重版記念ショートストーリー みんな大好き、あの駄菓子
イクシオン王子の離宮にやってきて、早くも一年が経った。
彼と出会った当初は、とんでもない場所に来てしまった、と毎日のように思っていた。
けれどもしばらく経つと、ここは案外過ごしやすいことに気付いた。
小言を言う父はいないし、立派な淑女になるよう指導する母はいないし、結婚生活の愚痴を言いにくる姉達もいない。
私の令嬢らしくない行動を責める侍女もいなければ、必要以上にかしこまった態度で接してくるメイドもいないのだ。
いるのは、引きこもり王子であるイクシオンと、食いしん坊聖獣であるリュカオン、そしてかわいくて働き者な大精霊メルヴ達だけである。
彼らは私が何をしても、何を言っても受け入れてくれる。
たまには意見しなくてもいいのか、と思うくらいだ。
何よりも、イクシオンやリュカオンは私が作る料理をおいしいと言って食べてくれる。
それが何よりも嬉しいのだ。
前世料理人で仕事人間だった私は、二度目の人生は無理をせず、のんびり生きようと心に誓っていた。
そのため、料理も私が作りたいものを気ままに、を信条にしている。
けれどもリュカオンが私の脳内を勝手に覗き込み、手の掛かる料理を作れと願ってくるのだ。
一年も経てば、リュカオンの前でどうすればいいのか、というのもわかってくる。
それは、ひたすら無心でいることだ。
無の境地でいれば、リュカオンは私の脳内にある料理の情報を読み取りにくくなるようだ。
そんなわけで、今日も無という文字の擬人化のごとく振る舞う。
『ぬう! お主はまた、こけしみたいな顔でおるな!』
「こけしって……」
無の境地にいる自分が、どんな顔でいるのかわからなかった。まさか、こけしとそっくりだったなんて。
「今日はこけしが見えたのね」
『そうだ! 食べ物ではないようだな』
「ええ、違うわ」
『なんなのだ、その、虚無の表情を浮かべる人形は』
「異世界のお土産よ。子宝や子どもの成長を願う縁起物みたい」
『こけしとやらは皆同じ顔をしているから、何事かと思ったぞ』
いったいどこで私はこけしを見たのだろうか。
振り返るまでもなく、すぐに思い出した。
子どもの頃に通っていた駄菓子屋に、こけしが売っていたのだ。
その瞬間、リュカオンの瞳がキラリと輝く。
『む、見えたぞ! なんだ、その、カラフルな食べ物が売っているお店は!』
「し、しまった! うっかり食べ物について考えてしまったわ」
仕方なく、駄菓子屋だと説明する。
「小さなお菓子がたくさん売っているお店なの」
『お菓子がひとつひとつ丁寧に包装した状態で売っているのか。なかなか興味深いな』
この世界では小さなお菓子を個装して販売するという文化はないので、珍しく思えるのだろう。
『いや、包装しているお菓子だけではないな。これは、棒に突き刺さったペラペラのものはなんだ?』
「ペラペラ……もしかして、酢漬けのイカかしら?」
『イカをお菓子として売っているのか?』
「ええ、定番よ」
他にも、魚肉を使ったカツやソーセージがあった。
「リュカオン、最初に言っておくけれど、いくら私でも、駄菓子は作れないわよ」
『そうなのか?』
「ええ」
リュカオンは耳をぺたんと伏せ、残念そうにしている。
そんな姿を見ると、何か作れる物はないのか、と考えてしまった。
「あ――そうだわ! きなこ棒だったら作れるはず」
「きなこ棒だと!? ふむふむ、おいしそうだ!!」
興味があるようなので、きなこ棒作りに挑む。
まずは大豆を粉末にして、きなこを作るところから始めよう。
黄大豆を、油を引かずに鍋で煎っていく。
『おお! 大豆をそのように煎ると、香ばしい匂いがするのだな』
「ええ、本当に」
黄大豆の皮が裂けたら、火を止める。
「さて、次は大豆を粉末にする作業だけれど」
『メルヴに手伝ってもらおうぞ』
リュカオンがメルヴ達を呼んでくれる。
『メルヴ達よ、料理を手伝ってくれ!』
メルヴの召喚をイクシオンから許可されているのか、メルヴ達が魔法陣から登場した。
『メルヴダヨー』
『オ手伝イ、スルネ』
メルヴ達が集まって、すり鉢で大豆を擂ってくれた。
その間に、私は蜂蜜、砂糖、水を入れたものを加熱し、練っていく。
生地がまとまってきたら、きな粉を入れてさらに混ぜるのだ。
混ざった生地は棒状に伸ばし、カットしていく。
さらに上からもたっぷりきな粉をまぶし、あとは爪楊枝を刺すだけなのだが――。
「そういえば、この世界に爪楊枝はないのね」
『なんだ、爪楊枝とは?』
「木や竹でできた、針みたいなものよ」
『なるほど』
リュカオンは爪楊枝のイメージをメルヴ達に伝え、作れるか質問していた。
『作レルヨ』
『チョット、待ッテテー』
メルヴ達は庭に落ちていた枝を器用に削り、爪楊枝を作ってくれた。
『コレデイイ?』
「ええ、ありがとう。完璧な爪楊枝だわ」
棒状の生地に爪楊枝を刺したら、きなこ棒の完成である。
「さあ、リュカオン。これが異世界の駄菓子よ」
『おお! おいしそうだ!』
食べさせてあげると、リュカオンは『むむっ!』と唸る。
『こ、これは、やわらかな飴みたいなものだな! きな粉が香ばしく、ねっとりしていて、非常に美味である』
お口に合ったようで、何よりである。
『本当においしい。これは、この国を代表する銘菓とすべきだ』
「おおげさね」
それくらいおいしい、という比喩だと思っていたのだが――。
『これから国王夫婦にこのきなこ棒を食べさせてくるぞ! さらば!』
「え、リュカオン、ちょっと待って!!」
リュカオンは転移魔法で消えていなくなる。
どうやら本気で、きなこ棒を国の銘菓にするため、国王夫婦に勧めに行ったらしい。
でもまあ、きなこ棒が国の銘菓になんてなるわけがない。
リュカオンの帰りを大人しく待つことにした。
一時間後、リュカオンは手応えがあったような表情で戻ってくる。
国王夫婦は聖獣であるリュカオンの顔を立てて、あえて批判はしなかったのだろう。
きっと数日もすれば、リュカオンも忘れるはず。
この時はそう思っていた。
それから数日後、国王夫婦より、〝きなこ棒を、我が国を代表する銘菓とする〟という発表が届いた。
ありえない。いったいどうしてそのような決定を下したのか。
ただ、国民は食べ慣れないきな粉を使ったお菓子なんて受け入れないだろう。
そんな私の考えは、大きく外れることとなった。
安価で作ることができるきなこ棒は、多くの国民から愛され、瞬く間に根付いていく。
それから一年もせずに、国の銘菓として広まってしまったのである。
「ど、どうしてそうなったのよ!!」
心の底から叫んでしまったのは言うまでもない。
コミカライズ版「ポンコツ令嬢に転生したら、もふもふから王子のメシウマ嫁に任命されました」、の重版が決定しました。
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