第6話 回り続ける馬車
メリーゴーラウンドがあった。
西日に照らされ、輝かしいイルミネーションとともに回っている馬車を見て、私はなぜか心が温まった。
記憶はないが、私はきっと、絶叫系よりもゆったりと楽しめるアトラクションを好む子供だったのだろう。
しばらくの間、そうして回り続けるメリーゴーラウンドを見つめていた。
西日が、さらに傾いたように感じる。
いまだ、それは回り続けている。一向に止まる気配はなかった。
「故障…だろうか」
考えている間も回り続ける。そして、私はあることに気がついた。
「…誰が、乗っているんだ?」
回り続ける馬の背にも、馬車の中にも、人影ひとつ見えなかったのだ。なぜ今まで気がつかなかったのだろう。美しいイルミネーションと明るい音楽だけが、回り続けるメリーゴーラウンドを彩っていた。
「…回り続ける馬車…」
私は、七不思議のひとつをここでも思い出した。その噂話によれば、誰も乗っていないのに、美しいイルミネーションとともにメリーゴーラウンドがひとりでに回り続けているという。
それを聞いた時、そんなことなどあるはずがないと私は思った。乗客もいないのに、アトラクションを運転させるとは思えなかったからだ。きっと、それを見た人が乗客に気がつかなかっただけだろうと、私は軽く考えていたのだ。だが、しかし、目の当たりにしてはっきりと言えることは、本当にどこにも乗っている人が見当たらないということだ。また、馬車は速度を落とすことなく、休むこともなく、延々と回り続けていたのである。
「あの噂…まさか、本当だったとは…」
「綺麗ね…」
突然、傍らから声が聞こえて驚いた。回り続ける馬車に気を取られ過ぎて、近寄ってくる人物にまるで気がつかなかったようだ。その声に答えるべく、私は愛想笑いを浮かべながら振り向いた。だが、すぐに笑顔を引っ込ませる。
そこにいたのは、ひとりの細身の女であった。
黒いワンピースを着て、腰の辺りまで伸びたまっすぐで闇のように黒い髪を風に靡かせている。顔は、伸びた前髪に隠れてわからない。だが、その横顔は美しさを湛えていた。しかし、そんなことはどうでもよいのだ。私の目は、女の見た目よりも、ある1点にだけ集中していた。その女が手にしているモノにである。
短刀だ。
拷問部屋で見た短刀に、それはそっくりであったのだ。
「…わあああっ!」
情けない叫び声を上げて、私は女との間に距離をとった。だが、女は、私がとった分だけの距離をすぐにつめてくる。
「あんた…拷問部屋にいた人か?」
鳴りやまない鼓動を押さえつつ、私は女に尋ねた。女は答えることなく、私との距離をつめてくる。それに伴い、私は後ずさって女との距離を確保することに専念した。
「どうして、私を襲うんだ!?」
女は答えない。しかし、ふとのぞいた大きな瞳は、悲哀と憎悪に満ちているように思えた。
「……なっ!」
どう移動したのか、女がぐっと私との距離を縮めてきた。そして、西日に照らされ、鈍い光を放つ短刀を振り上げる。私は、とっさに死を覚悟した。その時、
「待って!」
私と女との間に割って入った影があった。それは、巨人の野球帽を被った男の子…一ノ瀬蓮である。
「…危ない!」
蓮の上に短刀が振り下ろされる…そう思った刹那、私は自分でも驚くほどに機敏に動いていた。蓮を抱きかかえると、即座に背後に飛び退いたのだ。しかし、妙なことに、女の腕は短刀を振り下ろす前で止まっていた。
私は、これを好機とばかりに女に背を向けた。そして、蓮の手をかたく握ると、一目散にその場から走り去ったのである。