第20話
《冒険者 アリス・アリソン(俺)》
……十数分後。
壺は、キラキラと輝く洗脳解呪ポーションで満たされていた。
「すごい……本当にポーションができてしまいました。さすがはアリス様!」
「じゃあマオ、これを収納して」
「はい! 【アイテムボックス】」
収納魔法【アイテムボックス】は個々のアイテム単位で管理されているため、『洗脳解呪ポーションで満たされた壺』が収納空間内で分離するようなことがない。
つまり、亜空間内で壺の中身がぶちまけられるような心配がないのだ。
全力疾走でセスブルグまで戻れる、ということである。
「あぁ、あぁ、マオ! アナタがいてくれて本当によかった!」
街に向けて全力疾走しながら、俺は思わず感極まってしまった。
「私1人じゃ、これだけの量のポーションを運ぶことなんてできなかったもの」
「ポーター冥利に尽きます!」
高AGIの俺の全力疾走について来ながら(マオは魔力を帯びた尻尾で地面を打つことで、加速することができる)、マオが俺に笑顔を向けてくれる。
「これからもアリス様に尽くさせていただきますね!」
「城壁が見えてきたわ! あと少しよ!」
「はい!」
◆ ◇ ◆ ◇
《セス辺境伯の娘 セシル・セス》
――ギィンッ!
――ギギギッ!
――ガィイインッ!
セシルはベンを圧倒していた。
ベンは【STRバフ】の3重掛けによって腕力を3倍にしているが、そんなもの問題にならないほど、セシルのツヴァイハンダーによる強力無比な攻撃のほうが圧倒していた。
「くそっ、馬鹿な! お前のような小娘の、どこにそんな力が!?」
慌てふためくベンと、
「おぉ……おぉぉ……セシルよ、いつの間にそんなに強く……!」
感涙する父。
セシルは、うれしい。
(見て! もっと見て、お父様! 私の勇姿を!)
父に絶望され、『失敗作』と言い捨てられたとき、セシルは父に対するありとあらゆる感情を捨てた。
愛も憎しみもすべて捨て、若干7歳にして『自分の人生は自分で何とかしなければならない』と己に言い聞かせた。
だが、そんな壮絶な決心は、けっきょくのところは薄っぺらな嘘っぱちに過ぎなかったのだ。
セシルは、本心では父からの愛に飢えていた。
その愛が今、満たされつつある。
満たされつつあるのだ!
「はぁあああああああっ!!」
セシルは【重量魔法】とSTR値、AGI値、DEX値を駆使して、致命的な一撃をベンに叩き込み続ける。
ベンはと言えば、セシルの大剣から繰り出される、ありえないほどの神速剣をガードするので手一杯のようで、ついには剣を取り落としてしまった。
――ビッ!
振り下ろされたツヴァイハンダーの切っ先が、ベンの仮面を撫でた。
薄っすらと、深さ1ミリ程度の傷が仮面に入る。
恐るべき寸止め。
恐るべき技量の高さである。
振るった本人のセシルですら感動を覚えるほどの、それは技量の極地だった。
すべてはアリスによるレベリングと剣術指南のおかげである。
「そこまで!」
父が宣言した。
「勝者、セシル!」
ベンが尻もちをついた。
「そ……んな……」
ベンがみっともなくうめく。
「認められるか、こんなもの! せっかく何年も前から周到に準備し、セス領を乗っ取ってやろうと画策していたのに……!」
(乗っ取り!?)
セシルはおったまげる。
が、同時にいろいろと得心もいった。
コイツは恐らく、隣国――スラブ帝国からのスパイなのだろう。
国境に面した辺境伯領に入り込み、政略結婚を経て家を乗っ取る……手垢が付くほど使い古された、敵国侵略の常套手段だ。
「こうなったらもう、多少悪目立ちしようが構うものか! 【超極大・洗脳魔法】!」
空に、血のように赤い魔法陣が浮かび上がった。
それも、屋敷の敷地全域を覆い尽くすほどの巨大な魔法陣が。
父と執事の瞳が、真っ赤に輝きはじめた。
同時に、屋敷のそこかしこからメイドたちが出てきた。
全員、目が真っ赤に輝いている。
父も執事もメイドたちも、みなゾンビのように動きが緩慢だ。
完全に操られているのだ。
彼らがセシルを取り囲み、つかみかかってきた。
セシルは、逃げたい。
が、逃げられない。
体が動かないのだ。
セシル自身も、不完全ながらも【洗脳魔法】にかかってしまっているのである。
「つ、ついに正体を現したわね!」
「ふふ……最初からこうしていればよかったのだ」
ゾンビのようなメイドたちが、セシルをその場に押し倒す。
セシルは両腕両脚を広げられ、押さえつけられた。
「な、何をするつもり……?」
「既成事実を作らせてもらいましょう」
「……ひっ」
メイドたちが、セシルの服を引き剥がしはじめる。
「い、嫌っ! そんな、絶対に嫌ぁっ! 助けて、誰か助けて!」
セシルは必死に叫ぶ。
が、メイドたちは全員操られていて、誰1人としてやめてくれない。
「助けて……助けて、アリス!」
そのとき、
「【乱れ回転斬り】!」
声が聴こえた。
凛々しい声。
『自分もこうなりたい』と思える、頼もしい声が。
セシルのヒーロー、アリスの声が!
空から雨のような何かが降ってきた。
その何かに触れたとたん、父や執事、メイドたちの目の色が戻った。
正気を取り戻したメイドたちが、戸惑った様子でセシルから手を離す。
「がんばったわね、もう大丈夫よ」
アリスが空から降ってきて、セシルを抱き起こしてくれた。
セシルは安心したやらうれしいやらでメンタルがぐちゃぐちゃになって、アリスに抱きついて号泣してしまった。
「よしよし。1人で立てるかしら?」
「……うん」
「だ、誰だ貴様は!? どういうことだ、これは!?」
ベンが戸惑っている。
慌てふためくベンに向かって、アリスがニヤリと微笑んだ。
「さぁ、反撃のお時間よ」




