スノウフェルから蠟梅の咲くころに
余裕をもって始めたのは正解だったのだろう。
来てもらって二か月ほどでだいぶ雰囲気が変わってきた。
雇った110人もこの地に慣れたようだ。
レベル差に曝されるストレスが無いのも良い事なのだろう。
連絡役として留まってもらっているエルンストとアルフレッドを呼ぶ。
二人ともに執務室を与えて私の代わりが出来るように動いてもらっている。
手に負えないものは私に飛んでは来るが通常の事はかなり減ってきた。
「此処の暮らしはどうかな?」
「悪くはないです
ですが、やはり記憶が薄れていくのが怖いですね」
「俺もそれは思う」
「しかし、一年近く別の場所で暮らせば
それは元の世界でも同じではないのかね?
例えば大学進学や就職で地元を離れれば疎遠になる者もいるだろう
血縁関係や近しい友人ならコミュニケーションをとり続けるだろうが
段々とそれも難しくなり、身近な血縁だけになる
同窓会で会った時にきちんと昔と向き合えるかは
今をちゃんと生きてるかにもかかってくる
自信がなくなれば、話しかけにくくなるものだ
私は元の世界では普段スイスに住んで生活している
もちろん日本にも住まいはあるが年に2か月居ればいい方だ
基本的には欧州内を飛び回る生活だ
スイスでは日本からの技術研修生預かり面倒を見、
日本旅行者向けハイキングガイドもしている。
君たちとは根本的な暮らし方が違うから比較はできないが
何が大事だと思う?」
「『会ったときに語り合う事』ですかね」
「そうだ、面と向かって出なくても良いが
誰とでも『話をする』事が大事だ
孤立するとその能力が失われて行く、これは前に話したよね」
「はい、聞きました」
「私が声をかけたもの達は
君たちも含めてそこに向かっている様に見えた、
だから声をかけてみた
今、もう一度聞きたいと思う
人と縁を結ぶ、また結びなおすことに戸惑いがあるかな?」
「まだ、自信はないですが大丈夫だと思います」
「俺はまだ怖いです、少し」
「ま、慌てなくてもいいさ
どんな戻り方になるのかさえもまだ分からないのだし
私の不安が単なる取り越し苦労になるだけかもしれない」
「それは同じ時間に戻る可能性があるって事ですか?」
「そういう可能性もある、ただしあくまでも『可能性』の話だ」
「確かに突然来たわけだから、人為的に帰れなければ
突然の現象が起きてもおかしくないわけか」
「何時、どの時間に帰っても自分を保つ術を持つ事が大事だと思う
そしてそれは孤立していては失くしてしまうものだと私は思うよ」
「分かりました、アキバに帰っても維持は出来るか分かりませんが
ここで雇われている以上はやるべきことはやります」
「今はまだそこまででいいかな
年明けて少し先、三月以降に関してはまた”ご相談”という事になるかな
休みを出してる騎士団員たちに”暇を出す”わけにはいかないからな
すこし、計画を立てて実行した憂い事もあるしね」
「あなたは何時でも何処でも、そんな感じなんですか?」
「そうだね、元の世界に居た頃と精神的には変わらないな
いつもやるべき課題があって、それをどううまく超えていくか考えている
それは元の世界でも同じだし、ここでも同じだ。
体が若い分、無理もかなり効くしこの体は元々強靭だしね
やれることは増えたけれど、望んだすべての事が出来るわけじゃないよ」




