0. 始まりの景色
ふと見上げると、私の頭上を淡いピンク色の花弁が駆け抜けていた。地球で『サクラフブキ』と呼ばれるものだ。
「今年ももう入学シーズンか」
サクラの花の散り様を眺めていると、私のそばに立っている彼はそっと呟いた。
「へぇ、早いわねー。あんたも入学でしょ?」
「そうだよ」
彼が眺める先にある学校は、彼が入学を予定している所だ。日本に置ける教育施設としては環境もそこそこらしく、優秀な魔法使いを輩出する事でも知られている。
と言っても、魔法使いを輩出している事を知っているのは極々一部の人たちのみだ。
そもそも、地球では魔法の存在は一般人から秘匿されている。
そのため、当然だが魔法使いの存在自体を知っている人はとても少ない。
「しっかし、学校か……正直、この歳で今更学校なんかに通う事になるとはな……」
「いや、でも学齢? とか言う制度とは一致しているんでしょう?」
「いやまあそうなんだけどさあ……」
時折彼と同じくらいの年齢のように見える男女が、怪訝な顔を彼に向けながら通り過ぎていく。
それもそのはずだ。
私は今、透明化の魔法を自分に掛けている。つまり、傍から見れば彼はひたすらぶつくさと独り言を喋っているようにしか見えない。
お陰で心無しか、行き交う人々が怪訝な目線を彼に向けている。
「学校とか楽しそうよね〜」
「あのな、仕事で来ているんだぞ」
溜め息を大きくつくと、彼はこう続けた。
「本当はこんな事で時間を消費する暇は無いんだけどな......」
彼は年齢こそ今この校門を潜っていく少年少女たちと何ら変わりはしない。
「いいじゃないの、息抜きと考えれば。私なんかもう百年単位で学校なんて行ったことないわよ?」
この男はまだ15歳だが、本当はすでに大学どころか、大学院も卒業している。それなのに彼がわざわざ高校過程を再履修しに行くのには理由があった。
「ルナティックやD.E.A.T.H.みたいな指定組織を追っているはずなのに、こんな所に潜入なんて、何だか後ろめたくてね」
「まあその組織幹部が潜入してるかもしれないんだから仕方ないでしょ」
「まあ、そうなんだけどさあ……」
この学校は優秀な魔法使いを多く排出する。それ故に宇宙に名を轟かせる指定テロ支援組織からも目をつけられている。
例年、地球で魔法使いに進化した者は、一定の割合で宇宙社会の闇に呑まれ死んでしまう。
そのため、その原因が何処にあるかを宇宙警察の協力の元に調べあげて行った結果、どうも教育機関にそうしたテロ組織等の手が伸びている可能性があると言う報告があがった。
特にこの学校……都立久慈真高校の卒業生は悪意に満ちた宇宙の暗黒面に呑まれてしまう割合が高く、ここへの潜入依頼が宇宙警察長より直々にギルドへと齎されたのは記憶に新しい。
「見つかれば文字通り見っけもの、か……」
私から視線が外れるのを感じて、視線を追うとふた組の少年と1人の少女に目に留まった。
1人は何処にでもいそうな普通の地球人だ。しかし残り2人は重要なターゲットとして、マークしている。
片方はテロリストとして。
もう片方は……
「あ、ところで本部には何時に戻れそう?」
ふと、私が本来気になっていた事を口にすると、思い出したかの様に男は目線をこっちにまた合わせた。
「一時間後」
「分かったー、じゃあ先に宇宙省に連絡取っておくわねー」
「承知。じゃあ、こっちが済んだら駅で待ってるよ」
そう言い残すと、彼はちらりと周囲に目を配り、誰も見ていないことを確認すると私の前からフッと蒸発した。
彼の空間転移は、音が殆ど発生しないのが特徴だ。なかなかできる事ではない。
「さーて、早いとこ済ませちゃおっと……」
今日から色々と忙しくなる。そっと独り言をつぶやいて、自分もクルリと回りながら蒸発した。