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ここも削除はありません。
宿舎にもう1泊して、町に戻った。
ピンクハウスの女と会って、だいぶ私自身が持つこの世界についてのイメージも整理されてきた。
この世界は、長身の娘と話し合って想像してきたように、妄想から生まれた世界、そしてあのピンクハウスの女も同じような妄想でこの世界にやってきた。
でもよく聞くと少し場面がある。同じように城郭を通りぬけて来たようだが、少し構造が違う。それに、私は深い森を通って来た。しかし、彼女は砂漠を通ってきたという。この世界にたどり着くルートも少し違うようだ。なんとしても、あの城郭に行って更に向こうの深い森を確認してみたい。
今度は、地下街の管理人にあたってみようと思った。
リーダーとはかなり親密そうに話をしていたのを見たことがある。私たちとある程度平等に会話ができるのではないだろうか。それにジャンパースカートはこの世界の就業女子としてはそれなりのレベルである証拠だ。
でも何で白のブラウスにジャンパースカートなのか。一昔前の女子高生の制服だ。セーラー服を依怙地に守っている女子高はあるが、濃紺のジャンパースカートにブレザーはほぼ淘汰されて、チェックのプリーツスカートになってしまったのではないか。
それに、ピンクハウスの女はあのようなロリータ風の服が好みだったようだ。それで、この世界ではあの恰好に。私はどうだ。制服姿はどちらかと言えば好みだったような気がするが、リーダーに与えられた服は最初は制服のようなものだったが、今の自分は全然制服ではない。
地下街は、目を瞑っても行ける場所だ。片隅の管理室を覗くと黄ばんだブラウスとプリーツスカートの女が所在なげに座っていた。
「すみません、管理人さんはいないんですか。」
「さあ・・・」
「いつもここにいらっしゃったのに。」
「最近は、いないことが多いです。」
「どこにいることが多いんですか?」
「基地とか言ってましたけど。」
「基地?」
「軍隊の?」
「そう。」
「管理人さんは軍人なんですか。」
「詳しくは知らないけど、基地に行ってみたらどうです?」
「基地にはどう行けばいいんですか。」
「さあ」
全く要領を得ない女だった。
基地といえば、あの城郭のすぐそばに基地があって、女兵士が訓練をしていたあそこのことか。はたして行けるのだろうか。
地下街を出て、記憶をたどりながらオフィス街を歩いた。こんな時にタクシーでもあれば、と思ったが、この世界に自動車はほんのわずかだ。車を見掛けることすらほとんどないのに、タクシーがあるわけがない。
しばらく市街地を基地があると思われる方角にあるいていくと、道路の片隅に何やら建築材料らしきものを積んだ軽トラックが停まっていた。自動車が身近に見かけることもこの世界では珍しい。
「すみません、どちらに行くんですか?」
「どっちって、現場だよ。」
荷台にロープを掛けていた女も、埃だらけの濃紺のサージのプリーツスカート姿だった。
「基地のほうには行きませんか。もし行かれるのでしたら便乗させてもらいたいと思ったのですが。」
「基地には行かないなあ、我々一般人があまり立入できないから。それでも、基地の途中までなら行くので、それでも良ければ乗っていいよ。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
助手席に乗り込んだが、お仕事に行くワンボックスカーより悲惨な状態だった。助手席のシートは破れてばねが飛び出していた。扉は錆びて穴が開いていた。
「じゃあ行くよ、お嬢さん。揺れるから覚悟しておくれ。」
4回ほどキーを回してようやくエンジンがかかった。荷台の後ろから黒煙が噴き出している。低速ギアで激しくアクセルを踏み込んで、ようやく動き出した。そもそも、自動車が走ることを想定していない石畳の道は、激しく揺れる。石が外れたり、陥没していたりするところも、全く補修していない。歩くためには何の支障もないからだ。
穴にタイヤが落ちるたびに激しく揺れた。荷台の建築材料は甲高い音をたてる。
けたたましい金属音とともに自動車は急停車した。運転手は飛び降りた。
「ああ、もうだめだ。」大きな溝に嵌ったとき、
私も外に出てみた。タイヤは大きな溝に嵌り、車軸ごと歪んでいた。もう走ることはできそうもない。
「お嬢さん、もうだめだ。悪いけどこの先は歩いて行ってくれ。」
「そんな、場所がわからないのに。」
「まっすぐ行けばいいよ。すれ違った人に聞けばいい。」
いいかげんな返事だ。
「基地までどのくらいかかるんですか?」
「歩いて1時間、2時間かな。もっとかかるかもしれない。」
ようするに、わからないということだ。周囲を見渡してもいつもの町から外れていることは確かだ。しかも見慣れない光景だ。
「じゃあ、私は行ってみます。ありがとうございました。」
「ああ、悪かったね。役にたたなくて。気を付けて行ってよ。」
何処に何があるかわからないというのが、この世界の特徴だった。自由に動ける自動車があればいいのに、と思って見つけた軽トラックはあんな状況だ。いつものワンボックスカーが来てくれれば、と思った。あの若い運転手でなくてもいい。ぶっきらぼうな中年の運転手でも来てくれないのか。「お仕事」に行くとき以外に一度も見かけたことのないワンボックスカーがこんなところで出会うわけもない、と思いつつ何か偶然を期待しながら町から続く凸凹の道路を見つめた。
その時、200mぐらい先の路地から道路から見覚えのある車が出てきた。がたがた揺れながらゆっくりとこちらに向かってくる。ワンボックスカーだ。
「どちらに行くんですか。」
窓から顔をだしたのは、あの若い運転手だった。
「基地に行こうと思って、軽トラックに乗せてもらったんだけど、そこでどうにもならなくなって。」
振り返ってみると、溝に嵌った軽トラックの脇でプリーツスカートの女が所在なげに地面に腰を下ろしていた。
「あんなのに乗ったんですか。無理ですよあんなオンボロでは。ここまでこれただけでも上出来です。乗ってください。これも乗り心地はよくありませんが。」
「ありがとう。」
ワンボックスカーは走り出した。軽トラックよりははるかにマシだ。
「でも、たまたま通りかかるなんてほんとに偶然ね。」
「ええ、まあ。」
「いつも、この車で走りまわっているの?」
「ええ、もう一人と交代で。」
「あの、もう少し年上の人ね。でも普通は誰を運んでるの?」
「あなたのような、というか・・・」
「じゃあ、私のような人が何人もいるってこと?」
「まあ・・・」
何やら話をしづらそうだった。万が一、若い運転手まで消えていまったらと考えると恐ろしくなり話を止めた。
道の廻りの視界がいきなり開けた。広い空地が広がっている。遠くにかまぼこ型の建物。兵舎か、それとも戦車などの格納庫か。いずれにしても広大な軍事施設に近づいた。どう見ても、あの城郭から歩いて町に向かって歩いた時に見かけた施設とはスケールが違う。基地脇の道を暫く走り、2階建ての建物が見えてきた。
「あそこが本部です。そこでよろしいですか。」
「ありがとう、でも帰るときはどうしたらいいか。」
「その時はお呼びください。」
「どうやって? 電話もないのに。」
「大丈夫です。私がわかります。」
「え、どうやって?」
「さあ着きました。」
建物の入口の前に止まると、兵士が駆け寄ってきた。一人の兵士がワンボックスカーの扉を開くと他の兵士は前に並んで直立不動で敬礼をした。面食らった私は、扉を開けてくれた兵士に促されるままに建物に入った。
中で出迎えた女性は、灰色がかった濃緑色の上下、上衣は金ボタンに金モールをななめに掛け、肩章に胸にはいくつもの部隊章や階級章、勲章もいくつかつけている。上衣の襟もとからは白のシャツに上衣と同色のネクタイがのぞいている。下は同色のタイトスカートにストッキングに黒のローヒールのパンプス。脇に帽子を抱えている。どう見てもそれなりのポストについている将校のようだ。
「お待ちしていました。もういらっしゃるころかと思っていました。」
聞いたことのある声だった。私をじっと見つめる顔をよく見ると驚いた。あの地下街の管理人だった。
「どうぞこちらへ。」
重みのある声で入口脇の小部屋に案内された。そこは壁の高いところに賞状や肖像画、ガラスケースにはトロフィーやカップ、中央に重厚な応接セットが配置され、床は毛の長い絨毯、小さいながらも豪華な応接室だった。
ソファーに腰を下ろすやいなや、同じ服を来た若い兵士がお茶を持ってきた。同じ服とはいっても肩章や徽章はない。部隊章らしきものが縫い付けてあるだけだ。管理人は軽く頷き、目ですぐ出て行くように促した。彼女が敬礼をして部屋を出て行く。
私はあっけにとられた。そもそもあの薄汚い地下街の管理人が将校とは、その将校が私をまるで目上の者のように対応している。私はただ「あの城郭って知っていますか。どこにあるのですか、その向こうはどうなてるいるのですか。」程度の質問をしにきただけだったのに、この待遇だ。私は言葉を発することができなくなってしまった。
「どうもわざわざこの片田舎にある基地まで御足労いただきまして・・・」
「最近、外部からの侵入者らしき者が増えて・・・」
「我々も、我が国の安全のために全力を尽くしており・・・」
「是非、訓練の様子もご視察いただき直接御指導を・・・」
色々なことを矢継ぎ早に言われた。すべての言葉が私の生活とはあまりにかけ離れた話題であり、経験したことのないような言い方だったので、ほとんどの言葉は左耳から右耳へ通り抜け、言っている趣旨は全く理解できなかった。
私が茫然として言葉を発せずにいる中で、管理人は20分ほど延々としゃべり続け最後に付け加えた。
「初めてお越しいただいたわけで、詳細は追々ご説明するようにいたします。今日はお疲れでしょうからご挨拶だけということで、お住まいまで軍用車でお送りすることにいたします。本日はありがとうございました。」
といって立ち上がった。
私も釣られて立ち上がり、開けてくれたドアからそとに出た。10名ほどの直立不動の若い兵士は一斉に敬礼し、その敬礼に見送られ外に出た。
すると、軍用ジのープが目の前に止まった。
濃緑色の上下に部隊章などを胸に着けた軍服姿の兵士が運転していた。運転手は運転席から飛び降り後部座席の扉を開けた。私が乗り込むと大勢の見送りの直立不動の兵士を残してジープは発進した。
「お疲れ様でした。」
声を掛けてきた運転手の横顔を見てびっくりした。
「あなただったの・・・」
「はい、軍用車を運転するときには必ず軍服になります。それ以外のときは平時の制服、つまりジャンパースカートで勤務しています。」
「私は・・・」
「今日はせっかく基地までお越しいただいたので、この車で外部との接壌地帯のご視察をしていただいて、その後ご自宅にお送りします。よろしいでしょうか。」
「あの・・・」
「最近外部からの侵入者の情報が頻繁にありまして、現場は平時ではありますがかなり緊張した状態にあります。そのため、万が一のことを考えて下車してご案内は残念ながらご遠慮いただこうと思います。申し訳ありませんが、車窓からのご視察とし、説明は私がさせていただきます。よろしいでしょうか。」
「はい・・・」
基地の門から外に出て暫くすると、荒涼とした風景が広がった。
「ここからが接壌地帯で、一般人の立ち入りは禁止されています。」
正面は灌木に覆われた小高い丘だった。その丘を大きく回りこんだところで、いきなり煉瓦造りの延々と続く城壁が目の前に現れた。
「この城壁が我が国の防衛線です。」
これだ。これがあの城壁だ。しばらく城壁伝いに走ると巨大な城郭が現れた。
まさにこれだ。これが深い森を抜け現れた城郭だ。この城郭に連れ込まれて、私は初めてこの国に入ったのだ。
「あの大きな建造物が外部との唯一の接点になっているところです。その他に外部と接している城門はありません。」
城郭の周囲は多くの兵士が警備し、ものものしい雰囲気が漂っていた。
「この建造物は警備部隊の前線基地も兼ねていて、外部からの侵入者があった場合は、取り押さえて尋問するための施設にもなっています。」
城郭の正面で停車した。城郭の警備の兵士は、ジープに向かい捧げ銃の姿勢をとった。
「我が国の国民でも、放逐刑に処せられた者はこの城門から外に出され二度と門内に入ることはできません。また重罪人や外部からの危険な侵入者は門前の広場で処刑され、城郭の向こう側に放置されます。そのうち、肉食獣や猛禽類の餌となり骨だけになって飛散し大地に戻ります。」
私は、かつて兵士に連れられてここまで来て、そして城門の外に放逐されたことを思いだした。ここはそんなところだったのか。
私は、若い運転手の説明にも、ほとんど応答することもできずに城郭を見上げていた。しばらくの沈黙のあと、私は漸く言葉を発することができた。
「この向こうはどうなっているのですか?」
「人の住めない地で、ところどころ灌木のある荒地でその向こうは森が広がっていると聞いています。」
「その森の向こうは?」
「知りません。」
「向こう側に行った人はいるのですか。」
「放逐された罪人だけです。放逐の時と侵入者の確保の時は外門を開けますが、それ以外に城郭の外門を出るような人はいないと聞いています。私は外を覗いたこともありません。」
「そうですか。わかりました。」
「それでは、これからご自宅にお送りするということでよろしいですか。」
「はい、お願いします。」
城郭も森もあった。しかし、まるで朝鮮半島の38度線にある非武装地帯のようだった。城郭はその非武装地帯にある板門店の施設のようだった。
それに、理解できないのが、私に対する態度。管理人も運転手も私を上官のような対応だった。いったいどうしたというのだろうか。
市街地に入った。自宅まではいかず、商業施設のある地下街の入口で下してもらった。
「お疲れ様でした。ご利用であれば、およびください。すぐ参上いたします。」
走りさる軍用ジープを見送り、地下街に降りた。
あの地下街の管理人が・・・
信じられなかった。本当にそうなのか、あの将校はひょっとしたら全くの別人で、管理室にはいつもどおりの管理人が居眠りをしているかもしれない。むしろそうであることを半分期待しながら、薄暗い地下街を歩いて行った。
ドアが開けっ放しの薄汚い管理室を覗いた。誰かと話す管理人の声が聞こえた。「やっぱり別人だ」ほっとしたような気になり、部屋に入った。私に気付いた管理人は立ち上がり振り返った。
服が変っていた。セーラー服だった。スカートのプリーツは手が切れると思われるほどパリッと折れ目が入っていた。上衣のセーラーの襟は濃緑の3本線、そしてタイは美しく
濃緑に輝いていた。
「お戻りでしたか。」
管理人が声をかけてきた。やはり、あの将校は管理人だったのか。
「私より早かったんですか。」
「報告したいことがあると地下街から連絡があったので、ちょっと急いで近道をしてきました。城郭に行ってきたのですか。」
「はい。」
「我が国はあのような状況です。一端をご理解いただけたようで。」
「でも、あなたは。」
「この服装ですか? びっくりされたかと思いますが、まあ世間でいう昇進というか、出世というか・・・」
管理人は苦笑いした。
「軍人としての職務以外はこの恰好で。今も軍務といば軍務ですが、一般人の大勢行きかう街中で軍服はあまりよくないんでね。」
私はあまりの状況の変化に頭が混乱し、そうそうに地下街を引き上げ、冷たい風に吹かれて頭を冷やそうと地上に出た。
地上の公園のベンチはほとんど人影もなく、珍しくわたしと同じようなスーツ姿の初老の女性がぽつねんと座っているだけだった。




