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深い森の彼方に 改訂版  作者: とも
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手早く仕事を片付けられるようになって、早く帰宅できるようになっていた。

最近は、いつも途中の食料品店で夕食用に弁当を買っていった。どうせ宿舎に帰ってもあの年寄連中の食べ残ししか食べられないし、多くはないが報酬も定期的に貰えるようになったので買い食いにしているのだ。それに、宿舎に帰ってから食べると、歳より連中に賄賂をよこさないといって嫌味を言われるのが目に見えているので、いつもだと帰宅途中の公園のベンチで食べている。

今日は違った。「また、明日」といって、あの長身の娘と約束したのだ。一緒に食事をしながら話ができると思って、弁当を食べずに急いで宿舎に戻ってきた。

ちょっと早かったが外の流しで洗濯を始めた。ほとんど洗濯が終わりかけたころ、

「待っててくれたのかしら。」

そっと傍らに近づいてきたのが彼女だった。

「今日、あなたと話ができるの楽しみで、食事もしないで急いで帰ってきちゃった。」

「あたしも食事まだ。宿舎の裏に河原があって、二人だけだったら茂みの陰でこっそり話しができるところあるんだけど、知ってる?」

「え、そんなところがあるの?」

宿舎の裏は、厚化粧が「森なら宿舎の裏が・・・」と言ってたので、先日宿舎の裏に行ってみたのだ。確かに、城郭の向こうの森とは違うが、厚化粧がいうように鬱蒼とした深い森が広がってた。でも、川なんてあったのだろうか。

「じゃあ、行きましょう。お弁当もそこで一緒に食べればいいわ。」

彼女の後からついていった。確かに潅木や草むらの向こうにさほど大きくはないが川が流れていて、腰をかけるには都合のよい大きな石がごろごろしていた。先日の深い森とはずいぶん違った光景だった。

「ここなら、宿舎から見えないし、今日は満月で天気もいいんで日がくれても大丈夫。」

二人で弁当を広げた。

「あなた、どういう仕事してるの?」

聞きたい事が山のようにあった私は思わず先に問を発していた。

「ちょっと、待って。あたしはもうこの国に来てもう半年以上になるんだけど、不思議なことだらけ。でも、あなたはひょっとしたらあたしと不思議なことを共有できるんじゃないかと思ったの。それで声をかけたの。で、あたしのこの国にきてずっと考えてきたことをあなたに確認してもらって、そして事実をはっきりさせたいわけ。でも、まだあたしには自信のないことだらけだし、順を追って確認していかないと、あなたも混乱しちゃうんで、質問や話題は悪いけどあたしからにさせてもらいたいの。」

もってまわったような彼女のことばに、内心「知り合ったばかりで、なんなの?」って感じたのも事実だったが、私もはっきりいって疑問点を整理していたわけでないので、彼女に任せることにした。

「じゃあ、最初の話題を出して。」

「あたしたちの個人的なことは最後にさせてね。まず、一番不思議なのは、何でこの国には男がいなくて女だけなのかってこと。」

「確かにそれが一番の疑問ね。」

「あなたは、やっぱりこの国に男がいないってことを認識してるのね。よかった。話ができるわ。」

「どういうこと? 男がいないことを話ができるって。」

「女だけしかいないってことは、この世界の誰でも認識してる。でも、それと男がいないってことを認識してることにならないの。ギリシャ神話にアマゾネスの伝説ってあったでしょ。知ってる?」

「詳しくはないけど、知ってる。」

「女だけで生活している戦士の集団よね。でも、女だけじゃ子供を産んで後継者を育てていくことはできない。アマゾネスは必要になると近くの部族の男と交わって妊娠して、女の子が生まれると自分たちで育て、男の子が生まれると殺しちゃったり、相手をした男の部族のところに突き返したりしてたみたい。つまり、アマゾネスの人たちは男の人の存在を認識していないわけじゃなくて、知っていながら女だけで纏まって共同体を作っていたっていうわけ。でもこの国はどうなのかしら。それであたしは、男の子も生まれているのかどうか気になったの。子供や赤ちゃんは見かけた? それに妊婦さんは?」

「子供は何度も見たけど、みんな女の子だった。赤ちゃんは見かけたけど、男の子か女の子はわからない。妊婦さん見たことがあったっけ。」

「あたしは、調べようと思ったわけ。赤ちゃんをだっこしてるお母さんに会うと、赤ちゃん可愛いわねって、近づいて見せてもらうの。赤ちゃんにあったら「女の子?男の子?」って聞いてもおかしくないよね、本当は。それで、必ず聞くようにしてるの。「この子、女の子?」って。」

「でも着ているものでだいたいわかるんじゃないかしら。」

「そう、着てるものだけだったら、男の子はいない、みんな女の子。でも、ひょっとしたらと思って聞いてるの。そしたら、何て答えると思う?  「そう、女の子よ。」なんて答えるお母さんはいないの。あたしの顔をまじまじと見て、この人はなんで女の子って確認するのって、不思議そうな顔するだけなの。女の子であること自体が当たり前で、女の子かどうかなんて質問するようなことはおかしいってことらしいの。「女の子?それとも男の子かしら」って聞いたこともあるのよ。そしたら、帰ってきた言葉が「オトコノコって?」、まるで男という言葉を全然聞いたことがないかのような返事なの。」

確かにそうだった。赤ちゃんのお母さんに聞いたことはなかったが、あの兵士は「男」というものを全く知らないようなだし、私の胸のない男の身体を見ても、私を女だと認識していた。

彼女は続けた。

「それに、子供達や若い娘たちが男という存在を知らないならまだ分かる。未成年の処女から男を隔離するようにしていたり、大人になるまで男の存在を秘密にしているかもしれないから。でも、出産を経験した母親が男というものを知らないなんて考えられる?  どうやって妊娠したというの? どう考えてもシラバックレテル様子は見えないし、本当に男という存在をものを知らないようなの。男と交わることだけだったら、例えば、この国の女性が寝ているうちに、あるいは集団催眠にかけられて知らないうちに男性が来て強姦していくっていうことも考えられるんだけど。でも、男の子も生まれないっていうのは絶対あり得ないと思うの。」

私は無い知恵を絞って聞いてみた。

「たとえば、男が生まれないような物質とか、環境ホルモンのようなものがこの世界に蔓延しているなんてことは?」

「でもあたしは、猫の交尾は見た事あるの。それに、セミやコウロギ、鳴いてるでしょ。」

「そういえば、昆虫で鳴くのはオスだけね。でも、人間にしかきかない物質とか・・・」

「ひょっとしたら、その可能性もあるわ。だからもっと多くの人に聞いてみようと思うんだけど、あたしだけじゃちょっと交際範囲が狭いみたいだし。」

「私にも協力してっていうわけね。」

「そう、お願いできる?」

「わかった。でも私なんか、知ってる人はあなたよりずっと少ないけど。」

「いいの、お願い。来週また同じ時間に流しにいてね、様子を聞かせてね。」

私が聞けそうな人といったら、今のところあの厚化粧くらいしかいなかった。あ

と、あのリーダーだったら。

「そういえば、あの人は男の存在を知ってる。あのリーダーは。」

「リーダー? あの居丈高の態度で、ガンガン指図してくる人のこと?」

「そう、何かといえばすぐ殴りつける。あの人は男を知っていた。」

「そうか、リーダーか。あたしはここのところ会っていないけど。確かに男のことを知っている人ね。」

「じゃあ、今のところあなたと私と、それとリーダー、男を知っているのはその3人だけ。」

「あっ、そうだ。あと二人男を知っている人がいた。二人ともいっしょにいたのではないはずなんだけど、この宿舎に暮していていた。」

「今でもいるの?」

「いない。二人とも「自分は昔、男だった」ってことを言っていたの。でも、そのことを聞いてから二人の姿を見た事ないの。」

「二人とも元は男? リーダーが女にした・・・」

「その二人のことをリーダーに話した。そうしたら、「そういう人と接触するな」と言われてそれからその人を会ったことがない。リーダーがあやしい。ひょっとしたらあの人が仕組んでるような気がして。でも、そのリーダーなのか他に仕組んでいる人がいるのか、それがわからない。だから、あなたをこんな暗い目立たない場所に連れてきたのよ。」

「そうね、私もリーダーには気をつけるようにする。」

「じゃあ、あまり長くここにいたら皆に不思議に思われちゃうから、部屋に戻りましょう。あなた先に戻って。」

「うん、わかった。じゃあ、また来週ね。」


長身の娘と別れて、部屋に戻った。

この国の女性たちは男という存在を知らないのだろうか。あの話し好きの厚化粧も、男性のことを話題にしたこともなかった。奇声の老婆や彼女の仲間の老婆は下卑た笑い声を立てムダ話をいつもしているが、そういえば猥談とか男の話題を聞いたことがない。トイレで耳にするOLたちもそんな話を聞いたことはなかった。

「今日は、早く帰ってきたのに何してたんだい。なかなか部屋に戻ってこなかったじゃないかい。」

下の厚化粧が話かけてきた。いいチャンスだった。でもダイレクトに聞くのははばかられた。

「ええ、帰ってきてから外に食事に出たんで・・・  お姉さんにはお子さんいるんですか?」

「あたしに子供? そりゃ、まあ。」

「失礼なこと聞いちゃったかしら。」

「いやいいよ。一応一人子供ができて、育てて、そしてその子は独立してどこかにいって働いてるはずだよ。残された私は宿舎暮らしさ。」

「お一人だったんですか。きれいなお嬢さんだったんでしょ。」

「あんた、ほどじゃないよ。」

「どなたに似てらっしゃったの?」

「あたしの娘だからあたしに似てるしかないじゃないか。他人に似るわけないよ。」

「お姉さんのいい人のほうに似てたとか。」

「いい人ってなんだね。」

「好きな人というか、大切な人というか。」

「親友だって、赤の他人なんだから似るなんてそんな馬鹿なことがあるかいね。変なことをいうね。」

「でも子供をさずかるっていうのは・・・」

「それは天からの授かりものだからね。」

「私でもできるんでしょうか。まわりは女の人ばかりだし。」

「健康であれば自然にできるんだよ。だからあんたももうすぐだよ。」

厚化粧にはやはり女は男と交わることで妊娠して出産するという概念がないようだった。口ぶりからして、男女の性行為ということ自体のわからないようだった。


翌朝、いつもどおり仕事に出かけた。

今では地下街ばかりでなく周辺の公園や街角の公衆トイレ、それに道路や公園の清掃まで一手に引き受けていた。毎日掃除の順序を固定化すると、トイレで出会う人はいつもトイレで出会った。

「いつもきれいにしてくれて感謝してるわ。」

オフィス街の公衆トイレでいつも出合うOLだ。出勤前に必ず立ち寄るらしい。

「いつもお会いしますね。お勤め先は近いんですか?」

「ええ、でも職場のトイレは混んでて。いつもきれいしてくれてるんで、ここでお化粧直してから出勤するんです。」

「いつもすごく素敵なんで、羨ましく思ってたんですよ。職場に大切な人がいるんじゃないかしら。」

「大切な人?  お友達のことですか? まあ、職場の雰囲気はまあいいところだと思いますけど。」

「この国は女性だけですからね。あなただったら、他の国へ行ったら男性がほっとかないんじゃないですか。」

「ダンセイ? えっ? 他の国なんて怖くていけないわ。」

やっぱり、あの長身の娘が言っていたとおりだった。

なかなか見ず知らずの人に声を掛けるというのも大変だったが、翌日以降も、トイレであった女性、公園で休息している女性、声を掛けられそうな人に聞いてみた。

元の世界では同性でも絶対に聞くことができない質問だった。

「男の方にもてるでしょう?」

「どんな男性が好みなんですか?」

「お父様は?」とか「お兄さんか弟さんいらっしゃるんですか?」とも聞いてみた。

「オトコ? オトウサン?」男性を意味する言葉自体を知らないようだった。


あの長身の娘に会う約束をした日の前の日、もっと証拠をつかむため声をかける人を求めて地下街に行った。管理事務所の前を通ると、久しぶりにリーダーが事務所のカウンターに寄りかかっての中にいる女性と話をしていた。リーダーのタイトスカートに包まれた形のよいヒップに見とれていると、失われかけている欲情がまた頭をもたげてきた。

「やあ、元気そうじゃないか。仕事も順調のようでほっとしてるよ。」

美しい口元から出す言葉を女性的な言い回しにすればもっと素敵な人になるのに、と思いつつ、長身の娘との会話で出たリーダーの疑惑を思い出し、ちょっと慎重になった。。

「ええ、漸く慣れてきて。」

「仕事ばっかりじゃなくて、この国にも慣れてきたようだね。この女ばかりの世界に。」

「ええ、まあ・・・」

「だけど、中々本音ではなせる女はいないんだよな。友達なんて多分できないのかもしれないんだけど。」

私とあの長身の娘が宿舎裏の河原で親しく話しをしていたことを知ているのだろう

か。さすがに親しくなりそうな人がいると言うことははばかられた。

「でも一人じゃさびしいです。女同士で何でも話せる人が欲しいです。」

「だけどな、お前の股間はそういう状況だ。今のままじゃ女同士の裸の付き合いなんて無理だよな。」

「裸に、なんて。宿舎の隅でこっそりシャワーを浴びるだけだから。」

「股間を見られたことはあるかい?」

「部屋で着替えの時に、同じ部屋の人に。」

「見た人はなんていってた?」

「大きな腫物でもできたのかい、と言われました。」

「それだけか。」

「腫物が取れるまじないをしてやろうという人もいました。」

「そうか。」

「不気味に感じている人が多いようです。」

「じゃあ、きちんと取ってやろうか、どうだ。」

「余計な欲情はあまり無くなったけど、それでもまだつらいときがあるんで。」

「そうかい、それじゃあもう一歩この世界で昇格するということで。」

「昇格って?」

「言い過ぎたか、まあ、ちょっと荒っぽいけどこれから取ってやろう。」

「いきなり刃物を突き立てるんですか。」

「いや、そこまでは荒っぽくないさ。」

リーダーは傍らにあったスプレーを手に取り私にいきなり吹きかけた。強烈なアルコール臭にむせかえると意識は徐々に朦朧としていった。


管理事務所の女性がリーダーに話しかけていた。

「あんたは相変らず荒っぽいね。あたしは、あんたの部下じゃなくてよかったよ。」

「余計なことを言わんで、担架の用意をしてくれよ。」

「はいはい、担架なんていわずストレッチャーを用意してあるよ。このままベッドになるからね。」

私は朦朧とした意識の中でリーダーは私を軽々と抱えると、管理事務所の女性が押してきたストレッチャーにのせた。抱えられたときリーダーの胸の柔らかいふくらみが私の脇腹にあたった。思わず存在しないモノが硬直する感覚がよみがえった。リーダーは大声で兵士に指示した。

「城門の小部屋に入れておけ。そのあと、指示があるまで小部屋に近づくな。わかったな。」

私は意識の片隅でぼんやりと聞いていたが、ストレッチャーが動き出すと完全に意識を失った。


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