0. 始まりの景色
ふと見上げると、私の頭上を淡いピンク色の花弁が駆け抜けていた。地球で『サクラフブキ』と呼ばれるものだ。
「今年ももう入学シーズンか」
サクラの花の散り様を眺めていると、私のそばに立っている彼はそっと呟いた。
「へぇ、早いわねー。あんたも入学でしょ?」
「そうだよ」
私たちが眺める先にある学校は、いくつかのプロジェクトのターゲットたちが揃って入学を予定している所だ。日本に置ける教育施設としては環境もそこそこ良いらしく、優秀な魔法使いを輩出する事でも知られている。
と言っても、魔法使いを輩出している事を知っているのは極々一部の人たちのみだ。具体的には、元から魔法使いである人達、各区域を治める国の長とその傘下に入る魔法省、そして、我々宇宙人。
私はこの星で独自の進化をし知能を獲得した所謂ホモ・サピエンスではない。
そもそも、地球では魔法の存在は一般人からは秘匿されている。何故ならば魔素は魔法使いでは無いものにとって有害だからだ。
そのため、当然だが魔法使いの存在自体を知っている人はとても少ない。
また、地球の文明は我々の文明と比べると大きく遅れている。そもそも魔素という元素自体が地球上では未発見なのだ。
それを当たり前のように異星人の外様である私たちが振り回すのは文明破壊や侵略行為でしかない。だからこそ魔法使いならざる者たちが自力で魔素という物質に辿り着くまで、魔法と宇宙文明は秘匿され続けるのだ。
「しっかし、学校か……正直、この歳で今更学校なんかに通う事になるとはな……」
「いや、でも学齢? とか言うこの区域の制度とは一致しているんでしょう?」
「いやまあそうなんだけどさ……なんせもう博士号までは持っているものからね……」
時折、傍にいる彼と同じくらいの年齢のように見える男女が、怪訝な顔を彼に向けながら通り過ぎていく。
それもそのはずだ。
私は今、透明化の魔法を自分に掛けていて風景と一体化している。つまり、傍から見れば彼はひたすらぶつくさと独り言を喋っているようにしか見えないわけで。
お陰で心無しか、行き交う人々が怪訝な目線を彼に向けている。
「学校とか楽しそうよね〜」
「あのな、仕事で来ているんだぞ」
溜め息を大きくつくと、彼はこう続けた。
「本当はこんな事で時間を消費する暇は無いんだけどな......」
彼は年齢こそ今この校門を潜っていく少年少女たちと何ら変わりはしない。
「いいじゃないの、息抜きと考えれば。私なんかもう百年単位で学校なんて行ったことないわよ?」
この男はまだ15歳だが、本当はすでに大学どころか、大学院も卒業している。というか、むしろ大学で授業持っている側。それなのに彼がわざわざ高校過程を再履修しに行くのには理由があった。
「ルナティックやD.E.A.T.H.みたいな指定組織を追っているはずなのに、こんな所に潜入なんて、何だか後ろめたくてね」
「まあその組織幹部が潜入してるかもしれないんだから仕方ないでしょ」
「まあ、そうなんだけどさあ……」
この学校は優秀な魔法使いを多く排出する。それ故に宇宙に名を轟かせる指定テロ支援組織からも目をつけられている。
例年、地球で魔法使いに進化した者は、一定の割合でこの宇宙社会の闇に呑まれ死んでしまう。
そのため、その原因が何処にあるかを宇宙警察の協力の元に調べあげて行った結果、どうも教育機関にそうしたテロ組織等の手が伸びている可能性があると言う報告があがった。
特にこの学校……都立久慈真高校の卒業生は悪意に満ちた宇宙の暗黒面に呑まれてしまう割合が高く、ここへの潜入依頼が宇宙警察長より直々にギルドへと齎されたのは記憶に新しい。
「見つかれば文字通り見っけもの、か……」
私から視線が外れるのを感じて、視線を追うとふた組の少年と1人の少女に目に留まった。
1人は何処にでもいそうな普通の地球人だ。しかし残り2人は重要なターゲットとして、マークしている。
片方はテロリストとして。
もう片方は……
「あ、ところで本部には何時に戻れそう?」
ふと、私が本来気になっていた事を口にすると、思い出したかの様に男は目線をこっちにまた合わせた。
「一時間後に分身を投げておく」
「分かった、じゃあ先に魔法省に連絡取っておくわね」
「承知。じゃあ、こっちが済んだら分身から合図送るから、駅で集合。多分どっちのターゲットもやってくるはずだ」
「了解。作戦の成功を祈るわ」
「ああ。『アトモス計画』と『ドーラー計画』は必ず成功させるさ」
そう言い残すと、彼はちらりと周囲に目を配り、誰も見ていないことを確認すると私の前からフッと蒸発した。
彼の空間転移は、音が殆ど発生しないのが特徴だ。なかなかできる事ではない。
「さてさて、早いとこ済ませちゃおっと……」
今日から色々と忙しくなる。そっと独り言をつぶやいて、自分もクルリと回りながら蒸発した。




