第22話
迷宮で遭遇した地殻変動という非常事態。生き延びるために協力しようと訴える一紗を、和は「この期に及んで素人の演技してる人間なんて信用できない」と拒絶した。
その弾劾に一紗は怒ることも誤魔化すこともせずニヤリと笑う。
「──どうして分かったの?」
実際に小鳥遊一紗の嘘を見抜いたのは和ではなく楓だった。動画配信者として活動する予定の新人シーカーであると名乗った一紗。しかし楓のギフト「ステータス閲覧」は見ただけで対象の適応度合いをある程度把握することができる。一紗が自分たちより遥かに格上のシーカーであることを一目見て見抜いていた楓は、初見から彼女のことを警戒していた。
動画配信のために新人を装うだけならまだ理解できた。だがこの非常事態においてもその演技を続け、ぬけぬけと協力しようなどと言う人間を信じられる筈がない。和はそうした事情をぼかして答えた。
「嘘吐きの顔は見ればわかるんです」
「ふぅ~ん?」
一紗は見透かしたような目でニンマリと唇を吊り上げる。そして非好意的な和の反応を気にすることなく続けた。
「でもでも二層で活動してた和ちゃんがこんな場所にたった一人で放り出されたら危ないでしょう? 例えアタシが信用できなくたって、そこは目を瞑って一緒に行動するのが賢い判断だと思うな~。──それとも和ちゃんにも何か隠し玉があったりするのかな?」
そこで彼女は和の足元のメイスを指さして言った。
「例えばその重たそうなメイス、病弱なヒーラーの和ちゃんには似合わないと思うんだけど?」
追及に和の顔が歪む。
「……ウチのパーティーは前衛が薄いので。貴女みたいな面倒な人に絡まれないようにハッタリの為に持ち歩いてただけです」
「ほっほ~う。真っ先にそのメイスを拾いに行くなんてこの非常事態にまでそのハッタリを貫こうとしてたんだ~。律儀だね~」
先ほどの和の拒絶理由を当て擦るような一紗の言葉に、和は落ち着いて言い返した。
「持ち運ぶのが癖になっていただけで他意はありません。それに全く使えないわけじゃありませんから」
一紗はその言葉に冷笑を浮かべた。そして早く何処かに行けと睨みつける和を無視して、その問いを発した。
「ねぇ、和ちゃん。ひょっとして貴女、何か他人には言えない秘密とか抱えてるんじゃない? 例えばそう──竜、にまつわる何かとか」
「────」
唐突な質問に和の心臓が大きく脈打つ。それでも和は驚愕を押し殺し表向き平静を維持した。
──どうしてここで竜なんて単語が出てくるの? もしどこかでタマちゃんが戦っているところを見られていたんだとしても、そこから竜を連想するのは不可能な筈……
タマのことを伝えたのは円と楓の二人だけ。円は勿論、楓が情報を漏らした可能性を和は一切疑っていなかった。
──可能性として考えられるとすれば楓さんと同種のギフト保持者。それがタマちゃんに興味を持って探りを入れてきたとか? 仮にそうだとしたら協力プレイを申し出てきたのは私たちが追い込まれてタマちゃんの力を借りないといけない状況を作る為──ううん。いくらなんでもこの状況は出来過ぎてる。予め今日このタイミングで地殻変動が起きると分かってたなんていうのでもない限りそれは……
一紗の狙いが分からない。和は可能な限り表情から感情を殺して言った。
「……何を言ってるのか分かりませんね」
「そっかそっか~、分からないか~」
一紗は和の素っ気ない答えに気を悪くした様子もなく嬉しそうに笑う。余裕や駆け引きではない。一紗の表情は本当に喜んでいるように見えた。
何かがおかしい。言葉と反応が噛み合わないこの状況に和は違和感を覚え、しかしその理由が分からず一歩後ずさりした。一紗はその距離を詰めながら質問を続ける。
「じゃあ、その秘密にはお兄さんも関係してたりするのかな?」
「? 何を……」
何が「じゃあ」なのか。前後で会話が繋がっていない。なのに質問としては成立している。しかも、
「…………」
和はまだ答えていないのに一紗の目が何かに反応していた。まるで和の表情──いや思考を読んでいるかのようだ。
──思考、質問……まさか!?
「──【思考感知】?」
「あら、バレちゃったか」
和がその呪文の名を口にすると、一紗はあっさりとそれを認めペロリと舌を出した。
【思考感知】はその名の通り対象の表層思考を読み取る呪文だ。尋問と併用すれば対象は答えを知っている限り「考えない」ことは難しいため、ほぼ確実に正確な情報を得ることができる。
呪文をかけられていることに気づけば抵抗を試みることは可能だが、
「無駄だよ。私とのレベルの違いは理解してるんでしょう? 例え気づいたところで和ちゃんが呪文に抵抗するのはまず不可能。万一抵抗できたとしても、こっちはもう一度呪文をかけなおせばいいだけなんだもの」
「っ!」
一紗の言葉に和は思わず歯噛みする。そして苦し紛れに言った。
「……この非常時に尋問なんて余裕見せ過ぎじゃありませんか? 例え貴女が熟練のシーカーだとしても迷宮内での油断は命とりですよ」
「心配ご無用。そこはウチのスタッフがちゃんと見張ってくれてるから」
そう言って一紗は迷宮の一角を指さした。和が視線を向けると、そこには影のように気配の薄い男の姿があった。
──grrrr……!
精神世界でタマが警戒するように唸る。それによると指をさされた男だけでなく、他にも何人かの気配がありこちらの様子を伺っているらしい。
──私もタマちゃんも言われるまで全然気づかなかった。この人も含めて相当な手練れだわ。これが動画配信者ですって……?
「……貴女、一体何者なんですか?」
「ん~……」
和の質問に一紗は少しだけ考える素振りをしてから言った。
「そうね。ここまで来たら喋っても問題ないかしら」
一紗がカツラを外すと、その下から絹糸のような白髪が姿を見せた。手櫛で乱れた髪を整えながら一紗は言った。
「これは騙そうと思ってしてたわけじゃないのよ? 私の見た目はどうしても目立つし、知り合いに見つかったら面倒だからちょっと変装してただけ」
「…………」
「改めて名乗らせてもらうわね。小鳥遊一紗──対竜種統合作戦本部で委員の一人をさせてもらってます。貴女たちには『予言者』って言った方が通りがいいかしら?」
その言葉に和は目を丸くした。
「予言者……実在してたんだ……」
「都市伝説扱い? ひっどいな~」
一紗は苦笑したが、予言者の存在は一種の都市伝説そのものだった。日本政府が抱え込んでいる「予知」のギフトを持つシーカー。その「予知」は竜と迷宮にまつわる多くの危機を防いできたと噂されている。ただしその情報は一般には秘匿されており、公式にその存在を認める声明が出されたことは一度もない。
「彼らはスタッフって言うか私の護衛ね。この階層の魔物程度なら問題なく対処できるから襲撃を心配する必要はないわ。ついでに言うと今彼らには私たちの周りに消音結界を張ってもらってる。外の音はこっちに聞こえるけどその逆は無し。結界を張ってる彼らにもこの会話が聞かれることはないから安心して」
「……貴女と話してるこの状況がそもそも安心できないんですけどね」
和の皮肉を予言者はニコリと笑って無視した。
──bow!
精神世界でタマが戦わせろと叫ぶが、和はそれを抑えた。予言者は自分たちより格上のシーカーだし、仮にここで彼女を倒せたとしても周りには彼女の護衛がいる。タマを表に出すこと自体が予言者の思う壺だろう。そもそも予言者はまだ和と明確に敵対したわけではない。
「安心して。質問はあと一つだけだから」
予言者の声には隠し切れない興奮が滲んでいた。
「教えてちょうだい。貴女たちは迷宮を踏破し世界を救う鍵たり得るのかしら?」
「────」
和は必死に思考を押し殺し、その問いに抵抗しようとした。呪文にどこまで抵抗できたか和には分からない。
「…………!」
予言者は花開くような満面の笑みを浮かべ手を差し出した。
「手を組みましょう、杜崎和。貴女が世界を救えるというのなら私がそれをサポートします。勿論、政府に貴女たちを引き渡すようなことはしない。これが世界を救うために最短で最善の道であることは理解できるでしょう?」
提案に対し和は即答した。
「──寝言は寝て言え、勘違い女」




