐に飛び込むと、マシンガンの弾をありったけ叩き込む。
まともに胴体部分を撃ち抜かれた尻尾付きは動作を停止し、操縦手は先程ベゼルグが後退していった方角に逃走していった。
僕はそのまま後退していったベゼルグを追おうとしたが、その時手に持っていたコンソールから警告を示すブザーが鳴り響く。
通常はめったに聞くことのない音だった
(……エネルギー切れ? こんな時に……!)
エネルギー切れを示す赤いシグナルが点灯している。ここまでエクリプスをほとんど休みなく動かしてきたつけが回ってきたらしい。
そして、それを確認した瞬間、僕の中で何かが途切れてしまう。
あっと思う間もなく、僕は再びその場に崩れ落ち、そのまま意識を失った。
一方その頃、どうにか廃工場近辺に仕組まれていた罠からどうにか脱したノーヴル・ラークス本隊は、けん制を仕掛けてきた敵WPを退けつつヤーバリーズ基地周辺まで戻ってきていた。
「やっと基地周辺まで戻ってこれたが……これは……」
隊長のジェノ・トラバル大尉は、基地の状況を見るなり絶句した。
他の隊員たちも同じ想いのようで、想像以上の惨状に言葉を失っている。
「これはまた手ひどくやられていますね……。原因を探りたいところですけれど、今は敵の排除が最優先ですね」
運搬車両を運転しているサフィール・エンディード准尉がそれでも冷静に状況を分析してみせ、ジェノもその言葉に冷静さを取り戻す。
「うむ、准尉の言う通りだ。……ホリー軍曹、ナオキ曹長や基地内と連絡は取れないのか?」
「駄目です。基地内の各所からかなり強い妨害電波が発信されているようで、こちらの通信機器は使い物になりません」
ジェノの問いに通信担当のホリー・ディアンズ軍曹は暗い声で応じた。
「そうか……」
「隊長。ナオキのことですから、一人で無理はしないんじゃないですかね」
考え込むジェノにジャック・オーヴィル曹長がポジティブな意見を述べた。
「うむ……だが、気がかりなのはナオキ曹長だけではない。作戦指揮所に残っているメンバーもそうだし、何より基地の司令部がどうなっているかが問題だ。まさか敵に落とされている可能性はないだろうが……」
「それならば、通用口の方から回り込むというのはどうでしょうか? 正面からよりは作戦指揮所にも陸軍司令部にも近いですし、おそらくナオキ曹長も似たような判断を下したのではないかと俺は考えますが」
ジェノの言葉を受けて今度はケヴィン・オーグス曹長が意見を述べる。
「なるほど……それは確かに一理ある。だがケヴィン曹長、ナオキ曹長が同じ判断をしたという証拠はあるのかな?」
「もし、ナオキ曹長が正面から敵を横切っていったのならば正面にもっと敵WPの残骸があってもいいはずです。しかし、見たところ正面には友軍のWPの残骸しか見当たりません。ナオキ曹長が一方的に追い詰められているのでもなければ、ナオキ曹長がここでの戦闘を避けたと判断するのが妥当だと思いますけれど」
「ふむ……」
ケヴィン曹長の言葉にジェノはうなずいた。ケヴィン曹長の判断の冷静さに感心するとともに、彼のナオキ曹長に対する信頼の高さを確認できたのは、ひとつ収穫だと感じていた。
「よくわかった。……他に何か意見があるものはいるか?」
「ありません、隊長」
「隊長、一刻を争うタイミングだ。さっさとやろうぜ!」
「ジャック曹長の意見に賛成です。早くナオキ曹長を追いかけましょう」
「隊長、ご指示をお願いいたします」
ケヴィン曹長、ジャック曹長、ホリー軍曹、サフィール准尉がそれぞれジェノに声をかけてくる。全員の意志は一つにまとまっているようだった。
それを受けて、ジェノは隊長として指示を下す。
「よし、これよりノーヴル・ラークスは通用口よりヤーバリーズ基地に突入し、基地内を占拠している敵WPを排除する!」
「了解いたしまし……お待ちください隊長、前方より敵WPです。機数、二」
「何!」
敵の姿を目視したサフィール准尉からの報告にジェノは目をむいた。
「敵の機種は分かるか? スペクターか、それとも……」
「スペクターではありません。完全な新型だと思われます」
「ジャック曹長、ケヴィン曹長、WPに戦闘態勢を取らせてれ」
「了解」
ジェノ自身も急いで敵の姿を確認したが、確かに初めて見る機体であった。二本脚に尻尾のようなバランサーが付いていて、腕にマシンガンという特異な形状をしていたスペクターとはまた別の意味で印象的な機体である。一機は大型のガトリング砲を携えていて、もう一機はリヴェルナ共和国軍制式のアサルトブレードらしき長剣を構えている。
何より目を引いたのは、剣を構えている方の敵機を操縦していると思われる男だった。




