第二章.26
懐かしい夢のお蔭かすっきりと目を覚ました僕はベッドから起き上がり、隣のベッドで眠る英雄を見る。
「お前が思い出補正のかかったお兄ちゃんを超えるほどカッコイイ男になったら、結婚まで考えてやるよ。」
そう言って微笑み、時計を確認するがどうやらいつもより大分早く起きた様だ。
二度寝は出来そうにないので顔を洗いに洗面所へと向かい、準備を全て済ませて部屋に戻ると英雄も起きていた。
「おはよう。僕が言うのもなんだけど、随分と早いね。」
「おはよう。いや懐かしい夢を見てな。」
親友はそう言って苦笑し、僕と入れ違いに顔を洗いに向かう。
朝食までまだ時間が有るので、折角だから夢の話でもしようと考えたのだが、何故か胸がもやもやとする。
「・・・・ねえ英雄、確認するね? 本当にあの時の夢を見たの?」
「ああ、公園で遊んでいる俺達を遠くから眺めてた。あの事件もセットだったのは良いのか悪いのか・・・・改めてあの時の事を思い出すとさ、子供の頃からお前がヒロインやってて安心した。」
そう言って笑ってくるのだが、僕の中の不安が大きくなる。
「あのさ、僕も全く同じ夢を見たんだ。」
「は?」
「だから、僕もその時の夢を見たんだよ。」
僕がそう言って不安そうに英雄を見ると、とても微妙な顔をされた。
「一応確認しておくが、心が女に流されて甘えている訳じゃないよな?」
「当たり前だろ!!」
しっかりと否定した後に思いっきり溜息を吐いてじっとりと英雄を睨み、不安な表情で聞く。
「ねえ、何か悪い事の前触れとかじゃないよね? またあいつみたいな奴が僕達の前に現れるとかさ。」
過ぎ去った過去とは言え、当時の事をもう1度鮮明に見てしまったのだ。自分が女になってしまったので不安になる。
思い出してしまった恐怖と悪意に体が震え、両手を重ねて俯くと英雄に優しく抱きしめられた。
「ぁ。」
「大丈夫だ。もうお前はあの時と違う。それに、もしもの時は俺がしっかりと守るから安心しろ。」
そう囁かれて、今まで守ってくれた経験と、温かな感触に少しずつ不安が解けて行く。
少しだけそのままの態勢でいてもらい、僕の方からゆっくりと体を離して上を向く。
「もう大丈夫だよ。英雄、ありがとう。」
そう言って微笑むと短く『そうか。』と言って、もう一度強く僕を抱き締めてベッドに押し倒す。
「ん? え?」
「いや、2日も違うベッドだとこう、体が寂しくてな。」
やけに良い声で耳元へ囁かれる事で僕は現状の危険さを理解する。
「は、はなせ! 離せ!!」
「愛してるぜ、遊馬。」
「囁くなぁ!!」
必死に押し返そうと暴れていたが、何度も甘い言葉を耳元へ、胸元へ、目を見て囁かれる事で力が抜けて行く。
「ぅぁ・・・」
頭の中が真っ白になりながらも逃げなくてはいけないと本能的に感じ、拘束が弱まった所で体を捻ろうとしたのだが先手を打たれた。
左頬でチュっと音がしたのだ。
「ぇ?」
完全に思考が停止して英雄の目を見ると、くすりと笑って横目で見られた。イタズラに成功したと言った風に笑うその顔がとてつもなく蠱惑的で、妙なエロスを感じてドキドキしてしまう。
そのまま首筋や頬にバードキスをされて時折リップ音を響かせる。
たぶん今僕の顔は真っ赤になっているだろう。
「あ。」
ボーっとする頭でぼんやりと考えていると、それは唐突に終わりを迎え、英雄が僕から体を離す。
「これ以上は俺が持たないからここまでな。」
そう言って優しく笑うが、僕から英雄が離れて行くようで寂しく感じ、少しだけ胸がずきりとする。
「ま、待って!」
自分のベッドに戻る為振り返った英雄が、もう自分を見ていない様に見えて、咄嗟に声を出す。
「どうした?」
こちらを見て、まるで待っていたかの様に微笑む姿を見るだけで、僕の胸は跳ね上がり、うるさく鼓動を刻む。
「あの、その・・・」
もっと続けて欲しいと言ってしまいたい。
短い間で良いから、愛を囁いて、強く抱きしめ、自分だけを見ていて欲しいと思う。
この人を受け止めたいと、滅茶苦茶にして欲しいと本能が叫ぶ。
「英雄、僕は、ぼくは。」
次の言葉を期待しているのだろう。英雄の目にも妖しい色が灯る。それすらも魅力的に映り、僕の理性は崩壊しそうになる。
そうだ、一言、たった一言だけ言えばいいのだ。
僕も愛していると。
トロンとした目を英雄に向けて、僕は口を開いては閉じる。
向こうは微笑みながらこちらを待っている。待たせてはいけないと思うのだが、言葉が出ない。
何故かと不思議に思い、自分の大切な思い出を巡る。
記憶の中でいつも率先して僕を助けてくれた事に胸が高鳴り、愛しく思う。
突撃を仕掛けてきた馬鹿共を返り討ちにする親友たちと、大きな背中でいつも僕を守ってくれた英雄に淡い思いが強くなる。
だがそこでふと考えた。その思いは他の親友たちにまでも広がっていたからだ。
何かがおかしい事に気が付き、頭が冷静になってくると、自分が何を言おうとしていたのかに思いが至りハッとなる。
「プラフィ、僕に何をしたの!?」
気が付いてしまえば後は簡単で、胸元へ視線を向けて、全く隠す気の無かった自分の中にいるお姉さんに抗議の声を上げた。
正面から舌打ちが聞こえたが、そっちは後だ。
『あら、気付かれてしまいましたか。フフ、別に他意はありませんよ? 主様に女の喜びを知って欲しいと思い、ちょっとチャームを掛けただけですのでご安心ください。』
楽しそうに笑って言うので本当に他意は無いのだろう。
「このまま本番まで進んだらどうするつもりだったんだよ!? 僕は抱けないんだぞ!!」
『大丈夫ですよ、肉体関係は無くても英雄様を心の底から愛して頂ければ、後は時間の問題ですので。』
そう言って、またくすりと笑った。
「プラフィは罰として魔力カット3日間。」
僕がそう言うと彼女は慌てて抗議をしてきた。
『お、お待ちください主様! そんな事をされては自らの色欲に負けて主様を間違いなく襲ってしまいます!!』
何度もお風呂で悪戯されている身としては全く冗談に聞こえなかったので背筋が冷える。
「は、半日で。」
『それでしたら、まあ・・・・我慢いたします。』
しょんぼりした声が可愛いがこっちはとりあえずこれで良いだろう。
「さて、英雄、聞かせてもらおうか?」
目の前の親友に街のゴミではなく、人のゴミを見る様な目を向ける。
「ついカっとなってやった。ごちそうさまでした。」
全く反省していないとても良い笑顔を向けられたので、僕の怒りはどこかへ行ってしまう。
「はぁ、もういいよ・・・・」
脱力してベッドに転がると、自分のベッドに座った英雄に笑われる。
「悪い悪い、つい悪戯心が湧いてな。まあ本音を言うと、そのまま頷かせて、正気に戻った後に意識させようと考えていたんだが、失敗だったよ。」
「治った後に避けられるとかは思わなかったの?」
僕がジト目で睨みつけると、逆に微笑まれる。
「何年一緒にいると思ってんだ。お前が身内に対して激甘なのは知ってるっての。それこそ身内限定だが、こういうのを許してくれる器量のある良い女だって事もな。」
返された信頼が無性に恥ずかしくて、僕は顔をベッドに埋める。
「うっさい、ばか。」
蚊の鳴くような声でそう呟いた僕を英雄は苦笑して、そのまま何を話す事も無く朝食の時間まで過ごしたのだが、気まずさ等は無く、何となくだが言葉にしなくても良い温かな空気が部屋を満たしていた。
ちなみにチャームは相手を魅了する魔法で、両想いの相手同士で使うと肉欲の虜になったりする汎用性の高い魔法だ。
だが最も恐ろしいのは全く興味の無い相手にさえ好意を抱く様になる事だろう。術に対する耐性や、使用者の腕前で成功率は大きく変わるが非常に危険な事に変わりは無い。
この国では一応法律により使用が禁止されているが、命を守る為や戦闘中には適応しないので実は結構ゆるかったりする。
というかそもそも取得難易度が高く、覚えられる者はそれなりの腕前なので悪用する事は滅多にない。
常用するのは風俗で働く淫魔の方々で、それも常習性の無い、その時燃え上がるだけの軽いものだそうだ。
今回僕が使われたのもこれである。形はどうあれ、凄くドキドキしました。
偶には良いかと思ってしまうが、さすがに内緒だ。
暫くしてから朝食を終えて部屋に戻り、ギルドへ向かう準備をしていると、久しぶりにマレフィお姉ちゃんからのメールが届いた。
『2人へ。以前から準備していたプレゼントの用意が出来ました。英雄君はともかく、遊馬君は気に入ってくれると思っています。今日のお昼ぐらいには街へ到着する予定なので、楽しみにしていて下さい。受け取りはギルドにいれば問題ないと思います。
追伸
プレゼントについて色々と聞きたい事があると思いますが、今日の夕方までは私と連絡が出来ません。ですが、説明についてはちゃんとしますので安心してください。それじゃあ、良い1日を送ってね。』
英雄が目の前に浮かぶディスプレイを見て口を開く。
「俺が素直に喜べないってなんだ?」
「僕が喜ぶ物か・・・・バイクとか?」
「それなら俺も喜ぶっての。」
2人で首を傾げるが、特に思いつく物が無かったのでギルドへと向かう事にする。
内心ワクワクしているので、何が来るのか楽しみである。
僕が復活して瘴気の件を報告した日からすでに3日経っており、増えた視線にもだいぶ慣れた。
初日は案の定エルフ数人に囲まれてお茶に誘われて大変だったのだが、今の所は全て回避している。所々で魔族・獣人・エルフが牽制し合っているがこちらは放置だ。
英雄より先に訓練を終え、1人で休憩していると超高確率で声を掛けてくるので、彼が上がってくるまでは酒場のスタッフ休憩室で休ませてもらっている。
ここが無かったら1度ぐらい押しの強い奴に捕まっていたかもしれない。
時刻は既にお昼を回っているので、正直お腹が空いていた。早く出てこないかな。




