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7章 デヴィルブラック?

 静寂が支配する闇夜。良平の眼前には巨大な門が聳えていた。

『やっと着いたな』

 良平がメイの家を出たのは正宗の電話を切ってから三十分近くが経過してからのことだった。タクシーを捕まえ、急いで正宗の家まで向かったのだが、メイの家を出た時、綺麗な赤紫色をしていた空も今は全てを包み込んでしまうほどの暗闇へと姿を変えるほど時間が経ってしまっている。

「……ダメだ。正宗君、電話に出ないよ」

 良平は耳に電話を当てたまま嘆息する。なんとか鷹峰邸に着いたところまでは良かったのだが、門が開かず中に入れないのだ。正宗に開けてもらおうと電話を掛けたのだが、ずっとコール音だけが聞こえるだけで、正宗が電話に出ることはなかった。携帯を閉じると、ポケットにしまう。

 鷹峰邸の周りには街灯がまったくなく。雲で月が隠れてしまっている今は、本当に真っ暗で薄気味悪く、良平としてはあまり長居はしたくなかった。

『ったく。お前が地下で手間取るからだろうが』

「仕方ないだろ。あんな状態で放っておけないし……」

 地下施設に鳴り響いた警告音は、ロボットの設計図のミスを表すエラー音だった。

おそらくメイが学校に行く前になにかのシミュレーションを始めて、帰って来る頃には終わっている算段だったのだろう。しかし、その結果は失敗に終わった。ダークとしてはそんなことは放っておいてさっさと正宗の元に向かおうと言ったのだが、それを放っておけなかった良平がロボットの設計図を調べ、修復、再シミュレーションを作動させてから出発したのだった。

『チッ。仕方ねぇ。俺に代われ』

 良平はダークが何をしようとしているのかわからなかったが、彼を信用してメガネを外す。


 ダークはメガネを制服の胸ポケットにしまうと拳を堅く握った。

『なっ、ダークまさか!?』

「そのまさかだよ!」

 ダークは拳を振りかぶると、思いっきり鷹峰邸の門へと叩き付けた。すると瞬く間に門へと皹が入り、轟音と共に人が通れるくらいの穴が出来上がった。

「…………」

「最初からこうしてりゃ早いんだよ」

 良平が唖然としている間に、ダークはニヤリと笑ってその穴を潜り門の中に入った。鷹峰邸の敷地内も、外と同じく灯りがなかったが、無駄に広い分、中の方が不気味だとダークには思えた。

「まぁ道なりに行けば、家にも着くだろうから問題ないか」

 ダークはフッと笑うと、急いで正宗のもとへ向かうべくアスファルトを蹴った。


   ▽


 正宗は良平の着信に気が付いてはいたが、それに出ることが出来なかった。

 彼が今いる場所は、正宗自身どこだがわかってない。

 良平と公園で別れたあと正宗が家に帰ってくると、源十郎と響子が知らない女の子を連れているのが目に入ったのだった。

 普段ならそんなことないのだが、遠目に見ても響子の髪の色が白く変わっていることや、下校時に姉に会った後の記憶がないことなど疑問に思うことがあったためか、いつの間にか三人のあとを追っていた。

 そのあとのことは正宗にとって驚きの連続だった。

 長年住んでいたはずの自分の家に隠し通路が存在していたこと。その先に見たこともないような研究施設があったこと。二人が連れていた女の子が、今日学校に赴任してきた戸鳴メイという先生だったこと。驚きのあまり何度か声を上げそうになったが必死に堪えた。幸い、隠れる場所はたくさんあって見つかることはなかったので助かった。

 メイをとある一室に招き入れたところで響子をその場に残して源十郎はその場を去って行った。姉にならバレたとしても大丈夫だろうと近づき話しかけたのだが、人形のようにまったく反応を示してくれないことに気が動転して、良平に電話をしたのだった。

 しかし、その直後に父親が戻ってきたので、慌ててメイが入っていった部屋に隠れたのだ。

「あなたは確か……」

 正宗が入った部屋は十畳くらいの大きさの部屋に色々な研究道具が設置されている一室だった。中央に置いてあった理科室にありそうな机に立っていたメイが険しい表情で正宗を見た。

「あ……えっと。た、鷹峰正宗と言います」

 どうしようか迷った挙句、正宗は自己紹介をして深く頭を下げた。それを見たメイは唖然としたようにキョトンとした。

「はぁ……」

「す、すいません。父に僕がいることがバレたくないので、か、匿ってもらうこと……できませんでしょうか」

 正宗は頭を下げたまま、恐る恐るメイに訊ねる。それから特に返答がなかったので、ゆっくりとメイの方を見てみると、メイはニコッと笑っていた。

「……なんかよくわかんないけど、焦ってるみたいだね。良いよ。こっちに来て」

「あ、ありがとうございます」

 正宗はもう一度頭を下げるとメイに誘導され、彼女が立っていた研究机の下に隠れさせてもらうことにしたのだった。その直後に扉が開く音が聞こえ、間に合って良かったとホッと胸を撫で下ろした。

 しかし、部屋に入ってきた父親と新任の先生が話している内容は、かなり高度なことなのか、正宗にはよくわからなかった。そんな時に良平から着信があった。尾行すると決めた時に携帯をサイレントモードにしていたおかげで二人には気付かれずに済んだが、その電話に出ることが出来るわけがなかった。

 しばらくして二人の会話が終わると、再びと扉が開く音が聞こえた。

「もう大丈夫だよ~。でも君のお父さんいつ来るかわからないから、しばらくそこに居たら良いかもね」

 メイは源十郎のことを警戒してなのか、立ったままで正宗に話しかけてきた。

「あ、はい。ありがとうございます。それとすいません。ちょっと電話しても良いですか?」

「え? あ、うん。別に良いけど」

 メイは多少疑問に思っているような素振りは見せたが、快く了承してくれた。正宗はメイにお礼を言うと、すぐに良平に電話を掛けた。数回コール音が流れたあと、ガチャンという音を立てて相手の電話と繋がった。

『正宗。てめぇ、自分から来るようにお願いしといて俺からの電話に出ないとか、どういう了見だ』

「すみません、櫻井さん。ちょっと事情がありまして……」

『まぁ、なんだって良いよ。今、お前の家の敷地内なんだが、お前は今どの辺にいんだよ』

 良平はかなり急いでいるのか、正宗の話を遮って本題に入ってきた。彼の声の他に風の音が電話の向こうから聞こえてくる。正宗は良平が走っているものと判断して、すぐに説明に入った。正宗は相変わらず自分のいる場所がわからなかったが、辿って来た道を思い出しながら事細かに良平へ伝える。

『わ~った。じゃあ、わかんなくなったらまた電話する』

「はい。お願いしま……す」

 正宗が最後まで言う前に良平は電話を切った。かなりぶっきらぼうな態度だったが、良平が

来てくれた。それだけで不安だった心が治まった。

「ねぇ。今、櫻井さんって言わなかった!?」

 安心していた正宗の虚を突くように急にしゃがみこんでくるメイ。正宗は驚いて机に頭をぶつけた。

「痛ぁ。……はい。言いましたけど」

 正宗は涙目になり、頭を擦りながらメイに答える。

「櫻井さんってもしかしてりょ~……櫻井良平のことかな?」

「そうです。もしかして知り合いなんですか?」

 メイは正宗の話を聞いて、少し不思議そうな表情を見せた。

「え? うん。そりゃ~幼馴染だからね」

「そうなんですか!? それは凄い!」

 まさか新しく来た先生が、良平の幼馴染だとは思っていなかったので、正宗の急にテンションが上がる。自分のことを二度も救ってくれた正義の味方的存在の良平と、父親が自宅に連れてくるほどの実力を持ったメイがそんな関係にあることが、正宗には奇跡のことのように思えて仕方なかった。

「ってそんなことはどうでもいいのよ。その櫻井良平がどうしたの?」

 目をキラキラと輝かせている正宗を唖然とした表情で見ていたメイだったが、すぐに思い出したかのように真面目な顔で訊いて来たので、正宗はこれまでのことを包み隠さず全て話した。

「……そう。りょ~ちゃん生きてたんだ」

 正宗が話し終えると、メイは凄く嬉しいような、安心したようなそんな表情を見せ、正宗はそのメイの顔に思わずドキッとしてしまった。

 だが、次の瞬間には彼女の表情が悲しそうな顔に変わってしまった。正宗はそれがなぜなのかわからなかったが、理由を訊くことも出来ず、ただ見ていることしか出来なかった


   ▽


 一度中に入ったことがあったので、なんとなくだが豪邸の造りを知っていた良平の案内で、正宗の説明どおりにダークは鷹峰邸の中を駆ける。所々でお手伝いさんに出会ったが、相手も良平が正宗の友達だと認識してくれているようで、良平を止めるようなこともなかった。そして正宗の言うとおり行き止まりへと辿り着いた。

「ここか……」

『確か正宗君の話だと、右側の絵を右に回すと隠し扉が開くとか言ってたよね』

 ダークはそれを聞くと右の壁を見て、眉を顰める。

「……で、あいつの言ってる絵ってどれのことだ?」

 ダークの目の前には豪華な額縁に入った絵画がいくつも飾ってあったのだ。

『ごめん。それは僕にもわからないよ。もう一回正宗君に電話するしかないね』

「たりぃ。そんなことしてる余裕はねぇだろ」

 ダークは舌打ちすると壁に近づき、目の前の絵に手を触れた。

「めんどくせぇが、片っ端から右に回してった方が早いだろ」

「え……」

 ダークはそう言って手にした絵を無理やり回す。すると、固定する物がなくなったからなのか、ダークが手を離した瞬間、地面へと吸い込まれるように落ちて豪華な額縁が欠けた。

『ど、どうすんだよ。絶対高いってこれ!』

「知らねぇよそんなの。俺のもんじゃねぇし」

 ダークは悪びれる様子もなく、今度は隣の絵画に手を触れ同じようにする。しかし、その絵画もはずれで、今度は絵を覆っていたガラスが砕ける。

 結局、隠し扉が開いた時、壁に残された絵画は二枚しか残っていなかった。ダークの背後には無残な惨状が廊下を支配している。

『あとで正宗君に謝らなきゃ……』

 深く嘆息する良平を気にする様子もなく、ダークは開いた隠し扉の奥にあった階段を駆け下りる。次に待っていたのは学校の体育館を思わせるような巨大な部屋だった。

「なんだ? この部屋は」

 ダークは全体を見渡してみたが、特に物が置いてあるわけでもなく、ただの空きスペースにしか見えない。ダークはキョロキョロしながら部屋の中央辺りまで進んで足を止めた。

「やっぱりあの正面にあるやつ以外に道はなさそうだよな」

 部屋の中は白一色で、他の色はまったく無い。天井のライトのせいで更に際立っていて、一見したら部屋の形もわからないほどだった。その中で唯一他と違うところが正面にある黒いラインで区切られた長方形の部分だった。

『そうだね。正宗君もそんなこと言ってたし、あれで合ってると思うよ』

 良平の同意を得て、よし! と前に一歩足を踏み出した瞬間、向かおうとしていた先の扉が勝手に開いた。仮に自動ドアだとしてもダークの姿を感知するのが早すぎる。となると可能性は一つしかない。ダークはいつでも戦えるように開いた扉の奥を強く睨み付け、身構える。

 ダークの予想どおり、扉の向こうから一人の男が現れた。

 程よく整った顔のどこにでもいそうな青年だ。絞まった肉体を見せたいからなのか上半身は裸で、下は所々破れたジーンズを穿いている。だが一番目を引くのはそのどれでもなく、重力に逆らうかのように逆立った短い赤髪だ。

 しかし、ダークとは違い、その青年の方はダークのことにまったく気が付いていなかった。大きな欠伸をしながら片手で顎を掻くという緊張感に欠ける仕草で部屋に入ってきたのだ。

「ん?」

 青年は部屋に入って何歩か歩いてから、やっと部屋の中央に立つダークに気が付いた。

「お前、誰?」

 眠そうな声で青年はダークに訊ねて来た。ダークは青年の態度にある意味度肝を抜かれて呆然としていた。

「何? もしかして侵入者とかいうやつ?」

 青年の表情が少し嬉しそうなモノに変わる。良平は少し嫌な予感がした。しかしダークの方はまだ現実に戻ってこれていないのか、その問いにも答えなかった。

「答えないってことは…………肯定ってことだよな」

 青年はニヤリと笑う。明らかに友好的な笑みではない。猟奇的な殺気を含んだ微笑だ。その笑みを向けられ、鳥肌が立ったダークはやっと我に返った。

『ダーク。あいつ絶対普通じゃないよ』

「……だろうな」

 あんな笑い方をする男が普通なわけがない。十六年間生きてきてはじめて見る表情だと言っても過言ではない。

「侵入者ってことは、殺してOKってことだよな~確か」

 青年は徐にジーンズのポケットに手を突っ込むと緑色をした一粒の錠剤を取り出す。色こそ違うが、その形はダークたちにも見覚えがあった。

『キールだ!』

 良平が叫んだ瞬間、ダークは床を思いっきり蹴り上げて青年に駆け寄る。しかし、青年は慌てる素振りも見せずにその薬を口に投げ込み飲み込んだ。

 ダークは走りながら舌を打つ。彼が飲んだキールがどんな能力を持っているのかダークたちにはわからない。しかし、ここ数日の経験からどんなキールにしてもとんでもない力を持っていることは知っている。だから青年が薬を飲み込む前に倒そうと思ったのだが、行動が遅すぎた。

「だが、俺の拳が当たればそれで終わる!」

 ダークはそれでも足を止めることはなく、逆に力を加えて加速すると相手の懐に飛び込み、青年の顎目掛けて拳を振るう。ところが次の瞬間、青年の身体に変化が現れる。その変化に対して本能的に危険を察知したダークは、寸でのところで攻撃を無理やり止め、青年から距離を取った。

「クックックッ。な~んだ。止めちゃうのか。あのまま殴ってくれても良かったのに」

「…………」

 青年は楽しそうに笑う。しかし、ダークは彼の身体に驚きと右手の苦痛で何も言い返せなかった。

 青年の肌が急激に赤銅色へと変わり、なぜか彼の周辺の空間だけ歪むのが目に見えてわかる。まるで高温の炎を包む大気のようにダークには思えた。そしてその考察は間違ってはないことを、青年を殴ろうとした拳が物語る。殴ろうとはしたが相手に触れたわけではない。それにも関わらず、手の皮膚が焼け爛れほど重度の火傷を負っていて、激痛が走っているのだ。

『あいつなんなんだ』

 触れていない状況でこれなのだから、もしあのまま触れていたらと考えると良平は少しゾッとした。

「どうした? そっちが攻撃してこないなら俺の方からいくぜ?」

 青年は両手を広げ、身体を少し反りながら高らかに笑う。刹那、青年の周辺に人の頭ほどの大きさをした火の玉がいくつも出現。一つ一つが意思を持ったかのように別々にダークに襲い掛かる。

「くっ……」

 もちろん全てが炎で出来ている物を素手で打ち払うことが出来るわけもなく、全部躱すしか方法はない。ダークは火の玉の軌道を予測しつつ、ギリギリで回避していく。時々、髪を掠めているせいか、多少の暑さと特有の焦げ臭さもするが、そんなことに気を取られている時間はない。上下前後左右から不規則に襲い掛かってくる火の玉を躱すだけで精一杯なのだ。

 ――クソッ! どうすりゃいいんだ。あいつの大気に触れただけでこのダメージだと触れた瞬間、身体が発火してもおかしくねぇ。だが、かといって攻撃を躱わしているだけじゃ勝つことも出来ねぇ。

 状況を打破する方法が思い浮かばず苛立ちだけが増す。そんなダークを嘲笑うかのように右手の火傷が疼く。

『……炎。炎の力。もしかしてあれが前にメイが言ってたキールCなのかな』

「てめぇ。中にいるからってお気楽に考えてんじゃねぇぞ。俺が焼け焦げたら、お前も死ぬんだからな!」

 危機感を感じられない良平にダークは舌を打った。

「そんなのはわかってるよ。だから僕だって必死に考えてるんだ。もし仮にあの力がキールCの力だと仮定したとすれば、なんとかなるかもしれないよ」

 ダークには良平が何を考えているのかわからなかったが、どれだけ自分の思考をフル回転させても打開策など思いつきそうにないので、胸ポケットからメガネを取り出し、掛ける。


 良平はすぐに動くの止めた。というよりもダークのように身体を動かすことなど自分には出来ないのだ。自分がやれることなど一つしかない。

「あれ? もう諦めちゃったの?」

 目の前の青年は、少し残念そうに嘆息する。しかし、ダークを襲っていた火球たちは止まった標的に向け一斉に襲い掛かる。

 着弾、そして爆発と轟音。

 白い爆煙が大きな部屋の一角に広がる。普通に考えたら生きていられるわけがないほどの爆発だ。

「別に諦めてなんていないよ」

 しかし、良平は生きていた……というよりも無傷だった。一切のダメージを受けていない。煙が消え、良平の姿を見たからか、目の前の青年は目を見開いて驚いていた。

 良平はダークと入れ替わった瞬間に身体を水に変えたのだ。着弾の瞬間に出た白い爆煙は全て炎と水が接触した時に発生した水蒸気だった。

『ヒュ~。考えたな。確かにそれならあいつの力は無力化したも同然だぜ。……ん? でもお前、人を殴ったことなんてないよな? こっからどうするつもりだ』

 ――もちろん殴ったりなんてしないよ。でも攻撃の方法はそれだけじゃない。相手が炎なら対処の仕方はそれこそ数多くあるよ。

 良平はフッと笑う。それはダークの言葉に対しての行為だったが、対面していた青年はそんなことを思うわけもなく、自分への嘲笑だと受け取ったようで激怒した。

「てめぇ~。人のこと笑ってんじゃねぇぞ!」

 自分は散々、逃げ惑うダークのことを笑っていたのに、それは棚上げなのかと良平は思い、困ったように頬を掻いた。

「ごめん。でも僕も遊んでる場合じゃないんだ」

 良平は身体を水から元に戻すと、右腕を相手に向けて掌を開いた。身体を戻すついでに右手の火傷も治したので、いつもと変わらない手。だが、良平が意識を集中した刹那、急激に大きくなった掌が青年に襲い掛かる。

 相手の青年は、焦ったようにたくさんの火球を出現させ、自分に迫り来る掌に向けて放つ。しかし、その全ての火の玉は良平の掌を火傷させることすら出来ずに消滅した。

 そして瞬く間に良平の掌は青年を包み込む。

『……お前、一体何やってんだ?』

「メイのロボットシミュレーション直してきて正解だったよ。あれのおかげであのロボットの装甲に使われている耐熱加工された鉄の構造までわかった。それを応用して彼を包んでみたんだ。見た感じ、あの人、常に立っているだけで周りの酸素を消費してそうな感じだったでしょ? だからこのまま窒息させようと思って」

 良平は歩いて相手を包んだ掌だった物に近づくと、更にそれに新しい意識を加える。瞬間、良平の目の前部分だけがガラスのように変わり、中にいる青年の姿が見えた。

 青年も良平の姿に気が付いたのか、そのガラス部分に向けて両手から炎を放つ。しかし、その炎はガラスに阻まれ、良平は熱くもなんともない。

『お前、意外とえげつないな……』

 窒息ということは相手に長時間苦痛を与えるということで、相手にとっては殴って一瞬でけりをつけるダークのやり方よりも遥かにきついはずだ。

「そんなことないよ。ベストなタイミングで止めれば、相手に後遺症も残らないし、僕も殴るようなことをしなくても良いんだもん。断然、平和的だよ」

 二人がそんな会話をしていると、掌に包まれている青年にも変化が訪れた。中の酸素が無くなったからなのか炎を出そうとしても上手くいかず、青年の方も肩で息をしていてかなり苦しそうだ。そして次の瞬間、彼は白目をむいて倒れた。

 良平はそれを確認して、手を元に戻す。それでも青年は倒れたままなので演技ということはなさそうだった。相手の男が気絶したからなのか、肌の色も元に戻っているようだったので、触って脈を確かめると死んでもいないことがわかる。

「ふ~。上手くいって良かった」

『だな。じゃあ先を急ごうぜ』

 自分が気絶さえた相手だとはいえ、やはり良い気分はしなかった。だが、今はそれよりもメイと響子のことを優先しなければならない。良平はダークに肯定を返すとすぐに立ち上がった。しかし、次の瞬間、良平はまだその部屋を出ることが出来なくなった。

 良平の耳にパチパチという拍手のような音が聞こえる。何事かと音の方を見ると、先に進もうとしていた扉の前に見覚えのある二人の人物が立っていた。一人は手を叩きながら良平に向かって微笑みかけている。

「いやいや。面白い戦い方だったよ。なんだったか……」

「櫻井良平君です。お父様」

「そう櫻井君。まさか君もキールの能力者だとは思わなかったよ。しかも今までに見たことのない力だ。実に素晴らしい。もしかしたらそれがキールXの能力なのかな?」

 その相手は鷹峰源十郎とその娘の響子だった。無表情の響子とは対照的に嬉しそうに笑っている源十郎。その表情は、昨日見た無愛想な男とは別人のようにも思えるほど違った。しかし、良平はそんな源十郎を無視して響子を見つめる。

 キールCの青年との戦いであれだけ激しく轟音を立てれば誰かしらが来るとは思っていたが、まさか探していた二人のうちの一人に出会えるとは思っても見なかった。

 しかし、話は思わぬ方向に進み始める。源十郎が口を開く。

「どうかね櫻井君。その力を我がカンパニーで使ってみるつもりはないかな?」

 良平は耳を疑った。思わず視線を響子から源十郎へと移す。

「言っている意味がわからないという表情だね。それもそうだろう。まだ私たちの会社のことも知らないのに返事が出来るわけもないか……」

「知ってますよ。キールを使っての世界征服ですよね。そんなことに手を貸すわけが無いじゃないですか」

 良平は即座に否定する。メイを騙していたような人間のところで働けるわけがない。

「……なるほど、戸鳴君から話を聞いているのか。だが一つ訂正させてもらうと、私たちがやろうとしていることは世界征服などではない。寧ろ逆で世界平和を目指しているんだ」

「そんなこと信用出来るわけがないです」

「なぜ君はそう思う? 戸鳴君の言うことは信用出来るのに、私の言うことは信用出来ない。戸鳴君が嘘を吐いていて君を騙そうとしている可能性だってあるだよ?」

 良平は源十郎を力強く睨み付けた。

「メイは僕の幼馴染だ。メイのことは良くわかってます」

 源十郎は良平のことをフッと鼻で笑った。

「要するに知らない私の言うことなど信用出来ないというわけか。……君は子供だな。そんなことが通用するのは子供の世界だけだ。大人になればそんなものなんの役にも立たん。持つだけ無駄というものだよ」

 両手を広げ、もっと大人になれと言いたげに源十郎は笑った。

「だいたい戸鳴君は、KBシリーズは守るための力だと言う。だから使用者が精神を壊したり、破壊衝動に駆られたりするような副作用のある物を使えるわけがないと言うんだ。君はこの考え方がおかしいと思わないか? 力というものは誇示するためにあるんだよ。守ったところで争いはなくならん。しかし力で人々を支配し、人々は力に従わせることが出来れば、それでも争いはなくなる」

 良平は源十郎の話がどこかで聞いたことあるような気がした。

『まぁ、確かにそのとおりだな。あのおっさんが言ってることは間違ってない。その方が早いし、合理的だ』

 ダークの言葉で理解する。メイと源十郎の対立は、良平とダークが最初の日にした対立と同じなのだ。

「私も妻が亡くなってね。ずいぶんと色々な輩から利用されそうにもなったし、会社も買収されかけた。まぁ、だからそこで気付くことが出来たのだけどね。

 人間の世界は弱肉強食だ。人の心を壊れようと、どうなろうとそんなことは問題ではないのだよ。人間など所詮使い捨てだ。使えなくなれば別の者を使えば良いだけのこと。私は妻の死からそう学んだ。だから利用するんだよ。それが例え実の娘でもね。実際娘は良くやってくれてるよ。響子のおかげで私は核すら自由に扱えるようになった」

 源十郎は当然のことのように言う。良平はその言葉にカチンときた。良平は今まで本気で怒ったことがない。当然、相手と口論や対立したことはあったし、喧嘩になったこともある。ダークと始めてあった時に口論したのが良い例だ。

 しかし、心の底から相手のことを憎んで怒るという経験をしたことがないのだ。それゆえに今、自分の中にある気持ちがどういうものなのか理解出来なかった。胸の奥が熱を帯びたような錯覚を覚え、無意識に両手を強く握り締め、奥歯を噛み締めた。

『……良平。代われ』

 良平は始めて人を殴っても良いと思った。目の前の男だけは許せない。そしてダークも同じことを思ってくれているような気が彼の声から感じ、言われたようにメガネを外した。


 ダークは胸ポケットにメガネをしまうと、深く嘆息して源十郎を鋭く睨んだ。その瞬間、ダークの殺気を察したのか響子は、薬を一粒服用すると源十郎の前に立つ。

 ダークはそんな響子を一瞥したが、すぐに源十郎に戻す。

「……ってことは、簡単に言えばその女も使い捨てってことだよな?」

 源十郎は良平の態度が急に変わったことに驚いたのか、少し眼を見開いたが、すぐに嘲笑うような表情に戻る。

「だからそう言っただろ。そんなことは当然だ。肉親がなんだというんだね。そんなこと関係ないだろ。なぜかは知らんが娘は私に良く尽くしてくれる。それを利用せずに何を利用しろというのだ」

 ダークはそれを聞いて満足したように首を縦に何度も振った。

「なるほどな。……正直な話をすれば、俺の根底にある考え方は同意するわ」

『ダーク!』

 良平はダークの言葉に驚愕した。そして源十郎も同じように驚いている。

「ほう。それは嬉しいね。てっきりさっきまでの反応だと反対するものだとばかり思っていたよ。では仲間になって……」

「だがな。最後のは聞き捨てならねぇな。自分の娘まで使い捨てだと? あんたの娘が何を考えてなんのためにあんたに尽くしてたと思ってんだ!」

 ダークはため息を吐くと、息を大きく吸い込んで怒鳴った。

「あんたが奥さんに先に死なれて、自暴自棄になってっからその奥さんの代わりになろうと頑張ってたんじゃねぇか。そんなことまでして健気に努力してる娘に対して使い捨てだ!? 見てみろよ。髪が真っ白になって心がイカレてきてんのに、あんたの言うことだけにはきちんと答えてるし、あんたの身の危険を感じれば無意識に戦闘体勢にまで入ってんだぞ! それでもまだ使い捨ての道具扱いか! 調子に乗るのも大概にしとけよ。このクズ野郎」

 一気に捲くし立てる。ダークはあまりに強く手を握ってしまったせいか、爪が掌に食い込む。

「……だからどうした。それこそ家庭の問題だ。あかの他人の君にそんなこと言われる筋合いは毛頭ない。自分の娘をどう使おうと親の勝手だろう」

 しかし、源十郎はムッとした表情で考えを変えることはないと吐き捨てる。

「響子。どうやらいつまで話しても彼にはわかってもらえないようだ。もう良いから始末してしまいなさい。どっちの言ってることが正義なのか彼に教えてあげるんだ」

「……はい。お父様」

 響子はまた源十郎に命令されると、ダークの目の前まで歩いた。

『ダーク……』

 ――あんだよ。まだなんか文句あんのか?

『いや、さっきの感動した。僕は君のことを勘違いしてたみたいだ』

 良平は本当にそう思った。まさかダークの口からあんなことを言われるとは思っても見なかったのだ。

「気持ち悪ぃな」

 ダークはそう言って鼻で笑った。刹那、響子の回し蹴りが死角から迫り来る。しかしダークは慌てることなくその攻撃を躱すとバック転しながら響子から距離を取った。

『今はもう君のやることに文句は言わない。だけど……』

「わかってるよ。あの女も助けてやれってんだろ。その代わり、お前の力も貸せよな。今ならやれそうな気がすんだ」

 ダークはなんとなく良平が言おうとしていることがわかった。良平も同じようにダークのしようとしていることがわかり、それに合意する。だが、そんなことは知らない……というよりも目の前の敵を倒すように言われそれしか考えていない響子は、どこからともなく手術に使用するメスを取り出すとダーク目掛けて投げてくる。

『身体を鋼鉄に……』

 良平がそう言うと、いつもなら飛んでくる刃物など躱すところなのだが、ダークはあえてその場で微動だにしなかった。ところが、メスの刃はダークの身体に刺さることはなく、肌に弾かれ地面に落ち、乾いた音を立てた。

「いけるな」

 ダークは自分たちの思惑が成功したことにニヤリと口角を上げる。

『ダーク。君の意思と僕の力をリンクさせる。イメージしてくれ最強の自分を』

「最強の自分……最強の姿……」

 ダークは良平の言葉で、ふと瞳を閉じると脳裏に浮かぶ一つの姿。

「おい。クソ親父。てめぇに一つ言っといてやる。てめぇみたいな娘も娘と思わないようなやつが正義なんだったら、俺は悪にでもなんにでもなってやる」

 決意と共にダークは目を見開く。刹那、ダークの……良平の身体が一気に変化し、ダークの思い描くイメージが身体を包み込んだ。

「なっ……なんなんだそのキールは!?」

 精神の壊れかけている響子はダークの姿に眉一つ動かさなかったが、二人から離れた位置に立っていた源十郎は、変わった良平の姿に驚きの色を隠せず、その存在と戦おうという娘を置き去りにして部屋から逃げて行った。


   ▽


 ダークと響子が今にも激突しようという時より少し前、そんなことは知らない正宗は一瞬部屋が揺れたことを疑問に思っていた。

「さっきの一体なんだったんでしょうね?」

 机の下に隠れたまま、正宗はメイに訊ねる。

「ん? まぁ揺れの感じから見たら爆発って考えるのが妥当でしょうけど、それにしては施設内が静か過ぎるから、それに付随した違うものって考えた方が良いでしょうね」

 メイは自分の見解と周りとの状況を照らし合わせて冷静な分析をする。正宗からしてみたら高校の先生がそんな分析が出来ることの方が驚きで、メイが今何をやっているのかが気になって机の下から外に出た。ところが、メイは何をするわけでもなくボーっと何も乗っていない机の上を眺めているだけだった。

「も、もしかしたら櫻井さん助けに来たのかもしれないですよ!」

 ビクッと跳ねるメイの身体。櫻井という言葉に反応したのは正宗から見ても明確だった。

「……ってことはりょ~ちゃんが争いに巻き込まれてるってこと!?」

 メイは急に慌てたように部屋の中をうろうろと歩き出す。そんなメイの態度に少し驚きながらも外の確認をしようと部屋の扉を開ける。すると目の前に立っていたはずの姉の姿がなかった。

「あ、戸鳴先生。姉さんの姿が見当たらないので今なら逃げられるかもですよ?」

 正宗の言葉にメイは超人的な反応を見せた。正宗に習って廊下に顔を出し、見張りが誰もいないことを自分でも確認して部屋を出る。

「……確か、出口ってこっちよね」

 メイは自分が連れてこられた方を見て正宗に訊ねる。正宗もそれに首肯した。

「待ってて、りょ~ちゃん。今から行くから」

 正宗の存在すら忘れているようで、彼のことを気にせずにメイは来た道を走った。置いていかれると思った正宗も急いでそのあとを追った。


   ▽


『この姿は……』

 鋼鉄をも超えるような強度を誇る漆黒の外装が、ダークの頭の先から爪先まで全てを覆う。目は赤く輝き、肩や爪は悪魔のように鋭利に伸び、頭の先にも角のような物が生えていた。

「そうデヴィルブラックだ。俺のイメージする最強の姿。この身体で一気に終わらせる。逃げたあの野郎も一発殴らねぇと気がすまねぇし、メイのこともある。一気に片付けるぞ」

 ダークが変身した姿は、多少オリジナルとは違う箇所もあったが、ほとんどが正宗から見せてもらった特撮ヒーローの姿だった。だがその姿の力は凄まじく、ダークが全力で拳を握っても身体が軋むことはない。それは彼が最大戦力を持ってして戦うことが出来るという証だった。

 それを確認したダークは鋭く赤い眼差しを響子に向ける。彼女の方はダークの姿に驚いているような様子は一切なかったが、何か思うことがあったのかポケットからキールを取り出すといくつかを一気に飲み込んでいた。

「てめぇもてめぇだ。父親の為だからって自分の人格まで捨てるこたぁねぇんだよ! 自分の意見をはっきり言って相手の本音も聴いて納得するまで話し合うのが親子だろうが!」

 ダークは言うが同時に大地を蹴る。その瞬間、あまりの脚力に部屋の地面が陥没する。そんな力で駆けただから、その速さも尋常ではなかった。だが、薬の力を使っているのはダークだけではない。その驚異的なスピードに臆することなく響子も地面を蹴る。

 互いのほぼ中間辺りでダークと響子の振るった拳がぶつかった。譲ることなく拮抗する互いの力。刹那、響子が一瞬力を抜くとその瞬間にダークの体勢が崩れる。響子は隙だらけのダークの横面に身体を反転させた裏拳を打ち込む。しかし、特殊外装を装着しているダークにはそんな攻撃はほどんと効いていない。

「ったく。女にしとくのは勿体無い力だぜ」

 ダークはフッと笑うと、殴りつけていた響子の腕を握りそのまま投げ飛ばす。だが、響子は宙で身体を翻すと、垂直な壁に着地してすぐさまダーク目掛けて跳ぶ。そのままの勢いでダークへ拳を振るった。ダークもそれに迎え撃とうとしたが、あることに気が付き、その響子の拳を受け止める。

『鷹峰先輩、傷だらけだ……』

 良平は響子を見て唖然とした。彼女の手の甲は所々皮が剥がれて血が滲んでいる。良く見れば手の甲だけではない。半袖の制服から出ている腕や足には青く腫れているところもあるし、公園でダークが蹴った顔の鼻もそのまま。無残な姿だった。

『ダーク。頼むよ。もう鷹峰先輩を傷つけないでくれ……』

「…………」

 悲しそうな声を上げる良平にダークは何も答えなかった。

 ダークはそのまま響子の身体を押し倒すと頭上で彼女の両手を片手で押さえつけ、響子の上に馬乗りになった。なんとか逃げようと響子は身じろぎを繰り返すが、完全な力を解放したダークの力にはたくさんキールAを服用したとはいえ、女性の力で勝つことは不可能だった。

「暴れるんじゃねぇ。どうするつもりもねぇよ。ただな……」

 ダークはズボンのポケットだったところだけ元の制服に戻すと中から薬剤ケースを取り出した。

「あんたはキールの副作用なんかに毒されてちゃダメだ。真っ当に生きろ!」

 メイが良平の為に作った薬だったが、良平には飲む気がなく、ダークはキールの効力を打ち消せるのなら響子にも効くんじゃないかと思ったのだ。

 ダークは片手でなんとかケースから薬を取り出すと響子の口に入れようとする。しかし、精神が壊れかかっていても本能が嫌がっているのか、響子は首を振り薬を口に入れようとしない。そこでダークの中の何かが切れた。

「あーーー!」

 ダークは自分の頭部の口元だけ元に戻すと、メイの作った薬を口に放り込み、そのまま身体を傾けると響子の唇を無理やり奪った。

『お前! なにやってんだよ!』

 驚いたのは良平だった。一瞬、まさかとは思ったが、良平が止めるよりもダークの行動の方が遥かに早かった。

 響子の方も精神が欠落し始めているとはいえ、ダークの行動には驚いたのか目を見開きつつ、口移しで口内に入ってきた薬を飲み込んでしまう。ダークは感覚でそれを確認すると響子から口を離した。

「別にいいじゃねぇか。身体はお前のもんでもあるんだからよ」

『そ、それはそうだけど……』

 ダークは響子の上から退くが、響子の方は薬が効いているのか、驚いているだけなのか目を見開いたまま、まったく微動だにしなかった。

「デデデ、デヴィルブラックが姉さんを襲った!?」

 ダークはその声に釣られて見ると、扉の前に正宗が立っていた。ダークの姿を見て驚愕している上に、さっきの行動を見ていたからなのか信じられないような表情をしていた。確かに何も知らない人間が見れば、女性を強姦しているようにしか見えないかもしれない。

「お、正宗。良い所に来たな」

 ダークは「よっ!」っと正宗に手を上げて挨拶した。

「え! デヴィルブラックは僕のこと知ってるの!?」

 驚いているのか感激しているのかよくわからない態度で正宗はダークに駆け寄ってくる。

 ――なんだ? こいつもしかして俺が本物のデヴィルブラックだと思ってんのか?

 それならとダークはフッと笑った。

「あ~知ってるぜ。櫻井良平に頼まれたからお前とお前の姉さんを助けに来た」

「ほ、本当に!? 櫻井さんデヴィルブラックとも知り合いのか~。本当に桜井さんは凄いな~」

 目を輝かせる正宗。彼はまた良平のことを尊敬したようだ。

「あれ? でもさっき姉さんのことを襲ってたような……」

「違う。助けようとしてただけだ。今は気が動転しているようだが、きっとすぐに元の彼女に戻るはずだ……たぶんな」

 薬が響子にも効くとも限らないので、最後は適当に濁す。しかし、それでも正宗は信じたようでかなりテンションが上がっている。

「正宗。一つ訊きたいことがあんだが、戸鳴メイっていう、こんくらいの女見なかったか?」

 ダークは手でメイの身長を表現しながら訊く。響子や源十郎と同じ扉の方から来た正宗なら何か知っている可能性もあると思ったからだ。そしてその考えは当たっていた。

「あ! そうです。戸鳴先生がここに来る途中で父さんに捕まってなんか「人質だ」とか言って連れて行かれちゃったんですよ!」

 ダークは激しく舌を打つ。

「ったくあの女は。大人しく待ってればいいものを。――わかった。正宗はここで姉貴のことを見ててくれ、あいつは俺が助けに行く」

「はい!」

 正宗は自分の大好きなヒーローの頼みごとだからなのか、今までで一番良い返事で答えた。

『早くメイを助けに行ってよ!』

 仕方がなかったとわかっていながらも、まだダークが響子とキスしたことを根に持っているのか、良平は機嫌悪そうにダークへ発破をかける。

 ダークはそんな良平に苦笑しながら源十郎を負うべく駆けた。


   ▽


 源十郎は苦しそうに肩で息をしながら目の前にあるコンピューターのキーボードを叩いた。

「もう諦めたらどうなのよ!」

 源十郎の後ろで両手と両足を手錠で拘束されたメイが源十郎へ言葉を投げかける。手錠のせいで身動きが取れない上に、メイとしては今の状況がほとんど良くわからなかったのだが、源十郎の必死な態度を見ると、事態は好転しているように思えたのだ。

「うるさい。お前たちのような子供に一体何がわかるというのだ。私の……大人の苦しみも知らないくせに」

 本当に焦っているのか源十郎はメイの方すら見ずに作業を続けた。地面に寝かされているメイには源十郎が何をしようしているのか検討が付かなかったが、何か嫌な予感だけがしていた。

 そんな時、源十郎の背後にあった部屋の扉が吹き飛んだ。

「ふ~やっと見つけたぜ。メイ助けに来たぞ」

 全身真っ黒な装甲に包まれた異質な人型が自分の名前を呼んだ。

「はぁ?」

 声を聞く限りでは男のようではあったが、メイにはそんな禍々しい格好をした知り合いは一人もいない。自分は変な夢でも見ているのではないかと頭を悩ませた。

 しかし、源十郎はその人型の正体を知っているのか、慌てたようにメイを無理やり抱き起こすと、懐に入れていた拳銃をメイのこめかみに当てた。

「く、来るな。来たらこの女は殺すぞ!」

 メイは源十郎が明らかにおかしくなっていることに気が付いた。この家に連れてこられた時の威厳や余裕。全てが無くなっていた。

「……待てよ。それじゃただの強盗か立て篭もり犯じゃねぇか。さっきの威勢はどうしたんだよ」

 男は、余裕の態度で一歩、また一歩と源十郎に近づく。

「来るなと言っているだろ!」

 源十郎は気が動転しているのか、銃口を向けていたメイではなく、男に発砲。その爆音にメイは目を瞑った。再び目を開けると、弾が当たったのか異様な男の頭が少し後方へずれたように見受けられたが、彼は首を左右に振ってゴキゴキ鳴らしながら元の位置に戻した。

「効かねぇよ、そんなの。生身の人間じゃねぇんだぞ!」

 そう男に怒鳴られた瞬間、脅えたように拳銃を手から離して落とした。

「わ、わ、わかった。櫻井君。取引をしよう。この女は君に返すから。私の身の安全は保証してくれ。頼む」

 そう言って源十郎は、彼が肯定する前にメイの身体をドンッと押した。両足も手錠で拘束されているメイは身動きが出来ずそのまま転びそうになったが、漆黒の男がそれを支えてくれた。

「あ、ありがとう。……って櫻井? 貴方もしかしてりょ~ちゃん。というか喋り方的にダーク!?」

「あ!? 今気が付いたのかよ。他にお前を助けに来る奴がどこにいんだよ」

 ダークはメイが自分のことを今まで誰だかわからなかったことに落胆の色を隠せないようすだった。

「まぁ、この格好なら仕方ねぇか……」

「さ、さぁ女は渡したんだからさっさと帰れ!」

 源十郎はまだ脅えたままでダークへと言葉を吐き捨てる。ダークの方はメイの両手両足に填っていた手錠を軽々と破壊すると、ゆっくり立ち上がり、その鋭い双眸で源十郎を睨み付けた。

「つか、誰もそんな取引に応じてねぇし。俺はお前のことを殴らねぇと気が済まねぇんだよ!」

 ダークは両手の指をボキボキと鳴らしながら源十郎に近づくと、拳を思いっきり握り締めた。

「ま、待って……」

 源十郎が言葉を言い終える前にダークの拳が彼の顔面に深くめり込み、鈍い音と共に源十郎は後ろにあったコンピューターに倒れこんだ。その後、源十郎は気絶してしまったのかピクリとも動かない。

 しかし、次の瞬間、部屋の灯りが真っ赤になり、激しいエマージェンシー音が部屋中に鳴り響く。

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