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12 チュートリアル

 

 

 

 ――俺は肉体の主導権をジークに譲る。

 

 これで、ジークの意志で体を動かせる。

 感覚は共有している。一蓮托生だ。

 

 だが、状況は何も変わってはいない。

 絶体絶命だ。

 

 前からは、スィンの神剣ノートゥングと、

 右からは、リザレディアのレイピアと、

 左からは、カマトリウスの爆発水晶と、

 後からは、大口を開けた巨狼(スコッティ)の鋭い牙。

 

 

 俺に一番早く到達するのは、矢のような加速で猛然と突撃してくるスィンだろう。

 

 

 俺は神剣ノートゥングの突きの攻撃軌道予測にのみ焦点を合わせる。

 ジークは俺の体を操り、右手を突き出した。

 そして、スィンが繰り出す『瞬突(まじろぎ)』の軌道上に、小さな多重防御魔法陣を展開する。

 

 ――結界術師の防御陣【S】だ。

 

『僕は魔術が使えないけど、結界術師は精神力(MND)経由で魔力量(MP)を消費して、純粋な防御魔法陣を組み上げることができる』

 

 何層も積み重なった円形の防御魔方陣が盾のように俺を守る。

 けれどそれは、神剣ノートゥングの強烈な刺突を受けて、ガラスのようにバリバリと砕け散っていく。盾自体が弱い。所詮、精神力【E20】なのだ。

 最後の一枚を突き破ろうとした所で、ジークは魔方陣を強化して、斜めに滑らせ、受け流した。

 俺が教会の出口の外に出て、逆にスィンが中に突っ込んでいく。

 まさか受け流されるとは思わなかったのだろう、俺とスィンの位置が入れ替わることで、スィンが四面楚歌の中心となった。

 形勢が逆転する。

 バランスを崩したスィンに、リザレディアのレイピアと、オカマの爆破水晶と、巨狼の牙が襲い掛かる。

 

「ぬぅ!」

 

 スィンが目を閉じて剣を握り締める。すると、神剣ノートゥングが白く輝く。残り全ての魔力を剣に込めたスィンが叫ぶ。

 

「神技――幾夜(いくよ)残響(さざなみ)っ!」

 

 黒く光る神剣ノートゥングが、周囲の光を一瞬で全て吸い上げる。ブラックホールのように光を吸い尽くして周囲を暗闇に染め上げた神剣が、次の瞬間には、逆に全ての空間を満たすほどに(まばゆ)い輝きを放った。誰もが眩しさに一瞬目を覆う。その全ての動きが止まった刹那、光の残像を残し神剣が踊る。

 スィンは目を瞑ったまま、爆破寸前の水晶を切断し、リザのレイピアを半ばで切り落とし、太い巨狼の牙さえ滑らかに断絶した。

 

 まさに神技、一瞬の出来事だった。

 

『――でも、これで兄様のMPはゼロになった』

 

 ジークはその間に、血の溢れる右腕の上腕部に魔力を通して、防御魔法陣の要領で『魔力を固めて』、簡単な止血を施す。

 そして、メガネにMP1000を注ぎ込んで、大技硬直中の王子の持つ神剣ノートゥングを視る。

 激しい魔力消費に、凄まじい頭痛が俺を襲う。同じ激痛を感じているはずなのに、ジークは全くの無表情だ。

 

 メガネに様々な神剣ノートゥングに関する詳細情報(ステータス)が表示される。

 

 視えた情報量は、俺の時と全く違った。

 

 剣の制作者や練鍛方式、サーモグラフィのように剣の内部構造も見える。魔力の通り方や、鋼の圧縮密度、各部位の強度、切れ味、スィンとの相性(が最悪であると言う事も)、およそ考えられる全ての情報だ。

 

『へぇ、……これは、すごいね! このメガネ、神剣の弱点部位さえも見抜くんだ。……いや、加護が同じ神だったからかな?』

 

 魔力量(MP)の低い獣族のスィンは、ノートゥングの力を殆ど引き出せていない。それに魔力値(INT)が低いため、剣全体に魔力を通し切れていない。

(魔力と魔力量、恐らくコレが、父ジークムントに剣が抜けて、ゲイル王に剣が抜けなかった理由だろう)

 

 三者が神技を喰らって唖然とする中、嵌められたスィンは怒りを露わにしながら、俺に剣を向けて、刺突を繰り出す。

 だが無論、MPはゼロだ。

 

『神の加護を受けられない神剣なんて、ただの剣さ』

 

 ジークは、メガネで攻撃軌道の剣線を見極めてから、神剣ノートゥングの脆くなった部分を、護身用短剣の先端で突く。

 と同時に剣の内部に防御魔方陣を展開する。

 それは剣の中心部――魔力の通りの最も薄い、僅かに綻んだ部分――に、ジークは一気に魔力を注ぎ込み、超極小の防御陣を強引に発生させる。その僅かな綻びから、

 

 ――バキィン!

 

 神剣ノートゥングが、真っ二つに折れた。

 

「な、――バカなっ!」スィンが目を見開く。

 

 メガネと防御陣で、俺のMPが一気に2000吹き飛んだ。痛みにも似た疲労が走り、思わず悲鳴を上げる。その痛みをおくびにも出さないジークの静かな視線が、オカマを捕えた。

 

『まだ、戦うつもりかい?』

 

 視線を受けたオカマが、ほんの一瞬怯む。

 

「っ、……さーて、私の水晶も使っちゃったし~、スィン剣も折れたんじゃ流石に打つ手もないわね~。むしろ、『こっちがスコッティに食べられちゃう~!』みたいな? じゃ、帰るわよ~、王子~」

 

 怜悧な瞳で撤退を下したカマリウスが、バカ猫王子を抱き締める。

 

「バカな! 待てノトリウスっ、このオレ様に……敗北を認めろと言うのかっ!」

「イレギュラーが起こったらまずは態勢を立て直す。それが良い指揮官(オトコ)の条件よ。後は可愛い巨狼(スコッティ)に任せましょ? ンチュッ!」

 

 王子にキスをかましながら、輝く転移魔方陣の中に入っていく。

 スィンが折れた神剣を手に、憤怒の表情で俺を睨み付ける。

 

「おのれ、許さんぞ愚弟ッ! 覚えておれェェエエッ――」

 

 王子達は魔方陣に吸い込まれるように消えていった。

 

 

 残ったのは、巨狼(スコッティ)と、俺と、リザレディア。

 

 襲い掛かってくる巨狼の牙から、ジークはリザレディアを守るように大きな防御魔法陣を作る。牙や突進を受けるごとに、防御陣が弾け、俺のMPがゴリゴリと削られていく。

 

「まさか、これは……王子の、防御陣? ……わたしが、教えた?」

 

 リザレディアは混乱している。

 

「そうだよ、リザが教えてくれた陣だ。ねぇ、リザ、ボクが分かるかい?」

 

 優しく語りかけるジーク。

 

「え? ……あ? その声、その口調は、王子? ……王子なのですかっ!」

 

 リザレディアの瞳に歓喜の光が灯る。

 

「い、生きていたのですねっ! 王子!」

 

「あはは、ごめんリザ。ボクはもう死んでしまったんだ。今は、少しだけ神様に時間を貰っただけなんだよ」

 

 あっけらかんと言う王子に毒気を抜かれたのか、リザは肩を落して答える。

 

「ああ、私は、貴方を守れなかったのですね……1人で逝ってしまわれるなんて……はっ、王子、腕にこんな酷い怪我を! わ、私のせいで、ああ、私はなんてバカな事を! ……すぐに手当致します!」

 

「待って、手当は後だ。先に逃げよう」

 

 その言葉に、やっとリザレディアは状況を理解する。突撃を繰り返す巨狼を見て怯む。

 

「ごめん、このままじゃ防御陣が保たない。さすがに君の魔術でも、この巨狼には勝てないだろう?」

「すみません、王子に頂いた魔力結晶も、半分ほど『死結の(ブリニクル)』で消費してしまいました」

 

「構わないよ。でも、ここは危険だから、一度逃げようと思うんだ。手伝ってくれるかな?」

「はい! この命に替えましても!」

 元気を取り戻したリザレディアに、

 ははは、もう死んじゃってるんだけどね、と(ごち)るジーク。

 

「……ごめんね、リザ。」

「いいえ、いいえ、私こそ、……わたしこそ」

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 王子が防御陣を解き、リザの光魔術で巨狼に目眩ましをかまして、俺達は教会の外に逃げげ出した。

 

 俺とリザレディアは森をひた走る。

 かなり距離は稼いだ。だが、匂いで追って来る巨狼を振り切れるはずもない。

 やがて追いつかれるだろう。距離を稼ぐために、必死に走る。

 

 俺はジークと意識内で会話する。

 

「お前こんな防御陣があるなら、爆破トラップも防げたんじゃないのか?」

 

『いや、さすがに逃げてる途中でドカンだからね。リザを守る防御陣だけで精一杯だったよ』

 

 確かに、小さな教会とはいえ天井まで吹き飛ばせる程の大爆発だ。自分だけならともかく、何かを庇って自分も生き残るなんて難しいだろう。

 

『それに、ボクは罪を犯しすぎたからね。一国家に大きすぎる力を与えてしまった。生き続けるべきではなかったんだ。それに、命を狙われるボクが生き続ければ、多くの人がボクを守ろうとするだろう。リザのように、傷つけてしまうかも知れない』

 

「……だから死んだって言うのか、お前」

 

 まったく、こいつは。

 

『ま、それも君のお陰で無意味になったみたいだけどね。だから、後は頼んだよ』

 

「頼んだって、……えっ?」

 

 ジークは、少し辛そうに俺に言った。

 

『ごめん、ちょっと魂の限界が近い。もうすぐ消えそう』

 

 

 チュートリアルがここで終わり……だとっ!

 

 

 マズい。不味すぎるぞ!

 現状で、俺とリザレディアだけでアイツに勝てるのか?

 俺は、逃げながら必死に計算する。

 

 巨狼(スコッティ)のステータスはHP18000だ。

 バカみたいに高い。

 他の詳細情報(ステータス)は、魔力の通った毛皮に阻まれて詳しく見えなかった。

 

(バカ猫王子のHPが1800なので、この巨狼はあのバカ猫10人分に匹敵する。あのバカ猫の足元にも及ばない俺達は、既に完全に詰んでいると言っても良い)

 

 リザレディアが使ったと言っていた『魔力結晶』とは、術者の魔力量(MP)を肩代わりしてくれるアイテムだ。

 遅効性で体内に取り入れなければならないポーションなどと違って、即効性でどんな時でも使えるが、金と同じ値段で、目が飛び出るほど高価だったりする。

 

 この時点で、俺のMPが(5000/9000)、リザのMPは(5/50)だ。

 

 戦闘での俺のMPは防御専用だ。

 

 勝負できるとしたら、リザレディアの魔術のみ。

『死結の(ブリニクル)』はMP消費500だ。

 リザレディアは魔力結晶を半分ほど消費したと言ったので、撃ててもあと一度。

 通常、毛皮は火魔術に弱耐性(150%)、氷魔術に強耐性(75%)である。

 リザレディアの魔力値(INT)で『死結の(ブリニクル)』を使って与えられるダメージは通常3200。だが毛皮の氷強耐性(75%)で実質2500程度だ。

 

 だが、リザレディアは四大属性魔術が全て【A】だ。

 

 仮に『死結の(ブリニクル)』級の火魔術で巨狼を焼けば、火弱耐性(150%)でダメージを4800与えられる。だが、それをあと3回は当てないと、コイツは死なない。

 当然、魔術には詠唱に時間が掛かる。その間の巨狼の攻撃を、俺の防御で守れる時間も限界がある。HP100の俺は一撃でもまともに食らえば死ぬだろう。

 どう考えても手持ち魔術では詰みだ。

 

 いっそ、神剣を壊した時のように、魔法防御陣をヤツの体内で形成するか?

 いや、あのレベルだと普通に魔力抵抗があるため難しいだろう。

 俺の精神値(MND)は所詮20だ。莫大な魔力量に頼ったとしても、体内で作れる防御陣は極小だろう。

 巨体のヤツの胴体には効かないし、頭部に狙いを付けようと思っても、明らかに俺の俊敏のが低い。

 そんな状態で、ヤツを一撃で仕留めるのは無理だし、失敗すれば俺が魔力疲労の激痛で喘いでいる内に喰われて終わりだ。

 

 幾つもの可能性を検討するが、全て無駄だ。

 

 神は言っている。『現状では勝てない』と。

 

 

 

 

 

「おい待て、頼む。こんな所で1人にするな! せめて真後ろの狼を倒してからにしろ!」

 

『うん、わかってる。そこで、君にちょっと頼みがあるんだ。なんとか集中できる場所を作ってくれないか。二十……いや、十分くらいで良いんだよ』

 

「お前、ふざけてるの! 今追われてるの分かってるの? そんな時間あったら逃げてるっつーの!」

 

『うん、わかってる。でも、コイツはここで倒さなきゃ、関係ない人を襲い始めるだろう? でも、今のリザじゃ、どう頑張っても勝てないんだ』

 

 ――『今』のリザ?

 

『リザを『倍化の秘術』で強化しようと思う』

 

 で、できるのか!

 

「おい、重ね掛けは出来ないんじゃなかったのか?」

 

『不可能じゃないんだ。でも、すごく難しくて、失敗する可能性のが高かったから、やらなかっただけ。でも、このメガネの力を借りれば大丈夫だと思う』

 

 

 俺は脳内で試算する。

 リザレディアの能力が倍化すれば、……あと幾つかは条件が必要だが、あるいは。

 

 ――その提案は輝いて見えた。

 

 

「分かった、十分だな! お前は休んでろ!」

 

 

 秘儀のチュートリアルはまだだ。使い方の知らない俺は、途中でコイツに消えられても困る。

 

 俺はジークと入れ替わり、主導権を得た。

 

 爆乳を揺らしながら森を疾走するリザレディア。

 体力の低い俺は今、彼女に手を引かれて走っている。汗ばんだ手を強く握られている。

 

「き、貴様っ! 悪霊か! また現れたのか!」

 

 なぜ分かるんだ?

 

「ちょっと入れ替わっただけだ。なあ、ここから一番近い街道はどっちだ!」

 

「なぜ貴様にそんな事を教え……」「王子の頼みだ! さっさと答えろバカエロフ! 王子が消えちまうだろうが!」

 

「なっ! バカエ……っ! くっ、本当に王子のためなんだな!」

 

 

 俺はリザレディアに教えられた通りに森をひた走る。

 

 絶対に時間を作ってやる。

 

 

 

 

 

 


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