第86話
僕とケヴィン曹長が作戦指揮所のブリーフィングルームに戻ると、そこにはジャックをはじめサフィール准尉やホリー軍曹も顔を揃えていた。
「遅くなりました、サフィール准尉」
「別に構わないわ。ジェノ隊長もまだ来ていないしね」
「准尉もあの放送をご覧になりましたか?」
「私はホリー軍曹と一緒に午前中の業務の締めを行っていた最中にあの放送が流れてきてね。一応目ぼしい内容は押さえておいたわ」
「……怖い内容でしたね。本当なのかどうかわかりませんけれど……」
淡々と説明するサフィール准尉とは対照的に、ホリー軍曹は怯えたような声で話し、表情も青ざめている。
「ホリー軍曹、大丈夫かい? 随分と調子が悪そうだけれど……」
「は、はい……だ、大丈夫です」
僕が気遣うと、どう見ても大丈夫ではない調子でホリー軍曹が答える。こんなに調子が悪そうな彼女は初めて見る。
「さっきからこんな調子なのよ。私が心配しても大丈夫だって言い張ってて……」
「ホリーちゃん、無理すんな。きつけりゃ仮眠室で休んでていいんだぜ」
「ジャック曹長の言う通りかと。無理をしてては全体に迷惑がかかることもあるかもしれませんので……」
「は、はい……そこまで言われるのでしたら、お言葉に甘えて……」
ジャックの意見に同調したケヴィン曹長の意見を受けて、ようやくホリー軍曹は席を立って、二階の仮眠室へと上がっていった。
「ありがとうね、ケヴィン曹長。正直、どうしたものかと思っていたのよ」
「いえ、これも仲間のためですので……」
ケヴィン曹長はそう言って謙遜したが、僕は微妙に複雑な感情を抱いた。ケヴィン曹長に他意はないのだろうけれど、出来ればそれは僕がやりたかった役割だった。普段ホリー軍曹には気遣われてばかりだったから、こういう時ぐらいは僕が気遣ってあげたかったのだけど。
「どうしたナオキ? 変な顔しやがって」
「あ……いや、その……何でもない!」
僕の顔を見て怪訝そうな顔をするジャックに、僕は慌てて首を振った。どうやら、またしても感情が顔に出てしまっていたらしい。
「ナオキ君、もう少し考えていることを隠す訓練が必要かしらね?」
「か……からかわないでくださいよ、サフィール准尉」
面白そうにくすくすと笑いながら話すサフィール准尉に、僕は顔を真っ赤にして抗議した。あまりムキになるべきではないと思いつつも、ついつい声が大きくなってしまう。
「随分と会話が盛り上がっているね。一概に私語を禁じるわけじゃあないが、こういう時は控えめにしてくれると助かるのだけれど……」
ちょうどそこに隊長の声が飛んできた。声のした方を見ると、隊長が難しい表情をして立っている。
「隊長、お疲れ様です」
「うん、ありがとうケヴィン曹長。ホリー軍曹はどうしたい?」
「調子がいまいちでしたので、仮眠室で休ませています」
「そうか……ならば仕方ないな。ジャック曹長もいることだし、早速ミーティングに入らせてもらうよ」
隊長はそう言って難しい顔のまま自分の席について、話を始めた。
「皆も知っての通り、今日の一二〇〇頃にリヴェルナ革命評議会を名乗る一団が電波ジャックを行い、政府を糾弾すると称して事実とは異なる主張を一方的に展開させた」
「事実とは異なる、ですか……」
「ナオキ曹長、何かあるのかね?」
「いえ、何でもありません」
ジェノ隊長にはそう答えたものの、僕は脳裏にリヴェルナの騒乱の時のことを思い起こしていた。ベゼルグ・ディザーグはあの時、自分は国に捨てられた、というような主旨の話を確かにしていた。その時は意味が分からなかったが、今日の放送を見て、ようやくその意味が理解できた。
「……あるいはこの件については君たちの方が私よりも詳しいのかも知れないが、彼らはヤーバリーズやルドリアでWPによる連鎖的なテロ事件を引き起こし、また先日も首都リヴェルナで大規模な破壊活動を行い、数多くの軍民が犠牲となった。そうした一連の流れの後に、今回の電波ジャックが起きた。これは共和国政府、そして共和国軍に対する彼らからの最大級の挑発と言っても過言ではないだろう」
「……」
「詳しくは今後改めて発表があるだろうが、我らリヴェルナ共和国軍は今後、政府転覆をもくろむテロリスト集団である、革命評議会を名乗る一団の掃討作戦を展開することになるだろう」
隊長はそこで一旦言葉を切った。これまでの話を聞いたうえでの僕らの反応を確かめているようだった。
「ナオキ曹長、先程何か言いたそうにしていたようだが……?」
他の皆には特に問題はないと見たのか、隊長は僕に話を振ってきた。
「いえ、自分はあの放送に出てきたベゼルグという男と二度に渡り対峙していますので、何か因縁めいたものがあるのかと考えていたのです」
「ほう、そうなのかね?」
「はい、最初はヤーバリーズ中央駅のテロ事件の際、次はリヴェルナの騒乱の際に。あと、直接対峙してはいませんが、ルドリアのテロの際にも彼が動かしていると思しき機体を見ています」
「すると、直接は見ていないというルドリアの時を含めて、三度も君たちと交戦を繰り返しているわけだ」
僕の説明に隊長は納得したようにうなずく。と、ジャックがそこで僕に尋ねてきた。
「おい、ナオキ。お前あいつがルドリアの時に絡んでいただなんて一言も言ってなかったじゃんかよ?」
「だって、僕の勘に過ぎないからね。証拠があるわけでもないんだし、そんな不確定な情報を話せるわけもないだろう?」
「それにしたってなぁ……。俺だってあいつには前隊長の仇っていう借りがあるんだぜ」
「そういえば、ナオキ曹長。そのベゼルグという男の名前を放送される前から知っていたような感じでしたけど、何故ですか?」
「え……?」
ジャックの質問にそっけなく回答した僕に、今度はケヴィン曹長が鋭く切り込んできた。
「……あの時、テレビを見るなり『ベゼルグ……』とつぶやいているのを確かに聞きました。どこで名前を知ったのかと」
「……正確には、僕が知ってたんじゃない。アレク前隊長が知っていたんだ」
僕は毎度毎度思考が表に出てしまう自分の隠しごとの下手さにめまいを覚えつつも、正直に知った理由について話した。
「アレク前隊長が? どういうことなの……?」
「……その話、少し詳しく話してくれるかな、ナオキ曹長?」
「はい。……と言っても僕の知っていることは限定されていますが……」
サフィール准尉とジェノ隊長に求められて、僕はリヴェルナの騒乱でベゼルグと対峙した際に、隊長がいきなりベゼルグ・ディザーグの名前を出して本人がそれを認めたこと、それを聞いたベゼルグが情報の出所をマクリーン参謀総長だと想像したこと、ベゼルグもかつては共和国の軍人であったが切り捨てられて恨みを抱いているらしいことなどについて話した。
「……うーん、正直、初めて聞く話ばかりだね」
ジェノ隊長は厳しい面持ちで僕の方を見ながら言った。
「ナオキ曹長、君はその話を戦闘報告書には書いたのかい?」
「もちろん書きましたし、声がエクリプスやアレク前隊長の03ACのレコーダーに記録もされていたはずです」
僕が答えると、ジェノ隊長は一拍間を取ってから、ゆっくりと口を開いた。
「……君たちに話すのもなんだけど、私の読んだリヴェルナの騒乱に関する報告書には今の話は一切載っていなかったんだ」
「え? どういうことですか、ジェノ隊長?」
「……つまり、公にするのには不都合な内容が含まれているということだよ、ケヴィン曹長」
ケヴィン曹長の問いに、ジェノ隊長は悩まし気な表情で答えた。隊長自身にとっても、扱いに困る内容であるらしい。
「そういえば、首都リヴェルナにナオキ曹長たちが召喚される少し前に、アレク前隊長がおひとりでマクリーン参謀総長とお会いになられていたことがありましたね」
「ほう、そうなのかね?」
「はい。面会の後、前隊長は随分とお疲れになられていました。あるいはその時に何かあったのかと思ってはいましたけれど……」
「かなり危険な符号だな……」
サフィール准尉の話を聞いたジェノ隊長の表情は、困惑から緊張感をにじませたものへ変わっていった。
「今までの話を総合すると、ベゼルグとマクリーン参謀総長には何らかの接点があり、参謀総長はそのことをアレク前隊長に話していた。そして、リヴェルナの騒乱の時にアレク前隊長はそのことをベゼルグに確認し、ベゼルグもそれを認めた。……アレク前隊長は秘密を抱えたまま亡くなり、それを聞いたのはナオキ曹長、きみ一人だけというわけだ」
「……」
隊長の言葉に、誰一人として言葉を発しようとしなかった。僕は勿論、ジャックも、ケヴィン曹長も、サフィール准尉も、事の成り行きを推し量るかのように口を閉ざしていた。
ジェノ隊長は黙ったまま僕たち一人一人の顔を順番に見たあと、意を決したように口を開いた。
「……ナオキ・メトバ曹長に命ずる。今の話を二度と基地の内外で口外してはならん。可能であるならば忘れてくれ」
「! 何故です?」
僕は隊長のその言葉を聞いて反射的に問い返した。
「今の話が我々以外の誰かに伝わるシーンが想像できないのかね? 軍のトップである参謀総長が、テロリスト集団の首領の片腕らしき人物と何らかの関わり合いがあると事情を知らない人間が知ったとき、一体何が起きると思う?」
「……」
「他の諸君も同様だ。今後一切今の話を口にしてはならん。もし口外しているものがいた場合、機密漏洩罪で査問委員会の席上に立ってもらうことになる。良いな?」
「……了解」
「了解です」
「了解したぜ、隊長……」
「了解いたしました、隊長」
隊長はこれまでにないほど強い口調で僕たちに命令を行い、それに対し僕らは何も言うこともできず、ただただ命令を受け入れるしかなかった。
そして、そのまま話は終わりとなり、僕らはそれぞれに複雑な思いを抱きながらも何も言えず、それぞれの午後へと向かった。




