第84話
腕時計を見ると〇七四五を過ぎている。
僕はエレイアに提出を約束したTRCSの使用に関するレポートを書きつつ、サフィール准尉とジャックが帰ってくるのを待っていた。
正直なところ、ジャックたちのことが気になりすぎてレポートはあまり進んでいなかったのだが、ついさっき隊長から「エレイアと作戦指揮所の平穏のためにもちゃんと書いてほしい」と言われて、仕方なく急ピッチで書き進めていた。
ジャックたちのことについて聞くと「サフィール准尉に任せておけば問題ないよ」といつもの気楽な調子で返されて若干反発を覚えたが、そのすぐ後に「最終的には私が責任を取るから心配いらないよ」と言われてしまっては黙らざるを得なかった。
(……ジェノ隊長のことは、正直僕には良く分からないな……)
僕はそんなことを思いながらレポートを書き進めていると、ケヴィン曹長がブリーフィングルームに入ってきた。
「おはようございます、ナオキ曹長」
「おはよう、ケヴィン曹長」
「今朝は随分ジャック曹長を探していたみたいですけれど、その後どうなりましたか?」
ケヴィン曹長は挨拶の後、真っ向からその話を切り出してきた。
「寮監から聞かなかった? 隊長からの任務をこなしているそうだよ」
「本当ですかね? 昨日の状態で、隊長がジャック曹長に任務を任せるとは考えにくいのですが……」
「それは僕らが気にすることじゃないんじゃないのかな?」
僕ははぐらかそうとすると、ケヴィン曹長は疑わし気な眼差しを僕に向けた。
「ごまかさないでくださいよ、ナオキ曹長。重大な問題ではないですか」
「別にごまかしてもいないさ。隊長に聞いても大丈夫だって言っているし」
「……あんまり隊長の言っていることを信用してばかりというのもどうかと思いますけれど……」
「おっと、それはどういう意味かな、ケヴィン曹長」
僕とケヴィン曹長がそんな言い争いをしていると、横からジェノ隊長の声が割って入ってきた。
「あっ、た、隊長……い、いえ、これは、その……」
「ははは、まあ君もジャック曹長のことを心配してくれているみたいだから、今のは聞かなかったことにしておくよ」
隊長に笑顔でそう言われてしまい、ケヴィン曹長は返事に困ってしまったのか、顔を真っ赤にして押し黙ってしまう。
「ナオキ曹長、レポートは進んでいるかい?」
「後もう少ししたら書き終わりますけど、隊長は……?」
「うん、そろそろ時間だからね……」
そう言ってジェノ隊長はブリーフィングルームにある時計をちらりと見やった。僕もつられて時計を見ると間もなく〇八〇〇になるところであった。
「! 隊長……!」
「うん、もう時間だね。ただ、今現在こちらに向かっている最中かもしれないから、まあ一分くらいのロスは大目に見ようかと思っているけれど」
「時間……? 向かっている……? それは何の話ですか」
僕と隊長の話を聞きとがめたケヴィン曹長が、気を取り直して質問をしてくる。
「あー、うん。そうだね……実は……」
ジェノ隊長がそこまで言いかけたとき、野太い声がブリーフィングルームに響き渡った。
「……隊長、ジャック・オーヴィル曹長。ただいま戻りました!」
声のする方へ顔を向けてみると、そこには荒く息を吐きながら立っているジャックの姿があった。かなり疲れてはいるが、その表情には怒りも悲しみも感じられなかった。
「おお、ようやく戻ったねジャック曹長。指定した時間内に戻ってこれるかどうか、心配していたんだ」
「俺はヤーバリーズには土地勘があるんで、きっちり間に合わせられますよ」
「その割にはぎりぎりだったね」
「……ちょ、ちょっと油断しただけです」
隊長の皮肉に、ジャックは少し言葉に詰まりながらも強がって見せた。
「まあ、いいさ。一応きっちり『任務』はこなしてくれたみたいだからね。それで、サフィール准尉はどうした?」
「……准尉とは足の速さが違いますから先に着きましたが、准尉もあと少しで着くと思います」
「そうか。それなら安心だな」
隊長はごく自然な感じでジャックとやり取りをしていて、ジャックの方も淡々と受け答えをしていた。
「ジャック曹長、朝っぱらからいなくなって大騒ぎでしたよ。一体何の任務に当たっていたんですか?」
「……あー、それはだな……隊長、どうします?」
「うん、そうだね。それについては後でケヴィン曹長にも説明してあげるよ。今はとりあえずジャック曹長から『経過報告』を聞きたいのでね……曹長、隊長室まで来てくれるか?」
「……了解です、ジェノ隊長」
ジェノ隊長の言葉にジャックは静かにうなずき、二人は連れ立って隊長室へと入っていった。
「本当に任務だったとは思いませんでした……すみません、ナオキ曹長。疑ったりなどしてしまって……」
「いや、構わないよ。僕も『隊長が話してくれる』まで半信半疑だったからね」
ケヴィン曹長の謝罪に、僕は苦笑しながら答えたが、内心はひやひやものだった。隊長もジャックも何食わぬ顔で会話をしていたが、実際のところはあんな話になるとは全く分からなかったため、突然話を自分に振られてしまったらどうすればいいのかという心配で頭は一杯だった。
と、そこに今度はホリー軍曹が姿を見せた。
「おはようございます、ナオキ曹長、ケヴィン曹長」
「おはよう、ホリー軍曹」
「おはようございます、ホリー軍曹」
「ナオキ曹長、隊長はどうされました?」
「隊長なら、今ジャックと隊長室の中だけれど?」
「あ、そうなんですね。実は作戦指揮所の前でサフィール准尉と会ったんです。すごい汗をかいていて、どうしたんですかと聞いたら、任務でたくさん走りこんだという話で、戦時でもないのに汗だくで隊長の前に報告に出るのも失礼に当たるからと、寮でシャワーを浴びて着替えてから戻ってくるということでした」
ホリー軍曹はてきぱきと説明してくれた。
「そうなんだね、ご苦労様、ホリー軍曹」
「いえ、別に構いませんけれど、一体今朝は何が起こっているんですか? 普段は朝が遅いことが多いジャック曹長が朝早くから隊長室にいるというのも珍しいですし……」
「何かの任務らしい。何の任務なのかは自分にも分からないけれどね」
ホリー軍曹の疑問に、ケヴィン曹長が肩をすくめながら答えた。
「ナオキ曹長は何か知らないんですか?」
「無駄ですよホリー軍曹。ナオキ曹長も僕が知っていること以上のことは知らないということですよ」
「あら、そうなんですか。じゃあ、仕方ないですね」
僕が口を開くより先にケヴィン曹長が皮肉のこもった口調でそう言ったが、ホリー軍曹はあっさりとそれを受け入れたので、肩透かしを食らった彼は途端に情けない表情に変わった。
「ホリー軍曹、聞いておいてその反応はないんじゃないですか?」
「だって仕方ないじゃないですか。何か物凄い機密なのかも知れませんし、そうだとしたら私たちの出る幕ではありませんよ。第一、私はナオキ曹長に聞いたのであって、ケヴィン曹長に聞いたわけではないですから」
ホリー軍曹はそう言ってケヴィン曹長の主張を一蹴した。これには流石のケヴィン曹長もこたえたのか無表情のまま明後日の方角を向いてしまう。
「でも、実際ナオキ曹長にも分からないんだったら、相当な機密情報なんでしょうね。一体何なんでしょうか?」
「さ、さあね……」
僕はまさかジャックが基地から脱走する寸前だったとも言えず、ホリー軍曹の言葉に曖昧な微笑みを浮かべるしかなかった。
そのしばらく後、ブリーフィングルームでの点呼の時間に、ジャックと隊長は二人そろって隊長室から出てきた。勿論、サフィール准尉も点呼に間に合わせてここに姿を見せている。
「ジェノ隊長、それでジャック曹長は……?」
「うん、そのことだけれどね。昨日の戦闘中において不適切な行動を取って軍の行動規則に違反したことは見逃せないが、本日朝サフィール准尉の立ち合いの下『特別任務』を無事に果たしたことを考慮して、今日から減俸一か月と十四日間の街中での奉仕活動への従事という処分を基地司令部と査問委員会に上申することにした。……ジャック曹長、何か皆に言うことはあるかい?」
隊長に促されて、ジャックは一歩前に出ると真っ先に頭を下げた。
「昨日と今日、立て続けに迷惑をかけちまって申し訳ねえ。この十四日間で性根を入れ替えてくるから、それまでの間はよろしく頼む。この通りだ」
言い終わると、ジャックは再び頭を下げた。
今まで見たことも無いジャックの殊勝な態度にみんな戸惑っているようであったが、僕はそんな中で隊長に許可を取って席から立ち上がり、ジャックに声を掛けた。
「ジャック曹長、戻ってくるまでの間は自分たちに任せてください。戻ってきたときに何をやっているんだなんて言われないように頑張りますよ」
その言葉にジャックは頭を上げた。これ以上はない真面目な表情だった。
「ああ、頼むぜナオキ曹長。ケヴィン曹長、俺がいない間02FAは任せたぞ」
「任されます。せっかくの機会ですから、あなた以上である所をみんなに見せるとしますよ」
「ちっ、精々ほざいていやがれ。それと……サフィール准尉、その……」
「あら、私に何か言うことがあるのかしら、ジャック曹長?」
サフィール准尉はいたずらっぽい微笑みを浮かべていて、ジャックは若干口をつぐんだが、すぐに思い直したようにサフィール准尉に向けて頭を下げてこういった。
「……今日は任務の指導を行っていただき、ありがとうございました。おかげで目が覚めました」
「……気にしないで。私も勉強させてもらったわ」
二人のやり取りが終わると、奇妙な沈黙がその場を支配した。
ややあって、隊長が気を取り直すかのように全体に声を掛ける。
「そういうわけで、明日から二週間ジャック曹長がいない状態で活動をすることになる。皆、気を引き締めて任務にあたるように。解散!」
会長の号令で全員が散らばっていく中、僕はようやくジャックと一対一で話をすることが出来た。もっとも、既に話すべきことはあらかた話し終わっているようにも感じられた。ただ一点を除いて。
「ジャック……昨日は悪かったね。君に面倒を掛けてしまって……」
「気にすんなよナオキ。俺の方こそ、ナオキに余計な気苦労を掛けさせちまったからな。ま、お互い様だ」
僕とジャックは謝りあうと、拳を突き合わせてお互いを許しあった。
こうして一連の事件は終わり、ジャックは翌日から街中での十四日間の勤労奉仕活動に従事し始めることになった。
そして、僕が書いていたTRCSのレポートは、結局エレイアからダメ出しを食らい、丸々半日かけて書き直しをする羽目になったのだった。




