再開
「この死体、どうする?」
新沢が鬼の死骸二つを指さす。
「放置というわけにもいかない、持ち帰るぞ」
Dがそう言い、死体に近づく。そして詠唱を済ませ、床の鉄で籠のようなものを作る。
「あと少しで回収隊が到着する、それまでは待機だな」
「こいつ...なんだな?サブロウ」
霧島は確認する。サブロウは頷く、霧島は男を睨む。男は事情を察したのかゆっくりと後ずさる。ゆっくりと空気が凍りついていくのが分かる。サブロウがメモのようなものを渡す。そこには、本見芳木という名前が書かれていた。この男の名前だろう。
「ちょっと待って!よしちゃんがそんなこと...」
母親の声を皮切りに芳木が魔法を詠唱し、消失する。
「おいま...」
追いかけようとしたところで膝をつく。とてつもない揺れのせいだ。
「なんだこれは!?」
外を見ると先ほど隠れていた茂みの近くの木が上昇して...いやこちらが下降していた。
「やっぱりか!クソ!」
霧島は這って出ようとするが、窓から見える風景が土だけになり断念した。
家の裏の山を芳木は全速力で走っていた。
「なんで...なんで...」
人は殺してない...それなのに...じぶんはただ漁師になりたくなくて...船をひっくり返した、こんなことが続けば誰も海に出なくなって自分も漁師にならなくていいと思ってたのに。これからどうしようか...仮にいまあいつらを倒したとしても、次はあいつらより強い奴らが来るだろう。仮にまたそれをしりぞけてもそのつぎがそのつぎ...考えれば考えるほど自分の置かれた状況がよく分かる、どん詰まりだ。何かで自殺する生き物は人だけと聞いたが、なら虎やライオンならどのようなことをしたんだろうか
「ああああ....ああああ....」
そこで自分のことを追っている存在がいることに気づいた。芳木は振り返る。
「んー?バレないと思ったんだけどなー」
一人の女の子が木の陰から出てくる。その子はとても扇情的な見た目をしていた。身長は小さい上、服の面積もかなり小さく、臍にはピアスをしている。服の面積と露出している肌の面積はほぼ互角だろう。目のやり場に困る。芳木は思わず目をそらす。
「ん~?どうしたのかな~?」
女の子が悪戯っぽい笑みを浮かべて煽る。芳木は赤面して俯いてしまう、なんだあいつは...あれが痴女ってやつなのか?ネットでしかあんな女見たことがない。芳木はもう一度顔を上げる、あの女が居ない。
「はい♡、確保」
女の子は一瞬で芳木の後ろに回り、芳木を縛る。芳木は木にぶらぶらと間抜けな格好で吊るされる。
「だめだよー?ゆだんしちゃぁ?」
ニヤリと女の子が笑う、そしてポケットから電話を取り出す。
「みばちー?はんにんつかまえたー」
「了解...そっちに行く」
三鉢は電話を切る。岸になんとか到着し、爛川と共に霧島達を助けた。サブロウは魂が抜けたように動かなくなっていた。
「藍川が犯人を捕まえたと」
三鉢が言って歩き出す。
「あの...うちの息子は...」
芳木の母親が三鉢にすがる。
「心配いりません...少し罪を償ってもらうだけですよ」
「さーてと、みばちがくるまでキミとおはなししよーかな」
「キミ、けっこーつらいばつをうけることになるよー?」
おどけて話しているが、目は全く笑っていない。芳木は俯いたまま、それは劣情のせいとかではない、この目の前の女、藍川が怖いのだ。母親に何度も怒られたことがあるが、そんなものすべてがこの圧力の前では消し飛んでしまう。
「がっこーとかでならったとおもうけどさ、ふつーのせいかつでまほうをつかうのってめんどーくさいんだ」
「きみのおかあさん、たぶんかじとかをまほうでじどうかしてるとおもうけど、あれだってやくしょにとどけでだしてきょかもらってしてるんだ」
「むきょかでまほうをつかったらどうなるか...しってるよね?」
知っている。程度に関係なく罰金そして懲役がかけられる。池に落ちた子供を助けようとして魔法を使った男性が逮捕され、刑務所に送られたことに対して専門家が討論する番組を最近見た。
「それにこんかいのこと...まほうなしでふねにさいくとかならきぶつそんかいくらいでこうばんのおまわりさんとかおかーさんとかにおこられておわりだったかもしれないけど、まほうつかったとなるとはなしはべつ」
「たぶんきみ、まほうなしのさつじんくらすのばつうけるよ」
藍川が芳木の顔を掴んで無理やり目線を合わせる。芳木の眼は泳ぐ、水泳選手なら世界新だろう。
どこかににげなきゃ...にげないと...でもどこに...
ソノオンナヲコロシテシマエバイイ
心の中に真っ黒な何かが生まれる
そんなの無理だ...この”もらった力”でさえ敵わなかった。
ダイジョウブキミノチカラハソンナモノジャナイダロウ?
心の奥から力が湧いてくる、こんな糸すぐに千切れる。
「ん?」
異変に気づき、藍川はすぐに距離をとる。糸に伝わる魔力が強くなっていく。だが...
「ふやせば、もんだいないかな」
藍川は糸の数を増やす。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」
芳木が完全な鬼のような見た目になるが...
「むり...だね」
糸はそれよりも頑丈で芳木の体を抑え込む。芳木は苦しそうにもがくが糸が揺れるだけだ。
「ちぎりたきゃ、あんたを5にんつれてくるんだな」
そう言った瞬間
「グアアアアアアアアアア!!!!」
糸が切れる、驚いて藍川は後退する。今のは芳木がやったんじゃない...あの切れ方は...紙をハサミで切るようにあっさりと切られた。
「見事な糸魔法だ」
木の奥から男性が拍手しながら出てくる。こいつ知ってる、この紫の髪...そして真黒なローブこいつは...
「グオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!」
「うるさい」
男は指を少し動かす。次の瞬間芳木の頭と首が分離する。
「!?、!?、?」
切断されたことにも気づかず、芳木は死んだ。男がこちらに歩いてくる。
「アルゴ、副総長。北上勝彦」
「糸魔法 女郎蜘蛛」
糸が北上に迫る。
「貴様も糸魔法の使い手か...それに糸の動きに無駄がない。歴戦の戦士と見える」
北上が糸を避け、木の枝の上で言う。
「うん?貴様見たことがあるな...」
相変わらずだ、この洞察力は。
「5年前の戦争であんたは私の部隊を壊滅させた」
「戦争...潰した部隊の数は9、心音が確認できなかった部隊は2、女か...」
「7番隊か」
「覚えているぞ...お前に致命傷を与え...たしか戦争が終ったんだったな」
「糸魔法 苦悶の道」
束ねた糸を鞭のように振るう。
「遅い」
北上は飛び上がって回避する。
「糸魔法 英雄の魔弾」
糸を束ねた弾が発射される。北上はまた空で指を振るう、弾丸が全て両断される。私と北上の魔法は同じ糸魔法。だが、実力が違いすぎる。無詠唱でこの威力...5年前、私の部隊が惨殺された。隊長と隊員達全員を一度に相手にして一度もダメージを負うことなく。魔法を詠唱せず、無詠唱のままこちらの部隊員全員を惨殺した。四肢をもがれ、苦痛に喘ぎながら死んでいく仲間達の声が耳にこびりついて離れない。こんな服を着ても、昔はしなかったピアスをしても逃れることはできない。しかもこの男、5年前よりさらに強くなっている。
「貴様の糸魔法は主に操作の面に長けている、こういうことは不向きだろう」
北上は芳木の死体の近くに降り立って告げる。
「貴様の排除は命じられていないのでな、失礼する」
北上は指を鳴らし、自分を糸の繭で包む。そして藍川を残して消えた。




