制裁
「始め!!」
審判の合図でビッグカード同士の戦いの1つである、麻倉御鈴と4強・妃帝露美亜の戦いが始まった。
…その…直後の出来事だった。
「御鈴避けてーーーっ!!!」
周りにいる人間をも巻き込む莫大な獣気を撒き散らした露美亜は、御鈴が自らの構えである脇構えに至るよりも早く、技が絶対に成功する位置まで瞬時に距離を詰めた。自分の間合いまで入り込んだ露美亜はそこから流れるようにガラ空きの御鈴の面に刃を向けた!
「!?」
ように思えた矢先、露美亜は自らの動きを完全に止めた。勿論、御鈴の力量があれば初太刀からの速攻など簡単に捌くことが可能だった。それを見越していた露美亜は速攻と見せかけて打つ直前で動きを止め、相手の出方を伺ったのだった。
「!?」
と思った矢先、御鈴の視界からは露美亜の姿が消えていた。御鈴には何もない、空白の時間が訪れた。
「(左!!)」
「(残念、右よ。)」
スパァァッン!!
「面あり!!」
露美亜の武器はその動きの「緩急」である。人間の脳は、視界の中で動く物体の速度の緩急が激しくなればなるほど、視認的処理が追い付かなくなる。そして最終的に、脳での処理ができなくなり、時が止まったかのような空白の時間が訪れる。つまり、露美亜は御鈴の視界から一瞬だけ消える事に成功し、その上で賭けに勝利した事によって本大会初の麻倉御鈴からの一本をもぎ取ったのである。
「(さあ、悪者に洗礼を受けた気分はどう?正義の味方さん。ほら、どんな表情なのか見せてらっしゃい?)」
……正義の味方は笑っていた。挑発的だとか不気味だとかそういう類のものじゃない、ただ純粋に笑っていた。
「2本目!!」
2本目の開始直後、またもやギャラリーの一部をも巻き込んだ獣気を放ちながら1本目と同じような攻撃を仕掛けようと動いた露美亜だったが、感覚で御鈴に打たれる事を悟り、瞬時に後退した。
御鈴が打ち込んでいた逆胴は、露美亜の胴をかすめていた。
「(ふざけるなよ…!私が貴方なんかに恐怖するなんて。そんな、そんな事があってたまるカァァッ!!)」
とてつもなく膨れ上がった露美亜の怪獣はギャラリーの大部分にも影響を与え、吐き気を催す人間さえいた。
無論、あかりにも…。
「(御鈴……あんなんと戦ってるのかよ…。ああなったらもう、ただの妖怪じゃねぇかよ…。)」
露美亜はもう一度御鈴に襲い掛かる。常人であれば脳が震える程の動きの緩急を付けながら。それにビクともせず、御鈴のカウンターは「また」…。
「(これでどうだァアッ!!)」
「(こっち。)」
それを悟った露美亜がギリギリで避ける。
「(マグレよ!!マグレじゃないと駄目なのよ!そうに決まってるわ!!)」
もう一度。
「(こっち。)」
御鈴のカウンターは止まる事なく襲い掛かる。
「(ふざけんな…ふざけんッナァアッ!!)」
「(こっち。)」
「(コイツ!!)」
御鈴は的確に距離を詰める。
「(…。)」
「(はァアッ!!)」
負けじと逆に距離を詰めた。御鈴が物理的に打てない位置まで。
「(ふざけんなふざけんなふざけんなァア!!)」
露美亜は何度も勘づいた。だが、それを受け入れる事はする訳にいかなかった。
「(少しでも気を抜けばやられる。勝つにはこの一本を守り抜く他ない。)」
麻倉御鈴という女に刃を向けられるたびに脳裏にはその言葉がよぎった。
「(しかしこれを受け入れ守りに徹したところで、この一本を守り抜けるかと言われれば…。)」
つまり露美亜に残された選択肢は1つだけだった。
それでも攻撃の手を緩めなかったのは…。
「(くそ…息が上がってきた。でも…流石の貴方でも疲れが出てきてもおかしく無いはずよ…!)」
終始気を入れ続け且つ、攻め続けていた露美亜はもう、めまいがするほどギリギリの状態だった。
「(……試合が終わるまでは後どれくらい…??私は勝たないといけないのよ…そうでないといけない理由があるのよ…!!)」
露美亜の獣気は時間が経つにつれて小さくなっていた。もう先程とは同じような威圧感は無くなっていた。
「(…ほらやっぱりだわ…!!貴方も人間。疲れは出てくるに決まってる…!ははははは!私の勝ちだ!!これで、これでくたばれェェ!!)」
御鈴の体は今にも倒れそうなほどフラついていた。
「(?)」
違和感。
御鈴との距離が縮まるにつれて理由もない嫌な感じが背中を、腕を、首筋を…体全体を支配した。
気づけばさっきまでフラついていたはずの御鈴の姿が視界から完全に消えていたのだった。
―今から丁度3年程前―
妃姫学園剣道部では沢山の伝統があった。その内の一つである、「洗礼の儀」。入部して間もない新入部員と3年生が試合をし、新入部員に洗礼を与えるというものだ。無論、それによって新入部員は先輩に対しての恐怖心が肥大化し、引き返せなくなるほどの上下関係が必然的に作り上がるというわけだ。今日はその「洗礼の儀」が行われる当日である。
「遂に私達が洗礼を与える日がやってきたぞお!!」
「いつもよりテンション高いのは何故よ、有紗。」
「そらぁテンション上がるでしょうよ!露美亜は隠者だから上がらないのかな?つまり露美亜は隠者という事なのか!?」
「勿論私も有紗側です。せいぜい絶望を与えてくださいね?優秀な先輩方。」
「はぁまったく。本当に上からしか言葉を発せないのね。」
「そうだよ紗夜!露美亜は優しい人なんだからあんまりそういう事言わないの!!」
「ばか。別にそんなんじゃないわよ。」
私の代は歴代の妃姫学園の中でもずば抜けて数の少ない代だった。その人数はたったの3人。私、有紗、そして矢代だ。
「はぁ。お陰様で、私達2年生も本日のコレ、参加できるらしいんですよねー。去年あの忌まわしき今野先輩に食らった痛みを!恨みを!晴らす時が一足早くやってきてしまいましたねー。」
「(え!?本当に私達もやるの!?私こんなの無理だよぉ!)」
「ま!私は本気でやるからとりあえず!!!みんなもいろいろ思うところあると思うけど頑張っていこうぞ!!」
「いいね!!有紗がやるならやっちゃいますか!!露美亜も遠慮せずやっちまえ!!」
「はいはい。せいぜい頑張るわよ。」
私の相手は、その立ち振舞い、そして構えを一眼見るだけで絶対強いと即答出来るほど綺麗な剣道をする少女だった。
私は今持てる力を全て行使して洗礼を与えようと彼女の心を揺さぶった。
しかし、誰もが見惚れる程、綺麗な剣道をやる彼女の心を崩し去る事は出来なかった。
それが分かっていたとしても、絶対に勝てない相手だと悟っても私は攻めた。攻め続けた。
「面あり!!」
私は必死になって彼女に食らいついた。が、負けてしまった。でも、悔しいだとか苦しいだとか、そんな感情は清々しい程見当たらなかった。
彼女、麻倉御鈴に受けた面打ちは、今までに受けてきたどんな打ちよりも繊細で、優しく、全てを包み込むほど温かい痛みだった。
……どこかありがたみをも感じてしまった。
「露美亜。…大丈夫?ってのも変だよね。ごめんね!どう声かければいいか私全然わからなくてさ…。」
「有紗大丈夫。私、悔しいとかそういうのは思ってないから。逆に、うちの学校からとんでもない大スターが生まれるんじゃないかって思うと嬉しくてさ。」
「そ…そか!」
正直気まずかった。有紗は私を慰めるために声をかけてくれているのに私ときたら、こんなにもさっぱりとした態度なのだから。
「御鈴ちゃんね、今みんなからチヤホヤされてるんだよ!まんざらでもない顔してたなぁ。まあそうなるのも無理ないよね。露美亜に勝ったんだもん。」
「へぇそうなの。まぁ、それでも私の気持ちは変わらないわよ有紗。私本当にどうとも思っていないもの。」
「私さ。チヤホヤとかさ、そういうのはみんなにも、御鈴ちゃんにとっても悪影響だと思うの!だからさ、そういうのは止めてこようって思ってて。」
「有紗。それって本心?」
「勿論だよ!!本当に良くないって思う!」
そっか…。
「ハハハハハハ!!!」
私の何処かで何かが切れる音がした。
「そうよねいけない事だわ!今すぐに行って辞めさせてクルわ!貴方はここで待ってなさい?」
「え、ちょ露美亜?」
伸ばされた友の手に目もくれずに私は麻倉御鈴の元へ飛び出した。
「貴方が手を汚す必要は無いわ。本当よ??」
そう。私だけでいい。
……「悪者」は私1人いれば十分なのよ。
「面あり!!!」
御鈴が打った面打ちによって生じた「音」はその場にいる人間全てが肩を弾ませる程大きな衝撃音で、露美亜が発していた莫大な獣気をも一瞬にして消し去った。
露美亜は、なんとも言えない高揚感に浸っていた。
「(やっぱり…やっぱりあの日とは別人じゃない麻倉御鈴!貴方からの面打ちからはもう、「優しさ」なんてひとつも感じられないもの。つまり…!!)」
「2本目!!」
「(私の事をずっとずっと恨んでたって事よねェェエ!!いいわいいわそれよ!!それでこそ悪者に制裁を加える正義の味方の姿なのよッッ!!)」
「(…)」
「は?」
思わず出た声とともに手のひらからこぼれ落ちそうになる竹刀をギリギリのところで制した。
私は泣いていた。
あの日もきっと、泣いていたのだろうか?大切な、裏切るべきじゃなかった友の前でも。
私の目の前にはあの日と同じ、美しく佇む少女が私の目を見て立っていた。
目に映るのはこの大会で初めて見せた、麻倉御鈴の中段の構えだ。
……あの日よりも美しく見えた。
「(そういえば、この試合中、初めて麻倉御鈴と目を合わせた気がするわ。)」
「(…あぁ。そういう事だったのね。)」
私は涙を溢れさせながら、笑った。
「(タネがわかったところでこうなってしまった正義の味方を止める手段は私には無いわ…。)」
私は「勝ちたい」よりも、もう一度あの「痛み」に包まれる事を望んでいた。
「(来なさい。受け止める覚悟はもう出来てるわ。さぁ……)」
パァアンッ!!
心地いい音と共に私の長い長い戦いは幕を閉じた。
……本当に長い、長い、戦いだった。
優しい痛みに包まれながら、私はそっと、泣いた。




