第104話
ヤーバリーズ基地の食堂は陥落直後攻撃でボロボロの状態であったが、大切な憩いの場であると同時に貴重な室内の集合スペースでもあったことから、ギレネスが最優先で修復を命令し、今ではすっかり美しく整えられている。
ホリーとベゼルグは食堂に入ると手頃な場所に向かい合うように腰を下ろす。
ホリーがこうやってベゼルグと正面から顔を合わすのは、彼女が投降してきた時以来だ。
「ホリー、どうだ? ここでの生活にも慣れてきたか?」
「うん……議長や他の皆さんにも良くしてもらっているから……」
「そうか、そいつは良かった」
ベゼルグはいつになく穏やかな表情でホリーを見つめていて、彼女はそれに対してどういう顔をして良いのか分からず、思わず顔を伏せてしまう。
しかし、ベゼルグはそんな態度も微笑ましく見えているようだった。
「……まだ照れくさいか? 俺とこうやって話すっていうのは……」
「……それはあるわ。だって、最後にわたしが父さんと会ったのはまだ物心もつかない赤ん坊の頃なんですもの……」
「それもそうだな。あの頃は俺も軍属で、中々家にも帰れなかった……」
ホリーの言葉に、ベゼルグは遠い目をして昔を思い起こす。
「今にして思えば、戦いなんぞにうつつを抜かしてないで、もっと家に帰ってやっていればよかった。……そうすれば、母さんとお前を二人きりになんぞさせなかったのにな」
「……母さん、いつも言っていたわ。もう一度父さんに会いたい、って」
「そうか……。もう亡くなったという話だったな、母さんは……」
ベゼルグはそこまで言うと、目を閉じてしばらく黙とうする。ホリーもそんなベゼルグのことを静かに見守っていた。
夕焼けが窓の外に映し出される中、穏やかな時間が流れる。
やがて、ベゼルグはゆっくりと目を開き、再びホリーと向き合った。
「いずれ、母さんの墓参りにも行かないといけないな……」
「でも、母さんの墓は北部にあるから、そう簡単には……」
「なあに、俺たちは既に西部を手中に収めているんだ。北部の制圧も時間の問題だろうさ」
「うん……」
ベゼルグは意気揚々とそう言ったが、対照的にホリーの表情にはその瞬間影が差していた。ベゼルグはすぐにそれに気付く。
「……やはり気になるようだな。あの連中のことが……?」
「あっ……ご、ごめんなさい、父さん……わたし……!」
「無理をするんじゃねえホリー。今までずっと一緒にいた仲間を捨てるなんて、軽々しくできることじゃねえんだよ」
ベゼルグは厳しい表情でホリーを諫める。それはまぎれもなく父親の顔だった。
「……父さんは、それを知っているの……?」
「……お前も知っての通り、俺はリヴェルナ共和国を裏切った。先に裏切ったのは向こうだったが、それでも心のどこかで国のことを信じていた。いつか誰かが助けに来てくれるだろうと、そう願っていたさ」
「……」
「それはおそらく俺自身の弱さなのかもしれないがな。だが、だからと言ってそれを否定しても仕方ねえとも俺は思う。国を憎む心と信じたいと思う心、どちらも俺自身の心には違いねえんだ」
「……父さん……」
生まれてから初めてかも聞くしれない「父の言葉」にホリーは息を呑んだ。
「だから、連中を信じたいと思う気持ちがあるなら、それを無理に押さえつけようとするな、ホリー。自分の中できちんと折り合いをつけられるようになるまで……な」
「父さんは……それまで待っていてくれるの?」
「俺か? ま、待つのにゃ慣れっこだからよ。二十年もこの時を待ったんだぜ、俺は」
「あ……!」
「そういうわけだ。お前の心が落ち着くまでなら、いくらでも待ってやるさ。こんなんでも、お前の父親なんだからな」
そういうと、いつかのようにベゼルグはホリーの頭を優しく撫でる。
「父さん……ちょっとそれは……やっぱり恥ずかしいよ……」
「どうせ誰も見てねえから大丈夫だろ。親子関係のリハビリくらいさせてくれ」
「……もう……」
ホリーは口では嫌がりつつも、内心ではどこかベゼルグの手に温かさと安らぎを感じていた。
ひとしきりホリーの頭をなで終わったベゼルグは、何かを思い出したように口を開く。
「……っと、そうだ。お前に聞きたいことがあるんだった」
「……ひょっとしてニデア・クォート大佐のこと?」
「奴の情報なんぞあれで十分だ。それよりもっと聞きたいことがある」
「なに?」
「俺が聞きたいのは……ナオキ・メトバのことだ」
ベゼルグが静かな口調で語ったその名前を聞いた瞬間、ホリーはドクンと胸が強く高鳴るのを感じていた。




