1. クラスメートとテロリスト
Still[形]
1.静止した、動かない
――[副]
2.まだ
「あー、マジで疲れたー」
「長かったね〜」
電車に揺られながら、僕は大きく欠伸をした。
今日は高校の入学式とオリエンテーションの日だった。正直に言って、とても退屈だった。
「何かさ、クラスの雰囲気固くなかったか?」
「みんな緊張してるからじゃない?」
そう聞いてきたのは、小学校からの親友、柳井巧だ。
小中学校が同じで、高校までなぜか一緒になった、いわゆる幼馴染というやつだ。
僕――星野彗と巧が入学したのは、都立久慈真高校という、少し変わった名前の高校だった。
偏差値はそこそこ。平均以上だけど、そんなに高いわけではない。自称進学校みたいな厳しすぎる校則もなく、高校見学の時も雰囲気は良かった。
ちなみに、この高校への進学を先に決めたのは僕だ。
「あーでも、左端にいた子ヤバかったな」
「誰?」
「胸デカい子。あれ反則だろ。飯三杯はいける」
巧は真顔だった。
「巧はそういうの好きだよね……」
「何だよその言い方。まるでお前は興味ないみたいじゃん」
「そういうわけじゃないけどさ」
巧は顔立ちが柔らかく、人当たりも良い。
その代わり少しだらしない所があり、例えば入学式の時は綺麗だった制服も、今こうして乗っている帰りの電車ではすでに着崩れている。
「やっぱおっぱいはデカいに越したことないって」
確かにクラスには妙に印象に残る女子がいた。
高校生とは思えないほど胸が大きく、あれだけは僕も覚えている。
他には、やたら目つきの鋭い女子。
そして妙に印象の暗い男子。
それくらいだろうか。
今日は担任の紹介すらなく、本当に入学式だけで終わってしまった。
「僕は胸の大きさが全てじゃないと思うんだ」
そんな話をしていると、周囲の乗客から時々怪訝そうな視線が飛んでくる。
公共の場でする話ではないと思うのだが、巧はまったく気にしていない。
すると突然、巧が話を止めた。
「……なあ」
「何?」
「今、悲鳴みたいなの聞こえなかったか?」
妙に真剣な顔だった。
「妄想じゃなくて?」
「違うって。俺そんな趣味ねえよ」
「そんな趣味?」
「悲鳴で興奮する趣味じゃねえよ!」
その時だった。
「何だあれ?」
別の乗客の声が聞こえた。
思わず視線を向けた、次の瞬間。
「うわっ!?」
電車が急ブレーキをかけた。
車輪が悲鳴を上げ、車体が大きく揺れる。
手すりを掴めなかった僕の身体は宙へ投げ出された。床に叩きつけられ、口の中に苦い鉄の味が広がる。口の中を切ったのだろうか。
頭にも強い衝撃が走り、視界が点滅する。
「げほっ……!」
口の端から血が垂れた。
周囲でも何人もの乗客が転倒しているのを確認し、ようやく立ち上がろうとした瞬間。
爆発音と衝撃が、前方の車両から響く。
反射的に顔を上げると、そこにいたのは――黒ずくめの集団だった。
「○×△□※!」
「%@£▽*!」
全身を黒い装束で覆った集団。上から下まで真っ黒で、顔も分からないしもちろん男か女かも分からない。
だが、それ以上に異様だったのは、その身体的な特徴。
首が異様に長い者。
鼻が不自然なほど突き出た者。
足が鳥類のような鉤爪状の者。
人間のようでいて、人間ではないような、そんな違和感が全身を駆け抜ける。
違和感を更に加速させるかように、彼らは英語でもない未知の言語を話していたこともある。
何を話しているのか全く分からなかった。
テロリストだろうか。
だとしたら、一刻も早く逃げなければ。
電車が完全に停止する。
改めて周囲を見ると、負傷者が何人もいた。
巧の姿を探していると、不意に日本語が聞こえた。
「――さて、やりますか」
声の方を見ると、一人の少女が座席で本を読んでいた。僕と同年代くらいだろうか。
彼女が静かに本を閉じ立ち上がると、それだけで黒装束たちの注目を集めるには十分だったのか、一斉に視線が彼女に集まっていくのを感じた。
彼女は前に一歩歩み出ると、黒装束の一人が反応し、突然ナイフを出現させた。
ポケットから取り出したわけではない。
まるで手から生えてきたようだった。
次の瞬間、少女の掌が青白く輝き、稲妻を纏う光弾が放たれた。
黒装束の1人に直撃すると、ガラスが砕けるような音が響き、青い膜のようなものが砕け散り、黒装束の身体が吹き飛ぶ。
「゜`ω∀!?」
黒装束は明らかに動揺していた。
そして一瞬で姿を消した。
文字通り瞬間移動だった。
「……何だよ、今の」
理解が追いつかない。
何もかも意味が分からない。
「彗!」
巧が駆け寄ってくる。
「大丈夫か!? 頭から血出てるぞ!」
「平気……それより今のうちに逃げよう」
巧の肩を借りてどうにか立ち上がったその時だった。
「戦闘員にしては妙に動きが悪いな。捨て駒か?」
低い声が聞こえ、思わず振り向く。
そこにいた男を見て、僕は息を呑んだ。
見覚えがある。
今日、学校で見た顔だ。
あの妙に印象の暗かった、クラスメイトの男子だった。
「【闇の魔装】」
聞き慣れない言葉と共に、彼の右腕を黒い煙のようなものが覆う。
やがて彼の腕がそのまま槍へと変形すると同時に、別の黒装束が飛び出す。
黒槍が伸びて黒装束の腹を貫くと、再びガラスが割れる音と共に、今度は黄色い膜のようなものが砕け散った。
黒装束は苦しむような声を上げ、そのまま消滅した。
「あれ……?」
巧が思わず声を漏らした。
恐らくは巧も気づいたのだろう。彼がクラスメイトだということを。
「お前、――」
巧が声を出した瞬間、視線がこちらに集まる。
まずい。そう思った時には、既に遅かった。
「声を抑えて!」
殺意を感じ取った頃には、既に目の前にそれはいた。
「うわっ!」
首を掴まれ、そのまま勢いよく投げ飛ばされ、身体が手すりへ激突する。
嫌な感触が腕から伝わる。ミシリと骨が折れた音だ。
数刻遅れて、痛みが脳へと届く。
「っぁあああ!」
呼吸が止まりそうになる。
さらに追い討ちで頭もぶつけたらしく、視界が赤く染まる。
「言わんこっちゃない」
「あ、負傷者出ちゃった?」
誰かの呑気な声が聞こえる。
だが内容までは理解できない。
頭痛が酷く、ただでさえ視認性が酷い視界もぼやけるように悪化していく。
血が額を流れ、眼に入っていた。
「彗!」
巧の声が聞こえる。
途方もなく遠い。
意識が沈んでいくその時、誰かの姿が見えた気がした。
「……ペンチドライブ起動」
何かを掲げるようなシルエットが辛うじて血で塗りつぶされた視界に映る。
床が揺れているような感覚がする。
いや、自分の意識が揺れているのか。
「――界法第一条……」
最後に誰かの日本語が聞こえた。でももう誰の声なのかも判別が付かない。
そしてそれを聞き終える前に、僕の意識は静かに闇へ沈んでいった。




