表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
麻倉御鈴の剣道日記(あさくらみすずのけんどうにっき)  作者: フェリオ
IH剣道神奈川県予選大会
10/23

開戦

更新が遅れて申し訳ありません。

 「この日まであっという間だったね…」


 「ですねー。めちゃくちゃ緊張してます…」


 「みなさん、楽しく頑張りましょう!!」


 「そ、そうだね御鈴(みすず)の言う通りだ。どうせなら楽しみましょうよ!」


 「うえぇげろはきそう。」


 「未来(みらい)ちゃん大丈夫!?」


 「なんか飲め!お茶でも何でもいいから飲め!」


 「飲んだら逆効果じゃないでしょうか…?」


 「こういうのは逆効果くらいがちょうどいいんだよ。」


 「トイレぇ!」


 「ちょ、未来ちゃん!待ってー!」


 「…なんか大丈夫そうだな。」


 「…ですね!」


 本日5月17日、IH(インターハイ)予選神奈川県大会・剣道個人戦が開戦される。各校4人までの出場が認められており、御鈴達が出場する女子の部では約300人もの選手が集まった。優勝候補は4シードの4人である桃園(とうえん)学園の(さくら)選手、妃帝(ひみかど)選手、矢嶋(やしま)高校の金森(かなもり)選手、樫成(かしせい)学園の五月雨(さみだれ)選手が濃厚だ。会場である「小田原(おだわら)アリーナ」の開場時刻は午前9時であるが30分前の8時半の時点でアリーナ入場口の前には選手と観客が織りなす長蛇(ちょうだ)の列が出来あがっていた。


 「露美亜(ろみあ)〜。昨日からずっとニヤついてるね。どうしたの?」


 「楽しみで仕方ないのよ。あなたもそうでしょ?向日葵(ひまわり)。」


 「いやぁ…まぁそうだね。楽しみ?かな!」


 開場してからはスピード勝負である。客席の場所取りは勿論の事だが、個人競技である剣道の場合は、出場選手全員が同じ場所でアップを始める事になる。つまり、着替えを終え、アップを始めるところまでもがスピード勝負という訳である。無論、アップを早く始めれば始めるほど会場の雰囲気に体を慣らす事ができる上、窮屈(きゅうくつ)になる前に伸び伸びとアップができるのだ。


 「今日の大会、御鈴ちゃんとかも出場するんだって!」


 「誰よ。それ。」


 「えーつばめちゃん、負けた相手のことも覚えてないの?」


 「あー。次勝てばいいのよ。だから覚える必要なんて、ないの。」


 「わぁ、やっぱりかっこいいなぁつばめちゃんは。でもでも、私は楽しみで仕方ないよぉ!!」


 トーナメント形式である本大会は2日間かけて行われる。1日目は3回戦まで、2日目に4回戦から決勝戦までを行う。試合数にして約300戦の内1日目に244試合、2日目に63試合が行われる。1日目となる本日は試合場の数が必然的(ひつぜんてき)に多くなるため、非常に窮屈になる事が予想される。


 「御鈴は第4会場だっけ?」


 「あれそうでしたっけ?確か第7会場だったと思います。あかりさんは?」


 「あ、私の会場が4だった。危なかった…。って私緊張しすぎか!」


 「落ち着きましょう!いつものあかりさんなら大丈夫ですよ!」


 「んあー、ありがとう!でもねー緊張ってのは、なかなか治せないもんなのよ…!」


 「そ、そうですよね…私も受験の時の面接で、思い出したくもないような経験をしたので…」


 「へー御鈴も緊張とかするんだ。てっきりそういうのしないもんだと思ってたよ。同じ人間で良かったわ。」


 「わ、私だって人間です!!」


 会場は女子だけでも第1会場から第10会場まで用意されている。1日目は膨大(ぼうだい)な量の試合を回していかなければならないので審判(しんぱん)の判定も甘くなってしまう傾向が無くは無い。それでも決着がつかず1試合に10分以上かかる事もあるので、予定されていた全ての試合を消化できずに2日目に突入する事もある。


 「お、来たね。私らは先に更衣室(こういしつ)行くから2年中心で席取りよろしく!」


 「はい!1年は芽亞(めあ)中心で動いて。」


 「は、はい!みんな、うちについてきてね!」


 「了解。」


 森中芽亞(もりなかめあ)桃園学園(とうえんがくえん)1年。出身中学は妃姫学園(ひひめがくえん)で御鈴の同級生。去年の妃姫学園の部長兼主将を(つと)めた全国でも名の知れた人物。男勝りな体格ではあるが中身はしっかり女子である。


 「(たしか今日って…御鈴もいるんだよね…。)」


 「ほら、開いたよ。行こう!」


 「あ、行きます!ついてきてください!」


 「私達にまで敬語じゃなくていいよ。」


 午前8時50分。開場予定時刻の10分早くに入場可能となった。想定していたよりも来場人数が多いというのと、少し気温が高いため少々早く入場可能とする判断に至ったのだ。1番始めに場内に足を踏み入れたのは勿論桃園学園だった。


 「あれ?列進んで無い!?美柑(みかん)先輩と未来(みらい)まだ帰ってきてないんだが!?」


 「あわわどうしましょう!?」


 「とりあえず荷物全部持っていこう。御鈴は未来のよろしく。」


 「あ!わかりました!みなさん早く帰ってきてくれればいいんですが…。」


 「だねぇ。無事だといいな。」


 列はもの凄い勢いで進んでいく。どこの学校も我先(われさき)にと入場して行くためだ。開場して2分もかからない内に平田高校も入場することができたが…。


 「あれ、梶本(かじもと)藤巻(ふじまき)は?」


 「もうすぐ帰ってくると思います!」


 「そうか。ならよかった。とりあえず竹刀(しない)検量(けんりょう)あるからアップで使う竹刀以外、俺に全部渡して欲しい。」


 「美柑先輩と未来さんのはどうしますか?」


 「んーまぁ適当でいいわ。竹刀渡したら更衣室行って着替えて欲しいんだけど…俺は女子じゃ無いからな。そこまでは頑張って行ってみて。」


 「了解です!行こう御鈴。」


 「はい!ありがとうございます桜谷(さくらや)先輩!」


 「全然大丈夫。気をつけてな。」


 「はい!では失礼します!」


 桜谷弘樹(さくらやひろき)。平田高校2年。美柑と同学年。本大会では先輩と女子などの大会参加メンバーの応援とサポートを主に行う。


 検量はこの1年間で慣れたものだ。大きな公式戦では必ずと言って良いほど実施されているためだ。その度に先輩方の竹刀を複数本持って検量の列に並ぶ。並んでいる最中に気になるところがあれば、並びながらでも直せるようになった。1年前は何回も(はじ)かれ何度も並び直すといったような、嫌な経験を沢山した。結局は先輩のメンテナンス不足で弾かれているのだが、やはり責任を感じてしまう。意外にもメンタルのやられる仕事の一つではあった。そんな仕事も今月で終わりだ。何故ならば、先輩が今期を持って引退するからである。と、言ったものの、次は自分の竹刀のメンテナンスに注意を払う必要がある。そのため、今までよりも気を引き締めて行かなければならない。ただ、責任の先が自分に向くだけ大分楽になるとは思う。


 「にしてもあいつら、大丈夫かな?」


 「ん?誰のことだ?」


 「いや、梶本無しで1年女子が着替えに行くらしいからさ。」


 「あー。麻倉(あさくら)だし大丈夫だろ。」


 「……それはどうかな。」


 「あの日」から麻倉に対する部員の見方は随分(ずいぶん)と変わり、今では「麻倉なら大丈夫」だとか言われる始末だ。ただ、一つだけ言える事は俺もこの大会で麻倉の力がどこまで通用するのか、楽しみにしている。それ程までに、彼女の実力が平田高校剣道部全体の士気を上げる事に繋がっているのだ。


 「未来ちゃん大丈夫!?」


 「は、はい…みかん先輩は先行っててください…!絶対、戻りますから…。」


 「絶対、絶対だよ!?じゃあ!!先行って待ってるから!」


 「(あかりちゃんから「列が進んだ」との連絡があったのは5分程前だろうか。それなのに私と言ったら…トイレに(こも)りっぱなしだなんて。呆れる。自分自身に呆れる。)」


 普段の生活とは裏腹に、藤巻未来(ふじまきみらい)極度(きょくど)緊張症(きんちょうしょう)であった。これを発症したのは中学時代。彼女が(のぞ)んだ3度目の大会。彼女は…試合に負けた。それもただの負けではない。酷い負け方だった。監督(かんとく)からの説教、仲間達からの冷たい視線。そして、親からの冷たい一言。それらが彼女を絶望の淵へと追いやった。それからというもの、失敗する事への恐怖心が、今まで努力して身についてきた自分自身への自信と気持ちが悪い程濃密に絡み合うようになった。絡み合う感情は少女の心を苦しく締め付け、それに対抗するように心臓の鼓動は狂ったように速くなる。小さな少女の心では勿論対処出来るはずがない。が、……それでもやらなければならないのだ。


 「(だめだ。こんなところで。みんなだって緊張してる。私だけじゃない。行かないと。行かないと…!)」


 痛く苦しい心を、胸の上から抑えこみ、私は全速力でみんなのところへ走った。


 「準備できた人から会場入ってね!」


 「はい!」


 「(さくら)!お前の竹刀1本弾かれたぞ!まあ2本通ったから何とかなるが…。」


 「あ、マジですか!?じゃあ……!」


 「…まあいいわ。早く行くわよ。」


 開場して10分しないうちに桃園学園剣道部が一番乗りで会場入りを果たし、悠々とアップを始めた。その光景を目の当たりにし、未だ会場入り出来ていない選手達に焦りと不安が見え始める。多少雑でも試合着(しあいぎ)に着替え、早急にアップをし始める学校がちらほらと出てきた頃…


 「お!良かったー!!!」


 「お騒がせしてすみません!」


 「大丈夫。はよ着替えてな。」


 「うん。ごめん!早く着替える!」


 「そんな急がなくても…大丈夫ですよ?」


 「御鈴。これに関しては急いだ方がいいの。」


 「そうなんですか!?すみません!私全然知らない事ばっかりで!」


 「はっはー!私、意外と経験豊富なのでな!!」


 「あかりちゃん………まぁうちらは未来ちゃんが着替え終わるの待ってるからさ、焦らなくて大丈夫だからね!」


 「すみません!なるはやで着替えます!」


 仲間達の温かい声かけのおかげか、何かに縛られていて苦しかった心にゆとりが出てきた。誰かと一緒にいる事。これこそが1番の緊張への特効薬(とっこうやく)なのかもしれない。


 「ひゅう。いい感じ!露美亜は?」


 「絶好調。」


 「あっは!いいねえ!こんなやる気マンマンの露美亜初めてかも!!」


 「これが最初で最後の戦いだと思うから。」


 「…まぁね。この舞台に立てるのもこれで終わりだもんね……いや、勝ったら明日もあるし、ベスト8まで残ればインターハイだって出れるじゃん!絶対生き残るんだよ!一緒に!!」


 「勿論よ。なんなら、あんたの方が心配よ。ベスト16戦の人、天桜(てんおう)(かま)でしょ?確か…」


 「大っっっ丈夫だから!!絶対。絶対大丈夫だから!しかも、やるのは明日だろうし!」


 「ふーん。」


 「と、とりあえず今日頑張ろう!!」


 (かま)霧子(きりこ)天桜学園(てんおうがくえん)3年。精度の高い技を相手の隙にピンポイントで繰り出すその姿から、付いた異名は「(するど)蟷螂(かまきり)」。攻防バランスの取れた選手でありながらも観察能力がかなり高く、全選手の中でもずば抜けて能力が高い。


 「やめ。」


 その一言だけで静寂(せいじゃく)が訪れる。


 「稽古(けいこ)を中断して開会式の準備を始めてください。以上。」


 開会式のアナウンスが流れたらアップの時間は終わりだ。今アップを始めたばかりでも、終わるには微妙なところでも、このアナウンスが流れた時点で中断しなければならない。


 「まぁ体はあったまったし大丈夫よ!」


 「ほんとすみません!」


 「私も大丈夫?だと思います!」


 「うん!出来ないって事は無くてよかったよ!」


 平田高校(ひらたこうこう)女子剣道部(じょしけんどうぶ)のアップは10分程で終了した。会場の床、試合着、検量済み竹刀に慣れるには時間が足りなかったが、体を温める事は出来たように思える。開会式は開会宣言、国歌斉唱(こっかせいしょう)選手宣誓(せんしゅせんせい)諸注意(しょちゅうい)等、合計15分もかからず終了するが、緊張した選手らにとっては長く、或いはとても短く時間が過ぎたように感じるだろう。


 「梶本先輩って第1試合ですよね?」


 「うん。頑張るね!」


 「いつもの先輩なら大丈夫です!!」


 「私もそう思います!」


 「みんな……ありがとう!絶対勝つから。見てて。」


 独りの戦いをこの一年間ずっと繰り広げてきた美柑にとって、御鈴らの激励(げきれい)は、彼女の目に火をつける材料としては十分すぎた。「可愛い後輩に良いところを見せたい」という思い程、体と心を動かす原動力となるものはこれ以上ないのであるから。


 「試合開始。」


 静寂を斬り裂くその一言に呼応(こおう)するように選手達の気合の入った声が会場に響き渡る。


IH(インターハイ)予選神奈川県大会・剣道個人戦開戦。


美柑は勝利を掴めるのか…!?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ